二十九、 竜牙刀(ドラゴニアファング)
なめくじの手元の水晶玉に映るのは、海中と思われる朽ち果てた薄暗いどこかの室内でした。
そして床一面に広がるごちゃごちゃとした物の中に、一本の鞘に収まった"剣"が立っているのでした。
そしてより不可思議なのは、その"剣"の周りに、大きな"人形"のようなものが二体、ふよふよと海中に浮いて漂っているのです。
その頭の上にはなにやら管が付いていて、それが長く室外にまで伸びているようです。
それはあまりに奇妙な光景で、何か見てはいけないものを見たような不気味さがありました。
「"剣"だ……それに周りの人は?人形?」
「潜水服だな」
「せんすいふく?」
「ああ、要は深い海へ潜る為の服だ。あの頭の上の管は、地上から空気を送られているのだよ」
「へえ」
レイロウの問いに、カルラが応えました。
「しかし……何だこれは」
「これはですね、この真下に沈んでいる船の内部の"今"の状態を映しているのです」
キンバル氏がそう説明しました。
成る程、超人族三人の異能の力を使って、そんなことをしているのです。
恐らく、ふくろうは離れた場所を見ることのできる"千里眼"の能力、
たぬきは触れた者の意思を汲み取り伝える"悟り"の能力、
なめくじはその伝えられた意思を水晶玉に映す"念写"の能力、を持っているのでしょう。
その三人の力をうまく連動させて、海中の様子を映しているのだとカルラは思いました。
以前、カルラは超人族の子供を百足の仲間に加えようと調べたことがあり、少し詳しいのでした。
「今回の我々の依頼は、ここに映る"剣"を抜き取って、この船上まで持ち帰ることです。それをレイロウ君にお願いしたい」
「え?」
キンバル氏の言うまさかの依頼に、レイロウは戸惑いました。
海の底の剣を持ち帰る?
それを初めて海を見て泳いだことも無い自分が?
それをかなりの高額を出してまで依頼?
意味が分かりません。
「そんな依頼、わざわざレイロウにすることでもないだろう。それこそ地元の海に慣れた漁師にでも任せればいい」
「それがあの結果ですよ」
レイロウの気持ちをカルラがしっかりと代弁しましたが、即座にキンバル氏が返しました。
その目線はぼんやり光る水晶玉の方を指しています。
「あの結果?潜水服のことか」
「そうです。初めは近くの港で素潜り漁をしている玄人に依頼しましたよ。流石に素潜りできる深さではないので、最新式の潜水服を用意してね。それを着せて潜らせてみて、ようやく剣のある船底までたどり着いたのです」
「ほう」
「そこであそこに映る剣を引き抜こうとした瞬間――」
「瞬間?」
「そのまま、二度と動かなくなりましたよ。それであのままです」
「ええっ!?」
その言葉の内容に、レイロウとカルラは息を飲みました。
「その時の様子を、見れますか?」
キンバル氏はなめくじにそう言うと、なめくじは黙ってうなずき水晶玉に両の手の平をさらに近づけました。
一度水晶玉に映った様子が暗く消えると、すぐまた妖しく光始めます。
そこには先ほどと同じく地面に埋まった剣が映っていますが、ふよふよと浮いた二つの潜水服はありません。
「これは?」
「初めの潜水夫が、剣を抜こうとした時の様子です。およそ二週間前ですね」
何と、なめくじは過去に水晶玉に映した肖像をまた映し出せる、そんな力も持っているのです。
やがて水晶玉の奥から、潜水服を着た人が手足を動かして泳ぎながらやって来ました。
これが最初の男のようです。手には蛍石の入った灯火器を持っていて、にわかに画面が明るくなりました。
その頭の管からはボコボコと空泡が出ています。
「あの管はここの船の甲板まで繋がっていて、甲板にある喞筒を二人がかりで漕いで空気を送っているのです」
そしてその潜水夫は灯火器を足元に置くと、剣の柄を手で掴みそれを引き抜ぬこうしとしました。
その時、急に潜水夫の全身の力が抜けたようになり、柄を手から離しふわりと身体が浮いたのです。
そしてそのまま動かなくなりました。
頭の管からはブクブクと気泡が出続けています。
「……これ、どうなったんだ?」
「さあ?」
「さあ?とは」
「急に動かなくなったんですよ。これから一時間程は上から空気を送り続けたのですがね、結局ピクリとも動かないので止めました。結局彼は潜水服の中で死んでるでしょうね」
「……」
「仕方ないのでまた別の漁師を呼んで、また最新の潜水服を用意して、潜らせたのです。そうしたら――」
「そうしたら?」
「また剣を抜こうと柄を掴んだ瞬間に、動かなくなった。一人目の漁師とまったく同じです。ふたりともまだ若くて屈強な男です。一人目は慣れない海の深部での作業に心の臓が麻痺でも起こしたのかと思いましたが、二人目も全く同じ状況になると話は変わります。これは何かあるとね」
「全く、最新の潜水服が二着も無駄になった。これは大損失だ」
キンバル氏の説明の間に、ぽつりとウインロウ氏がそう口を挟みました。
「だったら、まず潜水服を回収しに人を下ろせばいいじゃないですか。それから剣を抜けばよい」
「"百足の頭"の割に頭が悪いな。我らの最大の目的は"剣の引き上げ"だ。その為にこれまで準備をしてきた。それが第一優先であり、それ以外は後回しに決まっているだろう。まずは剣を入手してからだ」
これが世界有数の金持ちの考えか、とカルラは閉口しました。
漁師の救出や高価な潜水服よりも、まずはあの"剣"が最優先なのです。
しかし、そこまでして引き上げたいあの"剣"はいったい何でしょうか。
よほどの名声のある剣なのかとカルラが考えを巡らせた時、これまでずっと黙って水晶玉を見つめていたレイロウがボソリと呟きました。
「……"竜牙刀"だ」
その言葉に、あのウインロウ氏が目をひん剝きました。
「お前、剣が分かるのか!?」
「……剣は、好きだ」
「あっ」
ウインロウ氏はこれまで不死人に直接声をかけないようにしていたのに、思わず話しかけてしまったことに少し慌てふためいた表情をしました。
そしてキンバル氏も老紳士のアガフル氏も、レイロウの発した言葉に目を丸くしました。
そんな事を気にも留めず、レイロウは水晶玉を凝視し続けます。
「レイロウ、"竜牙刀"ってあのおとぎ話に出て来るあの"竜牙刀"か」
カルラの問に、レイロウが目線を変えずに頷きました。
「なぜそう思う?」
「あんな只ならぬ雰囲気を持つ剣は、それぐらいしか思いつかない。だから剣の力が強すぎて、周りに藻も貝も付かないんだ」
確かに水晶玉に映る船内は全体的に海藻に浸食され、所々に藤壺のような貝が張り付いていますが、剣の周りだけはそれが一切なくピカピカの綺麗な状態なのでした。
"竜牙刀"、それはその名の通り"竜の牙"で造られたという、おとぎ話の中に出て来る剣です。
"竜"、つまり"竜族"は、この世界で最も強い種族の名です。
その姿は翼と鱗を持つ巨大な蛇や蜥蜴に似ており、
彼らがひとたび飛び立てば広大な空を切り裂き、
地面を踏み締めれば堅い大地を割り、
叫べばその咆哮は山々を吹き飛ばす、
とまで言われる程強大な力を持っていたのでした。
そして人語を理解し、人間の姿に化けることも出来ると言われます。
かつて、この世界の五つの大陸はそれぞれ五匹の竜が統治しており、世界全体が竜族に支配された"竜の時代"があったと言われます。
いつしか竜の時代は終わり、その姿を見ることは殆ど無くなりましたが、その生命力に溢れた神聖な身体からこぼれ落ちた部位は"竜の遺物"として今なお強大な力を宿しています。
竜の鱗は一枚あるだけで街中に邪気が寄り付かなくなる魔除けの効果があり、
抜け落ちた竜の髭は決して切ることの出来ない、空を裂く最強の鞭にとなると言います。
そして、一匹の竜に二本しかない竜の象徴・"牙"から作られた剣・"竜牙刀"は、持つ者に竜の力"そのもの"を授けます。
むかしむかし、気のふれた王様がその剣を手にし、そのひと振りで自身の国を壊滅させたという伝説もあります。
そんな"竜牙刀"は
ひと振りで大風を巻き起こす"風神の剣"、
ひと振りで雷を呼び起こす"雷神の剣"と並び、
世界の伝説の筆頭に上げられるようなたいそうな代物なのです。
しかし、それはあくまで子供たちにも大人気のおとぎ話内での"架空の剣"としてであり、本当にそんな力を持つ剣があるなど大人は誰も信じていません。
だからカルラにも強く信じられないのですが、かのウインロウ氏がこれほどまでに探し求めていると言うのであれば、そんな世迷い事にも信憑性を感じるのでした。
「あれは本当に竜牙刀なのか?」
カルラの問いにウインロウ氏とキンバル氏、そしてアガフル氏が顔を見合わせました。
そしてキンバル氏が、
「そうだと我々は考えている」
と答えました。
「先ほども話したが、我々は古い文献をかき集めて竜牙刀を調べた。"気のふれた王がひと振りで自国を灰燼に帰す"昔話も、実際にタンデ地方で起きた出来事だとその場所を突き止めた。それから漁師たちの噂話、古くからあり伝承を読み取り、そして超人族の協力も得て、ついにその場所を特定したのだ。しかしここに来て、その肝心の剣を回収できない。どうやら剣を持とうとするとその人は死んでしまう。一回だけならともかく、二回続くとこれはもう偶然ではないのだ」
「それで不死人の力が必要であると」
「その通りだ。潜水服と潜水訓練はちゃんと行う。だから協力して欲しい」
あの高慢な様子のキンバル氏が、カルラとレイロウにわずかですが頭を下げました。
※ウインロウ氏は胸を反って見下すような立ち姿のままですが……。
カルラとレイロウは顔を見合わせました。
「しかし――」
カルラが超人族の三人の方に目を向けて言いました。
「あの剣を回収するだけなら、それも超人族に頼めばよいのでは?物を触らずに動かす力・念動力が超人族の真骨頂でしょう。それとも海が深すぎてさすがに無理なのかな」
確かに、超人族で最も有名な力は、手を触れずに物を動かす"念動力"です。
このような"千里眼"や"念写"は、それに比べ極めて認知度の低い力ではあります。
カルラは少しの皮肉を込めて言いましたが、しかしなめくじはまるで気に留めないように余裕をもってそれを嘲笑したのでした。
「ふん、居るわよ。剣どころか、あの沈んでいる船ごと持ち上げるような"化物"がね。でもその子は超人族の王よ。王は金なんかでは雇えない、動かせないわ」
~つづく~




