三十四、 訣別
カルラは白刃会の会長室に入ったのは初めてでしたが、まずその様子に驚きました。
その広い室内の真ん中には厚い一枚板で造られた大きく立派な猫足のテーブルがドンと置いてあり、
その真ん中のひと際目を引く天鵞絨張りの豪奢な椅子に、レイロウが鎮座しているのでした。
そしてレイロウを囲むように十人程の若者が座っています。選ばれた白刃会の幹部たちです。
それにしても圧巻なのは、その部屋の壁に何十本もの刀剣が掛けて飾られているのです。
いずれもひどく立派で、高価であったり名のありそうな逸品ばかりに見えます。
実はこの頃、レイロウは"竜牙刀を持つ不死人"としてだけでなく、
世界中から刀剣を集めている刀剣の愛好家・蒐集家としても名が知れていたのです。
まさしくここはレイロウが築いた"城"の天守なのでした。
そしてその様相はカルラが一番嫌った金満な貴族や豪商の趣味そのもであり、何だか反吐が出るようでした。
「これはこれは、ようこそおいでくださった"お頭"」
ひどく立派な椅子に座りながら、レイロウがあえて"お頭"を強調して言いました。
「ふん、その"頭"にとんだ歓迎だがな」
「急に来られるからですよ。先に連絡をいただければお迎えしましたのに」
レイロウはこの時、二十四歳の精鍛な青年剣士となっていました。
そしてその腰には、相変わらずあの物騒な"竜牙刀"が下げられています。
しかし"竜牙"は鞘の上からさらに丈夫な革袋で包み込まれています。
どうやら"竜牙"は動物の革に包まれるとその凶悪な妖気が抑えられるともっぱらの噂なのでした。
だから周りの幹部連中も平気なのだな、とカルラは考えましたが、ふと、レイロウを取り巻く中に一人の女性の姿を見とめました。
『威勢の良い男だらけの白刃会にも女性幹部がいるのか』とカルラは思いましたが、ふとそれがルユールであることに気付きました。
カルラはルユールの素顔を見た事はありませんが、その服装やいで立ち、肌の色や瞳の輝きですぐに分かったのでした。
あのルユールが覆面を取って素顔で多くの者の前に居る事に、カルラは素直な驚きと共に少し複雑な心待ちになりました。
たった一年程とは言え、百足に居た時にはまったく変わる事のなかった森窩族の娘が、
ここ白刃会では他人に顔を晒すまでに変わる事が出来ているのです。
そうぼんやりと考えていると、またレイロウが話しかけてきました。
「で、今日は何用でこんな所まで?」
「アジト内の噂で聞いたのだが、"ミサンガル大監獄"に襲撃を掛ける、というのは本当なのか?」
「……」
「……」
「……」
カルラの問いに、そこにいる幹部たちは全員押し黙りました。
その中でレイロウだけは静かに不適な笑みを浮かべています。
「……いや、カルラ殿」
「お前には聞いていない、黙っていろ」
初めに口を開いたデーゼにカルラがピシャリと言いました。
その気迫に流石のデーゼも気後れしたほどでした。
その二人のやり取りを見て、やれやれという感じでレイロウが口を開きました。
「それは少しばかり語弊がありますね」
「何がだ?」
「ミサンガルを襲撃するのでなく、ミサンガルの監獄長を倒しに行くのですよ。この私がね」
「成る程、では噂はだいたい合っているということか」
「そうですね、私が次期の監獄長になるのです。そして白刃会はそのままミサンガル大監獄の運営部隊となるのです」
「思い上がりも甚だしい。理想を言っているだけだ、まるで無理だな」
「ハッ、これは手厳しい」
「そのご自慢の"竜牙"を手にした程度で、あの監獄長を倒せると思ったら大間違いだ」
「ほう。その物言い、まるで監獄長を見たことがあるようですね」
ふん、とカルラは鼻を鳴らしました。
「ああ、あるさ。一度な」
「へえ、初耳ですね。いったいどこで?」
「それよりだな」
レイロウはその話をいったん反らして続けました。
「まずだ、"百足"はお上に見捨てられた子供達の救済の場として設立したのだ。お上が助けようともしない、立場の弱い子供たちの受け皿として作った組織が百足だ」
「ふん、そうでしたね」
「それが、お上の象徴とも言える大監獄の運営に関わるなど、我々の大元の理念に反する。白刃会は百足の傘下だ。我々が"そちら"につけば、世の浮かばれない子供達はどうするのか。まずそれをお前に問いたい」
カルラがそう持論をぶちました。
「……今や百足本体よりも我が会の方がよほど人が多いわ」
幹部の一人がそんな皮肉を呟きましたが、それをカルラが聞こえたのか聞こえなかったのかそのまま続けました。
「それに、どうあがいてもお前は監獄長には勝てない。あれは人外の化け物だ」
「化け物、は私もよく言われますがね」
「お前のは不死人族の特性が"竜牙"の特性とたまたま相性が良かっただけだ。しかしミサンガルの監獄長・ゼゼクルは、超人族きっての大天才だ。"剣"の力に頼っているお前とは根底から違う」
歯に衣着せぬ物言いするカルラに、レイロウが少しイライラした様子となり尋ねました。
「だから、あなたはどこでゼゼクルに会ったことがあるのか?」
「いいだろう、教えてやる。あれは俺が白磁をようやく操れるようになった頃だ。だからお前が百足に来る少し前のことだな」
カルラは続けました。
カルラがようやく白磁に乗って自由に操れるようになった頃、いったいこの生物はどこまで空を高く飛べるのかと知りたくなりました。
"白磁乗り"として、白磁の限界を予め把握する必要があったのです。
ルユールに聞いた所、白磁に対してそんな無理なことはしないでくれときつく叱られてしまったのですが、ある晴れた日、カルラは白磁に乗り頭上にある一つの雲に向けて飛び立ちました。
鳥が雲の高さで飛んでいるのを見た事はあるので、そこまでは行けるのだろうかと考えたのです。
晴れた日の雲の高さはおよそ十間だと聞いたことがあります。
この辺りまでは逞しい鳥も充分飛べる範囲です。
カルラは白磁を操り、それよりも遥か上のニ十間辺りまで上がりました。
ここまで来ると空気がかなり薄くなり、風もびゅびゅうと強くカルラの頭も少し痛くなるのでした。
そしてそれより上には、白磁も行きたがりませんでした。
ここら辺りが限界かとカルラが地表に戻ろうかとしたその時、カルラと白磁の遥か上を、豆粒ほどに見える"何か"が恐ろしい速さで一直線に飛んでいるのでした。
「あれは?」
鳥にしてはあまりに速すぎるし、ここいらで違う白磁が飛んでいるのかとカルラは目を凝らしてみました。
しかしそれは、白磁でも取りでもありませんでした。
それは大きな、椅子だったのです。
もっとよく見ると、椅子に人間が座っています。
つまり……白磁よりも遥か上を、大きな椅子に座った人間が空を切るように真っすぐ進んでいたのでした。
ここまで聞いて、白刃会の幹部たちは薄ら笑いを浮かべました。
「おいおい大丈夫か?」
「椅子に座って空を飛ぶなど」
「カルラ殿、気は確かで?」
そう嘲笑しました。
そんな中、今度はレイロウだけが真顔でカルラのお話を聞いていました。
「ふん、そう思うだろう?椅子が飛ぶなど馬鹿らしいにもほどがある、しかしそれが本当だから恐ろしいのだ。ちょうど今、レイロウが座っているような大仰な椅子に鎮座した男が、遥か頭上を一直線に飛んでいるのだからな」
「……」
「監獄長・ゼゼクルは、超人族でも突出した念動力を持つと聞く。つまり、念動力で自分の身体を椅子ごと持ち上げ、信じられない程の勢いで飛ばしているのだ。その恐ろしさが分かるか?つまり、その要領で、剣や礫などを重い椅子の比でない速さで飛ばすことができるだろう」
「空を飛ぶのなら、私も白磁に乗ればできますよ。それにいくら速かろうが、"竜牙"の破壊力には遠く及ばないでしょう」
レイロウがそう言い返しました。
幹部連中もそれを聞いてうんうんと頷きます。
「しかしそれは自力ではない。お前が白磁の力で飛び、竜牙の力で破壊するのに対し、ゼゼクルは自身の力で飛び、自身の力で破壊するのだ」
「ふっ、同じでは?」
「全く違う。自身の力で行う場合、それは即時になる。本当の即時だ。しかし他所から力を借りるのであれば、いくらそれを修練しても一瞬の時間差が生まれる。達人の世界にとってこの差は致命的だ。お前はゼゼクルを前に何もできずに手足頭、全てを消し飛ばされるだろうよ」
カルラはそう言い切り、レイロウの目を真っすぐに見て言いました。
「いいか、これは警告だ。子供の時分にお前を百足に引き入れた俺からのな。あの化け物に挑むなどむざむざ殺されに行くだけだ、やめておけ」
「あいにく私は不死人でね、殺されることはないのですよ」
「そう、殺されたくても、な。可哀そうに、相手は世界中の悪人どもを封じ込める大監獄の監獄長だ。死にたくなるような目に遭っても死ねないだろう、死ねぬ身体であることを後悔するだろうさ」
二人の言い合いに、室内はシンとしました。
ルユールなど悲しくなり、泣きそうな顔をしている程です。
やがてレイロウの方が口を開きました。
「……余計なお世話ですな」
「ここまで言っても分からんか」
「ええ。私が大監獄"ミサンガル"の監獄長になるのです。私が成らねば、誰が成るのです?"不死人"の私が"竜牙"に出会ったのは、運命なのです。いや、そもそも"竜牙"が私の為に作られたのかもしれない。この世に神が居るのなら、神は私に"ミサンガル"の監獄長になる事を望んでいるのです」
レイロウの言葉に、幹部たちが賞賛の拍手をパチパチと贈りました。
「私は、誰よりも強く!偉くなるのです!こんな白刃会や百足なんかの統領よりもずっと!ずっと偉くなるのです!その行き付く先が"ミサンガル大監獄"の監獄長なのです!!」
「何を言うか、浅ましい!思い上がるな!」
「……十年前、私が初めて百足に連れてこられた時、あなたに頼み事をしたのを覚えていますか?」
レイロウは急に神妙な顔付きとなり、そうカルラに尋ねました。
カルラはこの問に窮しました。そんなことはてんで覚えてないのです。
「……」
「どうやら覚えてないようですな」
カルラはレイロウ以上に表情を固めました。
それに少し呆れたような顔をしてレイロウが続けました。
「私は言ったのです、『夕焼け街の子供達を、百足に入れてくれ』とね」
「……ああそうだったな」
そんなこともあったな、とカルラはにわかに思い出しました。
カルラにとってそれは、簡単に忘れてしまう程ささいな出来事だったのです。
「そうです……しかし即座に却下された。その理由は"おあし"だと。夕焼け街の子供達は、完全に売られてしまった奴隷であると。あそこで働く"契約"を正式に交わした者たちであるから、簡単には連れて来れないと」
「……そうだ。それに、まとまった数の"奴隷"を譲り受けたいなんて言えば、値段をふっかけられるに決まっている。ひとりふたりなら兎も角、お前が言うには何十人もの子供を引き取りたいと言っていたな」
「ええ」
「そんな大量の奴隷を引き取る"おあし"が用意できる訳がないだろう」
カルラの『大量の奴隷』という物言いに少しばかり憤ったレイロウでしたが、まだ冷静を装って言いました。
「ええ。あの時は私も渋った。夕焼け街の荘園なんかで働くより、百足で働く方がよっぽど楽しいし、いろいろできる。だから荘園の子供たちはみんな百足に来るべきだと本気で思っていた。しかしカルラ、あなたは現実的な理由でそれを即座に断った」
「……そうだ」
「だからですよ!いくら百足とかいう"お山の大将"を気取ってても、結局は数十人の子供すら救えない程度なんです!!だから私はこんな位置で満足してはいけない!私はアーガンドで一番強く、偉い人にならなくてはいけない!”」
「……それが、"ミサンガル大監獄"の監獄長、という訳か」
「そうだ!この世界で一番強く、偉い者の称号だ!!それを私は獲りに行く!夕焼け街の子供たちすら救えない者には、引っ込んでてもらおう!!」
「……」
するとまた周りの幹部連中が惜しみの無い拍手を送りました。中にはレイロウのぶった演説に涙を流す者も幾人かいました。
そこまで言い切られ、カルラはうんざりとした顔をしました。
「そうか……では本日をもって"百足"から"白刃会"は破門としよう。もう我々とお前達は一切の関係は無くなる」
「良いでしょう。もともと、そのつもりで立ち上げた"白刃会"ですからね。本日まで百足の配下のままだったことがむしろ意外ですよ。上納金も無くなりますがね」
そうおあしの話を出して含み笑いを浮かべるレイロウを、カルラはわずかに憐れむような目でみました。
かつては自分にお金など要らない、必要ないと言い切っていた少年でしたのに。
「しからば、まずダイラーと話をしたい。そもそも白刃会の設立者はダイラーだろう。何年も前から見かけなくなったが、どうしたのだ?」
そうなのです、白刃会の設立者であるダイラーはいつの間にか姿が見えなくなり、それからはレイロウが実質の代表者になっていたのでした。
もともとダイラーが居るからこそ竜牙を持ったレイロウを白刃会に預けることにしたのに、これはまったくの想定外だったのです。
白刃会の"軍事化"は、ダイラーが居なくなってからますます進んでいるように思えたのでした。
「ダイラーは少しばかりお休みを頂いておりましてね、今は私が会の代表です」
「ふん、どうだか。お前らが追いやったのではないか?」
カルラはそう言って幹部たちの顔を見まわしました。
ダイラーの名に幹部たちはそれぞれ神妙な表情をしており、思惑を伺い知ることはできません
「いいか、もういちど言う。お前は監獄長には勝てない。大監獄への襲撃が失敗すれば、反逆組織として白刃会ごと潰されるぞ。大監獄はアーガンド国王直属の武装集団だ、何をされるか分かったものではない。せっかくここまで作り上げた白刃会が、どうなっても良いのか?」
「何を仰る、先ほども言ったでしょう。私は竜牙を操る神に選ばれた剣士です。私が誰かに後れをとるはずはありません、例えそれが超人族きっての大天才であってもです。杞憂でしかないですよ」
レイロウのその言葉に、幹部の面々の顔はみるみる明るくなり、変に希望に満ちていました。
それはレイロウの勝ちを心から確信しているかのような表情です。
あの孤高で気高くすらあった森窩のルユールですら、そんな顔をしています。
それは『レイロウは誰にも負けるはずはない』、という根拠の無い"妄信者の目"に見えたのです。
これはまずいことになったな、とカルラは思いました。
以前見た、暴徒化した為に王国軍に皆殺しにされたある"狂信的な教団"の信者の目に似ていたからです。
このように幹部たちまで浸透してしまったこの目を、もう治すことはできません。
今出来る事と言えば、"白刃会"を"百足"から切り離して、被害を百足に来ないようにすることです。
そしてそれはもう簡単に達成しているのです。こうなればもうここに用はありません。
「分かった。そこまで言うならもう何も言うまい。私は帰ろう」
「ええ、そうして下さい。元から呼んでおりませんので」
精一杯の皮肉を言うレイロウを背に、カルラはこの豪奢な会長室を出ようとしました。
しかしふと足を止め、身体を半分レイロウの方に向けました。
「レイロウ、最期にひとつだけ……聞いていいか?」
「なんでしょう」
「お前がその"竜牙"を初めて手にした時、海の底で思い切り力を使ったな」
「ええ、そうですね」
「お前はあれを、"気付いたら無意識に剣を抜いて振っていた"、と言った」
「ええ」
「……でも俺は、あれをわざとではないかと思っている。お前はその"竜牙"を握った瞬間にその"力"を確信し、自分の物とする為にすぐさま頭上の船に向けて剣を振ったのだ。ウインロウ氏やその一味、そして超人族たち、"竜牙"の存在を知る面倒な奴らをいっせいに"消す"為にな。違うか?そしてその中に、俺も居た」
「ふん、言いがかりも甚だしい。私があなたを殺したいと思う理由がない」
「殺す理由が無くとも、巻き込まれて死んでも仕方がない、とは思わなかったか?」
「……」
これは積年、カルラの中に秘められていた重要な疑問なのでした。
あの時、海底のレイロウは強い確信をもって"竜牙"を振ったとカルラは思っています。
確かにカルラには白磁がおり、魔笛をもって空を飛んで大爆発から逃れられることは出来ます。
しかし事前に何の話し合いも無ければ、他の船の乗員のように吹き飛び、海の藻屑となる可能性は極めて高かったのです。
実際、カルラは予め何かがあった時にすぐ呼べるように近くに来させていた白磁に、正に寸での所で飛び乗り助かったのです。
今こうしてここに居られるのも、奇跡とも言える程なのでした。
カルラの問いに、部屋中に緊張の空気が張りつめました。
レイロウは恐ろしいくらいの真顔でカルラの目をまっすぐ見据えていましたが、やがて表情を軽く崩しました。
「さあ、もう忘れましたね。でもこうしてあなたは生きてる、それで良いではないですか」
「……そうか」
質問をはぐらかしたレイロウのに対し、カルラはそう一言だけ言うと再び踵を返し、また木製の立派な扉を開けこの部屋を出て行きました。
その後ふたりは二度と会うことは無く、
これがカルラとレイロウの今生の別れとなったのでした。
~つづく~




