四十七、 不死人(アンデッド)・レイロウの最期
「……ああ、食ったよ。これまで何人もな」
皆が注目する中、レイロウは観念したようにゆっくりとそう口を開きました。
「これまでひた隠しにして、“それ”専用の使用人を個別に雇っていたが、もう黙っているのも限界だ。これを機に全て話そう。“世界実報”の記者も今日は居ないしな」
相変わらず、オーレンは鋭い目でレイロウを見据えています。
審判員のダイラーも、厳しい目をレイロウに向けました。
「そう怖い顔をするな、これから全て話す」
睨む二人を尻目に、レイロウは語りを続けました。
「この伝説の刀剣“竜牙”を手にしてからというもの、私は自身の急速な老化に悩まされていた。いつしか60も超えたような老人の顔付きになっていたのだ」
この時、大監獄の見届け人たちが少しザワザワとしました。
レイロウの側近達は、実はレイロウの急速な老化に気付いていたのです。
「不死人は死なず老化せずの“特別な種族"なのに、その機能がなくなった。王様の主治医でもあるボークン博士に相談したところ、それは常にこの“竜牙”を携えているからではないかと言われた。この“持つ者の命を吸う”魔剣が近くにあることで常に私の命、つまり寿命を削っているのではないかとな。しかし私はこの“竜牙”をこの身から離すことはできない。私はそのジレンマに悩み続けけた。そうこう悩んでいるうちも、“老い”は私の身体を蝕み加速し続けた」
審判員のダイラーが、「だったらその剣を離せば良いではないか……」と小さく呟きました。
しかし、レイロウにとってそれはそう簡単ではない事もよく分かっているのでした。
「しかしある日、聖都にある市場の人混みの中で、俺は"ある人"を見かけた。あまりに神々しい雰囲気を身に纏った、痩躯のさっぱりとした青年だ。青年を見て、俺の腹は雷鳴のごとく鳴り、生まれて初めての"空腹"が俺を襲った。他の皆がよく言う"腹が減る"、とはこういう感覚なのだと初めて知ったよ。ともかく俺は、"飢え"をしのぐためにその青年を食したいと願ったのだ」
「!?」
レイロウの告白に、全員が絶句しました。
食う?人を?その場の誰もが理解し難い考えなのでした。
「レイロウ、お前何を……」
「俺は青年の後を着け、街中を外れた山道で彼を襲った。青年の首を掻き斬り、その血を飲んだ。それはなんという美味か、餓えた身体に染み渡ったぞ。そして肉を、内臓を貪り食った。これも何という美味さであろう!俺はあっという間に青年の身体の血肉を余すことなく食したのだ。そしてふと気付いたのだ、その時、俺の皺がれた手足が戻り、深く刻まれた顔の皺も幾分元に戻っているとね。つまり、"竜牙"に生気を吸われ続けて急速に老け込んでいたこの私が、若返ったのだ!」
「……」
「その青年は故郷の森から買い出しに来ていた、"無垢族"だということが分かった。生まれてから一度も他の生き物の命を獲らない、世界で一番清らかな連中だという。成る程、そいつらの血肉が、常に命を吸われ続けている俺の身体を若返らせる、というのも合点が行く話である」
「……」
「つまり、これも天の命であると俺は確信したのだ。天は俺に、"竜牙"と"無垢族"というふたつの贈り物をお与え下さったのだ。」
「……レイロウ、よく話が分からないが……お前はつまり、本当に"無垢族"の青年を襲って食べたのか?」
「そうだ」
「そうだって……」
「"無垢族"は、竜牙で命を削られた私を若返らせる為の、天からの贈り物だ。それを食すのは当然である」
「レイロウ、お前……」
「しかし流石に、"巣"から出て来る"無垢族"を探して捕らえるのは骨が折れる。それに無垢族は本来は保護すべき少数種族だ。……いずれ白刃会に、"無垢族"の養殖場を作らなければならないな」
常軌を逸した話をさも当然のようにするレイロウの目は、完全にイカレてしまっています。
「レイロウ、お前さっき部屋の中で何か食べていたな。もしかしてあれは……」
「ああ、先日捕らえた"無垢族"の若い娘だ。あれは本当に美味であった。見ろ私の姿を、確実に若返ったぞ」
そう言うと、レイロウは手の平を空に掲げ、そして自らの顔を撫ぜ、艶やかな自身の姿を誇示しました。
確かに以前より、レイロウの姿はとんでもなく若く見えます。
そして首に掛けた大粒の極光石の首飾りを手に持ち、これを振ってキラキラと輝かせました。
「それにこんな“おまけ“も付いていたしな。さあ、さっさと終わらせて食事に戻るぞ」
「……イノス嬢を食ったな?この腐れ外道め!やはり不死人はどこまで行っても不死人、下賤の者か」
「何だと貴様!?」
その刹那、レイロウの目前で静かに話しを聞いていたオーレンの雰囲気が、がらりと変わりました。
まだ幼さの見えた青年の顔は恐ろしき鬼の形相となり、怒髪天を突くかのごとく髪の毛が逆立ちます。
その体躯もみるみる大きくなり。身体中に鱗が生え、逞しい“尾“のようなものも生えてきていました。
そしてその目は……獰猛な爬虫類のように冷たくも鋭い光を宿しているのでした。
「な、なんだ!?」
「おおおお!?」
「何が起きている!?」
「ひい、恐ろしい!」
レイロウをはじめ、ダイラーに見届け人たち一同もオーレンのその変貌ぶりにたいへん驚きました。
どう見てもそれは人間の姿ではなかったからです。
「おのれ化け物め!!」
レイロウは腰から“ザンク”を勢いよく抜くと、そのままの早さでオーレンに斬りかかりました。
しかし近代の名刀匠・ザンク氏の遺作となった剣は、オーレンの身体に触れるやいなやパーン!と割れてしまったのでした。
「!?」と、慌てふためくレイロウ。
オーレンの身体を覆いはじめた“鱗”が、それだけ強固ということです。
「ならば!!」
そう言って、レイロウはもう一本の剣、伝説の魔剣・“竜牙”を抜き、構えました。
「待て、レイロウ!」
レイロウが急に"竜牙"の力を使おうとしたので、ダイラーが慌てました、こんな近くで"竜牙"の破壊力に巻き込まれたら大変です。
しかしそんなことを気にも留めず、レイロウは"竜牙"を一直線に、空を切り裂くようにオーレンに向けて斬り下ろしました。
「うわあ!!」
一番近くで審判をしているダイラーが思わず叫びました。
周囲の見届け役たちも、すぐに頭を抱えて身を屈めました。
しかし……何も起きないのです。
あの軍事都市バルキラの嘆きの壁や、夕焼けのボタ山を丸ごと消し飛ばした"竜の力"が、
発動しないのでした。
「あれ?」と、ダイラーもそれを不思議に思いました。
「うぬっ!ぬかったか?」
そう言うとレイロウはもう一度、"竜牙"を構えて確実にオーレンに向けて振り下ろしました。
……しかしやはり何も起こりません。
壊れた?いや、魔剣・"竜牙"はその恐ろしい威力を内になみなみと湛えており、いまにも爆発しそうな気配を持っています。剣には問題は有りません。
しかし、何も起きないのです。
こんなことはレイロウが"竜牙"を手にしてから初めてのことでした。
"竜牙"が壊れたわけではありません、どちらかと言えば"竜牙"が攻撃を拒んでいるようにも感じます。
「な、なぜ?」
「ふん、分からないのか……」
困惑するレイロウに、"異形"へと変化したオーレンが言いました。
その声も忌々しい、人外のものとなっています。
その姿はまるで、伝説の"竜"のようです。
『最強の生物・“竜“の牙で造られた"竜牙"が攻撃できない相手、それが考えられるのはただ一人……竜本人だ』
レイロウはそう直感しました。
竜族は人に化けて人間世界に溶け込むことができる、そう本で読んだ事もあります。
「ふん、ようやく気付いたか」
オーレンがそう、禍々しさを孕む闇深い声で言いました。
その声に、全員が聞き入りました。
「今からおよそ400年前、ある国の王に懇願されたことがある。
己の命と引き換えに"自国"を滅ぼしてくれ、とな。
そやつは本物の慈悲深い名君であったよ。歴代のどの王よりも民を、国を愛し、尽くした。
しかし酷い飢饉が三年目も続いた時、無知蒙昧な民たちはその飢饉の原因は"王族の贅"にあるとした。
王の贅に天が怒り、日照りをもたらしているとな。
飢えと怒りで逆上した国民は団結し、王の愛する妃と王子、姫君を捕らえ、民衆の前で残忍に処刑したのだ。
民衆は活気立ち、大いに沸いた。王族の死刑は、飢饉の断罪として見世物とされたのだ。
そこで王のみがどうにか逃げ出し、そして我が住処"竜の巣"まで来たのだ」
"竜の巣"とは、雲の上の何処か知れない高地にあるという、竜の寝ぐらのことです。
「悲哀にくれた王は自分の命と引き換えに、あの愚かな国を滅ぼしてくれと懇願してきたよ。
しかし俺は断った。お前の命と引き換えと言えど、なぜ俺が人間の国など滅ぼさなくてはいけないとな。
しかし王は引き下がらなった。何日も何日も何日も、全く飲み食いもせず"竜の巣"の前に居すわり、願い続けた。
ついに王が絶命しそうになるその前に、俺は応えてやったよ。
『そんなにやりたければ自分でやれ』、とな」
そう言うとオーレンは、自分の口の端を右手の小指で引っ掛け、それをグイと横に引っ張りました。
するとオーレンの右の犬歯、いわゆる"牙"が無いのでした。
「!?」
それを見たレイロウが目を見開きました。
「俺の"牙"を一本、剣にして与えてやったんだ。
その剣は"俺の力"を持ち、持つ者の"命"と引き換えに、一度だけその力を使えるようにした」
「……!!」
「やつは死にかけながら狂喜乱舞したよ。そして王は見事、やり切ったんだ。己の命と引き換えに、その剣で自国を全部吹き飛ばしやがった。
あれはこれまで見た最高の破壊力であった。死にかけなど関係ない、まさに"人間の業"の闇深さ、強さを思い知ったよ」
「……それが大昔にあったと言われるランサ国の消滅の真相か。気の狂った王が、竜の牙で作られた剣を持ち、自国の首都を一夜で消え去ったという」
ダイラーがそうつぶやきました。
あれはてっきり有名なおとぎ話か何かとばかり思っていたのです。
「そうだ。ただ、先に狂っていたのは王でなく民であったがな。
そしてそれがなかなかに面白かったので、俺は“その剣”をそのまま暫く人間世界に放置していたのだ。
しかしそれが巡り巡って、まさかよりによって"不死人"の手に渡るとはな。
これは誤算であったぞ、あくまで"竜牙"は人間が一生に一度だけ使える“禁じ手"のつもりで与えたのに、
一人でこれほどまでに繰り返して使われることになるとはな。よってもう返してもらう」
すると、レイロウの手から"竜牙"が自然に離れ、スーッと浮かんでオーレンの手に渡ったのでした。
それは、本来の主の元へ戻るかのような自然な動きであり、レイロウはそれに抗えず、全く動けないでいました。
「ふん、こんな物はさっさと回収すべきであった」
"竜牙"を持つ、若き"竜族"の剣士。
この立ち姿は実に様になっており、レイロウなどとは比べ物にならないのでした。
レイロウはこの事態に、もう何も言えなくなっていました。
「さんざん"遊ばれた"報いだ、業を返そう」
するとオーレンは"竜牙"を構え、レイロウにむけてピュンと鋭く一振りしました。
もう腑抜けのように棒立ちになっているレイロウの胸に、一文字の刀傷が走ります。
不死人の特性によりすぐに治癒が始まりましたが、しかしそれより先にレイロウの体内でその"傷"が増殖し始めたのを感じました。
一つの傷が二つに、二つの傷が四つに、四つの傷が八つに、という風にです。
その増殖の速さは、不死人の治癒能力よりも遥かに早いのでした。
「あやつの身体を細胞の単位まで、破壊し尽くせ」
そうオーレンは言いました。
レイロウはこの時、明確に自分の"死"を悟りました。
そしてこう思ったのです、
一、
"竜牙"は"不死人の剣士"である自分への天からの授かり物であり、
自分の為に作られたと本気で信じていましたが、
全くそうではなかったこと。
二、
"竜牙"を手にしてからのおよそ25年間、"竜の力"を爆発的に放出する使い方しかしませんでしたが、
このように一つの小さな斬撃の中に"竜の力"を込めることで、
傷を受けた相手を内部から破壊し尽くす方法があるのを初めて知ったこと。
三、
以上から、自分こそが"偽物"であり、これまでとんでもない思い上がりをしていたと分かったのでした。
……ああ、私はお師匠の言いつけ通り、本当に"いちばん偉く、強い剣士"になれたのでしょうか。
確かにミサンガル大監獄の獄長という、立場としてはこれ以上ない地位にまで登り詰める事は出来ました。しかし、これが本当に"正しい道"だったのでしょうか。
でももう、そんなことを考えても仕方がありません。
ただ、ひとつ間違いなく言えることは、正しくても正しくなかったとしても、
レイロウは故郷のボタ山を出てからというもの“懸命に生きた“という事です。
不死人という決して死なない、特異な種族でありながらも、一所懸命に生きたのです。
それだけは決して嘘偽りの無い、本当の真実でありました。
人はすべからく、迷い、失い、後悔しながらも、それぞれの"道"を進むのです。
そしてーー
……そう考え終わる間もなく、レイロウの身体の中では刀傷の増殖が無限に繰り返され、
遂にその姿は跡形もなく消え去ったのでした。
■■■■
「……これが先代の監獄長・"不死人の剣士・レイロウ"の生涯であった……」
ダイラーはここまでを一気に話しました。
やや語り過ぎたかと思い、盗賊・マゼルの方を見ますと、マゼルは何本もの剣を抱えながら、床に座って寝ていました。
世間に悪名を轟かせる大悪党でも、
その寝顔はまだあどけなさの残る少年のようであり、レイロウと初めて会った時もこの年頃であったことをダイラーは思い出しました。
マゼルはダイラーが話している間、この"剣の間"に飾り掛けてある数百本の銘品・逸品の中から七本の剣を選び、抱きかかえていました。
そしてその中の一本は、ひどく古びたアーガンド王国軍の正式官給剣なのでした。
「ひょっひょっ。あれだけ大立ち回りをして流石に疲れたのであろう。
剣の道は、長く険しい修羅の道。しばし休息されるが良い……」
老人はそうつぶやき、そこで眠る少年の行く末を案じたのでした。
【完】




