三十、 海底大爆発
その日、陽が傾く前に帆船は港へ戻り、あくる日にレイロウは海辺で潜水の訓練をすることになりました。
それに潜ってから"竜牙刀"のある船底までの経路を覚える必要があります。
カルラとレイロウは今日知ったことを絶対に他言しないようにきつく言われ、近隣の一番の宿場に案内されたのでした。
そこは広いカルラとレイロウの二人部屋で、二組の寝台が用意してありました。
レイロウは寝る必要がないので外を出歩こうとしましたがそれも許されず、仕方なくカルラと二人で宿の部屋に留まったのでした。
「なあカルラ」
レイロウは自分の寝台に寝そべりながら、持ってきた鞄の中の荷物をごそごそといじるカルラに声をかけました。
「ここでの会話は誰かに聞かれてるぞ」
「いいよ」
「なんだ」
「あの"竜牙刀"は本物だと思う?」
「思うも何も、お前が最初にそうだと言い出したではないか」
カルラが手を止めて呆れたように言いました。
「そうだけど、本当にそんなものがあるのかな」
「剣については俺よりお前の方がずっと詳しいだろう?」
「うん。あの伝説の剣が本当にあって、それを触ることが出来るなんてワクワクしてるよ」
「顔を見れば分かるな」
「でもカルラの意見が聞きたい。ウインロウ氏も、あんなにお金をかけてあれが何の力もない只の古いだけの剣ならどうするんだろう」
「馬鹿だなお前は」
「何だ、また馬鹿って言ったな」
カルラの言いように、レイロウはすこし気を荒げました。
「あの剣に竜族の力が無かろうが関係ない、要は『ウインロウ氏が"竜牙刀"を入手した』という事実が大事なのさ。それを誇示すれば話題になるし、もし本当だったらどうしようと誰もウインロウ氏には逆らえなくなるだろ。有名人の彼にとって"話題と牽制"が必要なのさ。それにいざとなれば投資にもなるだろうし」
「とうし?」
「ああ、もし要らなければ"竜牙刀"をまた高値で誰かに売るんだ。なんてったって世界でいちばんの伝説の剣だ、あのウインロウ氏の持ち物であれば信頼もあるし、欲しがる好事家はいくらでも居るだろうよ」
なんという事しょう、てっきり伝説の竜牙刀に憧れる自分と同じ気持ちだと思っていたウインロウ氏が、かの"神聖な剣"をただの名声と金儲けに利用しているだけと言うのです。
「当たり前だろ、あの成金紳士が剣士に見えるか?」
「見えない」
「"剣"自体には微塵も興味はないさ。欲しいのはあの剣の持つ希少性と知名度、それに伴う資産価値だけだ。さ、明日は忙しいからもう寝ろ。あ、不死人は寝なくて平気か」
そう言ってカルラは鞄の蓋を締めると、自分もゴロンと寝台の上に寝転がりました。
レイロウの気持ちには、ふつふつと怒りが湧いてきました。
剣を心から愛し、特別な物として神聖視するレイロウにとって、ウインロウ氏の姿勢はとても許せないことなのでした。
翌日、レイロウは港近くに停泊している帆船に乗り込み潜水の練習をしました。
潜水服は大人用のものでありレイロウにはとても大きかったのですが、それでも何とか着て海に潜り、動くことが出来たのでした。
潜水服の頭の上からは長い管が出ており、その先は帆船の甲板に繋がっていて甲板上の喞筒を船員二人がかりで漕いで空気を送っています。
カルラはその様子を監視するように眺めていました。
「苦しくなかったか?」
「苦しくはない、でも暑い」
「それは我慢しろ」
「潜水服は前が見にくい」
「そいうものだ、それも我慢しろ」
レイロウは潜水服の訓練士とそんなやりとりをしてると、その様子を見にウインロウ氏とその息子のキンバル氏がやって来ました。
「なんだ、不死人なのに潜水服が要るのか。生意気だな」
「父上、さすがに不死人でも素潜りであの深さは無理です」
「どうせ死にはしないのだろう?そうだ、不死人を海に沈め続けたらどうなるのだ?やはり終いには死ぬのかな?ハハ」
その二人のやり取りが聞こえたレイロウはゾッとしました。
かつて、権力者達のこのような"ほんの好奇心"を満たす為に利用され、多くの不死人たちが攫われては生きたまま焼かれたり切り刻まれたり
したと言います。
レイロウはこの金持ちがますます嫌いになったのでした。
翌日、レイロウは竜牙刀の埋まっている海底の位置をすっかり覚え、潜水服に特大の蛍石を仕込み、帆船から潜ったのでした。
甲板では二人の船員が喞筒を漕ぎ、船内ではまた超人族の三人が水晶玉に念を込めて竜牙刀の様子を映し、
それをウインロウ氏、キンバル氏、アガフル氏とカルラが見入っているのでした。
水晶玉には一昨日と変わらず、瓦礫に半分埋まった剣とその周りに漂う二人の潜水夫の亡骸が居るのでした。
「そろそろ着くはずですがね」
「不死人の小僧何をしている、まだか」
ウインロウ氏はとてもイライラしているようです。
これまで相当な時間とお金を掛けてきた"事業"の最後の仕上げが不死人の子供にかかっているから尚更なのです。
すると、水晶玉の奥からぼんやりとした光がこちらに近づいてきました。
レイロウが剣の場所にまで来たのです。
「来た!来ましたぞ!」
「到着したようですね」
「うむ」
水晶玉の中では、ブカブカした潜水服を着たレイロウがもがきながら向こうからやって来るのでした。
頭の管からはぶくぶくと気泡が出ていてどうやら順調のようです。
レイロウは浮いて漂っている先着の潜水夫を手で押してどけると、床の瓦礫に刀身が半分ほど埋まった剣の前まで来たのでした。
そしてゆっくりと、剣の柄に手を伸ばします。
「さあ……」
船室内の皆が息を飲みました。
これまでの二人はこの剣の柄を握った途端に意識を失ったようになり、そのまま二度と動かなくなったのです。
それが不死人ならどうなるのでしょうか。
水晶玉の中ではレイロウが剣の柄をグッと握りました。
そして剣を引き抜こうとした刹那、レイロウの全身の力が抜けて海中にふわりと浮きました。
「あっ!!」
水晶玉を覗く全員が声を上げました。
『不死人のレイロウですら駄目なのか?』
そう皆の頭を巡った時、おもむろにレイロウがまた動き出しました。
「なんだ大丈夫ではいか」
「あの小僧、驚かせやがる」
「こちらをおちょくっているのか」
ウインロウ氏、キンバル氏、アガフル氏の三人は口々にそんなことを言いましたが、
カルラはレイロウがそんなおふざけをするような性格ではないことは知っていました。
"何か"がレイロウに起きたのです。
水晶玉の中のレイロウはとても驚いていました。
この剣の柄を握って引き抜こうとした瞬間、レイロウは自分の"命"を奪われたことを実感しました。
レイロウはこれまで"死んだ経験"がいくつもあります。
ボタ山の前で暴漢に襲われた時、
夕焼け街で石材に圧し潰された時、
聖都剣術道場で師範に斬らた時は何度死んだか分かりません。
その時と同じ"命を奪われる"感覚が、この剣の柄を握った瞬間に訪れたのでした。
この剣は手にした者の命を吸う。そしてその命を元に――
レイロウはこの剣が本物の"竜牙刀"である事を理解しました。
そして、"手にした者に竜の力を与える"という恐ろしい力のカラクリも……です。
レイロウはもう一度剣の柄を握りました。
そして今度は思い切り、剣を瓦礫の中から引き抜きました。
海底で土煙があがり、鞘に収まった剣は見事にその全体を表したのでした。
その様子を水晶玉で眺めていた三人は歓声を上げました。
「おお!!」
「やったぞ!!」
「不死人めが!!」
水晶玉の中でレイロウは鞘に入ったままの剣を持ち上げて眺めています。
そしておもむろに、剣から鞘を取り外しました。
鞘の中からは美しい白銀の曲線を持った剣身が姿を現しました。
これが、伝説の竜の牙で造られた"竜牙刀"なのです。
「おいコラ、勝手に大事な剣を鞘から抜くな!」
「まだ海の中だぞ!」
「余計なことをしないですぐに戻れ!!」
ウインロウ氏とキンバル氏が、聞こえる訳もないのに水晶玉に向かってワイワイと大声で喚きました。
やがてレイロウはそのぶかぶかとした潜水服を着ながらも、剣を下段に持って構えました。
そして腰を深く落とし、剣を下方から上へ振り上げるような動きをしました。
「不死人の小僧は何をしている!!」
そうウインロウ氏がカルラに対して問いただした刹那、
水晶玉に映る肖像がグニャリとして乱れました。
見ると、なめくじとふくろうといたちの三人は目を見開いて油汗をだらだらとかいています。
彼女たちの集中が途切れ、海底の様子が見れなくなったようです。
「おい見えないぞ、どうした!」
「……下、海底から恐ろしい力が」
「……こ、これは!!」
「ひいいいい!!」
超人族の三人は気がふれたように取り乱しました。
その刹那、海の底から地鳴りが聞こえたと同時に大爆発が起きました。
その威力は凄まじく、吹き上がった水柱は雲の高さまで届き、その轟音は遥か彼方、聖都の地まで聞こえたと言います。
そして船の沈んでいた海の下にポカリと大穴が空き、海底が露出しました。
やがてそこに海水がどどどと流れ込み、やがて何もなかったかのように海面は元通りになったのでした。
勿論、その大爆発の真上に浮かんでいたウインロウ氏の立派な帆船も大量の海水と一緒に吹き上げられ、跡形もなく粉々になり無くなったのでした。
~つづく~




