十九、 意外なる決着
スクラさんは奥の医務室へ急いで応急処置の準備をし、ダダリ師範の元へ戻ってきました。
ダダリ師範のお腹を強いお酒で消毒し、綿紗で血を抑える為です。
腕や足と違い、お腹は止血がしにくいのでこれは大事です。内臓を斬られてなければ良いけれどとスクラさんは祈りました。
ロット師範は道場に残っていた道場生に、急いで外のお医者さんを呼んでくるように言い付けて戻ってきました。
ダダリ師範とスクラさんの傍らでは、カルラとエリク師範が言いあっています。
「さて、約束通りレイロウ少年をこの剣術指南道場に入門させてもらおうか」
「お前はまだそんなことを!今はそれどころではない!」
「いや、約束は先に守ってもらわないと。どさくさに紛れて反故にされたらたまったものではないのでね」
「だいたいあんな不気味な不死人の子供を入門させるものか!完全に人外の化け物ではないか!世界から蔑まれて当然、目前で見てよっく実感したわ!」
「ほう、"負けた"言い訳ですか。あんな子供に腹をひと突きされて倒れ込んだとあっては、流石にねぇ」
「何だと!?」
「東の国の高名な戦士は、主君を守る為に身体中に無数の矢を受けて立ったまま絶命したという。子供の一突きで倒れるおたくの師範長とはえらい違いで」
「わが道場の師範を愚弄するのか!」
「愚弄も何も、事実を言っただけですがね」
「あの不死人の子供、すでに腹に刺さった剣をさらに押し込んだろう!試合で"とどめ"をさすような行為は剣士として許されん」
「はい?それまでにレイロウに行った数々の非道に比べれば、あれくらい大したことではないだろう」
「それはあの小僧が不死人であることを見越した上でだ!素性を隠して試合を挑むなど、汚い真似をしたのはそちらである!」
「聞かれなかったのでね。それとも何ですか?あなた方道場の剣士は、いざ決闘の前に『あなたの素性を教えてください』と聞いてまわるので?」
「おのれ!!」
「もういい加減にして下さい!怪我人が要るんですよ!」
二人の言い合いにスクラさんが我慢しきれずそう叫んだ時、闘技場の入口の方からそれ以上に透き通った強い声がしました。
「これは何の騒ぎですか!」
全員が一斉にそちらを向くと、身なりのしっかりとした、立派な剣を携えた精悍な青年が立っていました。
「わ、若先生」
「若先生……」
とふたりの師範とスクラさんが慌てふためきました。
お腹を押さえたままのダダリ師範もワタワタとしています。
その若先生は、年の頃はカルラと同じ位でしょうか。三人の師範よりもいくぶん若いであろうと思われます。
そして鋭く切れたような目をして、つかつかと姿勢良くこちらに歩いてきました。
そしてレイロウとカルラを一瞥すると、次にエリク師範に視線を向けました。
「若先生、お帰りは明日のはずでは……」
「予定よりもずいぶん早く済んでしまってね。それよりいったい何が起きたのです?なぜダダリは血を流しているのですか?説明しなさい」
「は、はい」
そうエリク師範が観念してことのあらましを伝えようとした時、カルラがいつもの調子で口を挟んできました。
「いやいやこれは初めまして若先生!それがどうにも酷い話なんですよ。この三人の師範殿がですねえ、あの少年との約束を急に反故にされまして」
しかし若先生はカルラの方は一切見向きもせず、まるで居ないかのようにエリク師範の方を向いたままです。
「どうしましたエリク、説明をしなさい」
「は、はい……」
完全に無視をされたカルラは苦い顔をしましたが、エリク師範は一切の隠し事をせずにこれまでの事をすっかり若先生に伝えたのでした。
この青年剣士の前では全てを見透かされるという"畏れ"の表れかもしれません。
この様子を見て、カルラは若先生と師範の関係性を知ったのでした。
「成る程。もうお医者は呼んでいるのだな」
「はい」
「分かった。ではスクラさん、先生が来るまでダダリの面倒をお願いします。エリクとロットはーー」
「それよりレイロウ少年との約束をお願いしますね!」
またカルラが会話に強引に割って入りました。
この時、ようやく若先生の目線がカルラの方を見やりました。
相まみえるカルラと若先生の二人。
「先ほどから何ですかあなたは。部外者は早く立ち去りたまえ」
「おや、若先生までも約束を破る気で?"聖都剣術指南道場"はそのような――」
「あれは不死人だそうですね。不死人は保護区からの連れ出しは厳禁なのでは」
「いや、あの少年は剣士を志して自分の意思でここに来ています。連れ出しではありません」
「そんな事は私たちには分かりません、お上を呼びます」
「え、ちょっと?お上は……」
「私は誇り高き聖都の市民として、不死人族の子供を連れ歩いている男がいるのだと、お上に通告する義務があります」
「いえ……」
「何の因果があってあの少年を引き連れているのか、そんなことは知らないので言い訳はお上にして下さい」
「おっと……」
カルラはすっかり困り顔です。
これまで大人たちのやり取りを静観していたレイロウですが、今度はカルラがずいぶんやられていると思いました。
「それが困るのであれば、今すぐここを立ち去りさない。そしてこれまでの事は全て"無かった"事にしなさい。そうすればこちらも動きません」
「う……」
「去らなければ、お上を呼ぶだけだが?ロット、すぐ憲兵の詰所まで行ってくれるか。不死人の子供を連れた不審な男がいると」
若先生が口ごもるカルラをそう畳みかけました。カルラはもう思わず慌てました。
「わ、分かった!一旦出ていくからそれはちょっと待ってくれ!」
「え?」
「おいレイロウ、もう行くぞ!」
「え、だって勝ったのに!そんなの嫌だよ、せっかくここまで来たのに!」
困惑するレイロウに、急いでカルラは急いで駆け寄り耳元で言いました。
「お前、また穴ぐらに戻されたいのか?」
「でも……」
「お上を出されると面倒な事になる。確かに不死人の連れ出しは厳禁事項だ。例えお前が自分の強い意志で出たとしても、お上はそんな事まできっと考えない。強引に引き戻されて、二度と逃げられないようになるぞ」
「う……うん、それは嫌だ」
レイロウの頭の中はぐるぐるしましたが、確かにここで意地を張ってあのボタ山に戻る位であれば、引き下がった方がよいと思えたのでした。
そんなレイロウの様子を見て、カルラは決断しました。
「はい、どうもお邪魔しました!それではここで失礼します!皆さんごきげんよう」
そう言ってレイロウを抱えるようにして、急いで闘技場を出て行ってしまったのでした。
ーーーーー
陽はもうすっかり傾いていました。
レイロウは前の地面に長く伸びる自分の夕影を見ながら、とぼとぼと歩いていました。
そしてレイロウはもう本当に心が悲しくなって、歩きながらわあわあと大声で泣きだしてしまいました。
夕焼け街を出た時から、泣くまいと思っていた心の堰が一気に崩れてしまったのです。
あまり考えまいとしましたが、お師匠も仲間たちも、きっとあの後にお館様に殺されてしまったに違いありません。
そうまでして自分を送り出してくれたのに、お師匠がせっかく紹介してくださった道場に入門できず、追い返されてしまったのです。
もうあそこには二度と入れる気がしません。
今はとりあえず歩いていますが、その行先も目的も、もうすっかり無くなってしまいました。
そんな悲しくつらい想いが、涙としてどっと溢れ出ているのでした。
そんなレイロウの少し後ろをカルラが付いて歩いています。
レイロウの不死人としての特性を利用して、師範に試合を仕掛けたのはカルラです。
しかし誤算だったのは、ここまでレイロウの剣に対する"想い"が強く、あんな目こあってまで勝負を捨てなかったこと、
それにダダリ師範にしても、師範としての矜持があれ程までにあったことです。
もう少し早く事の顛末が付くと考えていたのに、あそこまで凄惨な出来事になるとは流石のカルラも思っていなかったのです。
わあわあ泣きながら歩くレイロウを、すれ違う人々が訝し気に見てきます。
「なあ、もう泣くなよ。悪かったよ。まさかあんな酷い目に遭うとは俺も思わなかったんだ。辛かったよな」
「うるさい、違うわ!!」
「でも凄いよ、あの聖都道場の師範をぶっ倒したんだぜ!よくやったよ、こんなのは末代まで誇れることだぞ。それは胸を張っていい」
「でも勝った所で、入門できなかったら何にもならないだろう!」
「まあ……確かに」
「そうなんだよ!うわあーん!」
また強く泣き出すレイロウに、カルラは申し出ました。
「なあレイロウ、お前もう行く所が無いんだろ?だったら俺の所に来いよ」
「お前のところ?お前のウチか?」
「そうだ」
「お前のウチに行って何の意味があるんだよ!何の意味もないだろう!」
「ひどい言い方だな…。まあ飯も寝床も要らないお前は確かにそう思うかもしれない、けどお前と同じような"仲間"はたくさん居るぞ」
「……仲間?」
仲間という言葉にレイロウはピクリと反応しました。
「仲間、居るのか」
「ああ居るさ、たくさんな」
「たくさんてどのくらい?」
「そうだな、今は800人以上はいるかな?千人近くは居るかもな」
千人、それはとんでもない数です。
「嘘つくな!お前のウチに千人も入るわけないだろ!嘘はいちばん駄目だとお師匠も言っていたぞ」
「嘘じゃないさ、本当にそれくらいいるんだ。俺には城みたいなデカい"あじと"があるからな」
「……本当なのか?」
「本当さ!決まりだ、先ずは行こう!ウチが気に入らなけば、また"家出"をすればいんんだ。家出は得意だろ?」
「馬鹿にしてる!得意なもんか!」
「ははは」
そうしてレイロウはそのままカルラに導かれ、カルラの仲間が千人も居ると言う"あじと"に向かうことになったのでした。
一方その頃、聖都剣術道場では、三人の師範たちが闘技場の真ん中で立たされ、若先生と向かいあっていました。
若先生は厳しい怒った表情でエリク師範とロット師範を睨みつけると、二人の顔を手の平でぶちました。
お腹に包帯をぐるぐると巻いたダダリ師範には流石に平手打ちはしませんでしたが、ダダリ師範は逆にそれを申し訳なく思いました。
本当は一番ぶたれるべきは師範長であるダダリなのです。
(レイロウの剣はダダリ師範の内臓の隙間に上手く入りこんでいて、深刻な大怪我になることはなかったのでした)
「申し訳ございません!まさかあの子供が不死人だとは気付かずに……」
「神聖な道場に、不浄の一族を招いてしまい……」
「面目なく……」
そう師範たちが力なく頭を垂れると、若先生はへの字に曲げた口から苦々しくこう言いました。
「違う!あの子供など些末なことだ!それより問題は、一緒にいたあの男だ」
「え……あの飄々とした若い男のことですか」
「奴の名はなんと申した」
「確か、"カルラ"と」
「……やはり間違いない、奴は"吟遊のカルラ"だ」
「"吟遊のカルラ"、聞いたことがあります」
「確か、諸国の身寄りのない子供や若者を集めて集団生活を送っている"新興勢力"だとか」
「そうだ、今やその集団は"百足"と呼ばれている。百の足を持つ狂暴な虫、"百足"だ」
百足、その不気味な名前に三人の師範はゾッとしました。
「しかしなぜ"吟遊"?奴は詩人か何かで?」
「違う。奴は諸国を漫遊し、行く先々で"詩人が詩を吟じるが如く"騒ぎや揉め事を起こすのだ。それを揶揄して"吟遊"だと」
「成る程、そしてここ聖都でも"吟じられた"ということですか……」
「以前、ある集いで遠巻きに『あれが"百足"の統領だ』と、教えられたことがある。確かに奴の顔だった」
「くそ、どうりで態度が太い野郎だと……」
「いいか!これから先は何があろうと部外者を道場に招き入れるな!必ず私の許可を得ることだ!」
そう、若先生は一層大きな声で三人の師範を叱咤しました。
【第二部・完】
~つづく~




