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二十、 百足(むかで)のあじと

【第三部】

レイロウとカルラは、カルラの言う"あじと"へひとっ飛びしました。

これは比喩でも何でもなく、本当に"飛んだ"のです。


カルラは聖都セント剣術指南所を出て自分のあじとへ向かうと言うと、レイロウを連れて人目の付かない街のはずれに行きました。

そこで前から腰に革紐で下げていた白い骨のようなもので作られた笛を口にして、思い切り空に向けて吹いたのです。

しかし、その音はレイロウには聞えません。

フーフーと言うばかりです。

レイロウは何事かと不思議になって辺りをキョロキョロ見回しました。

するとカルラが「ほう、不死人アンデッドにも聞こえないのか」と言って笑ったのでした。


やがて、空の彼方からある"物体"が凄い速さでこちらに飛んで来たのが見えました。

あれは何かと思う間もなく、その物体はカルラの前まで来ると急に止まり、そこに降り立ったのでした。

それは、薄っぺらな敷布団くらいの大きさの……生き物でした。

身体全体を白くて堅そうな殻で覆われた、大きな甲虫のような生き物です。

しかもそれは不思議な事に、羽根や翼を持たぬのにフヨフヨと地面からわずかな距離浮いているのでした。

レイロウはこんな生き物はボタ山の書庫でも見た事がありませんでした。


「何なのこれは」と聞くと、カルラはすぐさま「これに乗れ」と返しました

「乗る?これに?」


そう驚くレイロウを尻目に、カルラはその平らな生き物によっと乗ったのでした。

それでも生き物はフヨフヨと浮いています。

「ほら早く。人に見られれるだろうが」


そう促され、レイロウは恐る恐るその生き物に近づいて、カルラに手を引かれてその上に乗ったのでした。

生き物の背中は二人が乗るには充分な広さがありましたが、さすがにその重さに少し沈み込むと、また元の位置くらいまで浮き戻したのでした。


「ひとり乗りだと言われているが、まあ子供ひとりくらい増えても問題なかろう」


カルラはそう言うと生き物の背中、つまり自分の乗っている足元をポンポンと手で叩きました。

すると生き物はスーッと上昇を続けました。そしてよほど高くまで、人の目でよく見えないくらいまで上がると、またポンポンと叩くのでした。

すると生き物の上昇はピタリと止まりました。

まるで人間に飼いならされた馬や犬のような仕草です。

しかしレイロウは平気ですが、普通の人間であれば落ちたらただで済まない高さです。


「さ、行くぞ。どこかに捕まれ」


カルラの言葉にレイロウは足元を見まわしました。

生き物の背中は平らですが、所どころに角のような手頃な突起があり、それを手で掴むことが出来るような器具が付けられています。

まるで人が乗るための馬具のようだとレイロウは思いました。


「捕まったな、では!」


そう言ってカルラがまた音のしない笛を吹くと、

生き物は恐ろしい勢いで真っすぐに、空を切り裂くように一直線に進みました。

それはまるで宙を滑るかのようでした。


そんな勢いで空を進むものですから、凄い速さでカルラとレイロウは"あじと"に到着しました。

おそらく、歩いても馬を使っても何日も何日もかかる距離を、この生き物に乗ったことで一日のうちに到着したのでした。


"あじと"とはとても大きな崖の壁面に作られており、お城のようなレンガ作りの建物が崖にくっつくようにあるのでした。

その建物の最上階は崖の上にもうすぐ届くほどの高さにあります。

また崖には幾つもの横穴の窓があり、どうやらこのお城のような建物と崖の中の横穴は繋がっているようでした。

また建物の下には大きな広場があり、そこで多くの人々が何やら作業をしたり、畑や樹木の元で野良仕事をしている様子が空からよく見えたのでした。

「わあ」と、レイロウは声を漏らしました。

この大きさですと、カルラの仲間が千人もいるというのはあながち嘘でもなさそうです。


建物の一番上の部分にはひと際大きな窓があり、そこに生き物はカルラとレイロウを背に乗せたままスーッと入って行きました。

その室内は広く、この変な生き物がゆっくり床に降りるとカルラとレイロウはその背から降りました。

カルラは「ご苦労だったね」と生き物の頭にあたる部分?を手で撫でると、自ら部屋の隅の壁にある平たい穴の中にスッと入って行ってしまったのでした。

あれがあの生き物の巣なのかな?などとレイロウが考えていると、部屋の奥からドヤドヤと三名の人が入ってきました。


かしら、お戻りで」

「今回はお早いお帰りですね」

「お身体大丈夫で?」


集まった人たちが口々に言います。

皆、カルラと同じくらいの年頃の若者たちで、その口ぶりからカルラへの親しみが感じられました。


「ああ戻ったよ、"白磁はくじ"にエサをやっておいて」

「分かりました」

「その子が、今回の?」

「そうだ、不死人アンデッドのレイロウだ」


そう言ってカルラは皆にレイロウを紹介しました。


「え、不死人アンデッド?」

「この子が?」

「大丈夫なんで?」

「何も問題ないよ。また後で話すから、まずはいつも通り説明しておいで」

「は、はい」


そうしてカルラは部屋の奥の方へとスタスタ歩いて行きました。

一人残されたレイロウはキョトンとしています。


「何と、今回は不死人アンデッドの子供とは……」

「さすがに不死人アンデッドは初めてですね……違法でないのですか」

かしらもお人が悪いというかなんとまあ……」


三人はマジマジとレイロウの方を見たのでした。



ここカルラの"あじと"は、"百足むかで"と呼ばれてる集団の拠点なのでした。

"百足むかで"は、かしらであるカルラが世界中を旅をして身寄りのない子供や若者たちを集めた集団であり、

皆で共同生活を送っているのでした。


百足むかではその内部で仕事が分かれていて、


畑で作物を作ったり建設資材を調達する 農業・林業係

動物を育てて肉や卵を獲る畜産係

あじとの建設やその建設資材を作成、調達する 技術者・技能者

あじとからやあじとへの物を運ぶ運搬係

あじとの掃除や修繕を行う、清掃係

集団への規範説明や教育を行う教育従事者

集団の食事を作る料理人

集団の衣服の作成やお直しを行う衣料係

集団の健康管理を行う医療従事者

集団内の決め事やいざこざを治める法務従事者


などがあります。

そしてその全係・従事者の上に、百足むかでの創立者である統領・カルラが居るのでした。

カルラは自分より年上の大人を信用しておらず、集団は全員がカルラより年下で構成されています。

そして新入りが来るとその所属をカルラ自身が決めて割り振りを行い、その係のおさである者の判断でその仕事を続けるのか、

また違う仕事に就くのかを決めてこれを繰り返すのでした。


そしてその仕事を習得した者は、百足むかでの外でその仕事を行います。

百足むかでは内部の働きでその道の専門家を育て、それを要請のあった外の各所へ派遣することで"対価"も得ています。

百足むかでから派遣された従事者はとてもよく働き、その"質"も高いとすこぶる評判であり、

仕事の依頼もひっきりなしなのでした。


レイロウはここまでを一気に"教育従事者"であるサンタンから教えられたのでした。

サンタンは先ほどいた三人の中の一人で、教育者長を任された人なのでした。


「――以上ですね。他、何かご質問は」

「"剣士"の仕事はないのですか」


サンタンの問いにレイロウは間髪入れずにそう即答しました。


「けんし?」

「はい、剣士です。僕は剣士なので闘いたいのです」


そう言うとレイロウは手にした長物袋をサンタンに見せました。

サンタンはそこで少し驚いた顔をしました。


「剣士の仕事はありません。百足むかでに"傭兵"の従事者はないので」

「そうですか」

「今は戦乱の世ではないですからね」

「でも、いろんな所で小さな戦は起こっているでしょう?そこで剣士の仕事も必要では」

「では、その重要性を頭にお伝えしますね」

「はい。……では、僕は何の従事者になるのでしょうか」

「それはまず頭が決めることです。頭が戻るのをお待ちください」

「分かりました」


そうしょんぼりした様子を、サンタンは訝しい目で見つめました。

不死人アンデッド族は何をしてもしなくても死ぬことはないので、全体怠け者で世界中から蔑み嫌われていると聞いていたのに、

最初の質問で剣士になって闘いたいと言うなど思いもよらなかったのです。


教育従事者長としてこれまで多くの子供や若者を見てきたサンタンにとって、

不死人アンデッド・レイロウの入団は"百足むかで"の行く末に何か不穏な影を落とすのではないかと訝しんだのでした。


~つづく~

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