十、 素性
「お前、あれだけいろんな奴に狙われてたのに気付いてなかったのか?呆れた奴だな」
空がすっかり暗くなった頃、大きな木の下で焚火を囲いながら、カルラは言いました。
焚火の上には小鍋が掛けられており、中ではいい匂いの汁物が作られていました。
カルラは鞄から固そうな麦餅を取り出すと、それを先ほど男たちに突き付けた短刀でザクリと二つに切り、その片方をレイロウに手渡そうとしました。
「いい、要らない」
「フーン、そう」と、カルラは冷ややかな表情をして差し出した麦餅を引っ込めました。
「要らないなら俺が全部もらうからね」
そう言って、カルラは火にかけた汁物に麦餅をつけてむしゃむしゃ食べ始めました。
レイロウは、カルラに助けられたついでに彼の野営の夕食に呼ばれていたのでした。
「本当にしっかり周りを見ろよな、ずっとお前の荷物を付け狙ってゴロツキどもがうようよしてたぞ。それを俺が一緒にいるから手を出されなかったのに、ひとりになった途端にあれだからな。まったくしょうのない奴だな、身の程を知らないと」
カルラは先ほどから同じ話を繰り返してレイロウを叱咤し、レイロウはもううんざりしていました。
それにこれまでずっとボタ山で暮らしていたレイロウが世間しらずなのは当たり前で、仕方のない事でもあります。
「俺が気を利かせて好意で一緒にいてやってるのに、それを無碍にしたりしてさあ。俺は悲しかったよ。だいたいだな――」
「もうわかったよ、うるさいなあ」
「あ、何その態度!俺がいなかったらその大事そうに抱えてる剣はとっくに盗られていたんだからな!」
そう言われてレイロウはビクッとし、あわててそばに置いていた長物袋を抱えました。
レイロウはまだこの袋の中を"剣"だとは言ってなかったのです。
「ほーれやっぱり剣だ。お前分かりやすいよ、それじゃあ駄目だ」
レイロウはカルラをキッと睨みつけましたが、カルラはそんなのお構いなしです。
「それにその袋の形からして、かなり立派な剣じゃないのか?そうだろ?」
「言わない!」
「言ってるようなものだろ……ちょっと見せてみろよ」
何を馬鹿なことを言うのでしょう、お師匠から承った大事な剣をよく知りもしない人間に渡すわけにはいきません。
「そんなこと言って盗る気だろう!この泥棒!」
「盗りゃしないよ。お前から盗るつもりならとっくの前に盗ってるよ、馬鹿が」
「……」
口は悪いですが、それはそうです。
あの悪党に短刀を突き付けた速さを見れば、レイロウから剣を奪うなんてカルラにしてみれば造作もないことだと分かります。
それに、この剣を守ってくれた恩義も一応はあります。
「その剣がどんなもんか見せてみろよ、貸せって」
「だ、大事に扱えよ」
「分かってるって、さあ」
そうしてレイロウはおずおずと長物袋をカルラに手渡しました。
カルラは長物袋の紐を解くと、するりと中から剣を取り出しました。
「ほう、アーガンド王国軍の官給剣か」
「知ってるの!?」
「知ってるさ、世界で一番作られてる剣だぞ。しかしこれは、かなり年季の入ったものだな」
カルラは剣の柄や革張りの鞘の具合を見て言いました。
官給剣が分かるあたり、まったくの刀剣の素人というわけでもなさそうです。
「抜くぞ」
「うん」
いちおうレイロウの許可を得て、カルラは鞘から剣を少し抜きました。
するとそこには古ぼけた外見とは似つかわしくない、ギラギラと鈍く輝く刀身が現れたのでした。
「うお!!……凄い剣だなこりゃ」
初めてレイロウがこの刀身を見た時のようにカルラが驚いたことを、レイロウは何だか誇らしく思いました。
「刃がかなり減っているが、それでも恐ろしく研ぎ澄まされてる。しかもこれは本職の研ぎ師の仕事ではないな。"この剣で人を斬る"という、剣の持ち主の意思が感じられる仕事だ」
カルラはその凶悪に輝きに、思わず身震いしました。
「レイロウ、お前この剣どうしたんだ。かっぱらったのか?」
「し、失礼なことを言うな!」
その言葉にレイロウは激高しました。
じょ、冗談だよそんなに怒るなよとカルラは言いつつ、刀身の根本あたりをよっく見はじめました。
「何をしてるの」
「剣の製造番号を確認してる」
「そんなの分かるの?」
「分かるよ、知らないのか。本当にかっぱらったんじゃないだろうな」
カルラが言うには、アーガンド王国の官給剣は戦前から今日まで、全ての軍の剣士に支給されています。(ここまではお師匠に聞いた通りです)
そしてその刀身の根本には必ず小さな一意の番号が刻んであり、それを読み解くことでこの剣の持ち主を管理していたのでした。
これはもともと全て同じ形をした剣であった為、持ち主の確認や盗難防止の目的で刻まれた番号ですが、いつしかこれが剣の作成された年の希少性や、
持ち主の話題性、そして数字自体の語呂に合わせて価値が決まり、剣の蒐集家にはたまらない魅力となったのでした。
「だからな、例えば入隊した剣士の数が少ない年はその剣は珍しいし、有名な将軍にまで成り上がった剣士の持っていた剣、またそれと近しい番号の剣には、蒐集家の中で高値が付いたりするんだ」
カルラの説明にレイロウはビックリしました。
「剣の蒐集家!?剣を集める人がいるの?」
「そうだ、何にでも集める人、蒐集家はいるぞ。剣は特に人気があるかな」
「剣士でもないのにか」
「剣士でもないのに集めてる方が多いんじゃないかな」
「へえ!」
レイロウは自分の知らない世界に驚きました。
確かにこの刀剣の魅力を知れば、剣を集めたくなるような人が多く居ても不思議ではありません。
"人を斬るだけが剣ではない"、とはお師匠も度々口にしていました。
改めて、刀身に刻まれた数をカルラがよっく眺めました。
「これは相当古いね、戦前のものだ。現在のものより戦前の方が鋼の質はずっと良かったと聞くし、実際に戦う機会も多かったから残っている個体も少ない。残っていたとしてももう剣としては機能しないボロも多いだろうが、これは手入れが行き届いている。しかも持ち主の手によって、だ。だから相当な値打ち物だろうな」
カルラがそう師匠の剣をべた褒めする事に、レイロウは気を良くしました。
「それに――」
「それに?」
「年代的に、あの伝説の"人斬りオロチ"と同期の剣になる可能性が高い」
"人斬りオロチ"、その言葉にレイロウはビクリとしました。
まさかその呼び名がここで出るとは思いもしなかったのです。
「ひ、人斬りオロチ?」
「ああ、知ってるのか。それだけでも価値はあるし、これがもし本人の物なら……」
「ものなら?」
「蒐集家たちがひっくり返る大発見になるだろうな!まあそれは無いか、ハハッ!で、そんな剣を持った"不死人"族の子供が、何でまた聖都の剣術道場へ?」
"不死人"
レイロウはにわかに真顔になり、押し黙りました。
既にこの男はレイロウの素性を分かっていたのです。
「……何でお前、知ってるんだ」
「ハハッ、やっぱりか!だからお前は分かりやすいって言うんだ」
レイロウはまたしまったと思いました。
自分が不死人族であることは分からないようにしろと言われていたのに、自分で認めるようなことを言ってしまったのです。
しかし不思議と、この飄々とした青年・カルラの前ではどんな隠し事も出来ないと思っていたのです。
「だいたい、さっきあれだけ酷く殴られた顔の傷がもうすっかり治ってるじゃないか。普通だったら頬骨でも折れて腫れあがってる頃だぞ」
「!?」
レイロウは慌てて左頬を手で抑えましたが、もう手遅れです。
「それにな、数日前に夕焼け街で何か騒ぎがあったと聞いた。その少し前には、イリス市で不死人の子供を探しているという若い女を見かけた。数か月も前にボタ山から行方知れずになっていると。その立振る舞いから、きっと不死人保護局の局員だなと思ったのさ。しかしだ、それまでこの辺りを回っていて不死人らしき子供を見たという話しは一切聞いたことはなかった。だから恐らく、まだ子供は夕焼け街の中に居るんだろうなと考えていたんだ。それで急いでそちらに向かった所、ちょうど金髪に緋い目のお前が現れたってことさ」
このカルラという男、軽い見た目とは裏腹に、かなりの情報通で物知りだとレイロウは直感しました。
こいつも只者ではない。全て見透かしてきて嘘や隠し事をただちに見破る相手だろうと確信したのです。
それにただでさえ嘘を付くの苦手なレイロウです。
そこでレイロウは、この男には全てを打ち明けることを決心したのでした。
~つづく~




