十一、 聖都剣術指南所
それからレイロウとカルラは何日も連れだって歩きました。
道中、不眠不休で歩き続ける不死人のレイロウに対してカルラは
「おいちょっとは休憩しようぜ」
「もう寝ようぜ。こんな時間にほっつき歩いてるのは泥棒かお前くらいだぞ」
「飯を食わせろ飯を!飯くらいたまには食え、さすがに不気味だろ!」
と、散々な物言いでしたので
「一緒についてくると言ったのはカルラだろ!」とレイロウも返しはしましたが、
ぜんたいカルラはレイロウをいきなり斬ったり殴ったりする悪党でもないし、
大事な剣を盗んだりもしないので、ずっと一緒に歩くことになったのでした。
カルラは言いました、
「オレは面白い奴や面白い出来事に出会う為に、こうして国中を旅しているんだ。家出した不死人の子供と連れだって歩けるなんてこんな珍しいことないだろ?だから俺がお前の"兄貴"として一緒に居てやるよ」
なんだか上からの物言いですが、確かにカルラと一緒に居ると安心ではあるし、だいいちレイロウは一人旅をするにはあまりに世間知らずなのでした。
そうして昼間はもくもくと歩き、夜中にカルラが寝たり休憩している間はレイロウは一人で剣の稽古を行う日々が続きました。
そしてついに二人はアーガンド王国の首都・聖都に辿り着いたのです。
聖都の街の立派なことと言ったらどうでしょう、お家やお店、馬車や樹木など全てが大きく広く、
道行く人もたくさんで本当に活気にあふれているのです。
レイロウたちが訪れたその日、街の中央の広場で大きな市場が開かれていました。
ありとあらゆる物がそこで売り買いされ、そのあまりの盛況ぶりにレイロウは感嘆ました。
食べ物や日用品は勿論、短刀や短剣までも扱われていて、レイロウはこの時に初めて"おあし"を持つ大切さを知ったのでした。
「そんなにきょろきょろとするなよ、恥ずかしいぞ田舎者」
とカルラはまた軽口を叩きましたが、目を輝かせたレイロウの市場見物に少しばかり付き合ったのでした。
そして二人は、真の目当てである『聖都剣術指南所』へ着いたのでした。
これもまた立派な建物で、まるで格闘技場のような巨大な円形の建物に、入口の社務所まであるのでした。
そこには"聖都剣術指南所"と刻まれた大きな石碑がどんと鎮座しており、建物の奥からは「えいっ!」「とおっ!」といった、
稽古をしているであろう多くの剣士達の勇ましい掛け声が聞こえてきます。
「ここか」
「何だか立派な建物だねえ」
「さすが聖都イチの道場だと聞いただけあるな。思ったより大きい。くそー、儲かってんだな」
と、何故かカルラは悔しそうな顔をします。
カルラは、レイロウがお師匠の言いつけで封蝋された手紙を"ムジカ"という名の人に渡すことは聞いておりますので、まずは社務所へいざないました。
「ほれ、あそこに受付があるぞ。そこで"ムジカ"さんとやらを呼んでもらえ」
「一緒に行ってくれないの」
「お前の大事な用事だろ、自分で行け。甘えるな」
「わかった」
そう言って、レイロウは道場の社務所に入りました。
そこは歴代の剣士の肖像画や闘いの勲章などの記念品、また幾つもの種類の稽古用の木剣などが壁にかけてあり、ムッとした男の闘いの空気が澱んでいるのでした。
レイロウはこれまで嗅いだことのない勇ましい匂いに、頭が少しクラクラとしました。
しかしその雰囲気に似つかわしくない、一人の若い女性が居ました。この人が受付のようです。
「こ、こんにちは」
「あらこんにちは。見慣れない子ね、いったい何の用かしら」
「こちらはですね、えーと、聖都剣術……指南道場でまちがいは」
「こちらは"聖都剣術指南道場"で間違いないでしょうか?そして"ムジカ氏"はいらっしゃいますでしょうか?」
先ほど外から社務所の中を覗いていたカルラがいつの間にかレイロウの横に居て、気障な風体で言いました。
どうやら女性の前なのでやたら恰好を付けているようで、そんなカルラをレイロウは冷ややかな目で見つめたのでした。
※以前、夕焼け街のランドに『男は女の人の前では恰好をつけるものだ』と教えられましたが、レイロウにはさっぱり分からないのでした。
「ムジカ?ムジカという名の者はここには居ないと思いますけどねえ……」
「え?本当ですか?」
「ええ、私はここの生徒さんや先生の名前はだいたい分かってるつもりですけど」
「おっとお?」と、カルラが冷ややかに驚きました。
「そんなはずないです。じゃあ"ムジカ"に似た名前の人とかはいませんか」
「いやあ……」
その時、建物のどこかでカランカランと鐘の音が鳴り響きました。
どうやら剣稽古の終わった合図の鐘のようで、それと同時に多くの剣士達がドヤドヤと移動をする音が聞こえます。
すると、木剣を携えた男たちが三人、かいた汗を拭きながら奥の扉からこの社務所に入って来ました。
「師範殿、お疲れ様です」と、女性が言いました。
「ああ、お疲れさん」
「スクラさん、また樽の水が切れたので補充しておいてください」
「それと我らの道着の洗濯もそろそろお願いしたく」
「はい、分かりました」
"師範"と呼ばれる男たちとスクラさんはそうした事務的な会話をしていました。
師範はそれぞれ一番大きな身体をしているダダリ、
中肉中背で神経質そうな見かけのエリク、
大人の割に小柄で眼光の鋭いロット、
と名乗っておりました。
その時、エリク師範がレイロウとカルラがいる事に気付きました。
「この人達は?」
「はい、どうやら人探しに来ているようで、"ムジカ"という人を探していると」
「ムジカ?」
「ムジカ、知らないな」
「何だ、敵討ちか何かか?」
「敵討ち?」と、レイロウが返しました。
「そうだ、ウチの道場生にやられた威勢だけがいい奴らがよく仕返しに来るからな」
「まあ全員返り討ちにするがね」
そう言って師範たちは不適に笑いました。
「敵討ちなんかじゃありません!僕はお師匠から預かった便りを渡しに、はるばるここまで来たのです」
「お師匠ってのは、お前の剣の師匠か?坊主」
レイロウの持つ長物袋を見てロット師範が言いました。
「はい」
「そうか、だが"ムジカ"何て名前のやつはここには居ないな。場所違いだ、帰りな」
「そうだ、居ない者は居ない」
「そんな……」
レイロウの顔に失望の色が見えました。遠路はるばるここまでやってきたのに……。
そんなレイロウをカルラは『やれやれ』と言った表情で見つめました。
その時、エリク師範が神妙な顔つきをしていましたのでスクラさんが尋ねました。
「エリク師範、どうしました?」
「いや……ムジカという名、どこかで聞いたことがある気が」
「え!」と、レイロウが色めき立ちました。
「それはどちらでお聞きなさって?ねえ?」
「なんだこの坊主は」と、巨躯のダダリ師範が、高圧的に言いました。
「確か、大先生がそんな名前でなかったかな」
「大先生?」
「大先生のお名前は……何でしたかしら」
そう言ってスクラさんは社務所の棚の中から、大きな名簿のような本を出してきてペラペラとめくり始めました。
「大先生って?」レイロウが尋ねました。
「大先生は、この剣術指南道場を最初に作られたとても偉い先生だ。壁にある一番大きな肖像画の方だ」
エリク師範がそう目を向けた先には、ひとりだけ、壁一面を埋めるような大きさの、
剣を構えた壮年剣士の肖像画がありました。
「へえ!あの立派な剣士!」
レイロウはエリク師範のその返答に大きな喜びを覚えました。
お師匠のたずね人がそんな偉い人だなんてと、驚きと嬉しさが混じった感情です。
「あ、確かにそうです。大先生のお名前は"ムジカ"ですね」
名簿を開きながら、驚いたようにスクラさんが言いました。
「おいおい何だお前ら、道場生でありながら創立者の名前も知らないのか。大した"師範"だな」
カルラがわざと嘲笑するように言いましたが、
「なんだお前は、無礼者!」
「我々門下生は創立者である偉大な剣士に対し、親しみと経緯を込めて常に"大先生"と呼んでいるのだ。それに――」
「それに?」
「もう大先生は三十年も前に亡くなられている。我々が生まれるよりも前に、既に鬼籍に入っておられるのだ」
「ええっ?」
師範たちのその言葉に、レイロウは今度は目を丸くして驚いてしまいました。
~つづく~




