十八、 死合い(三)
そこからの様子は、正に地獄の様相を呈しました。
試合再開、
ダダリ師範がレイロウを酷く殴りつける、
レイロウが倒れる、
レイロウが立ち上がる。
試合再開、
ダダリ師範がレイロウを酷く殴りつける、
レイロウが倒れる、
レイロウが立ち上がる。
試合再開、
ダダリ師範がレイロウを酷く殴りつける、
レイロウが倒れる、
レイロウが立ち上がる。
試合再開……
と、これを何十回も繰り返したのです。
これは殴られ続けるレイロウや、その様子を見続けるスクラさんやカルマにも"地獄"でしたが、
殴り続けるダダリ師範にも影響が出始めました。
いくら子供の顔とは言え、何十回も本気で力いっぱい殴り続ければ、自慢の大きな拳も痛んできます。
一方、殴られたレイロウは何十回殴られても顔の傷はケロリと直ってしまいます。
確かに殴られるとんでもない痛みは毎回感じていますが、その痛み自体は蓄積されず完全に消えてしまうのです。
つまりレイロウが殴られる時だけ痛みを堪え続ければ、いつかはダダリ師範の拳の方が壊れてしまうのでした。
「ぐぬぅ」
ダダリ師範はどれだけ殴りつけても立ち上がって来るレイロウに対し、ついには木刀を使いはじめました。
もうダダリ師範の拳は傷だらけで骨が軋み、折れる寸前だったのです。
そしてこれまでの勢いはそのままに、試合再開の合図と共にレイロウを木刀で酷く叩きつけました。
そのあまり残酷な様子に、スクラさんは勿論残る二人の師範も絶句していました。
本心はもう「止めろ!」と声をかけたいのですが、すると聖都剣術指南所側の"負け"を意味してしまいます。
ダダリ師範は己の持つあらゆる技術を駆使して、木刀でレイロウを打ちのめしました。
初めはまだ少し遠慮がちであったその攻撃も、
喉を突き、胸を突き、腹を突き、鼻を削ぎ、耳を削ぎ、手首がひしゃげる程、腕を打ちました。
そして遂にはレイロウの頭部を狙ったのです。
頭をめがけてダダリ師範の大きな木刀が恐ろしい勢いで振り下ろされます。
レイロウは兜や仮面などは付けていないものですから、その頭はベコリと凹んだり、パックリと割れて中の脳みそが飛び出たりします。
時には目玉も飛び出す始末です。
レイロウはその度に死んだようにばたりと倒れますが、やがてその損傷はみるみる完治してしまい、
また官給剣を持ってダダリ師範の前に立っては、ピシリと"構え"をするのでした。
これは本当に"汚い闘い"です。
高名な剣術道場の師範が、一方的に少年剣士を叩きのめす。何度も何度も。
そこに高潔な"義"などあろうはずもありません。
ダダリ師範は、自分が道場の威信を守る為に試合をしているのか、それとも貶める為に試合をしているのか、それすらも分からなくなっていました。
肩で息をしながらもひたすら我を捨てて、目前の少年剣士を打ちのめすことだけに集中しました。
しかし考えると、こんな年端もいかない子供を何十回も続けて"撲殺"していることになるのです。
ダダリ師範には、身体の疲労や痛みの外に、この"子供を何十人分も虐殺している"ことに対する"心の痛み"も蓄積されていたのでした。
やがてダダリ師範の持つ木剣が、レイロウの頭部を叩きつけた時に中頃からボキリと折れてしまったのでした。
「あっ」
その場の全員が息を飲みました。
ダダリ師範もその出来事に呆然としています。
これまでの稽古で、丈夫な樫の木でこさえた木剣が折れてしまったことなど一度も無かったからです。
人を殴り続けると、丈夫な木剣でさえも折れてしまうものだと初めて分かったのです。
今回の攻撃ではレイロウは倒れませんでした。
木剣が折れたことで、頭部への損傷は軽減され少なく済んだのです。
レイロウは一瞬何が起きたのか分からない様子でしたが、すぐにダダリ師範の持つ木剣が折れたことを把握しました。
そしてまた官給剣を持って"構え"をし直したのでした。
ダダリ師範は肩で息をしながら、レイロウを見据えました。
そして折れた木刀を持った自身の右手をちらりと眺めました。
手の平の剣だこが潰れ、木剣の柄には血が滲んでいました。
木剣を血が滲むほど振ったのは、いったい何時ぶりでしょうか……。
「……化け物め」
そうつぶやくと、ダダリ師範は手にしていた折れた木剣を投げ捨てました。
そして腰に下げていた真剣を、ついに鞘から抜いたのでした。
ダダリ師範の真剣の刃が、夕陽を受けてギラリと光りました。
「レイロウ!」
「はい!」
「見ての通り、私の木剣は折れてしまった。木剣が折れるまでの攻撃を耐えたお前には、ひとまず賛辞を贈ろう」
「はい!」
「次から私は真剣を使う。"真剣"である!真剣であるからには、これまでのようにはいかぬ。私の剣は貴様の首、腕、足、胴までをも切断するだろう」
「……」
「これは木剣とは比較にならぬ攻撃力だ。伴う痛みも半端ないであろう」
「……」
「私はこれからも、お前に対しても手を抜くことは決して無い!よってお前はこれからも延々と斬られ続けることになる」
「……」
「どうだレイロウ、ここらで手を引かぬか?お前かて辛かろう、お前がこの勝負を降りれば、もうこの"惨劇"はお終いになるのだ」
ダダリ師範はレイロウにこう持ちかけました。
真剣を使う前の、最後通告のつもりでした。
しかしレイロウはそれを、冷笑で返したのでした。
「師範殿は、相手に"負け"を乞うのですか?」
その言葉に、ダダリ師範は静かに憎悪を募らせました。
少年・レイロウの"身体"を慮っての言動でしたが、その実、もうダダリ師範自身の方が根を上げていたのかもしれません。
それは決して、拳や手の平の"剣ダコ"の痛みが原因ではありません。そんな痛みなどこれまでの稽古で慣れっこであります。
それよりも、何十回も何百回も、少年剣士を傷め続け、殺害し続けた"心"への負担が、大きくなっていたのでした。
ダダリ師範の身体はまだまだ健在ですが、剣士としての心が『もう少年を斬りたくない』とひどく訴えかけていたのです。
それをまるで見透かされたようで、ダダリ師範は思わず激高しました。
「あい分かった!ではこの"真剣"を使うぞ!!」
「だから、最初からどうぞと言っているではありませんか」
このレイロウの冷静な返しに、ダダリ師範は間髪入れず無言で真剣を振り下ろしました。
その鋭く重い切っ先の速さは、木刀の比ではありません。
刃がレイロウの首を捕らえる!と思った矢先、ダダリ師範の腕がピタリと止まりました。
レイロウの首の直前、薄紙一枚分で止まっています。
ダダリ師範の顔には、これまで見たこともないような汗が一気に噴き出していました。
『いくら不死人と言えど、この少年の首を斬ったら自分は"剣士"、つまりは聖都剣術指南所の"師範"で無くなる』
『剣の道は"義"の道。"義"とは、道理にかなった、正しく高潔だという意味である』
『これまで真摯に歩んできた"剣の道"が、少年を斬ることで潰えるのだ』
そう身体が直感して、己の刃を止めたのでした。
そして、そこを逃すレイロウではありません。
「えいっ」とお師匠の教えに習い、"基本動作"のすり足で体重を前に移動しながら、自身の剣をダダリ師範の腹に突き刺したのです。
ブスリとその刃先は深く腹部に入り込みました。
『あっ』と全員が息を飲んだ最中、レイロウはこれまで一方的にいたぶられた憎い思いも相まってか、更に力いっぱい剣を押し込んだのでした。
「やあ!!」
ズブリ!
体重を乗せた腰の力の押出しで、レイロウの刃はダダリ師範の腹部のさらに奥深くへと刺さりました。
「ぐふっ」と呻き、ダダリ師範は剣の入った腹部を押さえてよろめきました。
レイロウは自分の剣を取り戻す為に引き抜こうとしましたが、ダダリ師範に柄を掴まれ阻止されたのです。
「このっ」とレイロウがむきになったその刹那、審判のロット師範が絶叫しました。
「止め!止めだ!」
ロット師範が試合を止めた途端、ダダリ師範は膝を付きうつ伏せに頭を垂れました。
「お医者だ!お医者の先生を呼べ!」
「スクラさん、応急処置を!早く!」
急にバタバタとエリク師範とスクラさんも動き出しました。
「こりゃ大変な事になったなあ」と、カルマはのんびり言っています。
レイロウはダダリ師範の返り血で真っ赤になった自分の手に少し驚きながら、
目前で膝を付き、頭を垂れるダダリ師範を見下ろしていました。
何と、レイロウはこの巨躯を持つ師範に"勝った"のでした。
~つづく~




