十六、 死合い(一)
「はじめ!」
審判であるロット師範の掛け声と共に、レイロウは腰に据えた官給剣を抜いて構えました。
この構えは、夕焼け街でお師匠より一番初めに教えてもらったものです。
最初は何日も何日もこの構えだけを行い、今でも"構え"はちゃんと出来ているか一番気を付けています。
それを今はじめて、この聖都イチの立派な道場の真ん中で、
お師匠から譲り受けた剣を持って、その道場の師範殿に向けているのです。
レイロウは、ここが自分の"剣士"としての人生の第一歩であると自覚しました。
一方相手であるダダリ師範は、レイロウの構えを見て、
『言うだけあり、構えはなかなか様になっているな』と思いました。
道場の同じくらいの年頃の少年剣士でも、ここまでピシリと姿勢が決まっている子はなかなかいません。
ただし、やはり"型"が古過ぎます。
ここ聖都剣術指南道場では、これまでのおよそ六十年の歴史の中で基本の"構え"は徐々に変化していきました。
その時代時代に合った、合理的で無駄の無い型となるのです。
そしてその変更の度に"基本技・型指南書"という御本に書き記します。
ダダリ師範はいちど、一番昔の、道場設立当初の基本の構えの頁を見たことがあるのですが、レイロウの構えは正にそれに近いものなのでした。
『やはり田舎者の時代遅れの剣か』
ダダリ師範はそう心の中で悪びれました。
しかしやはり気になるのは、レイロウの持つ真剣です。
いくら子供と言えど、あの忌々しい妖気を放つような官給剣を自分に向けられるのは気持ちのよいものではありません。
普段の木剣ばかりでなく、緊張感を持つ為に真剣を用いて"型稽古"を行うことは稀にありますが、
真剣を用いての"試合い"、というものはダダリ師範にとっても初めての経験でした。
『ふん、生意気にこの俺様に向かって真剣など構えおって……』
これがてんで出鱈目のなってない構えであれば、物を知らぬ子どもがたいそうな口をきいてきたと大目に見ることもできるでしょう。
しかし、ここまで"構え"が出来るのであれば、それは無知ではありません、"故意"なのです。
ダダリ師範の心に、ふつふつと苛立ちの気持ちが芽生えました。
そして一呼吸おいて、ダダリ師範も自分の持つ木剣を構えました。
相手に威圧感を与えるような、大きな上段の構えです。ただでさえ体躯の良いダダリ師範がさらに大きく見えます。
二人が共に剣を構えたことで、正式な試合開始の合図となりました。
「少年、来られよ」
そうダダリ師範が言った刹那、レイロウがまず一歩を踏み出しましたーー
と思いましたら、あっという間にダダリ師範はレイロウの真ん前まで移動して、木剣も持ったままの右の拳で勢いよくレイロウを殴り飛ばしました。
その速さと言ったらまるで雷のようです。
レイロウは何が起きたのかもよく分からないまま顔に衝撃を受け、遥か後方へと吹き飛ばされたのでした。
「おい、デカい身体の割に恐ろしく速いな!」
「見くびるな、やつはここの師範長だからな」
と、その様子を見て思わず叫んだカルマに、エリク師範が冷静に答えました。
「だから言ったのに!あんなに飛ばされて!」
スクラさんはもう顔が真っ青です。
「おい、ちょっとやりすぎではないのか?もう立てたないぞ」
はるか後方で倒れているレイロウを見て、審判のロット師範が呆れたように言いました。
「いや、奴はまだ剣を手放さないでいる。まだやる気だろうよ」と、そう薄ら笑いを浮かべてダダリ師範は言いました。
確かに砂煙を上げるほど勢いよく殴り飛ばされたレイロウでしたが、その手にはまだしっかりと官給剣が握られています。
「おい少年、まだ立てるか!」
そうロット師範が確認の声をかけると、レイロウは殴られた左頬を手で抑えながらのそりと起き上がりました。
その様子に三人の師範とも思わず息を飲みました。
「ほう、まだやるつもりか」と、殴り飛ばした張本人のダダリ師範が少し関心したように呟きました。
するとスクラさんが
「レイロウ君もうよしなさい!すぐ参ったしなさい!あなたではとても勝てない、また酷くぶたれるのよ」
と泣き叫ぶように言いました。
しかしレイロウはそのまま無言でダダリ師範の前まで歩いて来ると、官給剣をまたピシリと構えたのでした。
「なかなかの根性ではあるな。しかし"根性"だけでは勝てぬぞ」
そう言ってダダリ師範は木剣を構えると、またすぐさまレイロウの前に恐ろしい勢いで駆け出しました。
レイロウはごくわずかに反応したものの、やはろ師範長の速さには全く間に合いません。
するとまた木剣を握った右の拳でレイロウの左頬を殴りつけたのでした。
今度はよほど力を込めたようで、先ほどよりももっと遠くにレイロウは吹き飛ばされました。
「ああっ!!」
スクラさんがまた絶叫しました。
それは明らかに、もうただでは済まないという風に見えたのです。
「あーあ、あれは顔の骨が折れたぞ……」
「ふん、それくらいでちょうど良いさ。真剣を人に向ける重大さを思い知るがいい」
「まあ、大怪我しても不問にすると話はついている。お遊びはここまでだな」
そう言いあったダダリ師範とロット師範が道場の中心地から去ろうとしたところ、カルマが叫びました。
「おっとお二人さん!まだレイロウはやる気だそうだよ」
その声に二人が振り向くと、何とレイロウがまた剣を握ってよろよろと立ち上がったのでした。
そしてまた試合開始の位置まで歩いて、剣を構えのでした。
「まさか!」
「二度目はないだろう?」
ロット師範が慌てた様子でレイロウに駆け寄りました。
「おい、顔を見せてみろ。もう試合するような状態ではないだろ」
そう言って剣を構えたままのレイロウの顔をよく見てみると、今しがた殴られた左頬の酷い傷跡はみ水に流されるように消えていき、
切れた唇も折れた歯もみるみる治っていくのでした。
そして今はもう何ともなくなっています。
「え!?」とロット師範は驚きの声を上げました。
てっきり殴られた跡は骨が折れ、頬も唇も大きく腫れあがっているかと思ったからです。
「おい、平気なのか?」
「はい、平気です!」
そう大きな声ではっきり応えたレイロウに、先ほどまで黙っていたエリク師範が急に声を上げました。
「そいつは不死人だ!」
二人の師範が大きく反応しました。
「不死人、だと!?」
「まさか、そんな……」
「間違いない!金髪に緋い目!そいつは不死人族なんだ!」
ええっと、スクラさんも口を押さえました。
この世界の果てにある荒れ地に、決して死ぬことのない"不死人族"という不浄の種族がいることは聞いたことがあります。
その種族がまさか実在して、こうして目の前に居るとは。
「ありゃまあ、もうバレちまったか……」
カルマはそうつぶやいて頭を掻きました。
~つづく~




