四十一、 レイロウの帰宅
後ろで本物だ何だとわあわあと騒ぐ群衆を背に、レイロウは真っすぐとボタ山の入口に向かって行きます。
入口と言ってもそれは木材で組んだ簡素な櫓がある"穴"であり、そこから薄暗い内部へと入って行くのでした。
「……何も変わっていないな」
境界線の外の大変貌とは違い、ボタ山の中はレイロウが飛び出してから何もかもが全く同じなのでした。
中の通路は薄暗く、壁の所々に小さな蛍石が掛けられています。
不死人保護局の人が定期的に設置してくれているものです。
この乾いているのか湿っているのか、汚いのか汚くなのか、臭いのか臭くないのか、よく分からないボタ山の空気を思い出し、レイロウは少し陰惨な気分になりました。
一つ間違えば、レイロウはその永い生涯をこの穴の中でずっと暮らしていた事になるのです。
ボタ山の中の通路は蟻の巣のように縦横無人に走っておりますが、レイロウは自分の部屋までの道順はすっかり覚えていました。
先ほどの説明であればここには百人もの不死人が住んでいるとのことでしたが、本当なのでしょうか。
さっきから通路では誰ともすれ違わず、ボタ山の中は静かなものです。
みな自分の部屋に引きこもったままなのでしょうか。
そんな事を考えていると、レイロウは自分の部屋の前についたのでした。
部屋と言っても通路から少し入ったちょっとした空間で、ここにお父さんとお母さんと暮らしていたのでした。
奥からは少し明るい蛍石の明かりが漏れています。
レイロウは15年ぶりに両親に会うことに少し緊張の面持ちとなり、それまで纏っていた外套を脱いで腕に掛けました。
そして立派な制服を着込んだ"ミサンガル大監獄の監獄長"の様相になったのでした。
「失礼、入りますぞ」
そう言ってレイロウは部屋の中へと進みました。
中には、床に座ってぼうっとしていたお父さんと、隅で壁に向かって寝ているお母さんの後ろ姿がありました。
お父さんはレイロウの声に気付きこちらに顔を向けました。
そこに、世話に来た不死人保護局員かと思ったらまったく知らない制服を着込んだ男が立っていることに驚いた様子になりました。
「誰だ?」
「急に飛び出したまま、何年もご無沙汰をしておりました」
「……レイロウなのか?」
お父さんが自分だとすぐ分かってくれた事に、レイロウの顔には歓喜の色が見えました。
「はい、ただいま戻りました。このたび――」
「一体何なのだお前は!!」
レイロウの挨拶を遮るように、お父さんが激高して叫びました。
「お前が急に居なくなってからというもの、保護局の奴らにいろいろ聞かれたり、ボタ山の中を大勢が探し回ったりで大変だったのだぞ。
それに外の騒ぎは何だ?たまに顔を出せばお騒ぎして、ろくに外の空気も吸えなくなった、大迷惑だ!」
レイロウは、自分が居なくなったことによりそんなことが起きているとは全く知らなかったのでした。
「そ、それは知りませんでした。しかし私は、今は剣士として立身しまして」
「剣士だと?下らん!お前は不死人なのだ!お上がわざわざ用意してくださったこのボタ山の中に居ることが一番の幸せなのだ!下手なことをするでない」
「いえ、しかしミサンガル大監獄の――」
「もう二度とここから出るな!分かったな」
お父さんの剣幕に、レイロウは思わず黙ってしまいました。
父は、ミサンガル大監獄の監獄長になることよりも、このボタ山の中に留まることを望まれているのです。
レイロウは、怠け者と言われる不死人族の中でもお父さんだけは理知的であり、
自分はその血を引いているからこそこのように出世できたのだと考えていました。
しかし大人になってから会った父はさも幼稚であり、決して大した人間ではないことがすぐ知れてしまったのです。
レイロウは、ふとお母さんの方を見ました。
お母さんはレイロウが飛び出した時と相変わらず、同じ位置で壁の方を向いて横になって寝たままです。
「お母さん、ただいま戻りました」
その声に反応してか、お母さんは空いている方の手で自分のお尻をボリボリと掻いたのでした。
それ以外に反応はありません。
「お母さん」
「母さんは疲れているんだ、放っておいてやれ」
お父さんは、レイロウが15年前に出行く時と同じ事を言いました。
その言葉にレイロウはハッとしました。
「お父さん、もしかしてお母さんは私が出て行った時からずっと、あのままなのですか?」
「そうだ」
「ずっと、一度も起きずに、そのままの恰好でそこで寝ているのですか?」
「そうだ、だから何だ」
レイロウは驚愕しました。
お母さんは昔から動かない人ではありましたが、まさかここまでだとは。
レイロウが一大決心をしてボタ山を出て、
多くの仲間や師と出会い、剣の道に邁進し、
必死に闘い、時には幾度も死ぬような目にも遭い、
海の奥底で伝説の刀剣・"竜牙"を手にし、
仲間と"白刃会"を発足して
ミサンガル大監獄の監獄長にまで上り詰め、
遂には王様にまで認めらえるようになったのに、
そんなレイロウの大冒険の間、お母さんはただずっと寝ているだけなのでした。
こんな怠惰な生き物がいても良いのでしょうか。
お父さんに教えてもらった通り、外の世界では不死人族は侮蔑の対象でした。
そんなを偏見を払拭しようとレイロウはこれまで奮闘してきましたが、
両親の姿を見るに、これでは卑下にされても仕方がないと思ってしまったのでした。
これまで自分が粉骨砕身したのは何であったのか、
レイロウがそう思い詰めている間も、お父さんはレイロウを叱責し続けました。
レイロウはもうなんだかどうでも良くなってきました。
「……分かりました」
「おい、何が分かったのだ?」
「私はここに帰ってくるべきではなかった。もう失礼させてもらいます」
「おい待て!出ていくなここに居ろ」
「お母さんも、どうぞお達者で。まあ不死人なので達者でいる以外ないのですが」
「待て!」
止めようとする父を振り払い、レイロウは部屋の外へと出て行きました。
レイロウは、別に両親から褒められたかったわけではありません。
ただ一言、これまで懸命に生きたことを認めてもらい、労いの一言でも貰えればそれで良かったのでした。
しかし父はこちらの話に耳を傾けることもなく終始ののしり、
母に至っては起きもせず一瞥すらされなかったのでした。
レイロウの気持ちはやるせなさや呆れから、徐々に"怒り"へと変わってきたのでした。
レイロウは両親への土産として持参した、最上級の絹の寝間着をそのまま部屋へ置いてきました。
飲み食いの必要のない不死人の両親への贈り物として何が良いか、レイロウなりに考えた末の"気持ち"なのでした。
レイロウがボタ山の外に出て来ると、境界線の向こうに群衆がいてこちらを見て大騒ぎしています。
「出てきたぞ!レイロウ様だ!」
「あれが!」
「有難や有難や」
「レイロウ様ー!!」
"不死人の里"に突如現れた本物のレイロウに、みな大騒ぎです。
その様子にげっそりしながら、レイロウは仕方なく境界線の真ん中の扉に向かって歩いて行きます。
すると扉の向こうで、三人の初老の男性が三人が並んで立っていました。その傍らには案内役のシュンク嬢もいます。
皆はレイロウに向けて、深々と頭を下げました。
「これはこれは、ミサンガル大監獄の監獄長・レイロウ様とお見受けしますが」
「……うむ」
そうレイロウが返事をすると、三人の真ん中の男が頭を上げました。
その顔はだいぶ老けはしましたが、確かにかつての荘園長・お館様なのでした。
そしてその両脇にいる男達も、お館様の腰巾着の二人なのでした。
レイロウはこの者たちの顔を忘れたことはありません。
「私はこの一帯の"荘園"を取り仕切っておりますダイゴンと申します」
お館様の名が"ダイゴン"であることを、レイロウはいま初めて知りました。
「今は荘園を全て閉めまして、レイロウ様の前代未聞の偉業を示すべく"不死人の里"を運営しております。
見て下さい、レイロウ様の御栄光にあやかろうと毎日たくさんの人々が遠方からも訪れております。全てレイロウ様のおかげでざいます。
いつかご挨拶をと考えておりましたが、こうしてお会いすることができまして恐縮の至りでございます」
そう揉み手をしながら、また深々と頭を下げました。
腰巾着の二人もシュンク嬢も、それに続いて頭を下げました。
まわりの群衆も、今は黙ってレイロウとお館様のやり取りを固唾を飲んで見守っています。
しかし、これはいったいどういう事でしょう。
お館様は、レイロウの事を忘れてしまったのでしょうか。
いやそんなことはありません、レイロウが荘園で働いていたらたいそうお怒りになり、
お師匠に「不死人の小僧の腕を斬り落とせ!」と命令をしたのです。
それに反発したお師匠に衣服を斬られ、裸同然で逃げ出した辱めを受けた人です。
まだ15年前の出来事であり、それを忘れるでしょうか。
「へへへ……」
と、また薄ら笑いを浮かべながらお館様はレイロウの方を見ました。
その顔は、何かレイロウからの言葉を待っているようでした。
この表情は一体なんなのかとレイロウは思い悩みました。
あの時逃した不死人の子供が大人になり、ミサンガル大監獄の監獄長にまでなったのです。
報復を恐れて隠れはしても、わざわざその前に姿を現して挨拶をすることがあるでしょうか。
得体が知れないなとレイロウはいぶかしがりました。
レイロウから何も言わないと察したお館様は、また語り出しました。
「どうですか、大監獄からの長旅であればずいぶんお疲れでしょう。あちらに私の館がありますので、どうぞお寄りください。
何が口に合われるかは存じませんが、最上級の酒と御馳走を用意させてもらいます。
何ならお泊りになられても結構ですし、帰りの馬車も手配します」
ああ成る程な、とレイロウは思いました。
レイロウを自分の館に呼ぶことで、この"不死人の里"にレイロウのお墨付きを得ようとしているのです。
レイロウが監獄長に就任した時、ダイラーにきつく言われたものでした。
「レイロウ、お前はこれでとてつもない地位を得た。王様直属の所属長だ。よっていろんな輩がお前に擦り寄って来るだろう。
みなお前ではなく、お前の地位にあやかり、利用しようとする奴らだ。お前の威光を悪用し、人々に不利益を掛ける悪党かもしれない。
だから変に近づいてくる者全てに注意をすることだ」
そんなことを口酸っぱく言われたのでした。
レイロウは刀剣の蒐集家として多くの人々と関わりを持ちたがる人であり、それについてもダイラーは良い顔をしませんでしたが、
それでもこれまでは本当に趣味を通じた仲間であり、金品のやりとりはあっても何か利用されることは無かったのでした。
しかし、お館様は違います。
完全にレイロウを利用して、この"不死人の里"でさらに大儲けをしようとしているのです。
レイロウ自身がお館様の屋敷で世話になったとなれば、これはもう認められたも同然です。
きっとお館様は"掛け"に出たのでしょう。
レイロウから逃げるのでなく、あえてレイロウの前に出る。
昔の無礼な振る舞いに、報復されるかもしれません。
しかしもう昔のことだからと、許されることがあるかもしれないのです。
しかも今はレイロウ信望する大勢の聴衆の前です。
そこでミサンガル大監獄の監獄長ともあろうお方が、子供時分の出来事にまだ固執しているのは立派ではないと思われるかもしれません。
大きく失うかもしれないが、大きく得るかもしれない。
お館様は、その一か八かの大きな掛けに出たに違いないのでした。
「……ふっ、大したタマだな。流石の商魂である」
レイロウは思わず言いました。
「ええ?ええどうも、へへへ」
意味が分からずとも、それにつられて三人も引きつった笑顔を見せました。
しかしレイロウは、お館様のその逞しい商魂に呆れながらも少し感心していました。
確かにお金に汚い下等な人間ではありますが、それでもレイロウの両親よりはよほど人間臭く、彼らなりに“懸命に生きている“のでした。
「時にお館様」
「へ!?へえ」
急に昔の呼び名で呼ばれ、お館様はたいへん困惑しました。
「昔ここで働いていた、第七荘園の者達はどうなった」
「え?だ、第七?」
「ああ、忘れたか。子供達ばかりの第七荘園があったではないか。あの者たちは今はどうしている」
「ええ、ああ、そ、そうですな。その者たちはみな暇をやり、今ここでは働いておりません。もうとっくにちりぢりとなり、皆目見当も付きませんな」
「……」
そう苦し紛れに言うお館様を、レイロウは軽く睨みつけました。
これは嘘です。レイロウがこの荘園を出た直後、やはりお師匠をはじめ第七荘園の子供たちは全員、見せしめに殺されたのです。
これはレイロウが後に調べを出して、とっくに分かっていたことなのでした。
そんなことも知らないお館様はまだニチャニチャと汚い笑顔を見せていたのでした。
「……あとひとつ聞くが」
「へい」
「今、あのボタ山の中には不死人族"以外"はいるか?」
「いえ、今はおりません。保護局の方が来るのは決まった日のみで、今はおりません。そうだな?」
お館様は三人の傍らに居る、シュンク嬢に声をかけました。
「え、ええ。今日は保護局の方々をおられません」
「確かか?」
「ええ、ひとりもおりません」
「そうか」
レイロウはそうつぶやくと踵を返し、境界線の扉をくぐり元来たボタ山の方へ戻って行きました。
「あ、レイロウ様どちらへ?ボタ山へお帰りですか?」
「……ああ、ひとつ忘れ物だ」
レイロウはそう振り向きもせずに言い残すと、境界線とボタ山の中間あたりまで歩みを進めました。
するとそこで立ち止まり、纏っていた外套の前をバッと開け放ちました。
そこに、これまで隠れていた腰に差した"竜牙"の姿が見えます。
「おおっ、あれだ!」
「あれが伝説の"竜牙刀"!!」
「本物だ!!」
その様子に境界線の向こうの群衆たちが一斉にどよめきました。
そしてレイロウはボタ山に向かって腰をかがめ、"竜牙"の柄に手をやるとスッと柄から抜いたのでした。
"竜牙"の白銀の刀身が露わになり、陽を受けギラリと光りました。
そしてそれを大きく下段に構えたのでした。
この時、お館様も群衆らも、おのずと危険を察知しました。
何と、レイロウが"竜牙"を使おうとしているのです。
「お、おい」
「逃げた方が良いのではないか?」
「あれは本物だろう?」
「大爆発を起こすと有名ではないか」
その刹那、レイロウはボタ山に向けて"竜牙"を思い切り振り上げました。
レイロウの命を吸った"竜牙"は、竜の咆哮のごとくボタ山へ向けて斬撃を放ちました。
ズガガガガガ!!
まるで巨大地震と落雷と竜巻が一度に起こったような轟音と衝撃です。
「わあああああああ!!」
「ひえええ!!」
「お助け!!」
「母ちゃん!!」
群衆は一斉に身をかがめたり顔を伏せたりしました。
爆発により辺りが一瞬で砂煙に巻かれ、何も見えなくなりました。
やがて地響きが止むと人々は顔を上げ、あたりを見回しました。
徐々に砂煙が落ち着いてくると、先ほどまで境界線の向こうにあった巨大なボタ山がきれいさっぱり消えて無くなっているのでした。
「あっ!!」
「な、ない!!ボタ山がない!!」
恐るべきは"竜牙"の力、あの大きなボタ山をまるごと吹き飛ばしたのでした。
そしてそこには、もうレイロウの姿は見えなかったのでした。
「ああ~山、ボタ山があ~」
「お館様、しっかりしてください」
崩れ落ちるお館様に、腰巾着の二人が駆け寄りました。
「あれは宝の山だったのだぞ~どうしてくれるのだ~!!」
そうです、レイロウはお館様の大稼ぎの種を"不死人ごと"根こそぎ消し飛ばしたのです。
レイロウが監獄長でいる限り、ボタ山では際限なく儲かるはずであったのにそれが一瞬で打ち砕かれたのでした。
レイロウのお父さんお母さんを初め、ボタ山の中に居た不死人たちはどうなったのでしょうか。
流石に"竜牙"の力には耐えきれず粉々になったのでしょうか。
それとも、遥か彼方の荒れ地に吹き飛ばされながらも、またしたたかに復活して生きながらえるのでしょうか。
兎も角、生きていても散りぢりとなり、あの体たらくではもうまともに生活もできないままでしょう。
この時、レイロウ以外の不死人族は実質"絶滅"したことになったのでした。
~つづく~




