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四十、 不死人(アンデッド)の里

レイロウがミサンガル大監獄の監獄長に就任して一年あまりが経ちました。

この頃になると、新監獄長の強さは本物であるとの噂が確証となり、決闘の申し込みもめっきり減りました。

するとレイロウが退屈するのかと言うとそうでもありません、

世界中の刀剣専門の買取人がレイロウへの接見を申し出て珍しい一品を売りに来たりだとか、

手持ちの価値あるひと振りを手放したいのでどうせなら高名な監獄長に譲りたいですとか、

このひと振りを持っているので監獄長所有のひと振りと交換して欲しいだとか、

それに単に自慢の蒐集品について監獄長殿と会話したいなどという好事家まで現れました。

そうこうしているとレイロウは世界有数の刀剣蒐集家となり、

やがて季刊誌『刀剣世界』が監獄長の特集をしたり、レイロウ自身が刀剣に関わる随筆の連載を持ったりするほどになりました。


しかしレイロウも監獄内だけの仕事をしているだけではありません。

ミサンガル大監獄の監獄長という立場ある役職ですので、各地の王族の式典やら催しやらに呼ばれることもよくあります。

世間で話題の新しい監獄長、しかも王様も認めた"不死人(アンデッド)族"の剣士として、色々なところから招かれるのです。

それに出不精で気難しかった前監獄長・ゼゼクル氏と比べて、まだ若く好奇心旺盛なレイロウはとても評判が良かったのでした。


監獄長を招いた側は、お迎えとしてとても立派な馬車を用意します。

レイロウにしてみれば白磁(はくじ)に乗ればどんな遠くの地にも直ぐ飛んで行けるのですが、各地の要人から用意された馬車に乗らないわけにもいきません。

よって何日もかけてパカパカと馬車に揺られて旅をするのですが、道中、車窓から見える道具屋の軒先に変わった剣が売られているのを見つけたり、

偶然やっていた蚤の市でその地方独特の短刀らしき物が見えたりすると、馬車を止めて見に走ったりするのです。


「監獄長なんだから、その辺で買い物をするのは止めなさいな」と警備兵隊長であるダイラーから叱られたりしますが、

そんなのんびりとした旅ならではの刀剣との出会いを、レイロウは嫌いではないのでした。


ある時、レイロウは監獄長として大陸西側諸国の格闘祭に招かれました。

大陸西側の一部では独特の戦闘体系があり、子供から老人までが武道を嗜み、決闘の決まりも使用する武器も東側にはないものだと季刊誌"刀剣世界"で読んだことがあります。

そんな格闘が旺盛な西側諸国の格闘祭に、是非ともミサンガル大監獄の新監獄長であるレイロウを招きたいと連盟でお招きされたのでした。

そこで使用される武器、言わば刀剣に興味があるレイロウは二つ返事でこれを快諾します。

ダイラー警備兵隊長からは「また剣を探しに行きたいだけだろうが」と嫌味を言われたりもしたのですが、

「何を言う、これも監獄長としての務めだ。ああ忙しい」と言い返したのでした。


そんなことで用意された八頭立ての立派な送迎馬車に、監獄長の正装をして"竜牙"と最近入手した刀匠・ガイリ作の長剣を携え、

お付きの警備兵二人を連れてレイロウは旅に出たのでした。


その道中、レイロウはふと思ったのです。

この旅の目的地である西側諸国は、故郷である"夕焼け街"に近いのでした。

"夕焼け街"、ある日急に思い立ち、父母に別れも告げずに棲みかの"ボタ山"を出たのは、もう15年も前の事です。

あの日、金色の甲冑を纏った騎士に助けられてから、剣士になる事を志して今日までとにかく我武者羅に、文字通り休まず歩んできました。

今はその剣士として辿り着ける"最高峰"まで辿り着いているのです。決して恥ずかしくはない成果です。

ふとそんな事を思い、レイロウは一度故郷に帰ってみたくなったのでした。


レイロウはあらかじめ西側諸国で刀剣探しをする為、滞在を予定よりも二日ほど早めに予定していたのですが、

その期間を夕焼け街に帰る事に宛てたのでした。

格闘祭を二日後に控え、開催地のテイレン市に到着したレイロウは早速別の馬車を用意させ、お付きの警備兵も無しに夕焼け街へと向かったのでした。

白磁(はくじ)に乗ればほんのわずかの時間でつくのですが、レイロウはせっかくなら自分がボタ山を出た時に歩いた道を逆にたどりたいとわざわざ小さな馬車を選んだのでした。


「我々もお供に!我々がダイラー隊長に叱られてしまいます」と懇願するお付きの警備兵たちも退け、

レイロウは監獄長の制服の上にゾロリとした頭巾付きの外套を羽織り、"竜牙"と"ガイリ"を腰に差し、ちょっとした手荷物を持って出かけたのでした。


「夕焼け街まで行ってくれるか?」

「はいよ旦那」


まさか馬車に乗せているのがミサンガル大監獄の監獄長であるとはつゆ知らず、手配した馭者の初老の男は返事しました。


「……本当か?夕焼け街のさら奥、ボタ山までだが」

「はい、旦那」

「ボタ山を知っているのか?」

「勿論でさ。さ、出しますからちゃんと乗ってくだせえ」


レイロウは少々面食らってしまいました。

馬車というものは主要な町から町へと流すもので、何も無い、貧乏人しか居ない夕焼け街など行く者もなく、

その果てにあるボタ山など誰も知らず、『なぜそんな所に行くんですかい?』と聞き返されるとばかり思っていたのです。


「……そうか」


そんな気の抜けた返事をレイロウがしますと、馭者は


「旦那も剣士様でしょう?近頃は剣士様もよくおいでやす」


なんて事を言ったのでした。


小さな馬車はレイロウひとりを乗せてガタガタパカパカと進みます。

レイロウは久しぶりのひとりでの旅にゆるりと凄し、先日入手した刀剣の作りについて記した冊子を読んだりしておりました。

すると馬車の上の初老の馭者が「そろそろ夕焼け街に入ります」と言いました。

その声にレイロウは窓の外を見ました。

この辺りが、かつて初めての仲間たちと働き、師より剣を学んだ荘園となるはずです。

するとその景色にレイロウは大変に驚きました。

なんと、レイロウの乗る馬車と同じように、同じ方向に向かって進む駅馬車や、徒歩で行く人々が沢山見えたのでした。

子供を連れた家族だの、老人夫婦だの、それに剣を腰に携えた剣士の姿も見られます。

こんな赤茶けた荒れ地に、こんなに様々な人たちが居る事にレイロウはまず驚きました。


「おい、みんなどこへ行くのだ」

「どこって旦那、旦那と同じくボタ山ですよ」

「ボタ山?何をしに?」

「何しにって、ボタ山へ不死人(アンデッド)を見に行くのでは?」

「何だって?」


馬車の窓から顔を出して前の方を見たレイロウは目を丸くしました。

そこには大きく派手は作りの門に、これまた大きな文字で


『ようこそ不死人(アンデッド)の里・夕焼け街へ』


と書かれた看板が大仰に挙げられてあるのでした。

そしてみなその看板の下をくぐって、向こうに見えるボタ山の山影の方へ進んでいるのです。

ボタ山へ続く一本道の両側には露店がひしめく様に並び、食べ物やら飲み物やら土産物が威勢よく売られているのでした。


「何だいこれは」


拍子抜けするレイロウに、馬車の上から馭者が言いました。


「旦那、馬車が行けるのはここまでですので降りてくだせえ。あとは歩きです。お代はもうたんまり頂いてますので、またよろしゅうお頼みもうします」


馬車はレイロウを門の前に下ろし、さっさと行ってしまいました。

レイロウは頭上の看板をもう一度見上ました。


「"ようこそ不死人(アンデッド)の里へ"だと?」


多くの人々が楽しそうにその門の下をくぐり行き来します。

レイロウもその門をくぐり、人々の流れに任せてボタ山の方へと進みました。

道の両脇にある土産物屋には、額に入れたレイロウの監獄長の即位式の時の肖像画だとか、レイロウの名の入った壁掛けや絵葉書だとか、レイロウの生涯を描いたという絵本、

そして"竜牙"を模した玩具の刀まで売られているのでした。そしてそれを多くの人が手にして買い求めています。

レイロウは思わず、自分が監獄長とは知られないように外套の頭巾を深くかぶり直しました。

またレイロウのほかにも剣士らしき者が幾人もいるので、こんな大勢の中で帯刀していても特に不審だとも思われないのでした。


しかしこれがあの何もなかった夕焼け街なのでしょうか、まるで祭りのような賑わいです。

レイロウがふらふらと面食らいながら進みますと、ボタ山の前での大監獄の制服に模した衣装を着た若い女性が、

これまた大監獄の紋章を付けた小旗を振りながら大声で話しているのでした。


「それではこれからミサンガル大監獄の監獄長・レイロウ様の生い立ちについて解説いたしますよー!みなさんこちらまでおいで下さいー!」


その声に辺りの人々がわらわらと集まりだしました。

子供を前の方に入れてやれと、優しい大人たちが言い出して子供たちが前へと行きました。


レイロウの家であるボタ山は以前とまったく同じ形をして、その場所に変わらずデンと佇んでいます。

変わった所といえば、かつてレイロウが決して越えはいけないと言われた"境界線"に立派な木製の策がこしらえてあり、

それが大きなボタ山を取り囲むように延々と続いているのです。

そしてその所々に「関係者意外決して立ち入るべからず・不死人(アンデッド)保護局」と、

周囲の浮かれた雰囲気とはうって変わり、物々しく書かれた看板が所々に貼られているのでした。


女性はその柵の一番近くまで近づくと、あらかじめ置いてある小さな台の上に乗って解説をはじめました。


「皆さま、ようこそおいで下さいました。私はここ夕焼け街の案内役を務めております、シュンクと申します」


 そう言ってシュンク嬢は手を振りますと、聴衆は惜しみない拍手を贈りました。


「こちらが不死人(アンデッド)族が住む、通称"ボタ山"となります。ボタ山はもともと夕焼け街に棄てられたゴミや廃棄物、

 それに掘削したあとの岩や土くれなどを集めて出来た、人口のゴミ山であります。そしていつしかここに不死人(アンデッド)族が住みつくようになりました。

 今も百人程の不死人(アンデッド)が内部に住んでいると言われます。

 不死人(アンデッド)族はこの世で最も不思議な種族で、どんなに怪我もたちどころに治り、食事をすることも寝ることも必要なく、

 寿命は人間のおよそ七、八倍は生きると言われております。

 それ故"この世界で最も怠惰で下賤な種族"と言われながらも、この不思議な生態をどうにか調べようと、不死人(アンデッド)族は長年医療の実験台となり、

 また好事家の見世物とされ、不遇な歴史を歩んできたのです。

 それを問題視した時の王様が不死人(アンデッド)を保護し、ここボタ山を保護地としたのです」


「へえー」

「飲まず食わすで生きていけるなんて、気楽な者ねえ」

「馬鹿、それで何百年も生きるなら退屈で仕方ないわ」


などと集まった聴衆が口々に言いました。


「そしてここから先は、不死人(アンデッド)保護局の方意外は立入厳禁となりますので決して入らないように。

 入ると厳罰を受けます。もしお客様の中に保護局の方か……不死人(アンデッド)ご本人がいらしたら別ですが」


シュンク嬢の言葉にみながドッと笑いました。


「普段は決してボタ山から出ないのが不死人(アンデッド)族の習性となりますが、今からおよそ25年前、歴史に名を刻む不死人(アンデッド)が生まれます。

それがご存知・現ミサンガル大監獄の監獄長・レイロウ様になります」

 レイロウ様はそれまでの不死人(アンデッド)にはない好奇心旺盛な子供で、このボタ山から出てよく一人で遊んでおりました。

 そこで不死人(アンデッド)を狙った暴漢に襲われたのですが、そこを勇敢な剣士様に救われたことで、剣士になることを目指すようになります。

 そしてレイロウ様11才の時、たったひとりでこのボタ山を旅だったのです。

"世界で最も下賤な種族"とまで言われた不死人(アンデッド)族の子供がひとりで剣士を目指すなど、こんな困難なことはありません。

しかしレイロウ様は今日まで血の滲むような努力と研鑽の日々を過ごし、ついにはミサンガル大監獄の監獄長にまでなりなさったのです」


「不死人(アンデッド)だから血が滲んでもすぐに治るだろうがな」


聴衆の一人がそのようにふざけてヤジを飛ばし、またドッと笑いが起きます。

そのように観客が盛り上がったところで、シュンク嬢がまた言いました。


「さて、それ以来レイロウ様のような長寿と健康を、また飛びぬけた立身出世にあやかろうとこのボタ山に来る人が後を絶ちません。

 また、ひと目でも不死人(アンデッド)族を見てみたいとも。みなさんもその中の一人ですね。

 不死人(アンデッド)はめったにあのボタ山から出ることはありません。それでも皆さんの願いが届けば、もしかしたら窓穴から顔を出してくれるかもしれません。

 ではここから大きな声で不死人(アンデッド)さんを呼んでみましょう。皆さんも大きな声で言って下さいね。では、不死人(アンデッド)さーん!」

「不死人(アンデッド)さーん!」


と、子供たちがシュンク嬢の後に続けました。


「こら、大人たちも声を出してくださいね!恥ずかしがっては駄目ですよ!」


先ほど黙っていた大人たちは苦笑いをします。


「では皆さん大きな声で、不死人(アンデッド)さーん!」

「不死人(アンデッド)さーん!」

「そう、いいですね!不死人(アンデッド)さーん!」

「不死人(アンデッド)さーん!」


こんな事を何度か繰り返すも、向こうのボタ山の窓穴からは誰も顔を出しません。


「やはりだめですね。それも仕方ありません、不死人(アンデッド)さんたちはみな忙しいので滅多に外に顔を出すことはありません。

 まあ、一体中で何をしているのかが分かりませんがね」


また皆が笑います。


「でもご安心下さい、そんな皆さんの為に"健康祈願"、"家内安全"、"出世や仕事運の成就"の為の護符をあちらの授与所でお売りしております!ぜひお買い求め下さい!」

「なんだい、しっかりしてるなあ」

「結局金かいな」

「地獄の沙汰も金次第だ。あちらさんは死にもしないのに」

「本当に不死人(アンデッド)はあそこに住んでいるのかね?」


そんな事をやいやい言いながら、みなシュンク嬢に促されるままにぞろぞろと露店の方へと連れられて行くのでした。


「先ほど説明したレイロウ様の半生を描いた"伝記"も売られていますので、そちらも是非どうぞ!!」


そのような声に、レイロウは「やれやれ、やってられないな……」と呟きました。

そしてボタ山の正面から続く道を塞ぐ柵の扉に手を掛け、それをガチャリと開けたのでした。


「あっ、剣士様いけません!先ほど言ったでしょう、保護局の方と不死人(アンデッド)以外は立入厳禁です!!本当に捕まりますよ!」


驚いた様子のシュンク嬢の方に視線を向け、レイロウは外套の前を少しはだけました。

そこに大監獄の紋章のついた本物の制服が、ちらりと覗きました。

そして頭巾の奥には、不死人(アンデッド)特有の緋色の瞳が見えたのです。


「ひっ!?」

「……ただの帰宅だ」


レイロウはそう言って柵の扉を開けて、ズカズカとボタ山の入口向かって進んでいきました。


「ああっ!!れ、レイロウ様!?レイロウ様だ!!」

「ええっ!?」

「何だって?本物か?」

「あれが!?」


シュンク嬢がそう叫んだことで辺りの観光客は騒然としました。


「たた、大変だ!遂にレイロウ様が帰ってきた!早く"お館様"にお伝えしなくては!!


そしてシュンク嬢は一目散に荘園の社務所へ向かって走ったのでした。


~つづく~

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