21 テスト 結果を出そう
その日は朝から大規模な浴場の幾つかに紫色の旗が上がっていた。平民街で三つ。貴族街でも一つ。その周辺の店や屋台にも紫色の布切れが、街道市の屋台の幾つかにも紫色の布が掲げられ潮風に踊っている。紫と言えば話題の予言者や板絵芝居の人気の騎士を連想させるが仔細は分からない。ただ女の多くが含み笑いを漏らす。老若を問わず女ばかりが。そしてその布切れが掲げられた店は例外なく賑わっていた。どの店でも連れだった娘たちがきゃあきゃあ声をあげて品物を選んでいる。紫布の店で買物をすると縁結びにご利益がある、らしい。恋愛にまつわる愛の神アモルの加護が込められているのだとか。買物をした娘たちはそのまま紫布の浴場に向かう。なんと浴場が無料になっていると言うのである。ただし女湯だけ。
紫旗の浴場の周りは、その通りが丸ごと祭の様相を呈していた。人々の喧噪に笛の音。街道市でもこれは無いと言う賑わいだ。女湯には敷地を超えた長い列が出来ている。「最後尾はこちらでーす」札を掲げた奴隷が人を誘導する。あまりの人出に入れ替え制になっているらしい。待つ人や無料ではない男達にも不満の色が薄いのは「振る舞い酒だ!」男女を問わず酒や飴湯が配られるから。街道市から出張って来たのだろう。軽食を売り歩く男が首から下げた篭が瞬く間に空になる。賑やかな口上と共に現れた奇術師が芸を披露したかと思えば、あちらでは組になって踊る男女。その踊りは結婚式で新郎新婦が舞うもので、かき鳴らされるリュート、手拍子と共にスピードが上がってゆく。ついに新郎役が尻を突き笑い声に拍手と歓声が上がった。男達が言い合う。「風呂屋の客寄せだろ?」「いや、祭だ」祭、なのかもしれない。都の内の複数個所で同時、しかも貴族街でもとなれば浴場施設やその団体が催すにしては規模が大きすぎる。不思議なのはこの祭りがどの神を称える祭りなのか女も含めて誰も知らないことだ。春の到来を喜ぶものでも秋の収穫を祝うものでもない。「紫の祭」或いは「女の祭」と呼ぶだけで祭りの名すら定かではないのだ。強いて言えば愛の神アモルの祭なのかもしれない。が、どの神の祭であろうと、それを楽しまぬ手は無いと考えるのが西都の民。仕事などしている場合ではなかった。
その官吏の男が同僚にうち勝って出張仕事を得たのは昨日の話だ。暫く前に終了してしまった大規模な公娼登録の残務になる。娼婦を公に登録し管理するというその業務は常の業務と違って実に快いものであった。西都の内でも大きな娼館に出向いて、一人一人娼婦を登録するのだ。男はたっぷりと時間をかけて仕事を楽しんだ事を思い出す。同じ仕事を任された者の中には娼婦に脚を広げさせた者や、具合を確かめた者もいたらしい。そして次に客としてゆくのならどれがいいかを、皆で自慢し合った。終わってしまったのが残念なほど。
その時に公娼の登録をしなかった者がいた。宮城にまで招かれると言うエリトゥラ商会のフリューネである。西都の女神の二つ名も高名な彼女は娼婦の分際で客を選ぶのだとか。姿すら現さなかったそのフリューネが、やはり公娼の登録をしたいと申し出たのだ。彼女につられたのか様子見をしていたらしい者が他にも多数。近く姦淫法が施行されれば公娼以外の売春行為が違法となるのだから登録せずにはいられまい。これまでも登録には娼婦の証を立てろと言って来た。登録官の前で一糸纏わぬ姿になって見せるのがその証。娼婦ならば普段から肌を人目に曝しているのだから出来ない筈がないだろう。見られて減るものでもない。
そこでフリューネは娼館ではなく浴場を指定して来たのである。王族が蔵で貢ぐと言う超高級娼婦ならではの話で、浴場に場を借りたらしい。そこでなら脱いでも良い、風呂に行くの変わらぬと言う訳だ。それも貴族向けの浴場を。貴族向けの浴場は休憩のための小部屋や屋外風呂まであるような豪奢な施設であるから、登録の場には困らぬであろう。同時にほかの娼婦達もがフリューネを真似て平民の浴場に場を借りたそうだ。娼婦の分際で何とも勿体ぶった話である。土台娼婦などろくな者ではない。金を払えば媚び諂い、その妖しいまでに蠱惑的な肢体をどんな男相手にでも好きにさせる。卑しく嫌らしい濃密で甘美な毒。市中へ呼び出されるのは癪だが、あの仕事をまた。しかも普段、高貴な女達がどのような場所を利用しているのか見る事まで出来る。役得だ。断る手などなかった。担当の内でも貴族向けの浴場を引き当てた時、官吏の男は今年の運を全て使い切ってしまったとほくそ笑んだ。そしてそれは事実だった。
何故か祭の様相を呈している街中を抜けて出向いた貴族街、豪奢な浴場で出迎えたのは施設の者らしい若い女と見習いの子どもである。この女がいい感じに唆る。舌舐めずりしたくなる様な女だ。が、まずはと案内された控室のような場所で
「こちらでお召し物をお脱ぎください。当施設は浴場でございます」
と言われたのには度肝を抜かれた。
「施設の内では我々も布は身につけないのです。使用人であることは、このように体のどこかしらに紐を結んでいる事で示しておりますので、御用の際はお声かけください」
貴族向けの浴場或いは女湯とはそういうものなのだろうか。躊躇う男と従者の前で見習いの子どもが胴着をスポンと脱いだ。中は素っ裸で、なるほど見習いの女児は手首に紐を巻いていた。見習いに促された従者が困って主を窺う。と、従業員の女がまでもが躊躇いもなくその長衣に手を掛けた。息を呑む。ただの首飾りかと思っていた赤い紐が首から左右に三本ずつ。豊満な乳に絡みつくように巡り腋へ。紐だ。何一つ隠せていない。嫌らしく腰を廻ったそれは臍の下で再び合わさって膝下まで垂直に垂れて揺れた。もう目が離せない。隙間からは脚の付け根が見え隠れしているではないか。全く隠せていないどころか、細紐が柔肌に纏わりつき擦る様は全裸よりも嫌らしかった。生唾を飲んだ。確かに紐以外は身につけてはいない。
「さ、お脱ぎになって。全部」
女は嫣然と笑う。気が付くと脱がされていた。普通の、誇示するに恥じない身体つきではある。浴場なのだ。皆裸なら構うまいと思った。従者の若者もだ。それよりもこれから何が起こるのかと期待が膨らむ。
「登録のお席までは目隠しを。高貴なお客様もいらっしゃいますので」
官吏の男は座らされ目隠しをする間、従業員の女の乳が鼻先を掠める感触を楽しんだ。むしゃぶりつきたくなるのを堪える。それすらも昂りを増幅させる。この女が登録を求める娼婦であればいいのにと思った。いや、フリューネはこの女以上に違いない。思わず声が掠れた。
「…登録のしきたりには従うのであろうな?」
もう少しの辛抱だ。その場へさえ行けば登録のために必要だったと言える。答えたのは朗らかな女児の声。
「勿論そのように指示を受けました。良く見えるお席でございます」
痛い程の昂り。ならば良い。
一切を脱ぎ捨てた姿で官吏の男は従業員の女に、「お仕事の道具はこちらに」やはり裸の従者は見習いに手を曳かれて登録の場へ向かう。贅沢な広さをもつ施設だった。「まあ、殿方よ」「あらあら」湯水の音に混ざってくすくすこそこそ燦ざめく声。ハッとした男が目隠しにやろうとした手を従業員の女が優しく掴んだ。そのまま自分の胸元へ。硬い細紐とねっとりと絡みつく様な乳の重みが掌に。赤い細紐に歪む乳が脳裏をよぎる。「…ん」再び滾る頭は女児が喋る言葉を辛うじて聞き取った。
「こちらは高貴な方が利用される施設ですので、お席まで目隠しはお取りになりませんよう」
その場で女を凌辱しなかった自分を褒めたいくらいだ。掌で指の腹でそれを堪能した後、女に連れられて行った先には長椅子があった。手を取られ触れた長椅子は「格の劣るお席ですがこちらに」と言うほどもなく、良い手触りだ。登録の書き物用にか卓も脇にある。
「……構わん」
長椅子に掛けると「目隠しを外しますね」いきなり女が跨って来た。嫌らしい乳を男の顔に押し付けんばかりに。女から垂れた細紐が高揚した男自身に触れる。ああ。思わず掴んだ女の腰の柔々とした感触に脳が沸騰する。が、目隠しのままむしゃぶりつきそうになった興奮は不意に外れた目隠しに邪魔をされ、女が身体を引き離した瞬間、
醒めた。
何が起こっているのか分からない。
広い。小部屋どころか柱の立ち並ぶだだっ広い大浴場。一画に設えられた舞台にあがる花道に男は座らされていた。
それを女達が見ていた。
半屋外の広い湯舟の縁に腰を掛ける集団。長椅子で酒だか果実水だかを手にくつろぐ者たち。並ぶ台に横たわりオイルマッサージを受けている女やそれを囲む侍女。あちらでは化粧をする様を見せている。様々な年齢層の女。女。女。布を纏う者などいない。浴場だから。
「本日は演劇の催しがございまして、このような事になっております」
可愛らしく女児が告げる。
男は全てを見られていた。
「見える席」見習い女児の言葉が蘇る。見える、は主体が違った。「あれは一般的なのかしら?」「平民ですから」それはどちらの意味か。
「…………?」
広げて座った脚の間で昂りは失せている。羞恥に震えるどころか言葉も出ない。呆然とするのは従者の若者も同じで、木札や筆、インクの登録の道具を卓に並べてゆくのは先の見習い女児である。「あの者をここへ」横たわる女に指名されても従者の若者は自失したままだ。
「あ!奥様、先に登録いたしませんと違法になります」
女児が木札を手に貴族らしい女の席に駆け付ける。
「こちらに出自とお名前を頂くだけで十分です」
「あら、そうなの?」
女はさらさらと名を記すと周囲の侍女らしき女達にもそれを勧めた。皆従う。何故あの女児は登録の様式を知っているのだろう。と、豪華な衣装を纏った女達が楽の音と共に花道に入ってくる。最も美しいのは男装の似合う長身。「まああ!」歓声に拍手。
「紐だけだと言ったではないか……」
問いへの答えは「役者ですから」だったが、何故自分がそんな事を尋ねたのかもわからない。役者は花道を通るのだから当然のように皆、全裸の男を視界に入れる。その対比にまた女達が燦ざめく。思わず立ち上がりかけた肩に鋭い金属の感触。振り返って息を呑んだ。これも裸の、筋骨逞しい女戦士が剣を握っていた。剣帯は皮、剣は金属である。
「別に獲物がなくたって問題は無いよ。丸焦げになっちまうがね」
女戦士の掌に炎が上がる。火の加護持ち。
「仕事はしていけ」
浮いた男の腰は再び長椅子に沈んだ。
この後何が起こったかは、ちょっとアタシの口からは言えねえわ。んー?数の暴力?「しきたりという事ですので」好きにするのはこっちだけどなー。行政部に直帰の連絡はしてあるので時間の制限はない。翌日現れた別の官吏も同じ目に遭わせ、耳にしていたかつての担当官全員を貶めた。計四ヶ所の浴場には各娼館から選りすぐりの姐さま達を派遣して貰ったからね。中には娼館あげて来たところもあったらしいよ。あいつら余程恨みを買う事やってたな。「お道具」類も「お薬」もかなり持ち込まれてたみたいだし。何されたかなんて男の矜持があれば誰にも言えないしね。因みに貴族用浴場を担当したのはラゴラの酒場のテルーさん。二つ名は寸止めのテルーというエグいものである。イケそうでイケないのを苦しい程に長引かせる技で超売れっ妓の姐さんだ。ナニって一生分の生産量が決まってるって聞いた事あるけど(え?ガセ?)、あれは超えてたと思うよ。泣いてたもん。これは随分後の噂だが、行政部の男は全員不能になるか、変な性癖に目覚めちゃったらしい。仕事辞めたのも居るとか居ないとか。従者の若い子とかお持ち帰りされてたもんね。今では行政部に配属されただけで勃たなくなるってネタがあるくらい。え?やり過ぎ?いやいや、因果応報。その上で市政官アゲリオスの名でこれまでの官吏の行状を糾弾する上申書が宮城に出された。業界を利権にしようとしてた奴らが誰だったのかは知らないけれど、何も言ってこないね。
運営は縁と機会の神イルムスの館から。市政官殿の権限での徴用だ。学舎の責任者ラオコー師は「私は何も見ていません」と呟いて姿を消した。ま、これも何かの縁ですから。フリーになる午後の間だけアタシは学舎に復帰したことになる。あーほら、学園物のファンタジーって学園祭イベントって定番じゃない。え?違う?年齢的に不適切?大丈夫……じゃね?当然のようにディオはアタシの言いなりだったが、各娼館からの伝令で小女が「あら、可愛い子がいるじゃない?」「ハジメテは妾でね」「御贔屓に」ひっきりなしに顔を出すのでギャング共も鼻の下伸ばしっぱなしだ。ちぃ姐さん達も流石だぜ。大工3を会計に絵図の全体を見ながら指示確認がアタシの仕事。学舎の生徒側では織姉が薄々分かっていたようだが、彼女の所からは紫布を仕入れているので口にはしない。市中に入浴無料の祭開催と、紫布の店には縁結びの御利益があると広めまくったのは織姉の手柄である。女の口コミってスゲエな。組紐の増産を指示して儲けも出していたらしいよ。そんなこんなで準備の期間アタシはギリ日没前の毎日メロスよ。「酒の仕入れは任せたぞ!今日はここまでだ、じゃ!」施療院まで猛ダッシュ。
「…………………ま……間に、合った、ろ?」
息もつけずにへたり込むアタシに、家令サトゥルノの使用人が
「もう諦めた方が良いんじゃ……」
呟くのがお約束。諦める訳ねえだろ、クソがぁ。でもさ、ここまで大規模なイベントに出来たのはやはり貴族も対象にしたからだね。そしてアタシと花籠亭のババアの共通の伝手のお蔭である。
「ネアイラとは何年ぶりかしら?」
「忘れるくらい昔なのは確かだよ、スカラネ」
布を重ねたとっておきの衣装にそれを彩る宝飾品。化粧も身のこなしまで別人の奥方ぶりは娼館、女神の花籠亭の遣手ババアである。あれは蒼の4月は5日、入墨が嫌なら稼いで見せろと言われた二日目。場所は市政官邸だった。そう。本当にあのまま市政官邸に行ったんだよ。いや、マジで。アタシもヘカテーの部屋にはお呼ばれしていたが、大奥様の、しかもプライベートガーデンには初めて足を踏み入れる。伝令だけの事前アポなしだったのに、これって正客扱いじゃね?以前の勤め先とは言えアタシもビビる。これがアタシの唯一の貴族女性の伝手で、ババアの伝手。市政官邸の大奥様だ。アタシは食事の席にお呼ばれしただけだから、ヘカテーに面会を取り付けてもらうつもりだった。お互い名前呼びとはどんな関係なんだろう。ババアの名前がネアイラとか愛らしい名前なのも初めて知ったわ。
「クロノは私達の事どんな関係だと思っているでしょうね」
大奥様は品よく笑う。バレてるし。先に挨拶しておこうと思った市政官アゲリオスと、ヘカテーの父でもあるヘクトルの親子は接客中だとかで、後で来訪だけ伝えてくれるよう頼んできた。お作法は大丈夫かとヘカテーを窺いながら果実水を頂く。
「ネアイラとはね、アゲリオスを取り合ったのよ」
ごはぁっと盛大に咽た。
「譲ってやったんだよ。汚いね」
最期のはアタシにだけど、苦しいぃッ!作法どころじゃないス。
「まあ、素敵」
いやいやヘカテー、そこで乙女はやめてくれ。しかもババアの言に懐かしそうに笑う奥様。
「素敵なもんかね。この女、大剣背負って逢引の場に乗り込んできたんだよ」
「ふふふ」
ツクリじゃねえのかよ!もう、ビビりっぱなしである。身分や立場を感じさせないそれは恋敵も色々も年月が何とかするらしいという例だ。
で、来訪の目的、何があったのかを斯々然々。姦淫法が世に与える影響について、ゼフィロスの冤罪を含めてだ。大奥様スカラネは孫になるヘカテーとアステアスがここの所動いていたのに気付いていたので話は早かった。勿論、公娼登録制度や姦淫法についても耳にしている。
「もう関係がない年齢だと思っていたけれど」
ヘカテーが言った。
「私には関係ありますわ。これからの女性達にも」
そして姦淫法に対抗する企画の全容を説明する。
「西都の女性の大半に公娼登録してもらい、法を実質無効にします」
大奥様スカラネがアタシを見据える。スカラネは若い頃から夫である市政官アゲリオスを公私に渡って支えてきた。縁戚に当たるエーギルに寄れば本人の希望で「加護持ちでもないし」表舞台からは退いたが、戦の後方支援から政治的采配まで行う女傑だったらしい。カッケー。その大奥様にプレゼンテーションだ。
「貴族街に一つ。平民街に三つ。収容人数の多い浴場施設を貸し切って、公娼登録を行う運びです」
公娼登録の場は随時となっていたのを逆手に取る。問題の、娼婦の証として脱いで見せろと官憲が言うのなら
「誰もが脱げる場を用意します」
皆で脱いでやろうじゃないか。そもそも脱いで見せろとは馬鹿にした話なのだ。そいつは宮城が出した方針ではない筈。宮城は地を這う下々の些細な事になど首を突っ込まない。
平民の客寄せは入浴料無料と新作板絵芝居。ロマンス増し展開で。貴族側と官吏の引っ張り出しにはフリュ姉の名前を使う。姦淫法がどのような被害をもたらすのかを喧伝し、登録すればそれを免れると伝える。既に登録している娼女達にももう一度その場で名前を書かせるのだ。登録は一度だけとも定めていない。同調圧で登録に持ち込む。赤信号皆で渡れば怖くない方式だ。説明し終えたアタシは女をここまで貶める輩を放って置くのかと目で問い返す。平民の袖なし、孫より幼い女児が動いているのに?スカラネがすうっと目を細めた。
「それでは貴族の女性向けには弱いわね」
もっと彼女達が望むものを。
「……板絵芝居ではなく、役者を使った演劇に仕立てましょうか?女湯ですから役者は全員女性。男役もです。それでロマンス」
「あら、ステキ!」
「前」世でも宝塚の人気は高かったもんね。
「問題は台本はそのままでも役者が数日で手配できるかどうかですね」
その問題はあっさり解消された。ある貴族の奥方が観劇好きで役者を抱えているらしい。スカラネの繋がりだ。つまり
「それに美容術など如何でしょう?娼館流ですが化粧、美肌、美髪」
アタシはスカラネの協力を取り付けることが出来たのだ。ヨッシャ!貴族、権力サイドに取っ掛かりが出来れば手続き関係も後処理も格段に楽になる。成功率爆上りだ。
「いいでしょう。後は大人数を入れるつもりならその対応も」
決まれば早い。酒食や宣伝についても細かく詰める。瞬く間に木札が積み上がった。予算もつかな、これ?
「私も個人の資産で出資します。盛大にやりなさい」
おおお!やるやる、やっちゃいますよ!
そんな和やか?な歓談の中現れたのは、先ほどまで接客中だった市政官アゲリオスとヘクトル。そのおまけでアステアスだ。
「クロノが来ていると聞いたのだが……」
で、席についているババアを発見。お。年取っても、魔物化してても一応分かるんだ。
「は?」
あーらら。昔の恋人と今の奥様が同席ってどういう気分なんだろうね。いやー、若い頃の黒歴史って滅しておくべきだよな。いやホント。
「いやいやいや、は?」
この世の何事にも動じそうになかった10万都市の市政官殿は脂汗だらだら。大奥様がババアを昔の恋敵だと説明すると「二股かけてたのよ」息子のヘクトルからさえ冷たい眼差しとくれば味方は一人もいない。
「「みっともないわね」」
肝の細い事とか言われているけどフォアグラでも真っ青よ。そして追い打ち。
「旦那様、このような悪法が法として認められるまで何をしていらっしゃったのかしら?」
姦淫法と公娼登録に関してである。
「少し前の話だったら私も断罪されるところだった訳よね」
少し、ではないが強え強え。
「今回の件、私の方でも動かせていただきます」
返事は「はい」か「YES」のどちらかだ。これでアタシの企画はオールグリーン。決行だ。市政官殿を味方につけて失敗する筈がない。
不憫だからというよりは時間がないので切り上げてやる。椅子を降りて膝をついた。
「突然任を離れることになり、申し訳の次第もございません」
「クロノの所為ではないぞ」
アタシを庇うのはアステアスとヘカテーだ。ややも対面を繕ったアゲリオスが言う。
「あちらで問題があったと聞いている」
「何とか算段をつけたところです」
今ね。そのアタシの件は兎も角、詫びねばならぬのはアステアスの従者として命ぜられた件だ。あれは現在進行中で完了とは言い難い。
「短い間ではありましたが、アステアス様と平民の学舎に通ったことは意識に変化をもたらす契機にはなったかと思います」
そしてもう戻ることは出来ないから、伝えておかねばならない。
「今後もトロイ家の発展を願う所でございますが」
微笑む。
「一言」
「申せ」
「ヘカテー様にも後継教育を。神の加護などなくともその能、手腕、思考、「塔」に派遣されるに足る人材かと存じます」
寧ろアステアスを超えるとは口にしないが。一門の代表にアタシとか冗談言ってないでこの娘をしかと見てほしい。今時の貴族としては一般的ではないが、スカラネの先例もある。
「クロノ……」
ヘカテーが目を見張る。
「正使に従者或いは正使に護衛。どちらの形でもご兄妹揃って送り出しても良いのではないでしょうか」
「だが妻が……」
はヘクトル。つまりヘクトルの妻、ヘカテーの母であるトロイ家の現奥様は娘が表に出るのを反対しているのか。まあ、貴族の女として幸せかどうかは別の話だからね。
「では、その件も私が預かりましょう」
「御祖母様!」
答えたのは大奥様のスカラネ。法の件で後れを取った夫や息子に文句は言わせないってさ。ヘカテーは感極まって立ち上がってしまっている。男共全員形無し。そりゃそうだ。企画しているのはヤラレっぱにならない女をつくるイベントなのだから。
こうして実行に移された催しは成功を収めた。たった五日間の催しで登録者は一万五千を超えたのだ。それは祭が終わっても公娼登録を申し出る者が続出した事でも分かる。姦淫法?そんなものケツも拭けないものになり下がったと言う訳よ。その後何故か(笑)娼婦の証は立てずとも良くなったので、街の各所で公娼登録が出来るようになった。この事で他所の国や都市から来た者が食料品店や雑貨店の店先に公娼登録所の札がかかっているのに首を傾げる事になる。後の世の人がこの法律を見て、この時代の女性は虐げられた存在であったと考えるかもしれない。「前」世でいう江戸期、女は三行半で離縁される弱い立場だったと言われるのと同じだなとアタシは思う。あれにもカラクリがある。賢い者は婚姻の際に予め離縁状を貰っておくのだ。その先渡し離縁状を結婚の条件にする者もいたとか。つまり我慢が出来なくなったらこっちで届出出しとくわ、という事。離婚するぞと脅すのもアリね。あの不平等の象徴、三行半は再婚免状の側面もあったのだ。「前」世でも「今」世でもそういうこと。黙ってる訳ねえだろ、クソが。
その祭の最中、蒼の4月の11日。アタシのタイムリミットもあと三日という日の事だ。本物の予言の加護を持つと言う紫の巫女が宮城に捕らえられた。
リアクション、感想励みになります。ありがとうございます。
間もなく二部もクライマックスです。書き上げることが出来るよう時間つくりますー。




