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二、レイロウの旅立ち

あの出来事から何日か経ちました。

その間もボタ山の中のおうちの中で、レイロウはずっと金の甲冑の剣士の言葉を思い返していました。


『俺がもしお前と"同じ身体"を持っているのであらば、こんな大仰な甲冑など纏わずに済むのにな』


これはきっと"天"からの啓示に違いないとレイロウは考えました。

普段から誰も居ないこのボタ山の周りに、あの境界線を越えた日だけ、二人の暴漢と金の甲冑の剣士に出会ったのです。

そこでレイロウは二人の暴漢から激しい試練を受け、剣士に救済されたのです。

これは奇跡以外の何物でもありません。そしてそこでかけられたあの言葉……。

レイロウはすぐさま、別の部屋にいるお父さんの所へ駆け出しました。

(ボタ山の中のおうちやお部屋と言っても、それはただの洞穴なのですが)


「お父さん、僕はここを出て街へ行く。そして立派な剣士になるんだ」


突飛なことを言い出すレイロウに、お父さんは思わず目を丸くしました。


「剣士だと?お前はそんな言葉をどこで覚えたのだ」


レイロウが"剣士"などという言葉を急に口にすることにお父さんは驚きました。

全体、不死人アンデッド族は放っておいても飢えることも病におかされることもない人種なので、"子育て"というものを行わないのです。

そこには勿論、教育という概念もありません。

子供は生まれても放っておけば勝手に大きくなるし、言葉もうまく行けば親や周りの会話を聞いて自然に覚えるのです。

ただし、生まれてから完全に放置された不死人アンデッドは言葉を覚えることをせず、ずっと喋ることをせずに生涯を送ります。

しかし結局何をしても何もしなくても死ぬことはないので、そもをも他人と意思疎通を取る必要もないのです。


「そうか、あの保護局の若い女だな。やるべき事だけをすれば良いのに、全くろくなことをしない」


そうぶつぶつと呟くと、お父さんはレイロウに向かってきつく言いました。


「いいか、前も言ったろう。俺たちは不死人アンデッド族だ。不死人アンデッド族は"死なない"ことでこれまでずっと世界から迫害されてきたのだ」


そうなのです。

アンデッド(不死人)族は、他のどんな生き物にも平等に与えられている"死"がありません。

立派な王様にも、下賤な罪人にも、卑しい動物や魔獣にも、そしてちっぽけな虫けらにまで、平等に"死"はあります。

それが"生き物"の宿命であり根本なのです。

だからこそ、誰もが生まれてから死ぬまでの間に懸命に食べ、働き、恋をし、子孫を、その子を守り育てるのです。

しかしただ一つだけ、その生き物のことわりを逸脱する者たちがいます。

それがレイロウたち、不死人アンデッド族なのでした。


この世界には、大多数を占める人間族に加え、


・とりわけ大きな身体を持つ 巨人ギガント

・動物のような容姿と習性を持つ 獣人ヒドラ

・機械仕掛けの金属の身体を持つ 機械メタル

・不可思議な超常の力を持つ 超人サイコ

・世界で最も高貴な種族と言われる 無垢ムク


等の少数種族が居ますが、この中で最も特異な存在が"不死人アンデッド"族なのです。

何せ、何も食べなくても飲まなくても良いし、そもそも"空腹"という感覚すら持ちません。

病気になることもなければ、傷を負ってもすぐに再生してたちどころに治ります。

寿命も一般的な人間の十倍程あると噂され、まさに生き物の概念を超越している存在なのです。


そしてそんな特異な身体を持つ種族がどうなるのかというと……何もしなくなるのです。

食事も不要、労働も不要、不摂生も不衛生も関係なく生きることが出来、またその上で悠久の時を過ごすとなると、

ただ毎日をごろりと寝て無駄に過ごすだけの、無気力で怠惰な存在となるのです。

よって不死人アンデッド族は蔑まれ、虫けらよりも下賤な"生物ならざる者"、として世から低俗に扱われているのでした。


「そのうえだな」


お父さんは続けました。

不死人アンデッド族はその身分の低さと特異な習性から、医療・軍事の観点から実験台として、

または好事家の見世物や慰み者として、これまで壮絶な侮辱と凌辱を受けてきた暗い過去を持つのでした。

その事実を受けておよそ50年前、時の王様により"不死人アンデッド保護局"が設立され、

安住の地としてここボタ山を正式に与えられたのでした。


不死人アンデッド保護局は、不死人アンデッドの住居の管理から身の回りの世話、外敵からの保護を目的とした専任の機関です。

このボタ山に居る限り、レイロウたち不死人アンデッドは王様からへの関係者以外の進入厳禁、そしてボタ山から不死人アンデッドの連れ出し厳禁と

幾つもの規則が作られたのでした。


「お前はまだ外の世界を知らない。お前のような不死人アンデッドの子供が一人で外へ出たらどうなるか。

 きっとお前の想像を絶する仕打ちが待ち受けているだろう」


その言葉にレイロウは息をのみました。

確かに数日前、ボタ山の外へ出たとたんに、暴漢二人に襲われたのです。

彼らは決して死なないレイロウに対して"試し斬り"だと言っていました。

これもレイロウが不死人アンデッドならではの悲運だったのです。


「なあ母さん」


そう言うと、お父さんは先ほどから部屋の隅の藁の上で壁に向かって寝転んでいる、レイロウのお母さんに言いました。

しかしお母さんはその言葉に何の反応もしませんでした。

それもそのはず、レイロウのお母さんはレイロウが物心ついた時からずっと部屋の隅で壁に向かって寝ており、起きたことはおろかこちらを向いたこともありません。

それに話かけても返事もせず、ほんとうにずっと、黙って壁を向いたままなのです。

だからレイロウはお母さんの顔を見たことも、声も聞いたこともありません。


しかし保護局のテンセお姉さんが言うには、このボタ山の中で暮らしている不死人アンデッドの殆どはレイロウのお母さんのようだと言いました。

保護局員がお世話の為にみんなのお部屋を回っていても、寝床で寝ていたままピクリとも動かず、


「何か困ったことや変わったことはありませんでしたか?」


と丁寧に尋ねても、返事もせずに寝転んだままの人が殆どなんだとか。

だから部屋から殆ど出ずに怒ってばかりいるレイロウのお父さんが、不死人アンデッドの中ではかなり活動的な方だと聞きました。


「レイロウくんはお父さん似なんだね、だからそんなに元気な子供なんだよ」


そう言われて、レイロウは何か気恥ずかしくも嬉しい心持ちにもなったものでした。

だいたい、不死人アンデッド族は"死なない"という性質上、子供を産むことはごくごく稀です。

得てして、死ぬ可能性が高い生物ほど子供を多く産み、死ぬ可能性の少ない生物は産む数も少ないものです。

レイロウの誕生は不死人アンデッド保護局が立ち上がってから初のことで、

局内でもレイロウの成長過程は一層の注目を受けていたのでした。


「王様は俺たち不死人アンデッド族の為に、こうして安住の地を与えてくださったのだ。だからお前も、父さんと母さんと一緒にこのボタ山に居ればいい。そうすれば酷い目に遭うことも辛い目に合うこともなく、ずっと問題なく暮らせるのだ」


お父さんは改めて、レイロウに向かって言いました。


「分かったか」

「分かりました」


レイロウもお父さんの目を真っすぐ見据えて返しました。

この時、レイロウは本当に分かったのです。

このままこのボタ山に暮らしていたら、これから先の人生をずっと、お父さんやお母さんのように、ただただ無碍に過ごすだけであると。

そしてこの山の頂上から、はるか遠くの霞んだ街影を眺めるだけの人生であると。

それがよっく分かったのです。


レイロウには、立派な剣士となる夢が出来ました。

剣士とは、己の心に向き合い、正義と強さの高みを目指す求道者であると、"秘密の書庫"の御本に書いてありました。

レイロウもかくありたいと確信したのです。


そう決心すると、レイロウはそのままの足でボタ山を出ました。

不死人アンデッドであるレイロウに、旅支度など必要ありません。

何せ食べ物も寝床の準備も路銀も、何も要らないのです。そんなものを用意する意識すらありません。


そして何より、お父さんお母さんへの別れの挨拶も要りません。

「どうぞお達者で」なんて言葉、不死人アンデッドなら何をしなくてもずっと"お達者"なのは決まってるのです。

ここボタ山の中に居るなら、尚更です。


こうしてレイロウはただ一人、誰にも何も告げずにボタ山を後にしたのでした。


ただ一つ心に残っているのは、あの"秘密の書庫"を内緒で教えてくれた、保護局のテンセお姉さんの事なのでした。

お姉さんが次にこのボタ山へ来る時は、レイロウはもう居ないのですから。


~つづく~


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