四十五、 監獄長室
アーガンド王国の誇る永久不滅の大監獄・ミサンガルの監獄長室の扉の前で、
部屋の警備担当のテンと看守のランスが何やら言い合いをしておりました。
「監獄長のかつてからの命令である、通してくれ!」
「断る!こちらも命令を受けている!」
「何だと!」
「時間を置いてまた来られよ!」
「そうはいかん!」
その切迫した雰囲気に、そこへ通りかかったダイラー警備兵隊長が思わず声をかけました。
「いったい何事だ?」
「ハッ、ダイラー兵隊長殿!
「これは、少し困っておりまして」
思わぬ警備兵隊長の登場に、テンとランスがその場で姿勢を正して敬礼しました。
「どうした」
「それが、今しがた、レイロウ監獄長殿に監獄長の座を掛けた決闘の申し込みがありまして」
そう看守のランスが言いました。
「ほお、何とも久しぶりだな。まだレイロウに喧嘩を売る身の程知らずがいるのか」
「ええ。監獄長からは決闘の申し出があればすぐに連絡するよう言われています」
「あいつは決闘が好きだからな。まあ決闘よりも、相手の持つ剣に興味があるのだが……」
「なので直ぐにお伝えしたいのですが」
「中にいるのだろう?行けばよい」
「しかし、先ほどからこの警備担当がそれを拒みまして」
テンは警備担当のランスの方を睨みました。
ランスはランスで、その場で姿勢を正して凛とした表情をしております。
「どうしたのだ、テン」
「はい。監獄長からは、ご自身が出て来られるまでは絶対に誰も中には入るなと命令されております」
「ほう、なぜ?」
「知りませぬ。私は監獄長より受けた命令をただ守るだけであります!」
「レイロウは、室内で何か緊急ごとか?」
「それも分かりませぬ。監獄長は稀にこうして監獄長室に籠られ、その間は中に絶対誰も入れるなと指示があります」
「そうなのか、それは初めて聞くな」
「しかし、私は監獄長から、決闘の申し込みがあれば直ぐに報告しろと命令されております!」
そこにランスが割って入りました。
「ダイラー警備兵隊長、我々はどちらの命令を優先すればよろしいのでしょうか!」
「どうかご判断を!」
お互いの主張をぶつけあう二人に、ダイラーは心底『どちらでも良いではないか』という呆れた顔をしました。
しかし二人ともたいへん大真面目なのです。
「……で、レイロウは部屋に籠ってどれくらいになる」
「もう小一時間にはなりましょうか」
「長いな。中で昼寝か飯でも食ってるのか?」
「監獄長は不死人であられるので、食事も睡眠もとりません!」
部屋の警備兵のテンがそう語気を強めて言いました。
「……冗談だよ。中で倒れてるのかも」
「監獄長は不死人であられるので、倒れません!」
今度はランスがそう言いました。
二人に責められるように言われ、ダイラーは少しばかり面食らいました。
「分かった、私が中に入って伝えよう」
「え!しかし監獄長は入るなと――」
「いい、いい。私とレイロウの仲だ、問題ない」
「しかし!!」
「テン、お前にお咎めは無いよう言ってやるから」
そう言うと、ダイラーは監獄長室の扉をドンドンと叩きました。
その様子に部屋の警備兵のテンは思わずのけぞってしまいました。
「おい、レイロウ!お前の大好きな剣がやってきたぞ!おい!」
しかし中から返事はありません。
「レイロウ!剣のお時間だ!」
更に扉を叩きながら叫ぶも、やはり応答はありません。
「レイロウめ、何をしてるんだ?」
「監獄長室はお広いので、聞こえてないかもです」
「分かった、中に入ろう」
そう言って扉の取っ手に手をやり、ガチャリと開けてしまいました。
「ああいけません!勝手に入られては私が叱られてしまいます」
「大丈夫だ、私の判断で入るだけだ。お前達も一緒に来い」
「……ええ」
「……はい」
ダイラーとテン、ランスは監獄長室の中へとゆっくり歩を進めました。
監獄長の中は昼間だというのに暗く、前が良く見えません。
「窓の陽を遮っているな。蛍石も落としている。本当に中にいるのか?」
「ええ、先ほど入られましたので」
監獄長室の中はがらりと広く、仕切りや本棚などもたくさん置かれているのでここから部屋全体は見渡せません。
ダイラーは耳を澄ましますと、奥の方から何やらベチャベチャクチャクチャとした音が聞こえます。
「……あれ、本当に何か食べていないか?」
「いえ、監獄長は普段から何も食されませんが」
「だよな」
そう訝しながら、もう一度ダイラーが声を上げました。
「レイロウ!おい、レイロウ!」
すると仕切りの向こうからガタリと音がして、慌てた様子の声が聞こえました。
「誰だ!決して入るなと言ったはずだ!」
「も、申し訳ございません!」
「いや、俺だレイロウ!ダイラーだ!」
「ダイラー!?」
仕切りの向こうの暗闇で、レイロウの声が慌てふためきました。
「なぜここにいる!?」
「お前こそこんな暗い中で何をしているんだ?そちらに行くぞ」
「いや、来るな!そこにいろ、今は出て行けない!」
「……いったい何をしているのだ」
レイロウの声の様子に、ダイラーがさらに訝しみました。
ずっと部屋の警備を担当しているテンも、こんなに焦ったような監獄長の声を聞くのは初めてです。
「待て、来るな!何の用だ!」
「ここの扉の前で看守が困っていてな、それで中に入った」
「申し訳ございません!」と、ランスが声を上げました。
「一体何があった!?」
「レイロウ殿に決闘の申し込みがありました!それで急いでご報告にと」
「……そうか」
「ええ」
「相手は誰だ?」
「相手は、アーガンド王国軍の若い二等剣士であります」
「二等剣士?」
「はい、そう自分で申告されいます。二十歳にも満たない、二等剣士がひとりです」
「ひとり?付き人も無しにか?」
「はい、ひとりです」
「……何とも変わったやつだな」と、ダイラーがまた呆れたように言いました。
「剣は何を持っている?」
「私に剣のことは分かりませんが、腰に一本差されていました」
「一本のみ、か」
「はい」
「……」
部屋の奥で、レイロウは考え込んでいるようでした。
これまで王国中の名だたる剣士たちがレイロウに決闘を挑みました。
しかし稀に、何の実績も立場もない無名の剣士が来ることもありました。
無名剣士はいずれも独自の剣技を持ち、そしてまた変わった剣を持つ者たちでもありました。
"無名剣士ほど珍しい希少な剣を持っている"、がレイロウの持論なのでした。
しかしアーガンド王国軍の、しかも一番下の階級である二等剣士の決闘の依頼は初めてでした。
しかも一人で。
これはかなり訳ありの、"特殊な剣"を持った者ではないか、とレイロウは踏んだのでした。
でなければこんな命知らずな挑戦をする訳がありません。
「分かった、直ぐに準備をして行く!剣技場で待たせておけ!」
「ハッ!」
「分かったらみな、直ぐに出ていけ!」
こうしてレイロウは三人の前に姿を見せることなく、アーガンド王国軍二等剣士・オーレンの決闘を承諾したのでした。
~つづく~




