二十五、 豪奢な来訪者
ある日、"百足"のあじとに目の覚めるような豪奢な6頭立ての馬車と、銀ピカの甲冑を纏った護衛兵士たちの乗る4頭の軍馬が到着しました。
それはほうぼうの街を巡る乗り合いの駅馬車などではなく、如何にも権力を持つ豪族が乗るような、絢爛な造りと装飾の馬車です。
それを引く6頭の馬も兵士を乗せた軍馬も、みな逞しく筋肉も盛り上がり毛も黒々とています。
こんな一団があじとに訪れたのですから、みな驚くばかりです。
これはただ事でないと、サンタンが丁寧に出迎えたのでした。
その夕刻、レイロウはいつものごとく白磁に乗り、魔虫の森から帰ってきました。
箱庭で白磁のお世話をしてまた白刃の会で剣の稽古だと心の中で勇んでいると、そこに使いの少年が急いでやってきました。
「レイロウ、すぐにお頭の部屋へ来てくれ。お頭とサンタンさんがお呼びだ」
え?とレイロウは驚きました。カルラの部屋へ突然呼ばれることなど、これまで無かったのです、
ラユールが白磁の後の面倒はひとりで見てくれるというので、レイロウはその足でカルラの部屋へと向かいました。
カルラの部屋はアジトの最上階、つまりアジトの屋上にある"箱庭"からすぐ下です。
カルラの部屋の前には、例の銀ピカの甲冑兵士が二人、扉の前に立って部屋を護衛していました。
こんなアジトの内部で帯刀した兵士と出くわすとはレイロウは思いもよりません。
それは兵士の方も同じであり、急に剣を携えた子供が向こうから現れたので、ふたりともが剣の柄に手を掛けて身構えたのでした。
レイロウもそれに呼応して腰の官給剣に手を掛けました。
その時、ふたりの騎士の後ろにある扉がギギッとひらき中からサンタンが顔を出しました。
「あらあら駄目ですよ!あなた方のお目当てはこの子なのですから丁寧に!」
すると二人の剣士は剣の柄から手を離し、また直立して護衛の形になったのでした。
『自分がお目当て?』とレイロウは不審がりましたが、
「さ、レイロウ君入って。君にお客様だ」とサンタンが言いました。
レイロウを見下ろすふたりの騎士の間を歩き、レイロウはカルラの部屋に入りました。
中には向かい合った背もたれの付いた長椅子の奥の方にカルラが、手前には一人の身なりのきちんとした老紳士が座り、その後ろにまたふたりの兵士が護衛として立っているのでした。
「おう、来たなレイロウ」そう言うカルラに、老紳士が「ほう、この子供が……」と目を向けました。
その瞳には物珍しい生き物を見るような、わずかな侮蔑が含まれているのにレイロウは気付きました。
ボタ山を出てからこれまでに何度も会った"目"でした。
「レイロウ、この方は世界有数の大富豪・ウインロウ氏の遣いの方だ。アガフル氏と仰る。なんとお前にわざわざ会いに来たそうだよ」
カルラはそうあえて大仰に紹介しました。
世界有数の大富豪、その言葉にレイロウの心は身構えました。
レイロウはお父さんに、その昔不死人族は世の好事家の金持ち達に慰み者にされたことを教えられたのをちゃんと覚えているのでした。
「こんにちは、ご機嫌は如何かな」
そう言って老紳士・アガフルは椅子に腰かけたまま、レイロウに作ったような笑みを向けてきました。
その何か含んだような表情にレイロウも
「あなたは使いの人でしたか。立派な騎士を四人も連れているので、てっきり大富豪ご本人かと思いましたよ」
と少しばかりの皮肉を込めて返しました。
老紳士はそのいい様に少しばかり驚いた表情をしましたが、やがて大笑いをしました。
「ははは、何を仰られる。四人の兵士も6頭立ての馬車も、全てお前さんを聖都に連れて帰る為に用意したのだ」
「僕を?」
驚くレイロウに、そうだと老紳士はきっぱり言いました。
「我が主・ウインロウ氏がお前さんを雇いたいのだと申しておる。私はその命を受けてはるばる迎えにきたのだ。しかしーー」
「しかし?」
「お前さんの主が、それを駄目だと言う」
そうして向かいの長椅子に座るカルラの方を向きました。
「カルラは僕の主なんかでないぞ!」
その言い様にレイロウは思わず反発しましたが、構わず老紳士は続けます。
「そうか、それは失礼。だがレイロウ君を一か月程雇いたいという我が主の依頼を、彼が無碍に断るのでね。てっきり彼が君の主かと」
「先ほどからお伝えしているがーー」それを受けてレイロウが口を開きました。
「"百足"が提供するのはあくまで役務だ。建物が壊れたから修復したい、荒れた土地を開墾したい、祭りがあるので料理が沢山要る、そんなお客からの要望を受けて、それを果たすべく専門の部隊を規模と期日によって派遣する。それが我々の仕事だ」
「ふむ、立派な仕事だな」
「それが『不死人を派遣してほしい』『不死人に何をさせるかは完全なる秘密である』では道理が通らない。それで依頼は受けられぬ」
「謝礼はうんと弾むのだが?」
「そういう問題ではない」
「我が主は不死人をお借りできるのであれば金に糸目は付けぬとーー」
「くどい!受けないものは受けないのだ」
あの冷静で飄々としたカルラが珍しく少し声を荒げました。
だから、ここにレイロウが来るまで同じ話を延々としていたことが伺いしれたのでした。
「せっかく来たので帰る前に不死人ひと目会わせてくれと懇願するので受けたのだ。まだ繰り返すのであれば早々にお引き取り願おう」
眼光するどくそう話すカルラに、その後ろに立つサンタンも頷きました。
「えー、レイロウ君と言ったかな」
それを黙殺して老紳士はレイロウに向かって話し続けました。
「君はここに来てどれくらい経つのだ?」
「三月程で」
「まだそんなものか。それで今はどんな仕事をしている?」
その問いにレイロウは思わず窮しました。
"白磁狩りと白磁の飼育"はあじとの秘密事項としているので、あじとの中でも簡単に人に話してはいけないのです。
それを外の人間に対しては尚更です。だからもごもごとしていると、その様子を見て老紳士は上品にほくそ笑みました。
「そうでしょう。不死人族の子供である君に、そんな人に誇って話せるような仕事をしている訳がない。私のような立場の者に口ごもるのも無理もない、だから恥ずべき必要はありません」
こんなまるで見当違いなことを老紳士が口にするのでレイロウは驚いてしまいました。
カルラとサンタンも目を丸くしています。
さらに老紳士は続けます。
「それに"おあし"も大した額を貰っていないんでしょう?いったい幾ら程稼いでいるのですか?」
「え……」
その答えにも窮すると「いやいやいや、カルラ氏の前では言いにくいですよね、これは失礼した」
とすぐに高笑いしました。
そしてやおら真面目な顔になると。
「わが主・ウインロウ氏は不死人のあなたを本当に必要としているのです。だから私とこんなに立派な兵士、そして六頭立ての馬車まで用意して迎えに来ているのです。普通の人では一生かかっても乗れないような豪奢な馬車だ。おあしも今の何倍でも、言い値で払うと言っている。あなたは必要とされているのです。だからこの"百足"を抜けて、ウインロウ氏の元で働きませんか?」
「ほう、俺の前で堂々と引き抜きとは良い根性だ」
「まあまあ。まずは様子見を……」
無礼な老紳士の振舞にカルラは眉間にしわを寄せましたが、それをサンタンがなだめました。
レイロウがどう返すかを見てみたかったのです。
「どうかね、ウインロウ氏はあなたに高い地位を用意するおつもりですよ。ここに居るよりずっと良い。準備をしてすぐにでもここを出ましょう。元々あなたもご自身で夕焼け街のボタ山を出たのでしょう」
「……僕は……」
「僕は?」
これまで好き放題に話していた老紳士・アガフル氏に、レイロウはゆっくりと口を開きました。
「おあしにはつられません。おあしは大事です。あるに越したことはありません。でも本当に大事なのはーー」
「ふむ、大事なのは?」
「仲間や友達です。おあしに関係なく、一緒に居たい、何かしたい、困っていれば助けてあげたい、そう思える、思ってもらえる仲間が居ることが一番大切で尊いのです」
「ほう」
「この百足には、一緒に働いたり、共に遠くまで出かけたり、教えたり、教えてもらったりする仲間がたくさんいます。それが、僕にとってはとても大事なもので、おあしを払えば得られるものでもありません。だからどんなにおあしを積まれても、そんな簡単にここを出ていったりはできないのです」
それは噓偽りない、レイロウの本心なのでした。
その言葉に、サンタンは目に少し涙を滲ませながら拍手をしました。
「……成る程、立派な心持ちだ。カルラ氏からの教えかね?」
「そうです!」
「違います、僕の剣のお師匠からの教えです」
手柄を横取りしようとしたカルラをレイロウはすぐさま否定しました。
その様子を見た老紳士・アガフル氏は、ふうと大きなため息をつきました。
そしてそれまで上品に長椅子に腰かけていたものの、急に足を崩して深く座り、大柄な態度となりました。
上等な羊毛でこさえた上着の懐から薄い小瓶を取り出すと、蓋を開けてそれをグイと飲み干しました。
そして下品な大きなげっぷをひとつしたのでした。
小瓶には強いお酒が入っていたようです。
そして今度は逆の懐から小箱を取り出して開けました。中には太くて立派な葉巻き煙草がぎっしりと入っています。
「ふん、若くて青臭い。何が仲間か、実にくだらない」
「ほうほうこれはこれは……」
その老紳士の態度の変わりようにカルラは思わずにやりとしました。
身なりのしっかりとした老紳士の"本性"が出たのでした。
老紳士は葉巻を口にくわえると、燐寸を摺りスパスパと吸い始めました。
周囲にあまい匂いの紫煙がくゆりました。
「ふー。これも"務め"だとお前らのような若造にそれなりの心づもりで接したが、実にくだらない。小童相手に馬鹿らしい」
「ふふふ、そうでないと。どうです、ここで造った酒も飲みますかね?」
そうレイロウが勧めると、老紳士はやれやれといった顔をしました。
「こんな汚い肥溜めみたいな場所で造られた酒なんか飲めるか。小便でもあるまいし。俺は上等なものしか飲まない性質でね」
「ああそうですか」
老紳士の変わりようにサンタンは驚きましたが、背後に立つ二人の兵士の様子が全く変わらない所を見ると、この本性は既に周囲に知られているようでした。
レイロウはこの汚い言葉遣いに、夕焼け街の荘園長を思い出してすっかり呆れてしまいました。
「ここの"小便"も、そんな悪くないともっぱら評判なんですけどね」
「そんなことよりカルラさんよ、実の所を言うとこの不死人のガキを連れて帰って何をさせるのか、俺ァ知らないんだ」
「へえ」
「俺の主はな、もう十年も前から莫大な資金を掛けて何か"事業"をしている。それだけは分かるが、事業の中身は極秘事項で主の側近中の側近のしか知らねえ。だから何を理由に不死人を貸し出すのかと俺に聞かれても、正直分からないんだ」
「ほう」
「だがな、その"極秘事業"が佳境に差し掛かってることは確かだ。主は最近は全く自身のお屋敷には居ないし、その"事業"に首ったけだ。何だかよく分からないが、最近はほうぼうから色んな人間をかき集めてるのは確かだな。その一人が"不死人"ってだけだ」
「……」
「昔から、金持ちの好事家が"不死人"を求めたのは聞いたことがある。それでお上が直接"不死人"を保護してるのも知っている。ただな、今回は"不死人"を入手するのが目的でない。何か他の目的を"達成"するのに"不死人"の力が必要ってだけだ。お前さんを慰み者にする事はないので、それだけは約束しよう」
「へえ、何だか大事な話をペラペラ喋るのですな」
「そらおめえよお、俺も命を受けてここまで人を引き連れて来ているからな。手ぶらでは帰れないのよ」
「はは」
「お前らみたいな青臭いガキどもを説得する術を俺は知らん。用があるのは不死人だけだが、この際誰を何人連れてきても良い。金は払う。何か適当な依頼を作って、それに不死人を含めてくれんか」
「何をふざけたことを」
サンタンが珍しく、少し怒気を含めたように口を挟みました。
芯から生真面目なサンタンには、この老紳士の態度はたいそう気に入らないようです。
「あのな、これは"世界有数の大富豪・ウインロウ氏"直々の依頼だ。てことは、この依頼を受ければそのウインロウ氏と直接繋がることができる。これは決して簡単なことではないのだぞ?お前らごときが会おうと思って会えるお人でないからな。それに"百足"とかいう組織を運営するのなら、金持ちと知り合うことに越したことはないだろ?この先何があるか分からんからな、俺ならそうするね」
「ふむ」
「だからもうあんたと不死人のガキ、ふたりで来ればいいじゃねえか。俺が直接引き会わせるからよ」
カルラは少し考えて悩んだ"振り"をしました。
「……成る程、確かにウインロウ氏と知りあえるなら、それはそうだな」
「だろ?少しは頭を使えよ若造。じゃあ決まりだ!それとやっぱりお前らが作った酒を貰えるか?」
カルラはこの一見立派な老紳士に驚くほどの表裏があり、それを隠すことなくこちらへさらけ出す姿に
『何とも食えない爺さんだな』と警戒しながらも僅かながらの親近感を持ったのでした。
「よいでしょう。おい、この老紳士に"小便"を用意してくれ」
~つづく~




