四十六、 不死人(アンデッド)・レイロウの伝記
ミサンガル大監獄の屋上に作られただだっ広い剣技場で、二等兵剣士・オーレンは待たされていました。
風が強く、オーレンは長い外套を羽織っています。
審判員は大監獄の警備兵隊長であるダイラーが申し出て務めることになりました。
レイロウ側には助太刀の二人のほか、見届け役として十名ほどの看守や警備兵たちが集まっています。
大監獄の屋上からの眺望は良く、周囲を囲む荒れ地が遥か彼方まで見渡せました。
今、ここに居る全員が監獄長・レイロウの登場を待っているのです。
剣技場の中心で凛とした面持ちで立つオーレンを、ダイラーが見ました。
たったひとり、二等兵士の分際でここに来るなどどんな変わり者だと考えていましたが、いざ本人を見てみるとどうでしょう、面構えも身なりも立ち姿も立派な青年剣士ではありませんか。
一体この若者が何の目的でここへ来ているのか、ダイラーにはさっぱり分からないのでした。
「監獄長が来るまで、少し待ってくれ」
「はい、承知しました。偉大なる剣士である監獄長に会えるとは、至極光栄です」
ダイラーはこれまで何人ものレイロウへの挑戦者を見て来ましたが、
"殺されるのが本当に惜しい"、と考えた剣士は初めてなのでした。
何故この若者が――
その時、幾人もの付き人を引き連れてレイロウが屋上へやってきました。
きちんとした外套を羽織り、ミサンガル大監獄・監獄長の正装をバシリと纏っています。
その身なりの立派なことに、オーレンは思わず敬礼をしました。
やがて助太刀人の二人を引き連れ、レイロウが闘技場の中心に着てオーレンと対峙しました。
レイロウは外套の頭巾を深く被っている為、その表情は窺い知ることはできません。
「お初にお目にかかります。アーガンド王国軍・二等平士のオーレンと申します」
オーレンがレイロウの目の方を真っすぐ見据えて言いました。
「ふん、ミサンガル大監獄・監獄長のレイロウである」
そう返しながら、レイロウはオーレンの腰元に目をやりました。
外套のせいで剣の様子は分かりませんが、見たかぎり"普通の形の剣"のようです。
そしてオーレンは「ん?」と少し首をかしげました。
あの名高き世界いちの剣士・レイロウが目の前に居るのですが……何か違和感があるのでした。
「では、ふたり揃ったので決闘を始める。決まりは至って簡単、相手の首を落とし、それを自分の頭より上に掲げれば勝ちである。勝った者が、次のミサンガル大監獄の監獄となる。よろしいな」
審判であるダイラーの問いに、
「はい」「ああ」と、ふたりが返事をしました。
「もう一つ。相手にもう敵わないと確信したら、降参を申し出ることが出来る。その場合、持ち込んだ剣を勝者に譲り渡すことになる。こちらもよろしいな」
「はい」「ああ」と、またふたりが返事をしました。
「では始めよう」というダイラーの声に、レイロウとオーレンの二人が外套を脱ぎました。
オーレンはこの時、初めてレイロウ顔を見ました。
レイロウ監獄長の年齢はもう四十を超えていて、ライタン伍長と同世代のはずですが、とてもそう見えない若々しい顔をしております。
不死人族は歳を取らない、という話しは本当なのだと実感したのでした。
レイロウは脱いだ外套を自身の立会人に渡しました。
オーレンはひとりなものですから、レイロウの立会人が気を利かして「預かりましょう」と言いました。
「すみません」
そう言ってオーレンはレイロウ側の立会人に脱いだ外套を渡しました。
レイロウの腰には二本、彼の代名詞でもある伝説の魔剣・"竜牙"と、
先日亡くなった現代の名匠・ザンク氏の遺作となる一振りがありました。
ザンク氏の訃報は季刊『刀剣世界』でも特集され、彼の最期に作成した剣が誰の手に渡るのかもっぱらの話題でしたが、それがレイロウの腰に据えられているのでした。
一方、オーレンの腰にはアーガンド王国軍の剣士全員が持つ"官給剣"が一本、差してありました。
それを見て、レイロウは訝しげに声を荒げました。
「なんだその剣は?もしや……官給剣か?」
「はい、そうです。私が去年入隊した際に王様より承った、官給剣でごさいます」
「何だと!?もしかしてお前が持ってきた剣はそれだけか?」
「はい、私はこの剣しか持っておりません」
そう言い切るオーレンに、レイロウは思わず言葉を飲みました。
「なっ……」
「これはどんなに偉い大将でも、どんなに強い剣士でも、アーガンド王国軍に入隊したら必ず最初に手にする基本の剣です。攻守ともに均整の取れた、誠に良き剣であります」
そう誇らしげに己の剣を掲げるオーレンに、レイロウは遂に激怒しました。
「何だと?貴様の官給剣?そんなものでこの私に決闘を挑もうというのか!?」
その激昂ぶりに、オーレンは思わずたじろぎました。
「え、ええ」
「下らぬ!二等兵の剣士ごときが来たというのでどんな剣を持って来たのかと思えば、ただの官給剣だと?しかも近年モノ!?ふざけるのもいい加減にしろ!」
「いけませぬか?」
「当たり前だ!そんな下らぬ剣の為に!この私がわざわざ時間をこさえ、着替えて剣を差して来たのだぞ!こんな無駄があるか!」
「下らぬ剣?」その言い様に、今度はオーレンが少し語気を強めました。
「私は幼い頃に、あなたの絵本を読みました。『不死人・レイロウの伝記』という題名の絵本です。
あなたが不死人族の出でありながら剣士を目指し、良き師匠や仲間たちと出会い、成長をする物語です。
私は子供心にその物語に感銘を受け、剣士になることを志しました。
その本には、あなたが初めて手にした剣が、師匠から承った"官給剣"であるとありました。
師匠は命を懸けてあなたを守り、その官給剣を授けたと。違いますか?」
「……そんな絵本は知らん!私が許可したわけではなく勝手に出されたものだ!」
レイロウは激怒しながら更に続けます。
「いいか、私の所有する刀剣は、この"竜牙"をはじめ世界の名だたる銘品ばかりが四百振りもあるのだ!
そんな古びた"ありきたりな剣"は、とうに捨てたわ!」
「……何という」
そのレイロウの言い様に、オーレンはたいへん残念な気持ちになりました。
幼き頃に読んだ、レイロウ監獄長の冒険と成功を描いた素晴らしき物語は、すべて幻想だというのです。
「こんな下らぬ剣の為に、私の大切な食事が中断されたのだ、腹の立つ!!」
そこで今度は審判員のダイラーが反応しました。
「なんだ、やはり何か食べていたのか?」
「う、うるさい、どうでもよい!」
不死人が何かを食べる?
不死人は生涯何を食べる必要もなく、レイロウに至ってはその時間を剣術の稽古に充てたと絵本にありました。
その彼が、何を食べていたのでしょう。
そうオーレンも考えました。
ダイラーの問いへの応えを濁すレイロウの胸元に、何か光るものがありました。
何やら、以前に見たことのある神々しい輝きです。
オーレンは目を凝らしてそれを見ました。
『極光石だ!それも大ぶりの!』
オーレンは心の中で絶叫しました。
確かにそれは数日前に見せられた、イノス嬢の胸元にあった極光石の首飾りです。
レイロウの纏っている監獄長の正装が煌びやかだったもので、今まで気が付かなかったのでした。
「……その首飾りはどうされた?」
「ん?」
「その首飾りだ!その首飾りはどこで手に入れられた?」
これまでレイロウに対して敬意の感じられたオーレンの態度が急変したので、審判員のダイラーも少し困惑しました。
「……そんなことを貴様に言う必要はない!ダイラー、はじめるぞ」
「待て!その大きさは間違いない、それは"無垢族"のイノス嬢が身に付けていた極光石だ!」
「貴様なぜそれを」
「どうしてレイロウ殿がそれを持っている?イノス嬢は故郷の森へ戻ったはずだ!なぜここにある!?」
「知るか、貴様には関係ないことだ!黙れ!」
「待て、それは一体どういうことだ?」
二人の急な言い合いに、ダイラーは訳が分からなく割って入りました。
「オーレン、お前は一体?」
「私はイノス嬢より依頼され、白刃会へ"無垢族失踪"の調査を願いに来たのである。しかしそれは違ったようだ。白刃会こそが、"無垢族"を攫っている犯人なのだ。そうすれば"無垢族"の管轄が白刃会になった時期と、"無垢族"の失踪が始まった時期が同じなのも合点がいく」
「……」
「一体何を言っているのか分からんな。下らん、だから何なのだ」
一方的に巻くしたてるオーレンに、レイロウが静かに返しました。
レイロウの後方にいる助太刀人や見届け人たちもダイラーも、一体何の話をしているのか分かりません。
「俺は伝説の魔剣・"竜牙"を手にした"不死人の剣士"・レイロウだ!この俺が"竜牙"を手にして世界を制するのは、天の思し召しに他ならない!俺はこの不死人の身体を持ち、永劫に絶対強者としてこの世界に君臨をすべきなのだ!その私が急速に“老いる“などあってはならない事態なのだ!」
老いる?不死人族が?
確かにここ数年、レイロウ監獄長は側近たちにも顔を見せないようにしていましたが、今はこうして若々しい姿を晒しているではないかと皆が思いました。
「……で、攫った無垢族をどうした?」
「貴様には関係ない、この二等兵ごときが」
その時、レイロウから血生臭いかおりがするのを、オーレンは微かに感じ取りました。
それを誤魔化すかようにレイロウの纏う制服には強めの香が焚き詰めてありましたが、その奥底でほのかに“それ”が臭ったのです。特に口の辺りから……
「まさか……食ったのか?」
「……ああ?」
「先ほどからの違和感、レイロウ殿、あなた……無垢族を食っているな!?」
オーレンの言葉に、その場に居る全員が思わず息を飲みました。
〜つづく〜




