十三、 特待生
「うむ、確かに"特待制度"はある。あるにはある、が……」
「そんな者はずっと前から出ておらんぞ」
「大昔は知らないが、今はとっくに形骸化した制度だ。我らが入門した時から特待生などおらぬ」
「"特待生制度"って?」
レイロウがカルラに尋ねました。
「本来は道場に通って剣術の稽古を付けてもらうには月謝、つまりおあしが要るんだ。しかしあまりにも剣術が長けていたり立派な経歴がある者には、無償で道場の門下生になってもらうことがある。
要するに、強く立派な門下生がいることでその道場に"箔"が付くんだ。だから特別対応でおあしが要らないってことだ」
「へえ」
二人のやり取りを聞いて、師範たちが口を出してきました。
「おいおい、もしかしてお前は本気で特待制度を狙っているのか」
「うちは聖都いちの剣術道場、今更"箔"など要らぬのだ」
「それに初等部での特待生など聞いたこともない」
やれやれ、とカルラが肩をすくめました。
「レイロウ、お師匠から授かった官給剣を出しなさい。それが早い」
「は、はい」
レイロウはずっと手にしていた長物袋の紐を解き、中から例の官給剣を取り出しました。
「官給剣?」
「その長物袋には官給剣が入っていたのか」
「しかも相当な年季が入っているな」
「ああ、かなり古い物だ」
「我らのものと、柄や鞘の作りがだいぶ違うぞ」
さすが、自らも王国軍の剣士であり自身の官給剣を持っている師範三人は、
レイロウが袋から出した途端にその剣の"異質さ"を感じ取ったのでした。
「これは、お師匠から授かった官給剣です。アーガンド王国軍に入隊した時に、初めて手にした剣だとおっしゃっていました」
「つまり、あなた方の大先生の持っていた官給剣と同じ時代のものですな」
と、なぜかカルラが得意げに言いました。
「こちらの道場に、大先生の官給剣は残っておられるか?」
「い、いや」
「大先生の官給剣など聞いたことがない」
「道場の備品名簿にも、そのような物は見たことがありません」
スクラさんもそう言いました。
「成る程ね。ではレイロウ、剣を抜いて皆さんに"本身"を見せてやりなさい」
そう言われ、レイロウは"人斬りオロチ"の官給剣を鞘から抜きました。
そこに現れた、ギラギラと凶悪な鈍い光を纏うおぞましい刀身に、師範たちは思わず息を飲みました。
それはふだん剣を見慣れているはずの師範たちでさえ怖気を感じるような、悪魔的に美しい輝きに満ちているのでした。
「これが、六十年間研ぎ続かれた刀剣の持つ"光"か」
「我らのものと基本の型は同じでも、まったく異質の、魔剣のようだ」
「官給剣と言えど、ここまでになるのか……ううむ」
"人斬りオロチ"の官給剣に唸る師範三人に、カルラが続けました。
「さすが師範殿、この剣の"凄さ"はお分かりになりますか。ならば、この剣の持ち主の"凄さ"も、自ずと知れるでしょう」
「……ああ」
戦後生まれの三人にも、この剣が幾人も"人斬った"こと、それも一人や二人でない、夥しい数であることが感じ取れました。
剣は剣士の"魂"、その剣に持ち主の"生き様"が表れると言っても過言ではないのでした。
「さて言いたいのは、"その剣の持ち主"の推薦であっても、この子を入門させないのか?という事ですな」
「う、うむ……」
「……」
「どうです、これは特待生として受け入れるべきなのでは?」
魔剣のごとき光を持つ官給剣に気後れしているダダリ・ロットの両師範に対し、エリク師範がきっぱりと言いました。
「いや、これまで小等部では特待生として受け入れた前例がない!もし受け入れるのであれば、それは相当な才能や実力が必要だ。如何に大(大)先生の旧い仲とはいえ、簡単に受けれるわけにはいかない」
この声に両師範は我に返ったようにハッとし、頭を振りました。
二人は思わず魔剣の光とカルラの話術にはまってしまう所でした。
「そ、そうだな!」「それはその通りである」
単純なダダリ・ロットの両師範に対し、このエリクという師範は少々やっかいであるなと感じ撮ったカルラは、
そこでわざと困ったような様子になり、また言いました。
「……であれば、どうしたら特待生として扱ってもらえるのしょうか?」
その様子に少し得意になったダダリ・ロットの両師範は応えました。
「それそこ、我ら師範を凌駕する程の少年剣士であれば、また話は別かもしれないがな」
「うむ、それであれば我らが若先生に特待とするよう自ら申し出ようというものだ」
そう言って、師範たちは改めてレイロウを見下すように話しました。
屈強な師範たちに対して、まだ子供で小柄なレイロウはいかにも頼りなさげな様子です。
両師範はあえて、到底無理難題をふっかけたつもりなのでした。
するとカルラが、急に素っ頓狂な声を出しました。
「へえ!あなた方、このレイロウを倒せるとお思いで?」
「ああ?」
「おい、何だと?どういう意味だ?」
カルラのこの物言いに、両師範が急に色めき立ちました。
「どうもこうも、そのままの意味でありますが」
「おい貴様、我らの剣がこの子供より劣るというのか?さすがに冗談であっても無礼は許さんぞ!」
「ここは天下の聖都剣術指南道場、我らはその師範だぞ。直ちに訂正しろ!」
まるで先ほどから手にした木刀で殴りかからんがばかりの勢いです。
「いやいやそんなに興奮なさらずに。何せ私はあなた方の剣の実力を知りません。師範という肩書はまあ立派でございましょうが、闘ってるお姿は見たことがないのでね。
それにどうにも、あなた方がこのレイロウを倒す姿を想像できないのです。この少年はそれほど優秀なのです。それなのに先ほどから子供だというだけで自分たちよりも弱い、下の者だと決めつけて話ているのがどうにも腑に落ちませんな」
「貴様ぁ!!」
遂に激高したロット師範が木刀を振りかざすと、エリク師範が体の内側に素早く入り腕を止めて制しました。
「ロット、落ち着け!相手は素人だ!」
またこの師範に邪魔された、とカルラは苦い思いをしながらも、
自分を"素人"と呼ばれたことに対し少しばかり自尊心を傷つけられたのでした。
「へえ、こりゃどうも」
「あなたの名は?」
「はい、カルラという者で」
「カルラ殿か。あなたはこのレイロウ少年とはどういう関係で?」
「旅の付き添いと世話役、といったところですかね。この少年の剣士になりたいという夢を見守っているんでさ」
「そうか。もう一度聞く、この少年は我らより"強い"と言うのかね?」
「強いかどうか、は分かりません。私はあなた方の剣技の程を知りませんしな。しかし、少なくともあなた方ではあの少年を倒すことは出来ないでしょう」
「何を根拠に?」
「根拠?面白い事をおっしゃる。いくら鍛えた石ころでも、金剛石とぶつかりあえば砕け散るのは自明の理」
「……ほう、我らがその辺の"石ころ"だと言うのか」
「いやいやこれは失礼。しかし"金剛石"の前では、どんな価値ある宝石でも全てが"石ころ"と同じ、ということでさ」
冷静なエリク師範の口元や瞼が、少しヒクヒクと痙攣しました。
怒りが今にも爆発しそうなのを我慢し、辛うじて冷静を保っているようです。
そこにロット師範が割って入りました。
「あい分かった。ではこれから我らとこの少年で、剣試合を行おうぞ」
「へえ、試合を?」
「ああ、ちょうど今日の稽古は終わって中の道場は空いている。そこで試し合いを行うのだ。それでその少年が"金剛石"かどうか、が分かるであろう」
「いいですね。もしレイロウが勝てば?」
「先ほども申したように、我らから若先生にこの少年の特待を申し出よう。この年端で"本当に"我らを倒すようであれば、若先生も異議はあるまい」
「そりゃどうも」
「しかし我らが勝てば、貴様はタダでは済まさないからな」
「ほう、どうします?」
するとロット師範が、自らの右手の人差し指の爪先を、スーッと右頬に引きました。
そしてニヤリと笑うのでした。
「ほほう、これは恐ろしい。しかし結構ですね、よござんす」とカルラが返しました。
「大した自信だな」
「ええ、この少年はそれほどの者だ、ということです。あなた方も特待生を受け入れる準備をもう進めた方がよろしいかと思いますがね」
「貴様……後で怖くなって逃げ出すなよ」
「そちらこそ、この少年に後れを取らぬよう気を付けさなって」
カルマの挑発に、師範の三人はもう怒り狂わんばかりです。
「あい分かった!それでは剣技場へ行きましょうぞ!小僧、勝負だ来い!!」
ダダリ師範は真っ赤な顔でそう叫び、三人はドスドスと元来た中の道場の方へ歩いて行ったのでした。
「……」
レイロウは自分抜きで勝手に話を進める大人たちに終始ポカンとしてしまいました。
これからあの激高した師範たちと試合う?自分があれに勝つ?
もう何が何やら分かりません。
「さてレイロウ、俺たちも行こうか!」
軽く話しかけてくるカルラに、レイロウは思い切り困惑しました。
~つづく~




