十五、 試合い(二)
その時、その様子を少し離れたところで見ていたカルラが大声で笑いだしました。
「はははは、どうした師範殿!そんな少年剣士に"剣術論"で圧されていますぞ!」
「やかましい!」
ダダリ師範は怒気を込めた言葉で真っすぐ返しました。
思いのほか勢いのある返しでしたので、カルラは少し驚いた顔をしました。
「いいか小僧、これは道場内の試合である。試合に真剣を用いるのはご法度だ。剣の道は"義"の道。
"義"とは、道理にかなった、正しく高潔だという意味である」
レイロウは心の中で、お師匠から聞いた"修羅の道"や"魔道"とはだいぶ違うのだなと思いながら聞きました。
「よって"真の剣"を軽々しく用いるべきでない!ここは聖都剣術指南道場だ、よって我らが道場の決まりに従ってもらう、木剣を持て!」
「いやです」
「何だと!」
「僕はお師匠から承ったこの剣を使います!」
「おい、レイロウ!」
突如、カルラが二人の言い合いに割って入りました。
「レイロウ、落ち着け。今はお前がこの由緒ある"聖都剣術指南道場"の師範に、特待に値する剣士か否かの判断を頂く場だ。それならばこの道場の決まりに従うのが筋であろう。抗うでない」
「でも」
「それにな、ここの師範殿は真剣で立合うのが"怖い"らしい。真剣で斬られたり刺されたりしたら大変だからな、察して差し上げろ」
「何だとおいこら!」
目の前でその会話を聞いていたダダリ師範は、カルラに大声を上げました。
「あら、聞こえましたか」
「こんな近くで当たり前だ!貴様、私を侮辱するのもいい加減にしろ!」
「ほう、違うのですか?」
「誰がこんな子供の剣など恐れるか!何かの間違いで、この子供の持つ剣が子供自身を傷付ける事を危惧しておるのだ!」
「へえ。そうでありますか」
「当たり前だ、この私が子供の剣など恐れるはずがない!」
「であれば問題ありません。この少年剣士・レイロウは斬られる事を何ら恐れておりません。"剣を持つのは、剣で斬られる覚悟がある者のみ”である事を心情にしておりますので。なあレイロウ」
そう言いなが、カルラがレイロウに軽く目配せしました。
レイロウはそれに気づき、僅かに頷きました。
「覚悟の問題ではない!真剣を用いた試合自体が禁じられているのだ」
「やはり怖いので?」
「だから違うと言っておろう!ならばもし、真剣を用いてその子供が大怪我や絶命したとしても、一切不問にすると誓えるのか?」
「誓えますとも」
「お前ではない!誓うのはレイロウだ」
「誓います!」
「は?」
「誓いまとも!」
あっけらかんと返事をするレイロウに、ダダリ師範は思わず面食らってしましました。
「お前はまだ子供なので事の重大さが分かっていない!"真剣の恐ろしさ"を知らぬのだ!」
「分かります!」
「いや、分かっておらん!」
「分かります!僕だって斬られたり刺されたりは痛いし嫌だ!でも、私にはお師匠からの封書にありました"聖都剣術指南道場"に入門する、という強い使命があります。その使命を全うする為に、全力を尽くすのみなのです。その全力には、この"剣"を使うことも含まれます。慣れぬ木剣を持って後れをとるくらいであれば、この"真剣"を使って全力を尽くします!それで斬られれば本望なのです!」
「……うむ」
「私には、この"聖都剣術指南道場"に入門するのです。それ以外のことは頭にありませんし、どうでもよいのです」
師範三人はその場で全員で目配せしました。
この少年剣士の心意気に、わずかに胸を打たれたのです。
"剣"を志し、絶え間ぬ努力の末に名誉ある聖都剣術指南道場の"師範"に就任して幾年か、
今では"安定・安全"を一番とし、如何に規範に則り、問題や騒ぎを起こさないか、平時を保つことに終始している自分に気付いてしまったのです。
レイロウの気焔を見て、"剣を志したあの頃の熱き血潮"を、急に思い返したのでした。
「……あい分かった。では"真剣"での試合を受け入れよう。お前はその官給剣を使うがよい」
そう言うダダリ師範の声に、もう二人の師範が無言でうなずきました。
「ありがとうございます」
「私も礼儀として帯刀はする。しかし使うつもりはないので、木剣は持たせてもらうぞ」
「はい、分かりました」
その様子を伺い、カルラが声を上げました。
「さて、では勝敗はどう決めましょうかね」
レイロウの心意気に胸を打たれていた師範三人は、そんなカルラの声に辟易しました。
この軽口の減らない飄々とした青年の事は、厳格な三人はどうにも好きには慣れないのでした。
「……通常の外部の剣士との試合いであれば"参った"と言うか、もしくは"戦闘不能状態"、つまり立てなくなれば勝負ありだな。勿論木剣をもっての規則であるが」
「よろしい、ではそれにしましょう。いいなレイロウ」
「はい」
「師範方も、それでよろしいですかな」
「ああ」
「剣士に二言はあるまいな」
「あるわけなかろう」
「はい、決定!では試合を始めましょうか」
そしてレイロウとカルラ、三人の師範がそれぞれ試合を行うように動き出しました。
道場の中心には試合を行うレイロウとダダリ師範、判定者としてロット師範が名乗りでました。
そして勝負の立ち合い人としてカルラ、エリク師範、スクラさんが少し離れたところから見守ることになったのでした。
その時、スクラさんが横に立つカルラに話しかけました。
「あの……」
「はい」
「あなた、レイロウ君の世話役ならば、直ぐに止めた方がいいです」
「はい?」
「ダダリ師範はお優しい方です、レイロウ君を必要以上に傷めつけたりはしないでしょう。でもこちらも道場の威信があります。例え子供と言えど、師範に対して正式に挑むのであれば、全く無傷で返すわけがありません。見れば、レイロウ君の身体には傷ひとつ無いではないですか。手の平も綺麗なもので、剣ダコもありません。うちの小等部の少年剣士たちの方が、よほど身体に稽古をした痕があります。あなはだいぶレイロウ君を買っていますが、本当にそんな剣の才能があるのですか?」
スクラさんの問いに、エリク師範も頷いて聞き入りました。
全くその通りで、レイロウからは少年といえども"剣士の風格"が見られないのでした。
それについて、カルラは笑顔で応えました。
「知りません」
「え?」
「は?」
「知りませんね、私はレイロウが剣で戦う所は見たことがありませんから」
「え?は?」
「私は世話役として、彼の"願い"を実現するよう最大限に手助けするのみです。彼がここ聖都剣術指南所へ入門する為の試合を行う所までは導きました。後は彼次第ですね」
「まあ、何てこと!」
カルラの返事にスクラさんは心底呆れた様子をしました。
エリク師範も目を丸くしています。
「だったら直ぐに止めて下さい!ダダリ師範は本当にお強い方なのです!身体もこの道場で一番大きいし、師範が少し力を出すだけでレイロウ君は大怪我をしますよ!」
「でしょうね」
「でしょうねって……」
「スクラさん」と、見かねたエリク師範が声を掛けました。
「我々は見守りましょう。それはレイロウ少年も重々分かっているはずです。それも覚悟の上での試合でしょう」
「でも!真剣も持っていますし危なくて」
「はっきり言って……私もレイロウ少年やこの男が何を考えているか分かりません。いや、何も考えてないのかも。でも二人そろって我が剣術道場を侮辱しているのです。剣士はね、相手に"舐められた"らお終いです。そういう稼業なのでね。いくら少年と言えど、あそこまで見栄を切ったその"報い"は受けないといけません」
そう言って、エリク師範はカルラの方をキッと睨みつけました。
レイロウはその視線にわざと気付かないように、闘技場中央にいるレイロウとダダリ師範の方を見据えました。
「では、はじめ!」
審判を務めるロット師範が、そう叫びました。
ここからレイロウ対ダダリ師範の、まさに地獄の様相となる"死合い"が始まるのでした。
~つづく~




