20 テスト 準備をしよう
捕り物があったらしいと駆け付けたエリトゥラ商会の者にアタシは回収された。会頭エーギルの所に運び込まれる。
「さっき出てったばかりで何があった?」
目と鼻の先のシマ内で舐めた真似されてエーギルが黙っている訳ないわな。まだ一応アタシも身内カウントらしいよ。エーギルの剣幕に若衆が水だ薬だと声をあげるのを遮った。
「手当は要らない。こんなおいしい状況使わない手はないでしょう?」
瞬間、その場の全員が悪い顔になった。使い処は皆さんと意見が違うようだけど、全員だよ?酷ぇな。え?アタシもその一人?んんっ、そ、そうね。で、エーギルには解ったみたいよ。
「おい、施療院まで送ってけ」
若衆の一人におんぶして貰って施療院に戻った。わーい。
まずは正門の門番。アタシは施療院の少し前からしくしく泣いている。正門で若衆に下ろしてもらう。
「どうした!」
門番が驚くのも無理はない。アタシは顔も袖なしの胴着も砂まみれ、擦った目の周りは腫れ手足の擦り傷からは血が垂れたのが固まりかけている。髪は乱れてサンダルのヒモは千切れそうに緩みペタペタと引きずっているのだ。
「…ううっ、サ、サトゥルノ様が…入墨が嫌なら自分を買い上げるお金を用意してみろって言うから、ア、アタシ頑張ったけど……」
当然若衆の援護射撃が入る。
「施療院も酷えことするよなあ。こんな幼い女の子に金稼いで来いとか無体言いやがって。この子、富める者の通りで怪我して倒れてたんだぜ?」
嘘は一つも言っていない。子供が自ら金を稼ぐか盗むかしようとしてボコボコにされた設定だ。門番呆然。
「お、お兄ちゃん、ありがと……」
アタシはグスグス鼻をすすりながら、サンダルを引きずって施療院の内へとぼとぼ入ってゆく。と、言う事を帰宅する職員の集団の前と「陽が暮れるまでに戻らなきゃいけないから、手当はいいの……」井戸端と「サ、サトゥルノ様が…入墨……」研究棟の門番の前で「……サトゥルノ様が」やってから、クラテスの元に戻った。
陽が暮れかけた院長室でクラテスと一緒にいたサトゥルノも流石にぎょっとしたようだ。初日だからアタシが門限を守れるか自分で確認しに来たらしいね。ふむ。従者は外か。
「……諦めた方が良いのではないか?」
ニヤッと笑って猫を脱ぐ。
「初日から上手く行くもんでもねえからな」
まあ、「今」世最悪の一日だったわ。もごもごっと口を動かし、ぺっと右手に血の付いた歯を吐き出してみせた。二人共言葉を失うが、さっきやられた時に抜けかけてた八重歯が取れたのを後生大事に口の中に残しておいたのよ。小道具は活かしますとも。
「日没には間に合ったろ?」
あ?毒気を抜かれたサトゥルノにクラテスが非難の眼差しを向ける。あら、居心地悪そうね。居心地悪くなってるのはここだけじゃないけどな。ふふ。
なんて子供のお遊びはそれ位にしておいて、その晩寝床でアタシは考えに考え抜いた。まずゼフィロスの件は明日中に話を付ける。次にアタシが自分を買い上げねばならない件。羅針盤の報酬を先に貰うのは魚人アイギースが西都を留守にしていて不可能になった。だけどさ、やられっ放しはやめにした。
姦淫法を金にする。
ろくでもないもん世に出しやがって。アタシはそいつを無効化してやろうと考えている。姦淫法に被害を被るであろう人達から金を集めて。エーギルに宣言した時点では大枠だけだったからその方法を一つ一つ詰める。可能か不可能か。
(やろう)
こんなに脳みそ使ったの「前」世込みで初めてじゃね?
二日目、本家は当主の執務室。まずは早急に対処しなくてはならないゼフィロスの件だ。前に来たのは薬師のメリナと一緒に報告に上がった時だな。あれから随分経った気がするのにまだ一ヶ月にもならない。
「その子供に入れ込んでいるようだが、気に入ったのか?」
時間帯はアタシがフリーになる少し前の昼。クラテスは余分に薬をキメているので、見た目にもふらついている。アタシは同行はメリナに頼もうと思っていたが、クラテスが自分が行くと言い張ったのだ。人と多く接することになる本家は極力避けたい場所だろうに、傷ついたアタシを見て罪悪感にかられたのかもしれない。
「役に立つからというだけですよ」
「が、足を運ぶほどではある。サトゥルノと揉めたのであろう?」
ティタ家の当主は穏やかな人だ。有力貴族家の当主だけあって貫禄は只ならないけれど。落ち着きと重みでクラテスよりも随分年上に見えるがまた従姉妹に当たるのだそう。
「使用人に関することはサトゥルノに一任してあるから口出しはせぬよ。良からぬことをしているらしいが、それは無駄だぞ」
こうして訪問している事と、アタシが怪我を利用してサトゥルノの悪評を広めている事の両方を言っている。流石に耳が早いね。発言の許可を得てから言った。
「違います。とりなしてほしい訳ではありません。本日は当家の利になる話を持ってまいりました」
当主は眉を持ち上げるだけで続きを促す。
「平民の加護持ちを発見しました。風の加護です」
いい加減な発言は許されないのが空気で分かる。
「神の加護を最近発現したのでまだどの家門も気付いてはいないと思われます」
「それはサトゥルノの件との取引か?」
「いいえ」
真っ直ぐに主の目を見た。可愛く装う必要はない。必要なのは条件だ。
「その加護持ちは現在捕縛され拘留されています。冤罪です」
上手く潜伏していたのにアタシの所為で捕縛された。
「盗みの疑いという事になっていますが、実際には近く発効する姦淫法への対処です。その家門の女性と関係があったかと」
6才児が姦淫や関係などの単語を発するのには戸惑ったようだが、
「あの下らぬ法か……」
うんざりといった雰囲気はアタシと同意見のようだ。ゼフィロスの相手方の家名を言うと当主は少し思案する風を見せる。拒絶ではない。このティタ家から見て相手が格下になるのはアステアスに聞いた通りだった。恐らく対立する心配は無いが手回しの面倒さを勘案している。
「それを当家で保護しろと?」
「アタシの友人です。平民とは言え冤罪とはあんまりだ」
「当家が保護しなければ?」
「魚人、水上都市を頼ろうかと。風の加護なら航海に使えそうですし。でも本人が現状西都に居たいという希望もある」
当然、国家間でも加護持ちは争奪戦になる。魚人に頼れば国の関係性にひびが入りかねない。西都の貴族としてそれを許しては謗りを受けるだろう。当主が顎を撫でた。
「加護持ちは欲しい。宮城や他所にとられるのは惜しいな。風の加護だと言うのは間違いないな?」
しかも知られた風の加護なら使い勝手がいい。私兵なら即戦力。他家に交渉権を売る事も出来るのだ。
「はい。確認に時間がかかりました。その為の外出申請でした」
だが、まだ迷っているようだった。拘留されているゼフィロスを手に入れるには元々ティタ家の使用人であったと偽装し、相手方の貴族と折衝して訴えを取り下げさせる必要がある。刑務にも色々と手を回さねばなるまい。再々度当主が言った。
「それをサトゥルノとの勝負に使うつもりか?」
「いいえ」
拘留されていなければ話はもっと簡単だった。アタシの所為でゼフィロスは今辛い目に遭っているだろう。
「アタシは冤罪からあいつを救うという言葉が欲しい」
まだ当主が躊躇うのはその者がティタ家に下るか?という点だ。「彼を信用させるためにアタシが出向きます」決を下そうとした当主にクラテスが言った。
「お迷いのようですから、僕が」
クラテスが同行を申し出た時、アタシはクラテスも使う事を選んだ。これを最後の一押しとする。
「現在、宮城からミネルヴァの加護を頼りたいという連絡が来ている筈です。その下らぬ法に関してですな」
当主が目を開く。
「引籠りにしては良く分かったな」
何故ならその噂を流させているのはアタシだからだ。予言の信憑性を問われれば、次はその根拠となった鑑定にも疑いが生じる。駄法、悪法と上下から声があがっているから再度確認したくなる。つまりミネルヴァにお呼びがかかる。そこまで読んでクラテスに頼った。もう手段を選ぶ気はない。
「その加護持ちを家門で保護して頂けるのなら、再度あの巫女を鑑定してもいい」
クラテスはアタシが頼んだ通りの台詞を口にした。見通す目、ミネルヴァの加護を疎み人目を避けて暮らすクラテスが。当主が意を決した。
「良し。では、その加護持ちはティタ家で貰い受ける事にしよう」
言質はとった。
「どうぞよろしくお願いします」
今日の第一目標は達成。幸先が良い。と、扉に音があった。
「サトゥルノでございます」
遅れて彼が現れたのは、アタシ達がサトゥルノの休憩時間を選んで来訪したからだ。入室してくるサトゥルノに目を遣りながら当主が言った。
「この件、サトゥルノに任せるが構わぬか?」
「勿論。サトゥルノ様が有能なのは存じております。御家の御為。彼の件も上手く運ばれるかと」
アタシを市政官邸から掠め取るくらいには有能だろうしね。
「その子供に騙されてはなりませぬぞ」
悪評をたてた件がもうばれたのか、すでにご立腹でやんの。こっちの話は終わったからもういいんだけどね。素知らぬ振りで当主に促されゼフィロスの現状を説明して後を託す。アタシに出来ることはもうほとんどないから。サトゥルノも流石に仕事に私情は優先しない。まあ少しくらいは安心させておこう。
「彼はアタシよりイイ子ですよ」
ちょっと人殺しだけどな。クラテスと退室しがてらぷりんと尻を(ギリ自然に)振り「クッ……」本家を後に。わはははは。ゼフィロスの件が何とかなりそうで余裕が出てきたぜ!良し。次は自分の件に取り掛かるぞ。ラスト9日。
まだ陽は高いが日数がないから今日の予定はてんこ盛り。次はエリトゥラ商会のエーギルを訪ねる。富める者の通りは娼館隣の事務所に顔を出すと、半裸の男が三人正座させられていた。どの男もボコられている。うわぁ…。
「おう。丁度いい所に来たな」
ええ?そういうの子供に見せるの良くないと思うよ。元アラサーだけど。エーギルが手招きするのに従うと膝に乗せられてしまった。
「こんな幼い子供を酷え目に遭わせるとはなあ?」
この半裸の男共、昨日の刑吏か。あー、昨日一仕事終えた後にイイコトしに来ちゃったのね。多分、通りに入る所からタゲられてうちの娼館に誘導されたね。で、事後にお呼ばれしたのか、イタす前だったりしたら不憫過ぎて何も言えない。どの位ここに拘留されていたのか知らないが、縋る目でアタシを見る。
「で?うちの娘を足蹴にした奴ぁどれだ?」
あ、バカ、目逸らせちゃダメでしょ。それは兎も角、まだパパムーブ?面白がってやがんな。
「あー、顔は覚えて無いなー。それにオジチャン達おウチに帰らないとお家の人が心配してるんじゃないかなー」
「問題ない。刑吏は翌半休以上じゃないと外泊許可が下りねえからな。オシゴトは夕方からだ」
ってか、そんな情報要らないし。しょうがねえな。
「遊んでる時間無いんだ。今日は相談があって来た」
後9日しかないのよ。本気で言うとエーギルはアタシを膝から降ろした。「そいつら街区溝に捨てとけ」街区溝は西都の下水。クソ喰らえってとこだわな。そこからフリュ姉も呼んでの話になる。
昨日は宣言だけだった。今日はプレゼンテーション。対峙する二人に言った。
「西都をあげた催し物をしようと思う。アタシを雇わないか?」
企画プロデュース、アタシ。昨夜、寝床の中で詰めに詰めたプランだ。6才の薄っぺらい胸を張る。言った。
「姦淫法を有名無実にする催し物だ」
御上の定めた法を平民がどうこう出来ないというのなら、そんな法あっても何の意味もないものにしてくれよう。その企画と実行指示に料金を取る。金額はアタシの代金+経費。姦淫法の成立で窮地に陥る全女性を救い、売春業に枷を嵌めて利権をせしめようとする輩を排除。その報酬でアタシの入墨も不要にする。お困り事マルっと全部解消だ。そんな事出来るのかって?やるんだよ。あらゆる手を使って。ついでにしてやられた奴らにも、ツケは払わせる。街区溝に落とす?いやいや、そんな甘っちょろい事じゃ済ませない。あー、甘いっちゃ、甘い?かもね。フリュ姉は嫣然とエーギルは唇を歪めてアタシを待つ。舐められっぱなしは「前」世だけで十分だ。さあ、リベンジと行こう。
「どうやって?」
「西都の女全員に公娼登録をさせる」
沈黙が降りた。前に自分で言ったジョークだ。あの時はウケもしなかった。だけどそれが可能なら?答えは違ってくるはずだ。元々この地域は宗教的な禁忌がなく貞節に関する意識が薄い。簡単に言えば、口説いてなんぼの軟派が多いのだ。男も女も。が、姦淫法が成立すれば女は断罪される。板絵芝居で発信してきたように、ゼフィロスが嵌められたようにいつ自分の身が、家族の身が危険に曝されるか分からないのだ。男も正妻以外とヤれませんよというのは困るのが多い。
ただし、登録した公娼はこの対象外だと定められている。
「姦淫法で処罰する!」
「あ、アタシ公娼なんで」
処罰がされないのなら、そんな法はあっても無くても同じだ。西都の人口は公称10万。その半分が女性として5万。姦淫法に関わりそうにない年齢層をはねて残り3~4万。全員でなくとも良い。四割程度でも十分に効果がある。1万5千強、それ位ならいける。アタシが企画するのは女達に公娼登録をさせるためのイベントだ。公娼とか言うハードルを下げる試みを用意するのだ。理想としては「デートの前に公娼登録」くらいの軽い感じになればいい。題して紫祭!え?ネーミングセンスがない?あ、じゃあ、そこは他の人に頼もうかな。
アタシがプランの骨子を説明し終えてからエーギルは口を開いた。
「…………やってみていいんじゃないか」
損は無いと踏んだのだ。が、
「ちと高いな」
そこだよな。目標金額が定まっている以上そこは譲歩できない。
「何も会頭だけが払う必要はない。頭数で割れば下がる。アタシは雇用支払の条件が入った証文と代金が貰えればいい」
稼ぎが証明されれば問題ないのだ。
「業界全体の問題だからと口説けなくはない」
売春業界の顔役が言うのだから、サインはGOだ。客寄せに使わせてほしいと願い出るとフリュ姉も快諾。「高く使いなさいな」これも決定。
「問題は庶民サイドは盛り上がり方によっては何とか出来るんだろうけど、貴族側ってどうなのかな?」
数は庶民に比べると格段に少ないが影響力はある。動向を探らせているアステアスに寄れば貴族でも今回は西都の立法を預かる法務に不満を持っている者が多いとか。
「動かそうにも貴族に伝手がないんですよね」
「貴族関係なら女神の花籠亭のババアの所に行け」
あー、あそこは貴族用の離れがあるって言ってたもんね。妙に耳聡いのも納得。あのババア色々ネタ抱えてやがんな。だからこそこの通りで生き残って来たとも言える。
そこで予定追加で顔を出した娼館女神の花籠亭。暫く前に話を持ってきた時、その相談をアタシは冗談に紛らせた。
「バアチャン、この間の依頼、受けに来た。協力してくれるよな」
「女全員に公娼登録?無理だろ。登録の官吏に好き勝手されるんだよ?」
それで煮え湯を飲まされたババアでも仔細を説明するとニタリと笑った。
「タダで美味しい思いしてる奴にツケは払わせないとね。一滴も残らないくらい搾り取ってやろうかい」
守銭奴ババアならそう言うと思ったよ。で、貴族サイドへの助力を仰ぐ。
「奥様お姫様だって可哀相なのは同じだ。そっちも救ってやらねえと」
この世は片手落ちの神様ばかりだけれども、出来る事ならアタシはやるよ。
「ああ、伝手はあるよ。骨のある女がいる」
よし。貴族と庶民の二本立てでプランを進行させよう。姦淫法を無効化するのにこれで成功率が格段に上がる。但し姦淫法の発効までに時間がなく、アタシの側でも日数が限られていると言うと、
「昔の貸しがあるからね。これからでも会いに行ける」
と返って来た。本当かよ。スゲーな、ババア。
「じゃ、こっちも札切るか」
が、せえので出した札が同じで驚いた。いや、本当は別の札の方が効果的だったんだろうけれど、これがさ、最強の一手だった訳よ。




