二十三、 剣術同好会・白刃(しらは)の会
レイロウが"百足"のアジトに来て二か月ほど経ちました。
はじめは"白磁隊"として隊長のルユールについて仕事もアジトでの暮らしもしていましたが、
内向的なルユールはいつも持ち場の箱庭と自分の部屋との往復のみで、後はおまんまも配給場からサッと取ってきて自分の部屋の中で食べてはそのまま自室で過ごし、そしてまた朝の仕事の時間まで外に出てこない生活を繰り返していました。
レイロウはおまんまも食べなければ寝ることもないので自室で剣を振って過ごしましたが、この好奇心旺盛な少年がそんな毎日をいつまでも続けるわけがありません。
このアジトには仲間が千人も要るというのに、レイロウはまだラユールとサンタン、カルラなどごく一部の人としか関わっていないのです。
森へ行き白磁を捕まえてしつける仕事は楽しくはありましたが、それ以外ではボタ山での暮らしとそんなに変わりはありません。
やがてレイロウは仕事を終えてアジトに戻ると、アジトの中をほうぼう出歩く事を日課としたのでした。
白磁を飼育する"箱庭"は崖の上にあり、レイロウの部屋もアジトの最上階付近にあったので、レイロウはアジトの中を階段でずっと下ることになります。
レイロウの住んでいたボタ山も中はとても広かったのですが、ここ百足のアジトはそれ以上の大きさがあるかもしれません。
それにどこへ行っても誰と会うこともないボタ山と違い、アジトはいろんな子供たちが忙しく出歩いています。
ここ百足の子供たちはそれぞれが自分の役目を持ち、大変面白く仕事をしています。
多くの子供たちが一緒に働いている点では夕焼け街の"荘園"も同じでしたが、しかしここの子供たちはみな生き生きとした顔をしており、全体の雰囲気からしてまるで違うのです。
集団の食事を作ったり後片付けをしている者や、
あじと内の掃除を行いゴミ籠を担いで運ぶ者、
あじとの増築や修理を行う者、
下の大きな庭では畠をこさえたり、鶏や豚や山羊なんかの獣を飼育していたりもしました。
特に白磁を飼っているレイロウは獣の飼育に興味があり、ルユールとも互いに仲良くやればよいのにと思いました。
やがて、あじと内を夕暮れ頃からウロウロと出歩くレイロウの噂が立ちました。
それもそのはずで、レイロウはいつも腰にあの官給剣を下げていたのです。
仕事がら短刀や鎌、鉈、包丁を持つ者は多く居ましたが、いっぱしの剣なんて持ち歩く子供は居ませんので、それはそれは目立ちます。
そしてやがて、あの剣を持って出歩く風変りな少年は、お頭が直々に連れてきた"不死人"なのであると囁かれたのでした。
今日も森での一日の仕事を終え、ルーユルと箱庭に戻ってきたレイロウは"白磁"を巣に入れて片付けをするとまたあじとの中を見て回るのでした。
今日は一番下の庭まで行って、番犬として飼われている犬たちに会ってやろう、などと考えてあじと内を歩いていると、向こうから勇ましい勢いでこちらに真っすぐ歩いてくる五、六人の男たちの一団がありました。
その鋭い目で皆レイロウの姿を見据えています。
男たちはレイロウの目の前まで来ると、その先頭にいる青年・ダイラーが口を開きました。
「お前が、お頭が連れて来たという"不死人"のレイロウか?」
ダイラーはレイロウよりも年上で身体もひと回りもふた回りも大きい少年でした。
「ああ」と、レイロウは思わず身構えながら応えました。
こんな様子で向こうから攻撃をしかけられたことが何度もあるからです。
「その腰に下げているのは本物の剣?」
「そ、そうだ」
「聖都いちの剣術道場で、そこの師範を倒したと聞いたが本当か」
そんなことまで知っているのか、とレイロウは少し戸惑いました。
あれはカルラが仕組んだ"作戦"の上であり、剣士としてとても勝ったとは言えないような試合でしたが、
それでもあの師範を倒したことは事実なのです。
「ああ、本当だよ」
ややあってレイロウはそう答えました。
その答えに、男達はみな目を大きくして互いの顔を見合わせました。
すると、
「うわあ、凄い!」
「ぜんぶ本当なんだ!」
「聖都剣術道場の師範と言えば、これ以上ない立派な剣士だぞ!」
と全員で互いに盛り上りました。
その様子は先ほどまでの威圧さは無く、まるで無邪気な少年そのものでレイロウはきょとんとしてしまいました。
するとダイラーが改めてレイロウに声をかけました。
「俺の名前はダイラー。ここ"百足"の中で剣術の同好会を主催している者だ」
「ええ、剣術?剣術の組織は無いと聞いたけど」
「ああ無いさ。お頭の意向で"百足"には剣術隊はない。でも、同好会なら別だ」
「そうだ、俺たちはみな普段は違う仕事をしていて、仕事が終わった後に集まって剣術の稽古をしているんだ」
「それならば自由だからな」
へえ、とレイロウは驚いてしまいました。
ここ"百足"ではこのような"同好会"がたくさんあるとのことです。
"剣術同好会"はその名の通り、剣士になりたい者達が集まった会ではありますが、もともと"剣術"の組織が無い上に剣術の経験がある者すら居ないので、本当の初心者だけが集まって勝手気ままに木剣を振り回すだけの会になっているのです。
初めはそれでも楽しくやっていた同好会の少年たちでしたがそのうちに行き詰まり、どこかに剣術の経験のある者が居ないかという話になったのでした。
その頃です、あじとの中で本物らしき剣を腰から下げた見知らぬ少年がふらふらと出歩いている、という噂を聞いたのは。
剣士たちは方々を聞きまわってもどこの組織にもそのような少年は居ないという。
ついにサンタン教育長に尋ねたところ、それはお頭直々に勧誘されて特別組織に配属された"不死人"であると言うではないですか。
そしてなんと、聖都剣術指南所というこの国いちの道場の師範と一戦交え、これを倒したと。
決して死ぬことのない極小種族"不死人"が、
本物の"剣"を持ち、
聖都いちの剣術道場の師範を倒した。
そんな話に、同好会の少年剣士たちは思わず熱狂したのでした。
※この世界では"不死人族"は忌み嫌われる存在でしたが、百足の子供達は夕焼け街の荘園の子供達と同じく、
自身が社会から"はじかれた"側であることを知っているので、大きな差別意識は持っていなかったのでした。
「なあレイロウ、俺たちに剣術を教えてくれよ!」
その言葉に、レイロウは思わず絶句しました。
「いいだろ!俺たちはみな剣士になりたいんだ」
「聖都剣術道場の師範を倒したのが本当なら、大したものだよ」
「な、頼む!一緒にやろうぜ」
みんなが口々に言いました。
レイロウは、自分は剣士としてまだまだ未熟であり人に教えるような立場でないことは充分に分かっていました。
お師匠の足元にもまったく及ばないし、最終的に倒したとは言えあの師範にも何度"負け"たか分かりません。
「ええと……」
そんな煮え切らない態度で俯いてしまったレイロウに対して、少年たちは互いに目配せをしました。
そして少年たちの一人が、レイロウの横から急に木剣で襲い掛かったのでした。
「えい!」
「あっ」
レイロウはそれに気付くと咄嗟に腰を低くかがめ、ただでさえ小さなレイロウの姿勢がさらに低くなりました。
襲い掛かった少年はレイロウがかがんだことで前につんのめり、レイロウの身体の上に乗っかるような形になります。
そこでレイロウが立ち上がって姿勢を正したところ、少年はレイロウの背中に上げられて頭から地面に落ちたのでした。
「あっ!」
そしてすかさずレイロウはその倒れた少年の腕を掴み、ぐるりと身体を回して相手をうつ伏せにし、腕の関節をガチリと極めたのでした。
「いててててっ!」
その少年を制すまでの一連の動作の滑らかさ、鮮やかさに、同好会の少年たちは大変驚きました。
サンタン教育長から聞いた話とは言え、本当にこの小柄な不死人の子供が剣術道場の師範を倒したのかと勘繰り、
目配せをして一人にレイロウに奇襲をかけてみたのです。
しかしこれが見事にいなされてしまいました。
そしてこれに驚いたのは、レイロウ自身でもありました。
レイロウが夕焼け街に居た頃、お師匠に言われたのはとにかく六つの"基本動作"を繰り返せ、ということでした。
この動作を何千回、何万回と繰り返すことで己の肉体に剣術の"理"が備わり、
例え剣を持っていなくとも自然に身体が敵を捌いて制するだろう、とのことなのでした。
レイロウはこの言葉に懐疑的ではありましたが、お師匠の遺してくれた大事な教えだと日に百遍も繰り返していました。
そして確かに、この見知らぬ少年の強襲をまるで自然に退けてみたのでした。
「……凄い、本物だ」
ダイラーがぽつりとそう言いました。
他の少年たちもそれに続くように羨望の眼差しでレイロウを見ます。
ただ一人、レイロウにうつ伏せに制されている少年だけは腕の関節を極められて痛がっています。
「いててててっ!いててててっ!」
翌日からレイロウはこの剣術同好会・"白刃の会"の指導役となったのでした。
そしてこれが、後に"百足"を大きく分断する要因の、第一歩なのでした。
~つづく~




