二十四、 『古今東西 刀剣図録』
「いつからあんなに剣士ごっこの会員が増えた?」
ある夕刻、あじとの庭で剣を振るような動きをしている二十人ばかりの少年たちを窓から見下ろし、カルラが言いました。
その問にサンタンが答えます。
「ああ、ここ最近盛り上がっているようですよ」
「木剣を持つ者は居なくなったが……前より構えや姿勢が様になっていないか?」
「確かに、そうかもしれませんね」
「いったい何が?」
「レイロウ君です」
「レイロウ?」
「レイロウ君が、彼ら"白刃の会"の指導役になったそうです」
「何と……へえ」
「主催のダイラー君がレイロウ君に頼み込んで、レイロウ君もまんざらでもないようですよ。レイロウ君の教えが上手いものですから、その様子を見て会員もグッと増えたようです。白磁狩りも好調ですし、彼は大したものですよ」
そう言ってサンタンはレイロウを手放しで褒めましたが、カルラの心情は複雑でした。
カルラは、"百足"には傭兵としても自衛の為としても"剣士"や"兵士"は不要、むしろあっては駄目なのだと考えていました。
"百足"に集まった多くの身寄りのない少年たちは、元をたどれば大部分が大人の巻き起こした戦の犠牲者でした。
"国"同士が争う大戦は四十年も前に終わりましたが、それでも各地でのいざこざは絶えず起きており、そのしわ寄せはいつも弱い者、つまりは子供たちに多く降りかかってくるのです。
その戦の元となる"兵"をここで育ててはいけない、と考えるのが"百足"の頭であるカルラの想いなのでした。
とは言え若い少年たちが強さと勇ましさの象徴である剣士に憧れるのは当然であり、その"心"自体を規制するのも違うと考えていました。
だから血気盛んなダイラーを中心に剣術同好会が発足したこと自体は看過していましたが、
しかしこれにレイロウが関わるとなると少し話は変わってきます。
何せ剣で勝つことにかけてはカルラがたじろぐ程の異常な執念を持ち、
幾度も殺される目に遭っても諦めず、ついには聖都剣術指南所の師範を刺し倒す程の気概を持ちます。
また彼の師匠は大戦時に国を揺るがす程の暗躍をした伝説の剣士・"人斬りオロチ"です。
剣士が剣士として一番活躍した時代の、その剣士の中でも最高峰にいたのが"人斬りオロチ"です。
現在の格好ばかりが先行した見てくれの剣術とは違い、本当に人を殺す目的の"刃"です。
その"人斬りオロチ"の教えを直々に受け継いだのが、かの不死人・レイロウなのです。
正直、レイロウの剣術の腕前はカルラから見てもまだまだです。
しかしその根底には、"人喰い"としての教えが血肉として累々と受け継がれています。
その血がこんなにも早くあじと内に"芽"を出すとは、カルラにとっても想定外なのでした。
「ああ、そう言えばレイロウ君がやはり働いた分の賃金が欲しいと言いまして」
「ほう」
レイロウは不死人であるので、食べる物も嗜好品も寝具についても基本欲しがりません。
だから"百足"の中で得る賃金も別に要らない、という話をしていたのでした。
しかしここで一転、やはりおあしが欲しいと言い出したのです。
「何か買いたい物でもあるのか?」
「ええ、剣術の指南書と、『古今東西 刀剣図録』という"刀剣"の蒐集本があるそうです」
「本?」
「以前、お頭とお二人で旅をした際に、街角の書店でそのような物を見かけたと。世界中のあらゆる刀剣の図録が収めされている本だそうです。もう何巻も発行されているようで、それを全部集めるのだと」
「そうか。あいつ、何をふらふらしてると思ったらそんな物を見ていたのか」
「みなから街への買い物はいろいろ頼まれはしますが、おあしで本を依頼されたのは初めてですね」
「あいつのおあしで買えるのか?本とはかなり高価だぞ」
「レイロウ君の白磁狩りの功績を持ってすれば、買えますよ。先日も一冊、持ち帰ったばかりです。本当に彼は大したものですよ」
先ほどからレイロウを褒め称えるサンタンに、カルラはまた神妙な顔をしました。
レイロウはこの数日で、また新たな甲殻獣を一匹捕らえて箱庭に持ち込んでいたのでした。
これは大功績であります。
実際、この頃のレイロウは、全てにおいて大きな活躍をしていました。
朝は早くからと共に白磁に乗って魔虫の森へ行き、"白磁狩り"に精を出します。
レイロウの白磁狩りの才能は天性のものがあります。
森窩の娘・ルユールも驚くほどです。
生粋の森窩の魔虫使いですら、生涯で捕らえて手名付ける数は限られています。
白磁狩りを終えてアジトに戻ると、今度は"白刃の会"の"先生"です。
すでに三十名はいる会員の剣士に、剣術を教えるのです。
しかし剣術を教えると言っても、実際の剣はなかなか持たせてもらえません。
自分でこさえた木剣ですら、レイロウの許しが出るまでは持つことは禁止されるのです。
これはレイロウが、お師匠から稽古を付けてもらった時と同じです。
つまり、"頭のてっぺんからお尻の穴に棒が一本通るまで"、一人前とは認められないのです。
しかしこの"剣を持たぬ剣士"がほうぼうで良い評判を得たのでした。
"白刃の会"の剣士は、いつもはそれぞれ自分の仕事をします。
料理人、掃除人、建築担当に農業人と様々です。
これが外から依頼のあったそれぞれの地に仲間で派遣されて働きます。
働き先ではこれまた多くの人々が働いており、その中では常に小さないざこざが起こるものです。
時には若者同士の小競り合いが増長して大きな騒動になり、怪我をしたりすることも多くあります。
それが各部隊の悩みの種でもありましたが、よくこの"小競り合い"を百足から派遣された若者が丸く収めるのです。
それも武器も持たずに素手で、相手に大きな怪我もさせずに軽くいなしたりします。
一度など、ラッカム市に派遣された荷物運びの人員が、つまらぬ喧嘩で刃物を持って荒れ狂う大男を素手で制したことがあり、それが大変な話題になったのでした。
それ以来、"百足"ぜんたいの評判もうんと上がったりしたのです。
それもこれも、"白刃の会"のレイロウの教えがあったからでした。
剣の稽古が終わると、レイロウ個人の時間です。
レイロウは蛍石に照らされた、おあしでサンタンに買ってきてもらった『古今東西 刀剣図録』の一巻をよっく読むのでした。
隅から隅まで、もう何度読んだか分かりません。
この本に載せられた刀剣の数々は、見ても見ても見飽きることはないのでした。
今はまだお師匠から受け継いだ官給剣しか持っていないレイロウでしたが、いつかこの本にあるような数々の名剣や秘剣を手にしてみたいと夢見ているのでした。
いつか、"箱庭"でも本を読み込むレイロウにルユールが
「本当に、毎日読んでいてもあきないものねえ」
なんて声を掛けました。
この時、レイロウは"伝説の刀剣たち"という頁を読んでおりました。
そこにはこの世に在るのか無いのか、謎ばかりの刀剣が紹介されているのです。
レイロウはそこに見入って返事もしませんでしたが、ふと一つの図を見てルユールが言いました。
「あ、これ魔虫の殻でこさえた剣ね」
それにレイロウが大声で反応しました。
「何ですって!?」
「わ、急に大きな声出さないで」
「だから、今何て言ったの?」
「だから、魔虫の殻の剣よ」
「これが!?」
「そうよ」
「何ですって!?」
レイロウはま昇天しました。
そこには、伝説の刀剣として『謎多き"白銀の剣"』が紹介されているのでした。
『何で作られているのか一切不明な白くて硬く、鳥の羽根のように軽い剣。世界で数本のみ確認されている』
とあります。
「これ、白磁の殻なのか!?白磁の殻で剣が作れるのか!?」
「そうよ。でも、脱皮した抜け殻では駄目だよ。死んだ白磁の亡骸を運良く見つけたら、それを持って帰って森窩の職人に頼んで作ってもらうんだ。しかもそんな大きな剣を作るには、からなり大型の魔虫でないと。そんな大きな魔虫の亡骸なんて私も見たこともないよ」
「な、成る程、そうか。そうかそうか」
確かに世界中にはまだ白磁、つまり甲殻獣の存在は知られていません。
それこそ魔虫の森の奥深くに入らなければ見れないし、普通の人間がそんな中に入って行ったら命が幾つあっても足りないのです。
だから、それでこさえた剣が『謎多き"白銀の剣"』とされても納得がいくのでした。
これにより、またレイロウが"白磁狩り"に精を出す理由が加わったのでした。
魔虫の森で"白磁狩り"をしながら、白磁の亡骸を探す事でした。
レイロウの日々はまた忙しく、面白くなるのでした。
~つづく~




