三十五、 襲撃
この世界で"一番強い人間"はだれでしょうか。
アーガンド王国剣闘大会の優勝者?
王様直属の護衛隊の隊長?
聖都剣術指南道場の師範代?
軍事都市・バルキラ最強騎士団の団長?
それとも伝説の剣士・人斬りオロチ?
いいえ、どれも違います。
かつてより世界で一番強い人間は、"ミサンガル大監獄の監獄長"と決まっています。
ミサンガルは、アーガンド王国中の犯罪者の中でもとびきりの悪人が収監される大監獄です。
他の地方にいくつも点在する監獄では面倒をみきれないようなとびきりの悪者だけが、ここに集められます。
その極悪人たちの中には、大きな組織の重役もいればとてつもない力を持った強者もいます。
大監獄の出来た当初は、たびたび外からの襲撃を受けたり、中からの脱獄が企てられたりしました。
その度に大変な事態になるものですから、それを問題視した当時の王様が
"世界で一番強い人間"を監獄長に任命する勅令を出したのでした。
都にも角にも強ければ、種族、年齢、性別、経歴、戦闘形態など一切構わず、かの大監獄の監獄長に任命すると言うのです。
そうすれば外からも中からも、そうそう手出しはされないと踏んだのです。
この王様発案の"仕組み"は世界を騒がせました。
もし自分が世界一強いと思う人間が居るのであれば、
ミサンガル大監獄に行き、監獄長との決闘を申し込めば良いのです。
この勝負は誰でも申し込めるし、監獄長もこれを退けることは出来ません。
勝負の決め方は簡単で、一対一で正々堂々と闘い、勝った者は負けた相手の首を跳ねて自分の頭の位置より高く掲げれば良いのです。
決闘には公平な審判者が一人と、それぞれ付き人が二人まで認められます。
付き人は、対戦相手が死んだと審判者が認めた後で、負けた方の首を跳ねるのを手伝う事のみが許されます。
よってこの決闘に引き分けは存在せず、勝負をした二人のうち一方は必ず死ぬ事になるのでした。
例えばどこかに「俺は世界一強いのだぞ」と吹聴する輩が居たとします。
しかし「嘘を付くな、ではミサンガルに勝負に行け」と言われれば、大方は尻込みして何も言い返せなくなるのです。
この王国一の監獄長を決める一見野蛮な仕組みは、アーガンド王国中の悪党を広く牽制するに役立っていたのでした。
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ある雲ひとつ無い晴れた朝、一匹の白磁に乗ったレイロウと、
もう一匹、大型の白磁に乗った六名の精鋭たちが、選抜隊として白刃会のアジトを飛び立ちました。
大型白磁・ジンガを操るのは、白磁隊の隊長・ルユールです。
この一匹で六名もの人を乗せて飛べるジンガを捕らえて手名付けたのも、レイロウなのでした。
六名の中には白刃会イチの若手剣士・デーゼも居ます。
彼らの目的地はただ一つ、かのミサンガル大監獄です。
ついに監獄長を倒すべく、白磁会のレイロウをはじめとする選抜隊が動いたのでした。
アジトでは白磁会の仲間たちおよそニ千人が空に向けて手を振り歓声を上げています。
剣を持つ資格のある者は抜刀して鍛えられた鋼を陽に当てキラキラと輝かせて掲げ、
楽隊は喇叭を勇ましく吹いて、
ミサンガル大監獄に飛び立つ七人の精鋭たちを見送ったのでした。
なにせここ白刃会のアジトとミサンガル大監獄は広大なアーガンド王国の端と端にありますので、各地を巡りながら三日三晩も飛ぶと、
大監獄のあるサンダグ地方に入ったのでした。
旅の道中の案内役は今回の選抜隊の最年長・サキシムです。
元漁師で航海士でもあるサキシムは、アーガンド王国の全体地図と太陽や星の位置や方向を見て、サンダグ地方へと迷いなく仲間を誘うのでした。
「そろそろサンダグ地方に入ります」
と、大型白磁・ジンガの背の上でサキシムが言いました。
その声は単独で白磁に乗って後方にいるレイロウにも届きました。
眼下を望むと、そこは背の低い枯れた木々だけが点在する、乾いた荒れ地なのでした。
それがずっとずっと、地平線の向こうまで続いています。
ミサンガル大監獄は、もともと犯罪者の脱獄を防ぐために広大な荒れ地の真ん中にポツンとあるのです。
そしてその様子から、レイロウは故郷の夕焼け街をふいに思い出したのでした。
このどこまでも続く乾いた地面と、ボタ山のある夕焼け街はとてもよく似ています。
あの出たくてしょうがなかった赤茶けただけの大地と、とてもよく似たこの場所に戻って来ようとするのは、なんだか因果であるなと思ったりしたのでした。
サンダグ地方に入ってからの、大監獄への行き方はとても簡単でした。
地表をよっく見ると線が一本まっすぐと伸びていて、これは大監獄へ囚人や物資を運ぶ馬車の通った跡なのでした。
だからこの線を辿って飛べば、おのずと大監獄に着くのです。
レイロウたちはいよいミサンガル大監獄が近いと、その身を引き締める思いがしました。
やがてその線の先に、巨大な建物の影が見えてきました。
それはでたらめに大きな真四角に近い形をした石造りの建造物です。窓のような物も殆ど見えません。
ミサンガル大監獄は、見てくれや快適性など一切考量しない、人を閉じ込める目的だけに作られた巨大な"要塞"であることが、ひと目で分かるのでした。
その時、レイロウたちの乗る二匹の白磁が、急に怯えて並行の姿勢を乱しました。
「ギギィ!!」「ギガァ!!」
と初めて聞くような鳴き声を上げたのでした。
レイロウの乗るパピ、大型のジンガはルユールによりよっく訓練されていて、
どんな時にでも決して取り乱して背に乗せた人間を落とさぬよう躾けられていたのです。
それがこれほどおどろき、体勢を崩したのです。
上に乗っている選抜隊が全員落ちそうになるなど、前代未聞の出来事なのでした。
「いったいどうしたのだ!落ち着け!ハイッ!」
とジンガを操るルユールがしったします。
レイロウもパピをしかりつけ、何とか体制を立て直しました。
二匹は進むの止め、その場の中空に留まりました。
すると、遠くの大監獄の方向から、恐ろしい勢いで何やら巨大な二つの影がこちらに飛んで来るのが見えました。
レイロウやルユール、デーゼやサキシムら選抜隊の全身が総毛立ち、思わず身震いしました。
あの二つの巨大な影に、白磁たちが驚いたようです。
「ギガム!!ギガムだ!!」
その姿を見とめたルユールが狂ったように叫びました。
「ギガム!?あれが!?」
「どう!どう!」
ルユールとレイロウはまた怯えるように取り乱したパピとジンガを落ち着かせる為に、急いで一度地表付近に下ろしました。
そして向こうから来るギガムに見つからないよう、岩陰に隠れました。
ギガムと呼ばれる白磁のなんと大きなことでしょう!!
まるで伝説の生物・"竜"を思わせるような絶望的な恐ろしさがあります。
あの口であればこちらが乗っている白磁ごと簡単に丸飲みされるでしょう。
しかしギガムはある地点までこちらに近づくと、二匹とも急に大きな叫び声を上げてくるりと向こうを向いて行ってしまったのです。
そしてまたこちらに向かって飛んで来ましたが、また同じあたりでくるりと戻ってしまいます。
「何だあの大きさは!?」
「あんな大ききの白磁が居るのか?人間のニ、三人は簡単に飲み込むぞ」
「しかしここまでは来れないみたいだな」
その様子を岩陰から覗いていた選抜隊の面々は口々に言いました。
「あれはギガムだ。私も実物は初めて見た」
"ギガム"とは、白磁の中でも最大級の種であり、魔虫の森の最深部に住む正に"森の主"なのです。
その白い甲殻に包まれた巨大な姿はゆったりとして神々しくもありますが、
白磁の王として縄張り意識が非常に高く、自身の領域を侵したものには好戦的になり容赦なく襲い掛かります。
森窩の間ではその姿を見たら最期、必ず食い殺されるという畏怖すべき存在なのでした。
ミサンガル大監獄の監獄長は大型の白磁を手懐けて守護獣にしているという噂は聞きましたが、それがまさか白磁の王・ギガム、それも二匹も要るとは想定の外なのでした。
「でもまさかギガムが人間なんかに捕らえられるなんて信じられない!それも番犬みたいな扱いにされて」
「それだけ監獄長・ゼゼクルが度を超えた化け物だってことさ」
「でも……」
思いもよらぬ初めてまみえる"王"の登場に混乱するルユールに対し、レイロウが冷静に言いました。
「どうやってギガムを従えているのかしら。あそこからこちらには来ないし、まるで見えない檻に入れられているよう」
「俺たちみたいに手懐けたのでは?」
「ギガムを訓練するなんて絶対に無理よ!あの大さきにあの力よ?熟練の魔虫使いでもそんなこと出来ないわ」
レイロウも確かに、いくら監獄長が超人族の天才だとしてもあの巨大な白磁を躾けるなど出来るように思えないのでした。
今乗ってきたこのジンガを訓練するのもあんなに大変だったのに、あの大きさと力をもったギガムにどんな方法を取ったのかと疑問しかありません。
その時、レイロウが向こうで吠える二匹のギガムを見て、ある違和感を見つけました。
「あの、頭に着いているものは何だ?」
「ええ、あ!」
ルユールもその違和感に気付きました。
二匹のギガムの頭に、それぞれ赤茶色の丸いものがくっ付いているのです。
白磁はその名の通り、全身を白い陶器のような殻に包まれた生物なのですが、その純白の頭部の殻に何かが付いているのです。
こんな白磁は見たことがありません。
「ああ!外法だ!!」
「げほう?」
「外法、つまり決して使ってはいけない技術よ」
「ルユール、何だそれは」
「昔、とても悪い"魔虫使いの一族"が作り出した技よ。無理やり捕らえた白磁の頭に杭を打つの。その打ち所によって白磁は自我を失って、人間のいう事をすんなり聞くようになるの」
「そんな技が……」
「言う事を聞かせる代わりに、頭を撃ち抜くから命を落とすのも早いの。そんな悪い技だから、ずっと昔に魔虫使いの種族間で絶対に使ってはいけない技・外法として取り決めされたのよ」
「成る程、その方法で従えていると」
「たぶん。でも……ギガムに効く外法なんてこれまで誰も開発したことはないと思うけど……行動範囲を制限するなんてそんな細かいことも出来ないはずよ」
そんなルユールと選抜隊たちの話を聞きながら、レイロウが口を挟みました。
「監獄長がどうやってあの二匹のギガムを従えているか、は分らない。でもあの二匹を倒さない事には、我々はミサンガルに辿り着けないわけだ」
「ええ」
「であれば殺すしかないが……よいな」
"白刃会"は、傭兵部隊であると同時に、白磁を操る"白磁隊"でもあります。
白磁隊"の掟として、白磁殺しは一番のご法度なのです。
それでもあの二匹を処さないと、この先は進めないのでした。
「外法を使われた白磁の命は短く、もしあの杭を抜けばきっと即時に死んでしまう。それに魔虫の森の奥深くに棲む"王"であるギガムがこんな荒野の真ん中で人間なんかの番として飼われるのは、白磁ぜんたいに対する冒涜だ。我らの"王"にこんな辱めを続けさせるのであれば、いっそ殺って欲しい……」
ルユールは涙を堪えながらそう言いました。
ギガムは森窩の子供たちにとって、恐怖と同時に憧れの対象であったのです。
一生に一度でも見ることが出来れば、それで充分なほどの存在なのです。
それをこんなふうにして、ルユールにはとても許せなかったのでした。
「分かった、よく決心した。では行くぞ」
そう言うと、レイロウは背に掛けた長い革袋の中から、鞘に入った"竜牙"を取り出しました。
そしてそれを改めて腰にぎゅっと縛り付けたのでした。
「俺が二匹を倒したら、直ぐに飛んで来るんだ。いいな」
レイロウのその力強い声に、選抜隊は頷きました。
あの広い空中を凌駕している二匹の化け物を、我らが大将・レイロウが一人で倒しに行くと言うのです。
「よし、お前なら行けるな!」
そう言って地面に降り立ったパピに声をかけると、パピもまたふわりと宙に浮いたのでした。
よっく訓練された相棒の白磁・パピは、外法なんか使わずともレイロウの言うことを聞くのです。
そうして改めて、レイロウはミサンガルの上空に素早く飛び立ったのでした。
勢いよく飛んできたレイロウとパピに気付いたギガムは、狂ったように一目散にそちらに向かって行きました。
二匹の様子から察するに、たいして食べ物も与えられずにミサンガルに近づいてきた者を襲って食べようとしているようです。
こうなるともう"王"としての威厳も何もありません、レイロウはルユールの言う通りに、二匹の抹殺を改めて心に決めたのでした。
レイロウはパピの背の上で高速で飛びながら"竜牙"を鞘から引き抜きました。
そして先に大口を開けて飛び掛かってきたギガムの頭に向けて竜牙を振り下ろしました。
すると刃から斬撃が飛び、ギガムの頭部をバッサリと吹き飛ばしました。
頭部を失ったギガムはそのまま勢いよく墜落し、大きな砂煙を上げて地面に滑り落ちました。
なんという生命力でしょう、頭部を失い、身体だけになったギガムはいつまでもバタバタとのたうち回っています。
この事態を見ながらも、もう一匹のギガムがレイロウに襲い掛かってきました。
これがギガム本来の気性なのか、外法を打たれた為の行動なのかは分かりません。
レイロウとしては少しは臆して向かってこなくなることを望んでいましたが、
そんなこともなく、さらに勢いを増してこちらに突っ込んできます。
「悪く思うな!」
ミサンガル大監獄の巨大な要塞のような姿を向こうに見て、レイロウは最大限の力を込めて"竜牙"をもう一匹のギガムに向けて振り下ろしました。
また恐ろしい勢いで刃先から斬撃が飛び、ギガムの頭部が吹き飛びました。
そしてギガムを突き抜けてもなお"竜牙"の勢いは劣らず、
その斬撃はそのまま後ろにある石造りのミサンガル大監獄の外壁に当たりました。
ギガムを突き抜けてもなおその勢いは劣えず、巨大な大監獄の石壁がバカンと半壊したのでした。
その様子を離れた地表から見ていた選抜隊は歓声を上げました。
「レイロウ隊長がやったぞ!」
「なんという威力だ!あの頑丈そうな大監獄の壁をもいとも簡単に!」
「当たり前だ、バルキラの"嘆きの壁"さえ崩した力だ!」
「行け行け!続くぞ!隊長に続け!」
そうしてルユールの操るジンガに乗り、残る6人も大監獄の方へ一直線に飛んだのでした。
~つづく~




