四十四、 王国軍・第十四詰所にて
オーレンは急いで街角にある王国軍の第十四詰所に戻りました。
この詰所にはオーレンを含めて五名の剣士が所属しており、偉大なる聖都の一画の平和の維持を担当しているのです。
オーレンはさっそくライタン伍長に事の説明をしました。
遥か遠くの森に棲む"無垢族"が、謎の失踪を幾度もしている。これは事件の可能性が極めて高いが、王国軍に依頼しても全く動きが見えない。
遂には困って聖都まで直々に依頼をしに来ている。これは我らが率先して動くべきであると話したのです。
するとすぐにライタン伍長に大声で叱責されたのでした。
「オーレン二等兵、新入りの青二才が勝手な事をするでない!」
「しかし」
「だいたい希少種族についてはそれぞれ専門の部隊が警備に就くものだ。不死人族には不死人保護局があったし、"無垢族"
にもそれ専門の部隊が居るだろう。我々のような一般剣士が口を出せるものではない」
「だからと言って何も出来ないのはおかしいです!ではその専門部隊に動いてもらうように上申してくださいよ!」
「……そう簡単ではないですよ」
前のめりになり伍長に物申すオーレンに、詰所の書類を読みながらミウム上等兵が口を挟みました。
「……"無垢族"の管轄は、王国軍ではないですね」
「王国軍ではない?そんな事はないだろう」
今度は隊長が思わず言い返しました。
希少種族の護衛は、王国軍の大事な使命の一つでもあります。
「勅令を見ると、二年程前から管轄は"白刃会"となっています」
「白刃会?白刃会てえと……」
「ミサンガル大監獄の監獄長・レイロウ殿の組織です。そこが今は"無垢族"の担当をしているようです」
「レイロウ殿!?レイロウ殿ですって!?」
レイロウの名に、オーレンがひとり盛り上がっているようです。
「オーレンはレイロウ殿が大好きだからね。レイロウ殿に憧れて、剣士になる為に王国軍に入ったんでしょう?」
その様子を見て、第十四詰所の紅一点であるジェイス一等兵がそう言いました。
「ああ、レイロウ殿は自分の英雄だ」
「だったら王国軍じゃなくて、白刃会に入ればよかったじゃねえか」
呆れたようにもっともな事を伍長が言いましたが、それにミウム上等兵が返しました。
「白刃会は今や人気があり過ぎて、一般の入会者は公募しておりませんよ。相当な経歴を持つ者が特別に勧誘されるか、"会"の関係者から縁故で入るしかありません」
「そうよ、オーレンや私くらいの年代には子供の頃に"不死人のレイロウ"と言えば大人気で、彼に憧れて剣士を志す人は多いし」
「ま、その影響でゴロツキになる者も多いですがね」
「そうそう、私の幼馴染なんかね――」
若い世代の三人が子供の頃の昔話をする様子を横目に見ながら、伍長がぼそりと言いました。
「……ふうん、不死人なんかがねえ」
「あ!伍長、それはいけません!それは問題発言ですよ!」
「今は出自や種族に囚われず、何にでも成れる時代です!その考えは前時代的です!」
「違うよ、俺たちの子供の頃は不死人と言えば世界で最も怠惰で下賤な種族と教わったんだ。それがお前達の中では英雄扱いなんだろ?時代は変わったな、という話だ」
「ふん」
と、ジェイス一等兵は鼻を鳴らしました。実は彼女もまた、"不死人のレイロウ"に憧れて剣を持つようになったかつての少女なのです。
ライタン伍長は少しバツが悪そうにしながら続けました。
「兎も角、それなら王国軍に幾ら依頼しても駄目だ。管轄が違うんだから動けるわけがない」
「であれば私が白刃会に頼みに行きます!是非"無垢族"を助けて欲しいと!あの白刃会であれば出来るはずです。依頼先はどこですか?」
食いつくように言うオーレンに、ミウムが返しました。
「白刃会の窓口は、無いですよ」
「はい?無い?」
「ええ。白刃会、昔は傭兵部隊として一般からの依頼も受けていましたが、今はミサンガル大監獄の警備が主な仕事となっています。外から申し出を受ける一般の窓口はありませんね」
「ええ……伍長、どうにかしてください!」
「だから何でも俺に頼むな。王国軍とは全く違う組織なんだ、何もできない」
「白刃会の本部も、今はミサンガル大監獄になっていますね。西の荒れ地の果てにある、誰をも寄せつけぬ永久不滅の大監獄です」
「監獄長のレイロウ殿に直接意見ができるのは、その上の王様だけねえ」
「……なんと」
同じ隊の剣士たちが口々にそう言うので、オーレンはどうにも困ってしまいました。
"無垢族"を守るようどうにかして白刃会に進言したかったのですが、とても難しいようです。
「いや、一つありますよ。レイロウ殿に直接お会いして物申す方法が」
「え?」
「何だ?」
ミウムの言葉に、レイロウとライタン伍長も反応しました。
「簡単です。レイロウ殿に、監獄長交代の決闘を申し込めば良いのです。そうすれば会えます」
「……」
ミウムのその答えに、一同が言葉を無くしました。
王国軍の末端の剣士部隊である彼らにとって、ミサンガル大監獄の監獄長の座をかけての決闘など、思いもよらなかったのです。
「しかしあれは、決闘を申し込むとどちらかの首を刎ねない限り決着がつかないんだろう?」
「ええ、昔はそうでした。しかしレイロウ監獄長になってからは、少し規範が変わっています」
「どう?」
「先に負けを認めて、決闘に使っている剣を譲り渡せばよいのです」
「……それだけか?」
「そうです。レイロウ監獄長は刀剣蒐集家としても有名ですからね、挑戦者の持つ剣が貰えればよいのでしょう」
「成る程ねえ」
「ただし!」
ここでミウムが少し語気を強めました。
「それはレイロウ監獄のお眼にかなう刀剣を持っていたら、です」
「と言うと?」
「歯牙にもかけないつまらぬ凡庸な剣では、降参は認められません。昔、聖都剣術指南所の若先生が、弟子に配るような剣を持ち込んだ故に降参を申し出ましたが、有無を言わさず首を落とされたことがあります」
「ああ、恐ろしや」
ライタン伍長が少しばかり大げさに驚きました。
「ただでさえ、相手は"不死人"に伝説の魔剣・"竜牙"です。そんな怪物と我ら一般剣士が勝負などできようもないですね」
「そらそうよ、これまで国中の腕自慢が決闘を挑み、全て返り討ちに遭ったんだから」
そう皆が諦めの空気を出していますが、オーレンだけは相変わらず気焔を上げています。
「そうか、監獄長に決闘を申し込めば良いのか!それでレイロウ殿と直接話が出来る!簡単なことだ」
「おいおい、今の話を聞いていたのか?」
「会えても必ず命を落としますよ?」
「それとも、あんた立派な剣を持っているの?」
「ああ、とっておきのをね!!」
皆の心配をよそに、オーレンの表情は何故か青空のように澄み切っています。
"無垢族"を守るために何をどうすればよいのか全く分からなかったのに、これで活路が見えたと思っているのでした。
「伍長、明日から三日ほどお暇をいただきます!よいですね」
「……ああ、お前は全く休まないからな。それくらいはよいぞ」
「ありがとうございます!では、今日はこれで!」
そう言ってオーレンは詰所を急いで出て行きました。
残された皆はポカーンと拍子抜けしています。
「あいつ大丈夫か、そもそもここからミサンガル大監獄へ行くには馬車でも片道で三日以上はかかるぞ」
「それに、官給剣以外の剣があるのかな?持ってるの見たことないけど」
「オーレンの家に代々伝わる家宝のような剣でもあるのかも」
「そんな名家の出にも見えないけどねえ。伍長、オーレンの家をご存知で?」
「……いや、知らない。どこに住んでるかも、家族構成も知らないな」
「え、そうなんですか?」
「確かにオーレンは普段から自分の家の話はしないね」
「あいつはな……我が隊に急遽入ることが決まったんだ。とにかく採用試験での実技と筆記がとんでもなく優秀な奴だと言われてな。こんな新人はそうは居ない、と上に言われて、経歴等を確認する間もなく配属されたのがあいつだ」
「全くそんな風に見えないけど」
「……ええ、失礼ですが」
「だろう?いざ会ってみるとあの調子だし、よく分からない奴だよ」
「……何事も無ければ良いですが……」
そう言って、聖都第十四詰所の面々はオーレン二等兵の身の上を按じたのでした。
~つづく~




