17 応用問題 挑戦しよう
蒼の月は三十二日で、朱は二十四日で満ち欠けを繰り返す。公娼制度の施行開始を翌日に控えた朱の新月の晩、天に昇るのは蒼の月だけとなるから蒼の夜とも呼ばれる夜更けの事だ。同じ新月でも朱の四月は蒼の月が半分の半分。薄蒼い影の降る中、それは起こった。地揺れを伴う程の物音は前の二新月と同じものに感じられたと言う。違ったのは、その近所に夜っぴいて酒盛りをしていた集まりがあって、酒の勢いで男達が飛び出してきた事だ。街道の通りの真ん中にはぐじゃりと潰れ、ひしゃげた二つの遺体が落ちていた。男達の見る前で遺体から赤黒い体液が浸み出してゆき、それに遺体は沈んだ。駆け付けた時点ではひくひくと動いていたそれも誰も手が出せずにいる間に動きを止めた。高い所から突き落とされたのではないかと言う有様は朱の一月前にすぐ傍で発見された男の遺体とそっくりだった。周囲に人は居なかったと言う。
今回死んでいたのはまだ若い女が二人。前々日から行方が分からなくなっていた女達で、身につけていたのは居なくなった時と同じ枯れ草色の長衣に髪布。ただし雑多なものが詰まった麻袋が一緒だった。髪布は煽られたのか首に絡み髪も露になっていたのに、麻袋やその中身は残っていた。それがどこぞへ行ってしまわなかったのは片方の女の帯に括り付けられていたからだ。随分と重かったろうに盗まれるのを恐れたのか。
腕を絡めあったまま事切れていた女達の身元は着ていた物で判明した。彼女達のそれはとある貴族家のお仕着せで、二人はその使用人だったのだ。前々日に使いで屋敷を出た後、二人は街道市で目撃されている。雑多な人々が行き交う街道市の店の者が二人を覚えていたのは、娘二人が隠しきれない涙を流しながら買物をしていたからだ。どうしたと尋ねても二人は首を振るばかりだったと言う。その後二人は屋敷に戻らず、その貴族家が捜索を願い出ていたのだった。まだ若く人生で一番楽しい時期だろうにと人々は娘二人を憐れんだ。そして「ハルピュイアだ!」と言い合った。ハルピュイアであっても成人二人を抱えるのは難しい。つまり神の加護、その裏にある貴族の影を恐れていたから。
え?何で施療院の敷地から出られないアタシが最新のニュースにそれ程詳しいのかって?そいつは施療院に当の遺体を持ち込んだ奴が居るからだ。
「ミネルヴァ殿にご意見を」
ってか、何でまた持ってきちゃってるんだよ!迷惑この上ないのは衛士のリビュートである。街道は彼の担当なのだろうが、「この西都で許し難い犯罪が起こっている!」と息巻いているのだ。で、「見通す目」ミネルヴァの加護を持つクラテスを頼って来たという訳。居心地の悪そうなリビュート以外の衛士が建物の外に待機している所を見るに貴族が関わるような犯罪(多分)に同僚は二の足を踏んでいるのだろう。ってか、アタシも遠慮したいんだけど。リビュートって貴族の生まれの所為かナチュラルに遠慮知らずなんだよね。施療院のティタ家とは家同士の関係は良いとは言えないのだろうに、何処のとは言わんが皮の厚い事で。
「私の言った通りであったろう!」
場に相応しくない晴れやかな顔でリビュートは胸を張る。うーん、確かに犯罪は行われてるっぽいね。だけどさ、前回から一切全く全部マルっと一個も明らかになってないと思うぞ。西都の治安を守る立場、どうしたよ。
「体中の骨が砕けている。余程の高所から落ちて叩きつけられたような」
引き離すことが出来なかったのか、二人の遺体は腕を絡めあったままだった。派手な開放骨折もあり、血に塗れ汚れ痛んだ二人はまだ若い娘だったのが分らぬ程だ。死者の国に旅立った二人を読み解くことはミネルヴァにも出来ないが、流石に施療院の一棟の主。アタシが小出しにする「前」世知識にも食いついてくるだけある。基本的に人と関わりをもたないクラテスが鷹揚にリビュートに見解を伝えている。アタシ、前にリビュートが帰った後で聞いちゃったよ。「アタシが猫被るのはダメでリビュートはOKな訳?」あんた、アタシとの初対面では叩き出せ!ぐらいの勢いだったよね。「あれは気持ちの良い男だからな」はあ?じゃあアタシは気持ちの悪い女かよ、クソがぁ。確かにアタシは裏しかないけど、そんなにイイなら付き合っちゃえばー?ケッ。まあ、前回も今回も神の加護を弱めるためにクラテスが薬を飲んでいる(ダメだから)時間帯だったという事もある。つまりはアタシの勤務時間。呼び出された時、掃除の途中だったんですけど。要するに邪魔。
二言も三言もあるが、実のところマズいのはアタシも同じなのだ。ここでアタシがリビュートと顔をあわせているという事は、ゼフィロスを探しに行けていないという事である。貴族に冤罪で嵌められたゼフィロスを何とかするつもりでいるのにだ。アタシはゼフィロスをティタ家に縁づかせる予定でいるのだが、彼の意思を確認せずに勝手をするは避けたいところ。そんなのアタシのクソ親と一緒だからね。直接話をしたいのだけど、理由も言わずではやはり外出許可は下りなかった。クラテスとメリナに可愛くお願いしてみたんだけどね。虹モザイクかかりそうになって断念。つい最近怒られたばかりだし。ゼフィロスはまだ捕まったとは聞いていないから、潜伏し続けているのだろう。こうしてデカい事件が別に起こっているから窃盗なんかは後回しになるが、まあ拙い。早く何とか……いや、ホントどうしよっかねえ。「アタシが説得します!」大見栄切っちゃたヘカテーとアステアスはすでに動き始めているし、板絵芝居屋伝手に噂も流れ始めている。動けていないのはアタシだけ。しかも、ゼフィロスを捕まえる側の衛士リビュートの方が来ちゃってるしさ。
(ゼフィロス……)
「その二人が勤めてた貴族家ってゼフィロスを盗みで告発した家だったりする?」
「いや、違うぞ。関係は無かろう」
ゼフィロスが囲われてたのは貴族街でも南の方で、二人の勤め先は北側になるらしい。それは良かったが、ゼフィロスを探しに行く手がある訳ではない。うーむ。何か妙案ないかな……。
思い悩むアタシをよそに遺体の見分は続いている。連続失踪事件ね……リビュートは抵抗した者が殺されている連れ去りだと推理していたっけ。ああ、家出人が狙われているのかも知れないね。
「使いに出た所で事件に巻き込まれたという事でしょうか」
リビュートが娘の帯にきつく結びつけられていた麻袋を解こうとして手間取っていた。帯や服が血に浸り、乾きかけているからではない。少なくともこの麻袋を帯に括り付けたのは本人だろう。更に袋の口紐と格闘して出て来た麻袋の中身は、焼しめたパン。干し肉。塩。針と糸。破れて水が漏れだしている水袋。革紐はサンダルの紐が切れた時ほかに使う。火打石。小振りのナイフ。脂薬。そして結構な額のお金。アタシでも分かる。どう見ても旅支度だ。
(……?)
この二人、家の使いで買物していたんじゃなかったの?
そして、死体で見つかるまでの二日間、何処で何をしていたの?
「元々何を買うように言われてたのかな?絶対違うもの買ってるよね?」
この二人、買物などそっちのけでどこかへ行こうとしていたのだ。それは一体どこへ?
「……確かめよう。また来る」
いや、来なくていいんだってば。あー、外出許可どうしよううううぅ。
外出許可が下りないまま、やきもきしているアタシの所へ
「施療院の奴隷の子どもってお前の事だろ?」
娼館、女神の花籠亭の遣り手ババアが来た。予言とかそんなのすっかり忘れてたぜ。「西都を救うんだって?」救う訳ねえだろ。救わなきゃならないのはゼフィロスなんだってば。
「何しに来たんだよ。絶対予言とか信じてねぇだろ」
そう言うババアである。アタシが目指すべきゴリゴリの守銭奴だ。ってか、何でアタシがここに居るの知ってんだ?
「膏薬貰いに来たついでさね。困ってるんじゃないかと思ってね」
「困ってるのはそっちじゃねえのかよ。案内所の名物遣り手が急に抜けちゃあな」
観光、案内所である。アタシは歓楽街、富める者の通りで、店を通さない娼婦の斡旋システムを作った事がある。「今」世の娼館は飲み食いしながら娼女を選ぶのがスタンダードなのだが、姿絵からお相手を選ばせることで顧客を一挙拡大したのだ。アタシ自身が案内人でおススメ嬢を斡旋、これは娼館からマージン取っても十分な収益を上げた。メッチャ売り込みましたとも、ええ。
「いや、そいつは新しい案内が来た」
「はあ?」
「その新入りがもう落ち目の古物を上手い事売ってるわ」
「マジで?」
そいつは敏腕だ。あれでも売り上げの一部はアタシの懐に入っていたのだ。だけーど、今はアイギースに預けた羅針盤の儲け話がありますからね。まあ、その位は後進に譲ってやろうかい。そうそう、アタシもババアには確認したい事があったんだっけ。
「話は全く変わるんだけど、ここの所、通りでは下手人の分からない死体がいくつか出てたろ?」
リビュートが持ってきちゃった遺体のうち娘二人ではなく、最初の奴だ。
「ああ」
アタシが耳にしていた通りババアもその複数形を否定しない。
「あの被害者の男って何処かの娼婦のイロなのかい?」
イロ、情夫、付き合っている男の事ね。富める者の通りでも娼館以外で職についている者もかなりいる。ババアは少し思案して答えた。
「ああ……そう言えば、全員そうだわ」
歓楽街で圧殺された全員が。
「ついでに言うと男の方は全員ろくでなしだ。撲る男だよ」
ババアが死んで当然という口調で言う。「死んでた男の相手はどれも落ち目の娼女だったがね。若くはない」年季が明けている、つまりは娼館への借金を返済し終えているような女ばかり。借金を返し終えても歓楽街から離れることが出来ないのは仕方がないが、付き合っていたろくでなしと死に別れたのなら少しはましになるだろうか。ふとババアが何かに気付いた。
「そういや、あの娼女達みんな……」
いや、もう充分。やはりアタシの想像通り。
「そこまでだ。それ以上は貴族が絡む」
アタシが絡めるのだ。とは言え、外出許可が下りていない。またそこか。
「はぁん、また何かやってやがるがね」
胡散臭い目を寄こす。ババアの中でアタシの評価はどうなっているのだか。こっちは幼気な6才よ?
「妾の方は儲けに関わる話だよ」
ババアの方はこっちが本題だった。
「ウチは登録した。お前んところもだ。フリューネだけが登録していない」
公娼制度である。まさに本日より施行開始。
これは娼婦であることを公に認め営業を許可するものだ。これに絡めて、いやこちらが大本の目的である姦淫法もつい最近公布された。こちらは婚姻外交渉を取り締まる法制度だ。簡単に言えばヤルなら結婚してからねで、既婚者の浮気はダメだが、商売女相手ならノーカンって事。しかも、だ。その処罰の対象が女だけ。立場の弱い女をバカにしくさった制度である。公娼としての登録は娼館ごとに役人が出張ってきていたが、娼館が営業を続けるならば登録せざるを得ない。ババアが雇われママをやっている女神の花籠亭も、アタシの古巣であるエリトゥラ商会の娼館も娼女一人一人がその登録を済ませたらしい。フリューネ姐さんを除いて。フリュ姉の事だから何か考えがあるのだろう。
「フリュ姉は枕やらないからね」
枕営業。フリュ姉こと西都の女神と称されるフリューネ姐さんは娼婦にありながら客と寝ない。王侯貴族から声が掛かるほどの美貌は客を選ぶ権利まで生んだ。ってか、貴族街どころか宮殿にだって住めるだろうに何で未だにあの界隈に居るのか分からん御人である。
「これが災厄じゃないなら何だってんだよ」
ホントにな。公娼の登録をすれば将来にわたって娼婦である事を隠しようが無くなる。今でさえクソみたいな扱いを受けているのに、それから逃れる術もないという事だ。
「うちの小女は裸に剥かれて泣いてたよ。剥いたのは妾だけどね」
そこで疑問。ババアも登録したのだろうか。全裸になって?
(……)
HP削れた感がある。それは兎も角。
「で、お前だよ」
ババアの目が光る。
「奴隷の身で自由な時間があるとか可笑しなことになってるじゃないか。お前の事だ、上手いことやったんだろ。昨年の辺境の病の件、あれもお前が何かしたらしいね。今も」
何か画策してるだろう。ならば早いとこ成果を出しな、そう言うのだ。エリトゥラを使っているからか、板絵芝居も最近の噂もアタシが関わっているのに感づいてやがるんだろうな。ってか何で去年の事まで知ってるんだよ。侮れねえ。
「余計な事言わないでよね。全部非公式よ」
両手を挙げて見せた。これ以上は無理なのだ。
「アタシ、施療院から出られないんだよ?」
いや、ホントそこがネックなんだってば。ババアは疑いの眼差しだ。
「じゃあさ、バアチャンがバレずに抜け出す方法とか用意してくんない?」
「逢引きかい?タダでヤらすんじゃないよ」
アタシ、6才なんだけど、ってのはお互い冗談で声を落とす。
「うちには貴族様のための離れがある。格安で使わせてやってもいい。手引きしてやらなくもない」
貴族との逢瀬を装え、と。6才のアタシには本来不適切だが、だからこそ隠れてイタす必要がある。アタシは公娼登録もしていないしね。多分ババアは施療院に幼女趣味の貴族がいるという噂も知っているのだろう。しかもこのババアの口から「格安で」が出て来た。それが使える手なのか
「……」
迷った。アタシは許可なく施療院の敷地から出れば奴隷の入墨を打たれる事になっている。入墨は所属を明らかにする。何所の都市の門でもその確認をとるのは逃亡をできなくする手段だから。そして親からアタシを買ったティタ家はそうする権利を持っているのだ。この先も処遇は変わらぬというのなら、入墨があっても問題ないだろう。
だが、アタシはこのまま終わる気はねえ。
入墨は消えない。将来にわたって、死ぬまで奴隷であった記録が残るのでは公娼の登録と同じだ。娼館の小女が怯えていた様が蘇る。ババアは言った。
「お前がこの状況を何とか出来るなら手は貸せる」
アタシはゼフィロスやヘカテー、アステアスの為だけにそのリスクを侵せるか。そもそも、法制度に抗することなど可能なのか。
(………)
決断できなくて紛らせた。
「ってかさ、もうそんなの西都の女全員が公娼になるしかねえだろ。あははっ、女は6才になったら全員公娼登録とかなー」
ウケないジョークで。ごめんよ、どうにもならねえわ。
どうにもならないそいつがどうにかなってしまったのはその翌日。それも最悪の形で。ティタ家は家令のサトゥルノが施療院の研究棟に現れたのだ。入墨の彫師を連れて。
3000PV間近だった前エピからこんなにすぐに3200PV超えました!!!
ありがとうございまするうぅぅぅ!




