三十六、 大監獄長・ゼゼクル
突然の建物の崩落に、ミサンガル大監獄は大騒ぎです。
特に大きく崩れた壁の間からは、中に収監されている囚人たちがわらわらと顔を出しました。
いずれも大きな罪を犯した荒くれ者たちです。
囚人の証として鮮やかな橙色の服を纏っています。
「いったいどうした?」
「大地震か?」
「おい、来てみろ外に出れるぞ!」
そして看守らしき者達の声も聞こえます。
「戻れ!戻るんだ!」
「その場から動くんじゃない!」
やがて外を見まわす多くの囚人たちが、何やら白い甲虫のような生き物に乗って空に浮いている人物を目にしたのでした。
「何だあれは!?」
「浮いているぞ!」
レイロウは囚人たちに声が届く距離までパピを下げると、大声を出して言いました。
「我が名はレイロウ!勇敢なる剣士の集い、白刃会の長・"不死人のレイロウ"だ!
私はここミサンガル大監獄の長になるべく、はるばる東の地よりやってきた!
これより監獄長・ゼゼクル殿に正式に決闘を申し込む!」
「不死人のレイロウ、聞いたことがあるぞ!」
「あのくそったれの監獄長に勝負を挑むだと!?いいぞいいぞ」
「監獄長には何度煮え湯を飲まされたかわからねえ!」
レイロウの言葉に囚人たちはやんややんやと大騒ぎしました。
「これから私が監獄長になる前祝いだ、お前たちを自由にしてやろう。これは"恩赦"だ、ここから立ち去るがよい!」
「馬鹿言え!ここから逃げたらまず監獄長が飼ってる二匹の巨大な化け物に食い殺されるわ!」
「あの化け物は監獄長が言わねえと、下を通る者を全部食っちまうからな」
「狂った化け物だ」
「それなら問題ない、二匹とも私が倒した」
「はあ?なんだって?」
「あちらを見よ」
突然やってきた不死人が何を信じられないことを、と囚人たちがレイロウの指さす遠くを見ると、確かに頭部の無い二匹の"化け物"の亡骸が荒れ地に転がっています。
「ああ、本当だ!」
「何てことだ、あの怪物を倒したのか」
「こりゃすげえ、旦那なら本当に監獄長を倒せるかもな!」
「逃げろ!逃げれるぞ!」
「これを逃したら俺らぁ二度と出れない」
そう言うと崩れた壁の隙間から、囚人たちが次から次へとわらわらと外へ出て行きました。
そしてそれを阻止しようとする看守や警備兵たちと大騒ぎとなりました。
「ふん」
そのてんやわんやの様子を下に見ながら、レイロウはまたパピで上昇すると、大監獄の建物の屋上へと行きました。
やがてジンガに乗ったルユールたちも合流し、白刃会の選抜隊7名は大監獄の屋上へと降り立ったのでした。
石造りの大監獄の屋上はがらんと広く、階下から登って来る為の塔屋がひとつあるのみでした。
すると塔屋の扉がばんと開き、中から覆面をした何人もの剣士たちが飛び出してきました。
いずれも胸にミサンガル大監獄の紋章を付けた、正規の警備兵です。
「いたぞ、賊だ!!」
「全員打ち取れ!!突撃!!」
覆面の警備兵たちがこちらへと剣を掲げて突進してきて、白刃会の選抜隊がそれを迎え撃ちました。
両軍営の剣と盾とが激しい音を立てて、もみ合いをはじめます。
レイロウは白刃会の陣営の一番後ろからその様子を見ていました。
すると今度は塔屋の中から、一人の眼光が鋭い細身で長身の初老の男が出てきました。
初老の男は全身鎧に包まれた警備兵とは違い、身なりがきちんとした大監獄の制服と外套を着こみ、その腰にはしゃなりとした優美な刀剣が腰に差されていました。
胸にはやはりミサンガル大監獄の紋章を付けております。
「賊どもを撃破せい!!」
「ハッ!」
初老の男がそう鋭い声で叫ぶと、大監獄の警備兵たちはさらに勢いを付けて襲い掛かります。
どうやら見かけや立振る舞いから、とても位の高い老人に思えました。
「お前がミサンガル大監獄の監獄長・ゼゼクルか!?」
警備兵を薙ぎ払って、そうデーゼが大声を張り上げました。
大監獄の警備兵たちは、囚人からの報復を防ぐために全員覆面をすると聞いたことがあります。
しかし初老の男は覆面もしておらず、そう思わせるような威厳と迫力があるのでした。
「わしが監獄長?馬鹿を言うな、わしはこの大監獄の警備兵隊長・チシンである」
「備兵隊長か!兵隊長などに用は無い、ここの監獄長を出してもらおうか!不死人の剣士・レイロウ氏が用である!」
「小童が偉そうに、不死人ごときが監獄長殿を呼べるか!穢わらしい!」
「何をお!!」
そう大監獄の警備兵隊長・チシンと白刃会の第一隊長・デーゼが言い合いをしていると、塔屋の奥から声がしました。
「やれやれ、何やら騒がしいですね……」
その妙に甲高く深みのある声に、今度は警備兵隊長・チシンが背筋を伸ばしました。
そしてすぐに選抜隊と剣を交えていた警備兵たちも白刃会の面々から距離を置き、姿勢を正して気を付けをしました。
どうやら、塔屋の中にミサンガル大監獄の監獄長・ゼゼクルが来たようでした。
レイロウをはじめ白刃会の面々にも緊張が走り、全員が塔屋の扉に注目します。
すると
「あれ……あれ?狭いな?通れんぞこの扉」
等とブツブツ聞こえてきてきました。
やがて「ええい」という声がすると、なんと塔屋全体が音を立てて一瞬ではじけ飛んだのでした。
砕けた石礫が勢いよく四方に散ります。
「わあ!」
その場の全員が目をふせ、顔を背けました。
二匹の白磁も思わず「ギャア」と鳴いて取り乱します。
この様子を目を反らさずじっと見ているのは、レイロウだけなのでした。
その崩れた塔屋の中から現れたのは、大きく立派な"玉座"についた、これまた巨大な男なのでした。
巨大な男は、自分で立って歩くことはできるだろうかと思うくらい太っており、その顔も手も足もこれ以上膨らまない位パンパンなのでした。
こんなに太った人間を、みな見たことがありません。
しかし身なりはしっかりと大監獄の紋章の入った羅紗な正装をしております。
手の指には幾つもの大きな宝石が付いた金銀の指輪をはめていて、靴もビロウドの羅紗なものです。
そして驚くことは、よく見るとその腰かけている玉座は少し浮いているのです。
白磁が宙にふわりと浮かぶように、同じく玉座が何の音も立てずに空中に留まっているのです。
そしてその上に、この上ない巨漢の男が座っているのでした。
「やれやれ、ここの扉も大きくしてもらわないと困るよ。私が通れないからね。ああ埃っぽい」
そう言いながら玉座はスゥ―ッと空中を滑るように進み、レイロウ達の前に来たのでした。
その巨体と巨体の乗る規格外の大きさの玉座が通るには、塔屋の扉は狭すぎたのでした。
そしてそれを紙細工でできた建物のように吹き飛ばしたようなのです。
この世にも異様な光景に、白刃会の選抜隊は思わず絶句しました。
やがてレイロウが最初に口を開きました。
「ミサンガル大監獄の監獄長・ゼゼクル殿とお見受けするが…」
「いかにも、私がゼゼクルである」
カルラが言っていた、"ミサンガルの監獄長が椅子に座って空を飛んでいた"というお話、
みな笑って聞いていましたが、あれは真実だったのだとここで気付かされたのでした。
そしてそれを目の当たりにすると、これ程までに恐怖するものだと思い知ったのでした。
「あれがミサンガルの監獄長……」
「なんという巨漢だ……」
「あれでは歩く事はおろか、剣を持って戦うことも不可能だろう……」
しかし皆すぐに思い返したのでした、
超人族の天才児は、その能力ゆえ立ったり剣を持つ必要すらないことを。
「私は――」
「知っているよ、"不死人のレイロウ"だろう。噂は聞いている」
「ほう、それは恐縮至極で」
「"姉"がずいぶんお世話になったそうだね」
"姉"、その言葉にレイロウは『ああ』と思いました。
この巨漢にどこか見覚えがある気がしたのですが、それは"竜牙"を手にした時に船内に居た超人族の一人・"なめくじ"の面影なのでした。
あの大柄で太った"なめくじ"のような女性が、監獄長の姉のようです。
であれば、レイロウにとって監獄長は"標的"であり、獄長にとってレイロウは姉の"仇"であるのです。
「立場上、私から"挨拶"に行くわけにもいかなくね……そちらから来てくれて本当に助かったよ」
「それはどうも」
「そしてお前が私を倒してここの監獄長になろうとしている、と言う穏やかでない噂もね」
「何でもお見通し、というわけですな」
「お前の勝負、ミサンガル大監獄の監獄長として受けて立つよ。その前に……これを何とかしないとな」
監獄長はそう言うと、玉座がスゥ―ッとはるか上空に登って行きました。
かなりの上まで行って見渡すと、レイロウが壊した壁の穴から逃げ出した何千人もの囚人が四方八方に走って逃げています。
ここサンダグ地方は大きな植物も育たないだだっ広い平地なので、その様子が空からよっく見えるのです。
そして頭部の無い二匹のギガムの亡骸もあります。
「番犬として便利だったのに、やつらを二匹とも殺してまあ。あれは捕まえるのが大変なんだぞ、まったく」
「何を言うか、外法を使っておきながら……」
白磁の王・ギガムを番犬扱いする監獄長に、屋上のルユールが静かな怒りの炎をメラメラと上げました。
「それに壁の修復も大変だ、派手に壊してまあ……」
そして散り散りに走る囚人らを眼下に見て、言いました。
「しかし、この大監獄から逃亡する者は全員"処刑"だ。おいチシン、用意しろ」
「ハッ!」
そう言われると警備兵隊長・チシンが今度は命令し、警備兵数名が崩れた塔屋の中から、何やら大きな木箱を六人がかりでえっちらおっちらと運んできました。
そして一人がその木箱の蓋をバカッと開けると、中には人の拳くらいの石礫が無数に、何千個も入っているのでした。
あれは何だと白刃会の選抜隊はどよめきました。ただの石ころの山に見えるからです。
すると監獄長は上空でその太い右腕を上げ、指を逃げる囚人たちの方に向けてクイッと向けました。
するとどうでしょう、箱の中の石礫が全て、一斉に上空にドドドという音を立てて勢いよく浮かび上がると、そのまま地表を走る囚人たちの方へ目掛けてすっ飛んでいったのです。
それはまるで。地上の獲物を一直線に狙う猛禽類の大群のようです。
「うわあ!」とその迫力に選抜隊の面々はよろめきそうになりましたが、レイロウが
「動くな!」と一括したのでした。
その何千の石礫は走る囚人たちに次々と降りかかり、その石礫の勢いに当たった箇所、頭や手や足が次々に潰されます。
逃げる囚人よりも石礫の方が幾分数が多く、砂ぼこりが上る中で囚人たちが上空から次々と襲われ、そのうち誰一人動かなくなったのが大監獄の屋上から見えたのでした。
「ぜ、全員殺されてしまったぞ」
「な、なんて技だ」
「これが監獄長の力なのか……」
白刃会の選抜隊の面々は言葉を失いました。
たったひとりの力で、一目散に逃げる無数の囚人たちの群れを本当に一網打尽にしてしまったのです。
これから逃げようとしていた壁の中の囚人たちは、その外の様子を見て急いで監獄の中へ戻って行ったのでした。
これが超人族の王、そして世界で最も強い人間・ゼゼクルの念動力の力なのでした。
およそ人間の力、を遥かに超越しています。
「……ふん!」
その圧倒的な力を前にしてもなお、我らがレイロウの気焔はそのままなのでした。
そして"超人族の大天才"と、"伝説の刀剣・竜牙を持った不死人族の剣士"の戦いが、遂に始まるのでした。
~つづく~




