一、 不死人(アンデッド)のレイロウ
【第一部】
レイロウときたら大したもんだ。
不死人族でありながら剣の道を志し、故郷を捨てて旅に出た。
そしてついには王国一の大監獄の、監獄長に。
本当にレイロウときたら大したもんだ。
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不死人族の子供・レイロウはボタ山の頂に立ち、遥か遠くに霞んで見える街影を臨んでいました。
この辺りは赤茶けた平らな地面だけが延々と続く不毛の土地であり、植物らしきものは殆ど育ちません。
そしてその赤土が広がる様子から、真っ昼間でもあってもまるで夕焼けのように見えるので、昔からここいら一帯は"夕焼け街"と呼ばれていました。
そしてレイロウの立つボタ山は、ほうぼうから集められたゴミや廃棄物が長年をかけてうず高く積まれた巨大な汚山であり、
不死人族はその中に掘られた洞穴の中に300年も前から住み着いているのでした。
レイロウはお父さんから、このボタ山から外に出てはいけないときつく言われていました。
しかし少年の好奇心は、たとえ王様であっても抑えることはできません。
こうして毎日その頂に立っては、今日はあそこまで行ってやろう、今日はもっと向こうのあそこまで行ってやろうと決めて、
そこまで足早に駆けてはまた戻って来る、という冒険を繰り返しているのでした。
そして今日はついに、その冒険は"境界線"と呼ばれる位置にまで達したのでした。
この"境界線"は、ボタ山を取り囲むように大きく地面に引かれた石ころやら木片やらで出来た"線"の跡です。
しかしこの線はとても大切で、不死人族をここから"出しては"駄目だし、外からもこの線より中には入っては駄目だと、王様の命令できつく決められているのでした。
レイロウは今日、ついにその境界線の向こうにまで行ってやろうと決心し、その胸を躍らせていたのでした。
とは言っても、境界線の辺りに誰がいるわけではありません。だいたい常にこのボタ山の周りには人っ子ひとり見えないのでした。
たまに来るのは"不死人保護局"の局員だけであり、誰も居やしないのに決めつけを守って線をまたいでは駄目だとはぜんたい変な話だと、レイロウは常々思っていたのでした。
レイロウはボタ山のてっぺんからいつもの素足で一気に駆け降りると、そのままの勢いで境界線まで走って行き、その堺目を越えました。
「どうだ、僕は線を越えてやったぞ!」
レイロウはとても大きな冒険を成し遂げた気分になり、得意げに辺りを見渡しました。
しかしそこにはやはり誰も居ませんし、何も起こりはしません。
お父さんからも"保護局員のお姉さん"からもきつく言われていた、王様が命じた決まり事を破っても、特に何てことはないのでした。
「なんだ、つまんないの」
そうつぶやくとレイロウはもうどうでもいいやとなり、その足を境界線より更に向こうに伸ばしたのでした。
ボタ山の頂上から見る限り、この何もない赤い景色はずうっと遥か向こうまで続いています。
レイロウはいつか、その向こうに朧げに見える街影の所まで行ってみたいと密かに思っていたのでした。
さて、そろそろボタ山に戻ろうか。
そう思った刹那、横の方向からけたたましい鳴き声と、大地を駆ける大きな足音が二つ聞こえます。
ドドドッ!ドドドッ!
レイロウはその方を向いて目を凝らしました。
それはレイロウが生まれて初めて目にする動物・"馬"なのでした。
「あ、あれはきっと馬だ。僕は図鑑で見て知っているぞ。わあ本当に居るんだ、思ったより大きいな」
そんなことを考えていると、その二匹の馬の背に乗る二人の男の姿をレイロウの目がとらえました。
男は二人とも頭巾をすっぽりと被り、顔は見えません。しかし明らかにレイロウを目掛けて馬を走らせて来るのです。
そしてその男たちの手には、ギラギラと光る鋼の剣が握られているのでした。
レイロウは不死人保護局員以外の人間を見るのも剣を見るのも初めてでしたが、それが自分へ明確に危害を加えようとしていることを肌で察知しました。
「ほら見ろ、やはり不死人の子供だ!この辺をうろついているという噂は間違いなかったんだ」
「おい、あれが本当に不死人のガキなのか?」
馬上の男二人は、何やら言い合いながらこちらに向かって来ます。
「ああ、金髪に赤い目、間違いねえ。それにこんな所でフラフラしてるのは不死人しかいないさ!」
レイロウは咄嗟に踵を返し、元来たボタ山の方向へ全力で駆け出しました。
「あ、逃げるぞ!待て!」
「お先にいただきだ!」
そう言うと男の一人は馬のどてっ腹をバンと蹴り、さらに速度を上げてレイロウに追いつきます。
そして馬の背から身を横に乗り出すと、走って逃げるレイロウを抜きざまに思い切り剣で斬り付けたのでした。
ザン!と、レイロウの背中に凄まじい衝撃が襲います。
『ああっ!』
レイロウは声にならない悲痛な叫びをあげ、地面に転がりました。
斬られた背中は、これまで感じたことが無いような熱くて激しい痛みが襲います。
「ええい、首を落とし損ねた!」
「ははっ、ヘタクソめ」
レイロウを斬り付けた男は馬を一度止めると、そばに寄ってきたもう一人の男と話しはじめました。
「……おい見てみろ」
「……おう、あれが噂に聞く不死人か」
二人の目線の先には、大きく背中を切られて地面に横たわるレイロウの姿があります。
しかしそのざっくりと開いた肉からはわずな血が流れるだけであり、そしてその傷はズクズクと不気味な音を立てながらみるみる治っていくのでした。
レイロウも先ほど受けた傷の痛みが、水に溶けるようにすうっと消えていくのを感じます。
「ヒヒ―ン!!」「ブルルル!!」
その異様な様子に馬たちも怯え、いなないて取り乱すのでした。
「どうどう!どう!」
「落ちつけ!しかしなんて薄気味の悪いガキだ、あれだけの傷を受けてもう立ち上がったぞ」
レイロウは突然自分が襲われる理由も分からず、とにかくここから逃げるしかないと考えました。
痛みはもうすっかりと無くなり、ボタ山の方へまた全速力で駆けだしました。
「おお、もうあんなに走れるのか!?」
「信じられんな、まさに"不死人"か。しかし、だからこそ斬り捨てられる!」
そういうと男はまた馬の腹を蹴り、勢いよくレイロウに向けて走らせました。
ドドドッ!ドドドッ!
またレイロウの背後から恐ろしい勢いで馬が迫ります。
そしてその背にのった男はまた剣を抜き、再びレイロウの首を狙うのでした。
ザン!
今度はレイロウの肩から胸にかけて大きく斬られ、左の鎖骨が完全に断たれました。
その衝撃にまたもレイロウは地面へと転がります。
もう顔も身体も赤い土まみれです。
『い、痛い!何でこんなことに!』
レイロウは訳も分からず何度も斬りつけられて、泣き叫びたい気分になりました。
こんなことならお父さんの言い付けを守って、ボタ山から出なれけば良かったと心から思ったのです。
「おい、また首が飛んでないぞ!この未熟者が」
「うるさい、そんなにうまくは行かないんだ!だったらお前がやってみろ!」
「へっ、やってやるさ。相手が不死人なら後腐れもないや」
これまで二度レイロウを斬りつけたのとは別の男が、馬をレイロウに向けて走らせました。
レイロウの今しがた斬られた傷はまたズルズルと再生していますが、まだ急いで逃げられる状態ではありません。
ようやくヨロヨロと立ち上がるだけで精一杯です。
「見てろよ、首ってのはこう飛ばすんだ!!」
男の馬の勢いは更に増します。
レイロウは恐ろしさのあまり、咄嗟に顔を伏せて目を閉じました。
その時、レイロウを襲おうとしている男の馬とはまた別の方向から、違う馬の蹄の音がこちらに近づいてくるのが聞こえました。
その音はこの暴漢二人の馬と比べ、シャリシャリという金属が擦れ合う音と、圧倒的な速度と重厚感を纏っています。
ドドドン!ドドドン!シャリシャリ
『また別の者がこちら来ている!またやられる』
レイロウがそう絶望しかけた刹那、レイロウの頭上で男の馬と重厚な馬の蹄の音が交差しました。
レイロウは三たび斬りつけらる覚悟をしていましたが、しかし今度は何ともありません。
『あれ?』
不思議に思ったレイロウが顔を伏せながらそっと目を開けると、足元の地面にポロポロと何かが落ちました。
それは、切り取られた人間の"指"でした。人間の指先が幾本か地面に転がっているのです。
それから、カシャンと音を立てて剣が地面に落ちました。
それは、あの男が握っていた剣でした。
「いてええええ!!」
馬上の男は人差し指、中指、そして薬指を失った右手を押さえて悲鳴を上げました!
「な、なんだお前は!相棒に何しやがる!!」
もう一人の男が叫びます。
レイロウが恐る恐る見上げると、そこには漆黒の巨馬に跨る、全身をまるで覆うような金色の甲冑を纏った剣士が佇んでいたのでした。
剣士の金の鎧は、陽の光を受けてピカピカと輝いています。
そのたいそう立派で威厳のある姿に、レイロウは思わず見入ってしまいました。
「ふたりがかりで子供を襲う、卑劣な悪漢どもめ。剣士の風上にも置けない!」
金の甲冑の剣士が、兜の奥からこれまた威厳のある声でそう言いました。
「な、何を言う、あいつは不死人だぞ。幾ら斬っても死にはしない、だから試し斬りをしたまでだ。それなのに俺の指を斬りやがって、俺の指は二度と治らないんだぞ!どうしてくれるんだこの野郎」
男はそう泣きながら喚きました。
痛みのあまり覆面をはぎ取り、それを斬られた右の手に巻き付けています。
その顔はまだ若干の幼さが残る、若い青年でした。
「誰であろうが、むやみに人を斬ったら罪になる。そう考えての覆面であろう。それに死なぬからと勝手に人、それも子供を斬り捨ててよい道理はない!」
そう言うと、金の甲冑の剣士は兜の奥の目でレイロウをちらりと眺めました。
レイロウの傷はもうだんだんとふさがり、正に回復している最中です。
「畜生、だからってなあ!!」
まだ威勢を上げる男に、もう一人の男が諫めました。
「おい、もうやめろ。やばいぞ」
「うるせえ、俺は指を三本も失ったんだぞ!もう剣はおろか匙さえも持てねえ」
そういうと男はまたワアワアと大粒の涙を流して泣き始めました。
「もう泣くな、いいから行くぞ!相手が悪い、あれには勝てない」
男はそう言うと落とした相棒の剣を急いで拾い、二人で連なって馬に乗り、よろよろと去って行きました。
男たちは子供の首など簡単に落とせると考えていましたが、レイロウを相手に二回も失敗しました。
しかし金の甲冑の剣士は、走る馬の背に乗る男の指を正確に斬り落とし、その手から剣を奪うことに成功しています。
これは大層な離れ業であり、剣士としての格の違いは明らかなのでした。
金の甲冑の剣士は深追いはせず、去り行く二人の暴漢の背をしばらく馬上から眺めていました。
レイロウは思いがけず自分を救ってくれたこの英雄に、何と声をかけてよいか分かりません。
しばらくまごまごとしていました。
「あの……」
すると突然、
「この愚か者め!不死人は無闇に出歩いてはならないと教わらないかったのか!」
と叱りつけられたのでした。
レイロウの心臓はドクンと鳴り、思わず耳の奥がキーンと鳴りました。
「不死人はあのボタ山の中で生涯を暮らすのではないのか!その為にお上から人が用意されているはずだ!なぜ子供がひとりでこんな所まで出歩いているのだ!おかげで余計な物を斬ってしまったわ」
そう憤怒する剣士に、レイロウは言葉も出ません。
しかし、あの暗くてジメジメとしたボタ山の中で果てもなく続くであう生活を思い浮かべると、その鬱蒼とした気持ちから目に涙がにじむのでした。
「だって……僕だって外の世界を見てみたかったから」
その絞り出すような僅かな声を聴き、剣士は鉄兜の奥にある目をレイロウに向けました。
レイロウの瞳から大粒の涙が落ち、頬を伝いました。
そして思わずハッとしたような素振りを見せたのでした。
「……そうか、そうだな。俺のように気の赴くままに諸国を漫遊する者が吐く言葉ではなかったな」
そう誰に言うでもなくポツリと呟きました。
先ほど二度も大きく斬られたレイロウの傷は、もうすっかり治っているように見えます。
「……不死人か。俺がもしお前と"同じ身体"を持っているのであらば、こんな大仰な甲冑など纏わずに済むのにな」
「……え?」
すると金の甲冑の剣士は馬の手綱をグイと引くと足で馬の腹を勢いよく挟みました。
「ハイッ!!」
そして剣士を乗せた黒く逞しい馬は、遠くに霞む街影の方に向けて、また大きな蹄の音を立てて駆け出したのでした。
剣士の甲冑は太陽の光を受け、赤い大地の上をキラキラと輝きながらどんどんと遠ざかって行きます。
レイロウはその勇ましい後ろ姿を眺めながら、今しがた耳にした言葉を繰り返し思い浮かべるのでした。
『俺がもしお前と"同じ身体"を持っているのであらば、こんな大仰な甲冑など纏わずに済むのにな』
~続く~




