二十一、 魔虫(マムシ)/甲殻獣(こうかくじゅう)/白磁(はくじ)
レイロウがカルラから命じられたお仕事は、教育従事者長・サンタンから説明されたどのお仕事とも違うものでした。
「お前は"白磁"のお世話役だ」
「"はくじ"って?」
「"白磁"、正式な名前は"甲殻獣"かな」
「"こうかくじゅう"?」
「森窩の人らは"魔虫"なんて呼んでるがな」
「シンカ?マムシ?」
さらにややこしい言葉になり、レイロウはますます訳が分からなくなりました。
「こないだ、聖都からここまで乗ってきた空飛ぶ生き物がいたろう」
「ああ、あの白い変なの」
「そうだ、あれが白磁だ。あれのお世話をするんだ」
この命令に、レイロウは何とも言えない神妙な顔をしたのでした。
「不満か」
「だって、僕は剣士になるためにボタ山を出たんだ。そんな変な生き物のお世話なんかするためじゃないよ」
「馬鹿だなお前は」
「人を馬鹿と言うなよ」
「もうこの世界に剣士など流行らないよ。何十年も前の、戦乱の時代の遺物だ。俺が考えるに、白磁のお世話はこの"百足"の中で一番の重要事項だ。だからサンタンの説明にも無かったろう?」
「うん」
「普通の一辺倒な説明には入れていないんだ。特別な人材にしか説明していない。それだけ大事な秘密事項であり"特殊部隊"なんだよ」
まだまだ子供のレイロウは、この"重要事項"や"特殊部隊"というむつかしい言葉に心が少し踊りました。
「お前も白磁のあの速さは見たろう?」
「見た!驚いた!空を滑って進んだぞ」
「これからの時代は"物流"だ」
「ぶつりゅう?」
「ああ、物資の流れのことだな。これからは人や物を早く沢山運ぶことが重要になってくる。お前の大好きな戦だってそうだ」
「別に戦が好きなわけではない」
「同じだよ。剣が好きで剣士になりたい奴なんて、みんな戦が好きで求めてるんだ。戦だって、兵士や武器や食料を早く沢山戦地に運べた方が有利だろう?」
「それはそうだ」
「戦でなくても、俺たちが各地に"従事者"を派遣するんだって、沢山早く運べることに越したことはない。それは世界中どこでも、これから先も、変わることのない普遍的な需要だ。それを実現するのが白磁ってわけだ。これが全部馬から置き換わったら、世の中は大変なことだぞ」
「確かに馬なんかよりずっと速い。でもじゃあ何でみんなあの変な生き物に乗らないの」
「そこだよ!さすがレイロウ君!」
突然叫んだカルラにレイロウはビクッとしました。
「白磁はな、そんな簡単に見つかるものでもないし、見つけても捕まえられないし、捕まえてもああして手なずけるのが物凄く大変なんだ。聞くところによると、もっと大型で人が沢山乗れるような白磁や、全く別のおかしな能力を持ったやつもたくさん居るらしい。それを研究して使えるようにするのが"白磁隊"の使命であるな」
「ふうん」
「詳しい事は白磁隊の隊長に聞いてくれ!それでは検討を祈る!」
さすが口八丁手八丁のカルラ、こうしてよく分からないうちにレイロウはその"白磁隊"への着任を言い渡されてしまったのでした。
――――
「あなたが"白磁隊"とはね……さすがお頭の采配と言いますか何というか」
そんな事を呟きながら、灯火器を持ったサンタンがレイロウを連れてあじとの奥の通路へと進みました。
「ここから上に登りますよ」
そう言うと通路の奥にある階段をどんどん上り登り始めました。
ここは崖にくっつくように作られた建物の最上階だったはずなのに、まだ上があるのか?とレイロウは不思議に思いました。
二人は灯火器の光を頼りに階段をトントンと上がっていくと、やがて上に光が見えてきました。
階段を上がりきると、そこはぽっかりと空いた大穴の底のようでした。
上には青いお空が見え、ここは崖の上にある火山口のような大穴の底だと言うことが分かりました。
穴の高さはとても人が登れるようなものではありません。
そしてこの底には石や木でこさえられた小屋が幾つもあり、狭い畑で何やら植物も育てているようでした。
「ようこそ、ここは"屋上庭園"や"箱庭"と呼ばれる白磁の飼育場です」
へえ、とレイロウは改めて辺りを見まわしました。
確かにここは旅の道すがらで見た、ヤギだのブタなどの飼育小屋に雰囲気が似ているのでした。
しかしあの家畜特有の"獣臭"はありませんが、その代わり何か嗅いだことはないけど何か懐かしいような、不思議な空気感があるのでした。
それを感じ取り、レイロウはわずかに眉間にしわを寄せて少し考えるような顔付きをしました。
「やはりあなたも感じますか」
「うん……何か」
サンタンの問いにレイロウは答えました。
これまでずっとボタ山の中で暮らしてきたレイロウは、故郷を出るにあたりいろいろな場所に行きました。
夕焼け街の荘園、カルラとの道中で寄った町や村々、宿屋、そして聖都剣術指南所の剣技場。
それらにはそれぞれ独自の匂いや雰囲気がありましたが、ここ"箱庭"にはそれらとは明確に違う、異質な空気感があるのでした。
「変な感じ。でも嫌いではない」
そうレイロウが言うと、サンタンは少し驚いたような表情をしました。
「あなたは平気なのですか?やはりお頭の思惑通りですね」
どういうこと?」
「ここ"箱庭"には独特な空気が流れていましてね。恐らく飼っている白磁のせいでしょう。白磁は特別な能力を持つ生物ですから、身体から何かを醸していると思われます。多くの人にとってはそれが軽い毒なのです」
「へえ」
「かくいう私もここに少しでも長く居ると頭痛と眩暈がひどくてですね。しかしあなたは平気なようだ、さすが不死人、同類と言うべきでしょうか」
「同類?」
レイロウは何か馬鹿にされたような気がして、少し不機嫌な顔をしました。
「あ、これは失礼。しかしここが平気なのは、あなたとお頭、そしてーー」
その時、小屋の向こうからガシャガシャとした石やら木やら骨で出来た装飾品を身に付けた、怪しげな覆面をした小柄な人物が表れたのでした。
「あの白磁隊の隊長、ルユールさんだけですね」
ルユール、それがこの人物の名前なのでした。
ルユールは覆面越しに、レイロウとサンタンの方を訝し気に見てきました。
「ルユールさん、こちら白磁隊の新入りになります」
突然そう紹介され、レイロウはペコリと頭を下げました。
「……新規隊員?」
その声は、明らかに少女の声でした。
「そうです。ルユールさん、あなたは人手が欲しい人手が欲しいと言っていたでしょう」
「……ええ。でもそんな子供が大丈夫なの?」
「レイロウ君はあなたとそんなに年は変わらないですよ……」
「魔虫はそうそう人に懐かないし、捕まえるなんて無理だよ。お頭以外にはね」
「このレイロウ君はそのお頭が自ら勧誘した少年で、ここ白磁隊に推薦したんですよ」
「ええ、お頭が?」
「ええ」
「へえ、こいつがねえ……」
ルユールは覆面越しに、またレイロウをじろじろと眺めました。
レイロウは、ここ"百足のあじと"ではあの飄々として軽妙なカルラが
"お頭"と呼ばれる特別な人間なのだということを何だか不思議に思うのでした。
「改めて紹介しましょう、こちらレイロウ君。不死人族のレイロウ君です」
「不死人!?」
「ええ、"不死人"の、です」
「ふうーん、初めて見た。へえー」
「ルユールさん、あまりじろじろと見るのは失礼ですよ」
「何しても死なない、怪我もたちどころに治るというのは本当なの?」
「ええ、本当だそうですよ。実際にその様子を見たとお頭も仰ってました」
「本当にそんな人間が居るのねえ……」
「だから、危険な白磁の捕獲や飼育もこのレイロウ君なら任せられる、という事でしょう。それに」
「それに?」
「なぜかもう懐いているようですしね」
ふと気付くと、先ほど乗ってきたが白磁が一匹、レイロウの後ろにまとわりついているのでした。
「あ、なんだこいついつの間に」
そう言ってレイロウは白磁の頭だか背中の辺りを撫でました。
レイロウにすり寄る白磁は何だかとても嬉しそうに見えます。
白磁は人間に懐くようなことはまずなく、うまく手名付けるのに何年もかかったりするものであり、
それは"魔虫の棲む森"の奥深くで生まれた"森禍"の娘、ルユールも例外ではありません。
それをこの不死人の少年が難なくこなしているのです。
「へえーっ!!」
と、ルユールは今度は感嘆の声を上げたのでした。
~つづく~




