十二、 大先生はもう居ない
お師匠から授かった封書を便りに聖都まで来たレイロウでしたが、しかし何ということでしょう、
尋ね人であったムジカ氏は既に鬼籍に入られていたのでした。
その予想外の顛末に、レイロウは力なくその場にペタンと座り込んでしまいました。
「あらあらあら……」と、その様子を見てカルラが呆れたように言いました。
「そういうことだ、残念だったな」
「遠路はるばるご苦労であった」
「もう用はもうないだろう、立ち去れい」
そう言って師範たちが二人を追い払うような手ぶりをしました。
しかしそれに対してカルラが口を開きました。
「しかしだね、大先生の死を知らないということは、レイロウ少年の持つ手紙の送り主は大先生の三十年来のお知り合いということになる。むしろもっと前かも」
「ふむ、確かにそうだな」
「小僧、お前のお師匠とやらはかなりのご年配か?」
「ああ、かなりのご年配だ!」レイロウが息を吹き替えしたように返しました。
「であれば、大先生、つまりこの道場の創立者と旧知の仲だ。その古き友がわざわざ弟子の少年を遣わせて封蝋までした便りをよこした。これを無碍に帰すのは、なははだ無礼ではないのですかな?」
「う……うむ」
「これが世に名高い"聖都剣術指南道場"の、客人の迎え方なのですか?これはたかがしれますぞ」
いかにもな口調で悠々と話すカルラに、ロット師範が怒りを込めて返しました。
「貴様、さっきから言葉が過ぎるぞ!」
「そうカッカしなさるな。この道場の創立者であるムジカ氏が亡くなられたのは分かった。では今のこの道場の代表は誰であるのか。その方にこの手紙を託すのが筋ではないかと思うのだが」
「……成る程」
「で、今の代表者は誰であるのか」
この屈強な師範三人を相手に全く臆せず話すカルラに、レイロウはよくやく一緒に連れてきて本当に良かったと思いました。
三人の師範はそれぞれ顔を合わせて目配せしました。
「それは若先生だな」
「若先生?」
「ああ、大先生のご子息である館長先生が一時期この道場の代表をなされていたが、もう引退されている。今はそのご子息である若先生が実質の代表者である」
「つまり、大先生の孫にあたる人物だ」
「ではその若先生はどこにいらっしゃるか」
「若先生は今はご不在よ」
スクラさんが男たちの話に入ってきました。
「全国の剣術道場主の寄り合いに参加される為、今は留守にしているわ」
「ほう、それはいつ戻られますか」
「それはーー」
スクラさんが何かを言おうとした時、ダダリ師範がそれを制しました。
「それは言えないな。若先生は要人である為、予定は教えられない」
「はい?」
「若先生に会いたくば、また出直してきてくれ」
「出直してきてくれって言われても、いつ戻られるのか。明日は居るのかね」
「それも言えない」
「では明後日?」
「だから言えぬと」
「…手mなんだこいつらはややこしいな」
そう言って、カルラは心からうんざりした顔をしました。
「そんないつ帰って来るか分からない若先生の為に、何べんもここへやってこれるものか。若先生がご不在なら、次は誰がこの道場の代表であのるか!」
この言葉に三人の師範が顔を合わせました。
そして一番身体の大きなダダリ師範が一歩前へ出ました。
「それは師範長である私だな。若先生がご不在の場合は、私がここの責任者だ」
他の二人の師範も頷きました。
「であれば話は早い、この少年の封書を受け取って読んでほしい」
「え?」
と、その言葉に驚いたレイロウに、カルラは言いました。
「尋ね人であった創立者のムジカ氏はもうおられない。現在の道場主である若先生も不在。であればたった今の代表者にこれを渡すのが筋であろう」
「そ、そう」
「うむ。まあ封書は預かる。それを若先生が戻り次第渡しておこう。それで良いか」
「だから若先生はいつ戻られるのかだ。創立者の三十年来の友人が、このような少年をわざわざ寄こしたのだ。もしかしたら重大なことが書いてあり時は一刻を争うかもしれぬ。そうだった場合、師範長殿はその責任を負えるのかな」
「……うぬ」
飄々としたカルラが一人で三人と渡り合う姿にレイロウは少し感銘を受けました。
きっとカルラは、剣の腕ではこの師範三人には適わないだろうと思います。
しかし頭が切れてこうして一対三でも話を優位に進められることに、お師匠の言った
「強く、そして偉くなれ」の意味が込められているかもしれないと、レイロウは考えるのでした。
「その可能性は限りなく低いであろうが、一理あるやもしれぬ。ダダリ、受け取って読むか」と、エリク師範が言いました。
「そうだな。おい少年、私が聖都剣術指南道場の代表として、お前のお師匠からの封書を受け取り読もう。寄こすがいい」
レイロウは黙ってカルラの方を見ました。
カルラは頷いて目配せをしました。そしてレイロウは封書をダダリ師範に手渡したのでした。
ダダリ師範はそれをわざとらしく恭しい様子で受け取ると、改めて封書の宛名を確認しました。
そこには"聖都剣術指南道場 ムジカ殿"とあります。
「うむ、確かにムジカ殿、つまり大先生宛である」
さっきまで大先生の名も知らず『そんな者は居ない!』と言い張った癖に何を言うか、とカルラは密かにげんなりとしました。
しかしそんな様子を気付きもせずに、ダダリ師範は封筒を裏返して封蝋された箇所をバリッとはがしました。
そして封書の中から二つ折りになった手紙を取り出すと、それを剣士の傷だらけのぶ厚い手で開きました。
「なかなかの達筆であるな。では失礼。どれどれ……」
そうしてダダリ師範は手紙に目を落としました。その目を文を追い、時折レイロウの方をちらりと見ては、また文へと戻るのでした。
その目は真剣であり、その様子にレイロウは思わず息を飲みました。
「成る程な」
やがてダダリ師範は手紙を読み終わると、また元の二つ折に戻して一息つきました。
「なんだって?」
「うむ。まあ要約するとだ」
ロット師範の問いに、ダダリ師範は口を開きました。
それにレイロウは耳をそばだてて聞き入りました。
「この少年のお師匠は、大先生とのアーガンド王国軍の同期であったらしい。
もうおよそ六十年も前の話であるが、共に剣士として研鑽しあった仲であったと。
やがて先の大戦が起こり、二人の部隊は分断されそれぞれ別の道を進み、そして終戦を迎えた。
少年のお師匠は剣の道から降りて、子供に関わる仕事をした。しかし心持ちは常に剣士であった。
一方、大先生はここ聖都で剣術道場を開くに至った。
二人はしばしの間、手紙での交流を続けていたがある時、大先生はこう書いたそうだ。
『剣術の才能あふれる子供が現れたら、是非とも我が道場に紹介して欲しい』、と。
やがて二人の文通は途絶えてしまったようだが、ここにきてようやくお師匠の元に剣の際を持つ子供が現れた。
それがこの子、"レイロウ"だそうだ」
その言葉に、レイロウの胸がドクンと高鳴りました。
あの寡黙で厳格なお師匠の心内に、その小さな胸が熱く熱くなったのです。
「しかし、諸事情あり今のお師匠は"手紙を出せるような立場・状況"では無くなってしまった、と。それで直接手紙を託してこの子供を寄こしたのだとさ」
そこまで言うと、ダダリ師範は手紙を横にいるエリク師範に手渡しました。
エリク師範はその手紙を再び開き、その文面を確認するように目で追いました。
「うむ……確かにそのようだな」
「つまり、三十年どころか創立者の六十年来の友人からの、この道場への推薦状というわけだ!よかったな、レイロウ!」
カルラは大げさな程に喜び、レイロウの背中をバンと叩きました。
「いやいや、待たれよ。そんな簡単なことではないぞ」
「昔はまだ小さな町道場だったかもしれないが、今やこの聖都を代表する剣術道場なのだ。ここは門下生三百名を抱える大道場であるぞ」
「それに今は初等部もあり、お前さんと同じ年頃の門下生もたくさんいる」
「へえそうなの!」とレイロウは驚いて返しました。
自分と同じ子供の剣士もいるとは思ってもいなかったのです。
「ああ、しかも希望する誰もが入門できるわけではない。由緒ある家柄の子で、心身ともに健全で、それに月謝をもらう必要もある」
「月謝?おあしが必要なの?」
「ああ、当たり前である」
「ええと、おあしは持って無いや」
レイロウはまた困り果ててしまいました。
こないだまでボタ山で気ままに暮らしていたレイロウでしたが、夕焼け街に出た時からずっとあおしの大事さを実感していたのです。
寝食が不要な分おあしがとても少なく済むレイロウでも、何かと言えばお金が関わってくるのでした。
「いくら大先生の旧知の仲とは言え、はいそうですかと受け入れるわけにはいかんな」
「お前に親御さんはいるか?居るのであれば、まずそちらで相談して来られよ」
そう言って師範たちはピシャリとレイロウを断絶したのでした。
スクラさんは少し気の毒そうな顔をしています。
レイロウはほとほと困ってしまいました。お師匠が世話してくれたお相手先は、今や思っていた以上に立派でそう簡単ではなくなっていたのです。
「しかし、いかに聖都イチの道場になったとは言え、剣術道場だ。"特待生"の扱いはあるのでしょう」
カルラが含みのある言い方をしました。
しれに対し、師範たちはまた面倒くさいことを言い出したなと思いました。
~つづく~




