三十二、 白刃会(はくじんかい)
カルラは、レイロウと"竜牙刀"の扱いについて本当に頭を悩ませました。
これまでもお上に連れ出しを禁止されている不死人としてその待遇に気を使っていましたが、今はそれに"竜牙"が加わってしまったのです。
不死人に竜牙刀、考えるだけでこの上なく恐ろしい組み合わせです。
勿論ですが、カルラはレイロウにアジトへの竜牙の持ち込みを禁止しました。
もし何かの間違いで誰かが竜牙に触れてしまったら、また剣を抜いて振ってしまったら、
千人もの仲間たちが住むこの百足のアジトが丸ごと消し飛んでしまうほどの力があるからです。
そんな代物を絶対に持ち込ませるわけにはいきません。
しかしレイロウはその約束を頑なに受け入れませんでした。
これまで官給剣を持ち歩いていたのと同じように、"竜牙"をアジト内でも常に持ち歩くと言います。
しかしだからといって、誰かが強引にレイロウから竜牙を奪い取る事もできません。
触っただけで命を吸い取る魔剣であり、危険すぎて他の人は近寄ることすらできないのです。
加えて、レイロウは聖都剣術道場で、師範に何度殺される思いをしても我を曲げなかった大の付く強情者です。
"剣"についてレイロウを説き伏せて言う事を聞かせるのは、かなりの難儀であることは明白なのでした。
カルラやサンタンが熟考した結果、アジトから一里ほど離れた場所に新たなアジトを作り、レイロウをそこに住まわす事にしました。
こうなればレイロウを"百足"から追放することも検討されましたが、
自由になったレイロウがこの先どうなるのか分からず、
またレイロウを取り込み悪用しようとする者が現れることも考えられ、
完全に突き放すよりも安全なだけの距離を置き、付かず離れずで様子を見ることを選んだのです。
そんな訳でレイロウ用の新しい離れのアジトが作られたのですが、こちらにレイロウと共に移住を希望する者たちが表れました。
ダイラーを中心とした"白刃の会"の面々です。
剣を志す"向こう見ずの若者"故か、剣の師であるレイロウを慕ってか、約五十名もの"同志"がレイロウに着くことを志願したのでした。
カルラとサンタンが"竜牙"の危険性を充分に説明した上でも、それでも全員がレイロウと共に移住を強く希望しました。
そしてその中には、森窩のルユールも含まれていました。
そして作られた新しい百足のアジトはそのまま"白刃会"を名乗り、百足の配下でありながら本体とは別の活動を開始しました。
すなわち、"傭兵"としての仕事を始めたのでした。
百足としては傭兵業は固く禁止されていたのですが、もともと百足に用心棒や警備、警護の依頼があったことから、代表のダイラーがそれらを"勝手に"受け始めたのです。
同時に、"身体に一本の芯が通った者"たちの持つ剣を用意する為に、各地で王国軍の払い下げや不用品となった"安価だが品質の良い刃剣"を調達してきては叩き直す専門部隊も作られました。
白刃会は傭兵部隊として、ダイラーとレイロウを中心に本格的に始動したのでした。
百足本体との距離があることから、この新事業はカルラやサンタンの耳にはなかなか入らなかったのですが、それを知った時には既に白刃会はいくつもの顧客を有する程になっていました。
それもそのはずで、これまでは用心棒を依頼すると荒っぽい輩が集団でやってきて、だいたいの仕事はするものの依頼者に約束以上のおあしを要求したり、追加の用心棒代として若い娘さんを乱暴しようとしたりと、傍若無人な振る舞いをすることが多々あったのす。
それでも盗賊や敵衆の悪人どもから自分たちを守るためにやむなしで荒くれ者を雇っていたのですが、それが白刃会に頼むとどうでしょう、
礼儀正しい若者の用心棒がやってきて、きちんと気持ちよく仕事をしてくれます。
変に依頼者を困らせることもありませんし、そしてなによりも強いのでした。
前に傭兵として雇った輩が味を占め、これまで迷惑をかけ続けられていた依頼者が困った末に"白刃会"を雇いました。
するとどうでしょう、わずか三名の"白刃会"が、八名もの輩を軽く排除したのでした。
この三名の中にレイロウや代表のダイラーは居ません。
それでも"軸の通った"白刃会の同志たちはめっぽう強く、そこいらの輩にそうそう負けるようなことは無いのでした。
そしてそれに加え、『白刃会には"竜牙刀"がある』というかの噂話が効果的だったのです。
もし雇った"白刃会"が敵衆に後れを取ったとしても、奥の手として"竜の力"を持つ魔剣がある。
嘘か本当かは分かりませんがその後ろ盾もあり"白刃会"への依頼は急激に増え、長期の依頼やだいぶ先の予定まで抑える依頼主もどんどん現れるのでした。
そして白刃会の売り上げは順調に伸びましたが、ダイラーの方針で本体である百足にはきちんと売上の規定の割合を収めたのでした。
もう百足のアジトは利用していないし、傭兵業も本体とは全く無関係で勝手に仕事を受けているので、アジトにある他の業種と同じ割合を本体に収める必要はあるのかという話も出ましたが、ここはダイラーの意見を通したのです。
カルラの想いとしては、百足での傭兵業は全く容認できないのでしたが、ダイラーがこれを取り仕切ることで竜牙を持つレイロウを上手く制御することを最優先として、この"白刃会"との着かず離れずの関係をなるべく維持しようと受け入れたのでした。
そして"白刃の会"はさらなる躍進を続けました。
その評判と共に入会希望の若者もぞくぞくと増え、それを召し抱える為に会も立派に組織化されました。
採用担当、アジトの整備担当、依頼の受付、剣の稽古役、剣の収集・修復担当、などです。
そしてルユールを長とした"白磁狩り"も健在でした。
やがて三年も経つと会員数は数百に達し、本体の"百足"にだんだん迫る勢いとなったのです。
会の中心人物のレイロウは17歳の青年剣士となり、剣術の指導役を担っていました。
そしてこれをまったく面白く思わない人たちが居ました。
もともと傭兵を生業としていた者たちです。
これまでの雇い主たちが用心棒を自分たちから"白刃の会"につぎつぎと切り替え、食いぶちがみるみると減って行くのが見えました。
それが癪に障り、"白刃会"の少年剣士に喧嘩をふっかける輩も居ましたが、これらの殆どが返り討ちに合うのでした。
こんな調子で傭兵業の情勢が変わる中、軍事都市"バルキラ"が正式な声明を世界実報で発表しました。
軍事都市"バルキラ"は、先の大戦のずっと前から、戦を生業とする騎士の一団でした。
その街全体が高さ三十間もある二重の甕城に囲まれている鉄壁の要塞都市で、
その二重の"壁"は古来より一度も敵衆に突破されたことのない難攻不落・悠久不滅のバルキラの象徴として君臨しているのでした。
その壁はこれまで数多の兵士たちの攻撃を完璧に退け、頭上から矢の雨や火の玉を降らせて皆殺しにしたことから、
"嘆き(なげき)の壁"と呼ばれていました。
そんな難攻不落の"嘆きの壁"の内側の内側では、日々の厳しい訓練で強靭な戦士たちを育て上げており、
先の大戦で暗躍したと言われる、王国中のつわものだけを集めた暗殺集団"蛇の巣"にも、バルキラ出身の剣士が多数いたと言われます。
歴史ある偉大な軍事都市で鍛え抜かれし者だけが"最高品質の傭兵"として、王族や貴族ら特別な依頼主の元へ派遣されたのでした。
それがバルキラの誇りであり矜持でありましたが、その誇りが今"白刃会"により崩れつつありました。
『近頃はバルキラの老獪な兵士よりも、白刃会の若剣士だ』とのもっぱらの噂が出始め、それを唱える"特別な依頼主"が増え始めたのでした。
実際に遥か昔からバルキラの剣士を雇っていたある王族家が、その警備を白刃会に切り替えたりしたのでした。
まだまだ歴史あるバルキラにとって白刃会は小さな組織ではありましたが、設立三年そこらでその存在感はまったく無視できないものになったいたのです。
それを受けての声明なのでした。
それは世界実報紙面の殆どを割くおよそ一万文字に渡る文面でした。
そしてその三分の一は、『子供奴隷集団"百足"の匿う不浄の"不死人"』、つまりレイロウを腐する内容なのでした。
その声明は軍事に生きた都市らしい、欺瞞と尊大、不遜、横柄に満ち満ちた内容でした。
曰く、"百足"は奴隷にもなり切れなかったデキソコナイのノータリンな子供達の寄せ集めである。
曰く、白刃会など"白痴会"の誤りである。
その中に居るという不死人は、世界で最も下賤で価値のない不気味且つ意味のない生物であり、存在自体が"穢れ"である。
そしてそんな穢れ者が伝説の剣"竜牙"を持つ等と、腐臭のする口からくだらない嘘を吹聴している。
不死人が剣を、しかも刀剣の最高峰"竜牙"をその汚らしい手にしたなど、嘘でも許されない。
これは世界中の全ての剣士・騎士・武士の道に生きる者が断罪すべき由々しき事案である。
そしてその総代として、我ら"バルキラ"が動くのだと。
そしてそのレイロウの尊厳をこれでもかと傷つける声明はこう締められていたのでした。
『本当に"竜牙"を手にしたというのなら、その力で我が難攻不落の"嘆きの壁"を崩してみるがよい。下賤かつ嘘つきの不死人よ』
その"声明"が世界実報の紙面を賑わせてから七日後のある晴れた早朝、
軍事都市"バルキラ"の誇る第一の"嘆きの壁"の正面が、凄まじい轟音と共に吹き飛びました。
そして間を置かずに、その奥にある第二の壁がまたもや衝撃と共に消し飛んだのでした。
建立してから二百年あまり、外部の敵からの侵入を一切許さなかった最強の鉄壁が二枚とも、まるで飴細工のように割れて砕け散ったのです。
それにより、それまで決して露呈することのなかった軍事都市"バルキラ"の内部が、外から丸見えになったのでした。
もう一度この攻撃が来れば、"バルキラ"の都市自体が消し飛ぶ。
バルキラの剣士たちは恐れおののいたのですが、しかし、それからもうその"衝撃"は訪れなかったのでした。
やがて、二枚の"嘆きの壁"を崩した攻撃が、かの伝説の剣"竜牙"によるものだと、今度は白刃会が世界実報に声明を出しました。
その短い声明には、
『やろうと思えばいつでもバルキラごとき簡単に潰せる』
という恐ろしき圧力がありました。
そしてかの"竜牙"は実在し、不死人のレイロウがそれを自由に操れる、
という事実が王国中を駆け巡りました。
この事件を機に、軍事都市"バルキラ"はその権威を失墜し、やがて全ての契約を失い"解体"されたのでした。
傭兵業界の総代は、名実ともに"白刃会"のものとなったのでした。
~つづく~




