三十八、 勝負あり
"竜牙刀"
世界最強の種族・竜族の牙で造られた剣。
手にした者へ"竜の力"を与える代償に、その者の"命"を吸い取ると言われれる魔剣です。
今、自分の手に握られている白銀の刃を持ったこの剣は"それ"であろうと、監獄長は直感しました。
しかし"竜牙"は不死人がずっと腰に差していたはずです。
監獄長は先ほど鉄球の回転で屋上の遥か向こうに弾き飛ばしたレイロウの剣の方を見ました。
てっきりあれが"竜牙"だと思っていましたが、どうやら違うようです。
偽物?
しかし、二匹のギガムの頭部を吹き飛ばした"力"は本物です。
そしてそれが何故、側近の警備兵の手に?
監獄長の側近は、警備兵の中でも選りすぐりの剣士です。
その中でも監獄長の斬首剣を預かる者は、警備兵隊長に次ぐほどの役職です。
大監獄の警備兵の制服もきちんと纏っており、白刃会の一味とすり替わることも到底出来ません。
では何故……
監獄長の頭に一気にそんなことが巡りました。
しかし今はそんなことを考えている猶予はありません、今手にしているのは持つ者の命を吸う"魔剣"なのです。
一刻も早く手放さなくてはなりません。しかし、剣の柄から手が離れないのです。
『!?』
監獄長は剣を持つ右手をブンブンと振りましたが、全く取れません。
"何か"が剣の柄にべったりと塗られているようです。
「それは"オルク"という小型の白磁の尻から分泌される粘液です。これは物と物の間でくっつくと二度と取れません。
森窩は古来からこの分泌液を使い、物作りや修復など行っていたそうですよ」
そう"剣持ち"の覆面の警備兵が言いました。
「もし剣を手から取りたいなら、右手を切断するしかありませんね」
この"剣持ち"の警備兵は若くして優秀な剣士であり、人望も厚く、このミサンガル大監獄に来てわずか七年で監獄長の直属となった人物なのです。
名を"ダイラー"と言いました。
ダイラーは覆面を取り、その奥の素顔を晒しました。
そしてその面には、白刃会の紋章の入った額飾りを付けているのでした。
「ダイラー、貴様!!きえええええ」
全てを察した監獄長は、念動力で鉄球を高速回転させて自身の右腕に当てました。
ブーン!!ギャギャギャギャ!!と肉と骨が削れて飛び散る音がし、すぐに監獄長の太い右腕が引き千切れました。
そして右手首と共に床に落ちた魔剣・"竜牙"はドンッと少爆発を起こし、大監獄の屋上全体をバキバキに割ったのでした。
石造りの床がまるで蛇のように波打ち、屋上にいる全ての人間が均衡を失いよろけました。
「あああああ!!」
自らの右腕を落とした監獄長殿は、その屋上に倒れこんんで苦しみました。
それもそのはず、麻酔薬も何もなしに自らの腕を鉄球の回転で引き契ったのです。
しかしその巨躯ゆえ、転がることもできず切断した右腕を左下で抑える事もできず、ただ仰向けで倒れてじたばたとするのみです。
間近でその様子を見ているチシン氏も、もうひとりの助太刀人の警備兵もその様子におろおろするばかりです。
しかしすぐに監獄のその元気も無くなり、仰向けに倒れて空を見上げるその目から光が失われました。
「監獄長!!」
チシン氏が監獄長殿に駈け寄ろうとしましたが、それをまだ身体を修復中のレイロウが一括しました。
「触るな!お主は審判であろう!!」
「なんだと不死人!!」
「決闘中に入れるのは、助太刀人のふたりだけだ!審判は下がれ!俺が元通りに"治る"までな!」
「うっ……」
確かにレイロウの言う通りなのです。
そして先ほどまでレイロウが取り乱して喚いていたのは、自分に注意を向けて渡す剣を欺く為の演技であったと分かったのでした。
今のレイロウはまさしく冷静そのものです。
チシン氏は、ダイラーの方をキッと睨みました。
「ダイラー、貴様裏切者であったか!監獄長殿があれほど気にかけてやっていたのに!」
「そうだ、まさかお前が不死人側だっただなんて!」
ダイラーともう一人、助太刀人に選ばれていた警備兵も激高して言いました。
白刃会の選抜隊がこの大監獄の屋上にやってきて、警備兵たちと揉めあった時のどさくさに紛れて、ダイラーは本物の"竜牙"を受け取り、斬首刀との交換を行っていたのでした。
「フフッ、この七年間は長かったですぞ」
「しかし七年も監獄長に従事して警備兵の上位になれば、白刃会なんかより、大監獄に着くのが道理であろう!」
「馬鹿をいうな、俺は白刃会の設立者だ!!白刃会の代表者・ダイラーだ、覚えておけ!!」
そうなのです、七年前に白刃会にレイロウが加入した時、レイロウの密かに持つ『ミサンガル大監獄の監獄長になりたい』、
という熱い想いを聞いたダイラーはそれを実現する為、自ら申し出て大監獄の警備兵に志願したのです。
そしてこの七年間をかけて監獄長の側近にまで出世したのでした。
若く優秀で気風の良いダイラーは監獄長に特に気に入られておりました。
そして常に近くに寄り添いながら、この未曾有の怪物・超人族の大天才を倒すにはどうしたらよいか画策し、
白刃会とは超小型の白磁を使って文のやり取りをし、やっとこの日を迎えたのです。
なんとも気の長い計画なのでした。
「おや、もうレイロウ殿が回復していますぞ」
ダイラーの言葉にチシン氏がそちらに視線をやると、仰向けに倒れている監獄長殿を見下ろすようにレイロウが立ってました。
ぐちゃぐちゃにされた身体はまだ完全に治ってはおらずぐずぐずと修復しておりますが、もう立ち上がることは出来る程なのでした。
かつての世界一の強者は、苦悶の表情をして目を見開いたまま死んでいます。
それをレイロウは見下ろしているのでした。
「ふん、あれだけ"竜牙"の柄を直接掴んで動けたのは、流石の生命力であるな。感服する」
そう健闘した相手を評すると、その傍らに落ちている監獄著の腕が付いたままの"竜牙"を拾い上げ、
レイロウ側の助太刀人・デーゼが拾い上げて持ってきた偽の"竜牙"の柄に収めて、腰に差したのでした。
今だ修復中の身体にボロボロとなった召し物、腰布に監獄長の太い腕が掴んだままの"竜牙"を腰に差し、
ガタガタに壊れた大監獄の屋上に立つその姿の異様なことと言ったらありません。
チシン氏をはじめ大監獄の警備兵も白刃会の面々も畏怖の念を抱き、思わず息を飲んだのでした。
「審判、もう監獄長殿は息を引き取っている。首を跳ねる為に助太刀を呼び入れるが良いな」
「あ、ああ」
そう言うと、助太刀であるデーゼとサキシムがレイロウと監獄長の亡骸の元に寄りました。
大巨漢である監獄長の亡骸を二人で断頭の姿勢にするのはとても大変でありましたが、
どうにか首の後ろを差し出すような形に抑えて座らせると、レイロウがもうひと振りの"初期ペンリ"を抜きました。
そしてその冷たい刃先を頭を垂れて座らされている監獄長のうなじにピタリと当てたのでした。
「太い首だ、まるで人の胴だな」
そうポツリと言うとレイロウは"初期ペンリ"の刃先を上げ、一気に振り下ろしました。
血しぶきを上げながら監獄長の頭部が床にゴトリと落ちます。
「お見事!」
デーゼの賞賛を受けながら、レイロウは監獄長の髪の毛をむんずと掴むと"それ"を一番高く上げました。
監獄長の首が、レイロウの頭よりも上に掲げられます。
「勝負あり!勝者・不死人のレイロウ!!」
その時、この頭部が監獄長ではなく"元監獄長"となった瞬間でした。
遂に、レイロウは世界で一番強い人間の称号を持つ"ミサンガル大監獄の監獄長"になったのでした。
~つづく~




