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無碍なる塔の前世持ち    アンチ光属性 底辺からの異世界職業行脚 或いは人牛の件  作者: いちめ
アンチ光属性 格差社会で教育計画 或いはラミア―の件

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16 練習問題 くりかえそう

 今、この西都では右を見ても左を見ても予言と紫の巫女一色。「災いが!」家財をまとめる奴もいれば、保存食を買い込んでいる者もいる。「何かあったらよろしく」遠方の親戚知人への手紙が増えたらしいよ。上手いことやりやがったなと思うのは、このタイミングで姦淫法が発布された事。婚外交渉を公序良俗に反するとし、正統なる子孫繁栄云々。いつの間にか高札がかかっていたらしい。先に公娼登録制度が発布、もうすぐ発行するのは皆知っているから、「公娼なら買っていいんだろ?」問題視する声は大きくないのだとか。現在進行形で浮気してる輩は大っぴらにしないだろうし、パートナーの不貞に腹を立てている者は法の成立に期待しているとも。アタシもこれが良くない方向に向かっているのは分かるけれど、何が出来る訳でもない。ため息しかないね。そんな事よりも皆

「西の都に災いの降る。紡ぐ者よ、舵をきれ」

プラタイアの洪水を言い当てた巫女のあの予言の方を重く感じているのだ。ちょっとー!良識ある大人しっかりしてー⁈そんなだから、施療院は正門側の木の下で竹細工に勤しんでいるアタシの所に来る奴まで居るんだわ。アタシ、朝からクラテスの相手して漸くの休憩時間なんだけど。そういう輩には

「洪水ってどうやって止めるの?アタシ、神様の加護ないよ」

と尋ねると大抵我に返るけどね。そこで諦めきれない奴もアタシが手にした竹細工が「それは?」何かとの問いに「内職」だと答えると去ってゆく。悪かったね。本当に奴隷の子どもなんだよ(真)。と、ちょこちょこ邪魔は入るがアタシの機嫌は悪くない。何故って?今アタシ、人生のゴールが見えてる所!これでアガらぬはずがない。んふふ。羅針盤ですよ、羅針盤。儲かりまっせ~!きっと。西都に災い?何それ、まいっか。

 とは言え、羅針盤自体はまだ磁石どころか磁鉄鉱すら影も形もない。遥か北のドニア産のそれを輸入、使用に耐える選別から加工、数量確保まで水上都市ヴァチカが秘密裏に行う手筈だ。時間はかかるだろう。それがアタシの元に届いたら、今度は開発及び販売戦略。もうワクワクが止まりませんて。メッチャ金貯めて~自分買い戻して~クソ親から自由になって~姦淫法とかバカな事言ってる国は出て~上下水道のある(筈)の「塔」に移住して~……あれ?そう言えば、その先って考えて無かったな。まあ、ゆっくり考えようか。時間はある。だからってアタシが木陰で捻くり回している竹籤は、やる事ないからの手慰みじゃないぞ。

 竹は西都の辺りに自生しているのは見ないけれど、もっと南の辺境領には竹林があるそうだ。茶髪兄妹の故郷な。辺境領では水稲耕作を導入しようとしていたくらいだから、西都より温暖で湿潤なのだろう。竹は篭などの材料として入って来る。そいつを門番のオッチャンに買ってきてもらい、アタシは試作を繰り返しているのだ。何って?羅針盤よ~。アタシが試行錯誤しているのは傾きに影響を受けなくする構造、ジンバルだ。「前」に自由研究で取り組んだ時、伊能忠敬は杖の先にこのジンバル構造を組み込んだ羅針盤を持っていたのを知った。勿論、方角だけなら水に浮かべるだけでいいのだけれど、水がすぐに手に入らない状況も考えられる。ジンバルは軸を中心に回転させ重心になる部分だけを安定させるのだ。アタシは「前」世の博物館で見たけれど、「前」では携帯の自撮りに使ってる人もいた。こいつは軸を三つにすると三次元的に安定する。三つの輪の真ん中で揺れが相殺される中、重心に当たる部分だけが動かないのは見ていても面白いぞ。「前」の江戸期にはこの構造を利用した龕灯なる物があった。ろうそく版ハンドライトね。で、だ。利用を想定しているのは羅針盤もだけど、

龕灯イケんじゃね?

って思ったのよ。西都では月が射さない夜間の移動には松明を使う。ろうそく台に持ち手の付いた手燭は室内用ね。ランタンはガラスやプラスチックの透光素材が出来てからなのだ。布は風を通すし、薄い羊皮紙やプラタイアの葦紙は光を通すけれどお安くはない。火種がちょっと傾いただけで燃え落ちてしまうから、火種を風から守るカバーに使う発想がないのだ。だけどこのジンバル構造ならいける。蝋燭が必ず垂直になる仕掛けがあれば問題ない。投光側が開いた龕灯にするか提灯にするかは検討中ね。夜警の衛士の皆さんにおススメ!特許などない社会だからすぐに真似されそうだけど、先行売り逃げすれば……うひー!儲かりそう!え?目標が金儲けにすり替わってる?目標、目標……そ、そうね。



 世の中の動きとは関係なく、アタシの頭の中は黄金色にタイヘンな事になってるんだけど紫色の世間は放って置いてくれないらしい。

「施療院の奴隷の子どもってお前の事だな?」

アステアスとヘカテーがリビュートに連れられて現れた。緑髪の御一行だ。リビュートが居れば必要ないのだろうけど護衛はレレクス。……お前らもかよ。リビュートが門を通してもらえるようになったのはメリナの口利きである。アタシが逃げ出さないという信用も出来たのだろうし、度々遺体を持ち込まれちゃたまらんからね。ヘカテーはまたも侍女のお仕着せ姿で藍染の長衣に生成りの肩布だ。ヘカテーの侍女は普通の少女だったが、布団をかぶって震えてそう。あーあ、不憫ナリな。まあ、他人事だけど。

「西都を災厄から救うって?」

いいえ、救いません。常識的な思考を身に付けようよ、リビュートさんよぉ。溝を掘り込んだ竹を脇へ遣る。お貴族様だからね、一応。ジンバルは苦戦中。あの構造難しくて二軸ではまだ成功していない。竹では滑りが今一つだが金属加工は無理だしね。

「西都を守ったり救ったりは衛士の仕事でしょう。予言がどうのって言うのなら正確にお願いしますよ。「救う」とか一言も入ってないから」

ヒーローものじゃないんだ。勘弁してくれ。

「そ、そうか。この前話した失踪の件だが、お前が言った通り人数が増えそうだ。だからてっきりその件を解決に導くのかと」

おや。「災厄」解釈の新パターン来たわ。西都に災厄と言うと皆自分に関わりそうなところを連想するらしい。水害、疫病、戦争、経済破綻。アタシならクソ親の追い借り一択だわ。リビュートは衛士だからそうきたか。なるほどね。

 アタシも色々あった所為ですっかり失念していたが、リビュートが言うのは西都で続く不審死と行方不明者だ。不審死とは街道市で見つかった遺体に繁華街から施療院に運び込まれた遺体な。あの時、アタシ達は神の加護、それも風の加護を持つ者が人を殺して回っているのではないかという推理をした。アタシも神の加護を使う猟奇的な連続殺人犯が居るのではないかと思っていたのだ。あの時は、ね。何だ、その眼差しは。

「……導かないですよ」

「で、な。あれから私は南北の大門の入門と港の記録をあたったのだ」

あー、こちらの都合はスルーなのね。前回リビュートに会った時、アタシが口にしたのは紫の巫女の信者の件だ。ゼフィロスの母ちゃんをはじめ信者の一部が複数行方知れずだと伝えた。リビュートは本気でその調査を進めていたらしい。遺体が確認できているのが二人。アタシが耳にした分を加えて四人。西都の平民で行方不明になっている者で二十名を超える。プラスで信者の一部。確かに多いな。だからって導かねえけど。6才よ?アタシ。

「相当数の人間が居なくなっている、と思う。そこで私は考えた」

……リビュート、既にドヤ顔なんだけど。あっ、アステアスとヘカテーがげんなりな顔している。ひょっとしなくても道々推理を披露して来たな。

「あの亡くなった者たちは抵抗した者だけ!」

ズバリと指を立てる。……小五郎って呼ぶぞ。迷探偵の方な。

「この西都では組織的で大規模な略取誘拐が行われているのだ!」

ババーンと断言。抵抗した数人は殺されてしまったが、残りは何処かへ連れ去られた、と言うのだ。「今」世、人は資源である。良い意味ではない。生産余剰財の不公平分配、つまり奴隷制で社会は成り立っているのだ。奴隷は多ければ多い程、貴族層は豊かになる。ところが人はそれ程急には増えない。医療が発展していない劣悪な環境なら尚更。ならば他所から連れてくればいいになっちゃう訳よ。奴隷の獲得が戦争の理由になるし、人買い人攫いが横行する訳。因みに犯罪になるのは最後の奴だけね。

「行方不明になっている人は若い女ばっかりだとか?」

「いや、あの遺体も屈強な男だったろう」

リビュートが施療院に持ってきちゃった奴な。んー、それは除外で。

「男もいるし、見習いが明けた位からいい齢の者もいる。うんと年寄りや子供は居らぬな。数で言えば女が多い」

(………)

年頃の女なら娼館に売れるし、壮健な男は鉱山労働や戦闘奴隷に出来る。特に選ばずと言うのなら、農奴。

「なるほどねー。殺しは本来の目的じゃなかったって事ね」

「納得できてないみたいだな?」

あら、顔に出てた?そう。アタシも以前とはちょっと考え方が変わったのだ。そこで鼻息の荒かったリビュートが急に肩を落とした。

「それがな…失踪者の内で自発的に身を眩ませたとしか言いようのない者もいてな」

書置きを残すとか、貯金や資産を持って行くとか。えー?

「それは……家出だわ。逃げただけでしょ」

「いや!加護持ちが関わっているのだぞ!犯罪の匂いがするのだ!」

食い下がるけど臭いって犬かよ。リビュートの周囲は事件性を認めないらしい。神の加護イコール貴族だろうしね。で、その矛盾を整合させろって?いや、無理でしょ。と、言いますかその話題、ちょっと避けたい。不明者が南北の大門から出ていないと言うのなら後は港しかない。そこで脳裏をよぎるのは最近までアタシが世話になっていたエリトゥラ商会。娼館を営むエリトゥラは海運業が本業だが、評判はあまりよろしくない。金になるなら何でも運ぶし、危険な航行も辞さない。そして会頭のエーギルは先だってプラタイアに向ったばかり。洪水被害からの復興に人手が必要なプラタイアに。

(………)

家出か犯罪かは定かでないが、行方不明の人、運んでね?税を払うべき人間の逃亡幇助若しくは略取誘拐。どちらも犯罪である。君子危うきに近づかず。出来れば知りませんでしたで済ませたい。

「あ、ほら、亡くなった人や行方不明になった人って何か共通項があるんじゃないですかね?」

それっぽい発言だが

「共通項?」

「同じ場所に出かけたとか、同じ不審な人が周囲で目撃されているとか」

これはミスリードである。何故ならリビュートが把握している集団はアタシが思うに単一ではない。実のところアタシは金持って姿消した人間とか興味ないのだ。アタシは借金と共に残される側の人間だからね。「前」も「今」も。

「ほう!」

リビュートはアタシの手に乗って、またやる気になっちゃったらしいよ。心中汗を拭う。はい、この話は終わり終わり。

「で、リビュート様は兎も角、アステアス様とヘカテー様はどうされました?」

が、アステアスもヘカテーも口を開こうとしない。リビュートの真後ろでレレクスが首を横に振った。なるほど。

「リビュート様、メリナ様がこの間の遺体の件でお話があるっておっしゃっていました」

「おお、そうか」

後をレレクスに任せて行ってくると言う。施療院は広いから行って帰ってくるまでに時間は十分とれるだろう。この前の父訃報のリベンジな。



 何だか万相談所みたいになってきたぞい。

「で?」

 板絵芝居は好評だが、その非道を訴えて来た姦淫法は発布されてしまった。その件かと思うが、元々予測はしていたのだ。発効は約一か月後。次の二新月の後で、次の二新月の少し前になる。ああ、暦は蒼と朱の月の満ち欠けが基準になっていて、共に新月になるのが二新月ね。蒼なら三ヶ月、朱なら四ヶ月で二新月になる。「今」世豆知識でした。姦淫法に関しては一見市中に混乱はない。ヘカテー、アステアスの消沈ぶりは実現すると思っていなかった所為だろうか。落ち込むことは無いぞ。原稿も都度監修しているがヘカテーは決まった構成の中でなかなかうまくやっているし。が、話はそれではなかった。

「それが……」


ゼフィロスが貴族の館で盗みを働いたのだと言う。


はい?おいおい、貴族街に居るって聞いてからそれ程経ってないぞ。たった数日の間に何があったんだよ。ゼフィロスは捕縛の刑吏に引き渡される前に逃げたらしい。ゼフィロスが現れていないか、刑吏が学舎にまで来たのだと言う。

「ゼフィロスではない」

真剣な顔でアステアスが言った。

「ゼフィロスが盗もうとしたのはアウロスだって言うのだぞ」

 アウロスは笛である。ゼフィロスが持っていた手作りの葦笛などは玩具みたいなもので、楽士が使う。が、アウロスは管が二本あるダブルリードの笛なのだ。

「そんなもの盗んだってゼフィロスには吹けないじゃないか」

繋がった二本の管を左右の手でそれぞれ吹くのがアウロスだ。隻腕のゼフィロスには無用。そう言ったのに刑吏も被害者も「売るつもりだったのだろう」それを覆さなかったのだと言う。その辺についてはアタシも二言も三言もあるが黙っておく。ゼフィロスは元奴隷で隻腕の流民。本当に盗んだのかは別で罪は確定するだろう。アステアスが唇を噛んだ。綺麗な顔をしているが、元奴隷で平民のゼフィロスを案じて。アステアスは少し変わったな、と思う。だが、ヘカテーは?彼女はゼフィロスとは接点はほぼ無い。そこでアタシはヘカテーまでが来た理由に気付いた。

「あー、ひょっとしてそれ、姦淫法がらみの話なのか」

 公娼制度が交付されて約一ヶ月。近く公娼制度は発行するし、姦淫法も布告された。貴族の屋敷に出入りしていたゼフィロスは元々は娼婦のヒモだ。恐らくはその家の女性ともイイ仲になったのだろう。そのために囲われたとも言っていい。相手が既婚だろうと未婚だろうと当然婚外交渉になる。が、姦淫法が発行すれば女は罪を問われる。そうなる前に男の方、ゼフィロスを排除することにした。このタイミングだからこその告発なのだ。

「で、逃げたのか……それはマズいね」

そしてアタシの想像が当たっているのならば相当ヤバい。

「こんなの間違ってる」

はヘカテーだ。男でも女でも貴族でも平民でも被害に遭う可能性は誰にでもある。板絵芝居に描いたように、ゼフィロスが嵌められたように、この姦淫法がある限りそれを悪用する奴が出てくるだろう。アタシは言った。

「ゼフィロスは元奴隷で平民だ。西都に来て一年経っていないから市民権もない。貴族の訴えは覆りませんよ」

さらには緑髪の市政官一門は法を守らせる側の人間なのだ。二人の叔父であるリビュートを含めて。

「それでも間違ってる」

アステアスも頷いた。

「でも、どうしたらいいのか分からない」

どうしたらいいのだとヘカテーはアタシを見た。世の中にはどうしようもない事が無数にある。「前」も「今」も。「今」と比べればあんなに恵まれた「前」だって苦しい事は一杯あった。どうにもできない事を前に一人、打ちひしがれるしかなかった。目の前の緑の兄妹を見て思う。以「前」アタシのためにこんな風に思ってくれた人がいただろうか。もしもそれがあったなら、違っていただろうか。優しい気持ちで告げた。

「アタシにも解らないです」

アタシの応えにショックを受ける二人を止める。まあ、聞いて欲しい。

「解らなくていいんです。アタシ達まだ子供なんですよ」

思った。ゼフィロスの件に心乱される二人は以前の二人とは明らかに違う。この兄妹は知ったのだ。制度の向こうにろくでもない人生を抱えた一人一人が居ることを。収支を表すただの数字に無数の思いがある事を。だから

(この子達は大丈夫)

無知なる幸せには遠く、楽ではないのだけれども、その事が希望。

「どうにもできない事でも、それを何とかしたい意思があって、自分達はまだそれを知らないのだと知っていれば、そこへ向かって進むことが出来る」

人は変わるし、進む。それが学びで実践だ。直向きな二対の目がアタシの言葉を咀嚼する。言葉はいつも不完全だけど、この思いの一部が届くと良い。

「多くの社会の在り方を見て、何が良いのかを考えて行ってください」

身分制度そのものを含めてね。先人達の積み重ねたものであっても絶望する事もあるだろう。理想への道程の果てし無さに倦むこともあるだろう。

「すぐに最良は手に入れられない。今より少しだけましな明日を積み重ねて行けばいつかは」

こんな思いをしなくていい世の中が来るのかもしれない。未来の為政者たちにそれを知って欲しいと庶民のアタシは思う。どうか彼らが「何のために」を手に入れますように。ちょっと可笑しい。何時だって斜めに構えて不貞腐れて来たアタシの口からこんな言葉が出るとはね。きっとアタシはこの二人が持つ未来って奴に絆されたのだ。希望の匂いの温かさに。そう。教育って奴は双方向。アタシも教わる側なのだ。

「人はね、間違うんですよ。だから間違った時にそれを正す仕組み」

例えば公娼登録や姦淫法とか。

「それからね、どうしようもない時にそのどうしようもない事を一緒に考えてくれる仕組みをつくれるといいですね」

アタシの「前」に無かったもの。全部を抱えて独りで死んだ「前」のアタシには。ヘカテーは考え込んでいる。

「で、ゼフィロスはどうするのだ?」

んー、アステアス様は即物的ね。でも、アタシが二人にココロ動かされたのは間違いない。自分のチョロさに苦笑い。ディオの事言えないわ。


やるか。


こちとら転生元アラサー。無策のままでは女が廃る。未来ある二人に抗うっていうのはどういう事か見せてやろうじゃないの。

「ここで問題になっているのは姦淫法でしょう」

明らかに悪法。だが、子供であるアタシ達にはどうしようもない。アタシなんか金で売られた平民以下ときた。

「まずは今回の件をそのまま板絵芝居にしましょう」

同じ事がお前の身にも起こるのだと世に知らしめる。ムサ爺には特急で絵を描かせよう。姦淫法が発布された今、フリュ姉が危ないって言えば動く。

「それから噂を流す」

これはエリトゥラを使ってもいい。どんな噂かって?

「あの最初の予言は嘘だった」

レレクスまでが目を見張った。

「そうなのか?」

笑っちゃう。

「誰が確かめるんですか、そんなの」

ミネルヴァ以外に確かめる者は無い。

「その根拠は?と問われた時にこう言ってください。予言は目の前の人間に与えられる」

二度目の予言でアタシ自身がそうだった。そしてそれを多くの人が目撃している。

「西都の王が街道市を出歩く訳が無いだろう。つまりあの予言は嘘っぱち」

そう、それがあの時感じた違和感。最初のあの予言

「西都の王はその不義の子によって葬られる」

あれは一体誰になされたのか。そしてその予言を根拠とした法は本当に必要か。今や西都は紫一色。噂が広がらぬはずがない。そしてそれが虚偽の予言というのなら、

「法の根拠を問う」

もう一度考えて頂こう。責任ある大人の皆さんに。疑いはすぐに芽生えるだろう。これは誰かの、どこかの国の策略なのではないのか。疑っていただこうではないか。そこで予言を成した紫の巫女=紫の騎士VS宮城の構造をつくる。さあ、どうなるかな?

「これは時間稼ぎですよ」

 市中は騒然となるだろう。あれだけ持て囃した巫女の予言がでっち上げならば。が、姦淫法が検討されるのか修正案が出るのか分からぬが時間がかかる。勿論正当な手段ではない。これはゼフィロスが嵌められたのと同じ方法だ。

「その間にゼフィロスを確保する。冤罪であってもゼフィロスが疑いを晴らせないのは流民だからです。庇護者がいれば話は別だ」

不公平不平等OKの身分制の社会だから。

「だが、我が家門では無理なのだ」

アステアスが言う。ついでに言えばゼフィロスが潔白だとも言い難いのだ。あいつ、絶対奥方とかお嬢様とイタしてるだろ。

「ええ。ところでティタ家って言うのは貴族の序列の中ではどのくらいの位置にあるのでしょう?」

保護を求める相手はでかい方が良い。

「我が家と同格かやや上だが、ティタ家を頼ってはクロノ、お前が困る事になるのではないか?」

アタシの負債が膨れるのではと案じてくれる。が、そこは匿うだけの価値がゼフィロスに有れば問題はない。言っておくけど、クラテスは男の子もイケるの?とか聞かないでよね。そういう斡旋はしないから。あ、してたわ(前職)。それは兎も角。問題はゼフィロスの捜索と確保はこの二人には無理だという事。衛士のリビュートにも明かせない。当たりはつくのだ。西都の内で官憲から身を隠すのなら富める者の通り。ゼフィロスに土地勘と伝手があるアタシの古巣だ。

(アタシが出向くしかないな……)

施療院の敷地から出てはならぬと命じられているアタシに、そんなことが出来るのか。約を違えれば奴隷の入れ墨が待っているのに。だが多分アタシでなければ説得できない。事実を知っているのであろうアタシしか。不敵に笑う。このアタシに不敬を問わない二人のために。

「最後の説得はアタシがやります」

だけど、それはどうやって?





 お金を使うという事に躊躇いがある。

それが必要不可避な物であっても、自分で稼いだ金であっても。食べる物に困らなくなった今でもだ。

若い頃は貧乏ばかりだったアタシでも他の人のように楽しい事をしてみたいと思ったものだ。付き合いで行かざるを得ないカラオケや食事のほかに、限られた中で着飾ったり、話題の場所に足を運んだり。旅行もしてみた。友人やその時に交際していた人と連れ立って。きゃあきゃあ騒ぎ楽しんでも、ふとした瞬間に魔が差す。二〇円安いからとスーパーを梯子し、髪は一つに括る事で美容院は年一回で済ますアタシの日常が。普通の人と同じことをした為にこの先は更に切り詰めなくてはならないという現実が。おかしいのは齢を重ねて生活に少しは余裕があるようになっても、それが無くならない事だ。

「してはならない事をしている」

あの感覚が無くならない。

 そんなアタシでも病気の時に薬を飲むことは親元を離れた事で覚えた。奨学金で大学に通っていた頃、寝込んでいるアタシに男友達が薬を買ってきてくれたのだ。驚愕した。彼が他人に薬をポンと買い与えた事にも、薬を飲むと急激に体が楽になった事にも。

「薬、飲んでいいんだ」

目から鱗が落ちるとはこのことだ。アタシの母は「薬は身体に悪い。人間の身体は自然に治るようにできているのよ!」そういう人だったから、たまに熱を出したりすれば寝ているしかなかった。

可笑しな話だ。

市販の薬は家にあった。母は熱が出れば薬を飲んでいた。「仕事があるのよ!」薬を飲んで早く直さなければならない。弟も調子が悪いときは薬を飲んだ。「薬も飲めんとか可笑しかろうが!」「男の子は弱いからね」寝ていれば治るはアタシだけだったのだ。あの時の彼のお蔭でアタシは薬を買って飲むことを自分に許してやれるようになった。が、医者にかかるのはまた別の話だ。

 親に養われている頃はサイズの合わない靴を「デカい足の女は見っともない」履いていたから巻き爪になった。両の足の親指に膿が詰まった肉刺ができ、爪が刺さったまま治りもしないそれは歩くと痛んだ。靴下の爪先が膿で黄ばみ臭った。肉刺があるままだと痛いから縫い針で刺して膿を抜く。抜いてもまた膿は溜る。ぶつけた時の悶絶する痛みも、「臭い」「汚い」嘲りも二年我慢し続けて病院に行かせてもらえたのは、「仕事があるのよ!誰のおかげで食べて行けると思ってるのよ!」一人で病院に行けるようになった中学生の時だ。

「どうしてこんなになるまで病院に来なかったんだ!」

アタシは医者に叱られた。叱られたアタシは不貞腐れた。ウチは貧乏なんだから仕方ないじゃないか。親が仕事をしているのだから仕方がないじゃないか、と。当時はおおらかな時代だったのだろう。部分とは言え麻酔をかける手術を中学生のアタシは付き添いなしで受けた。術後麻酔が抜けきらずまともに歩けなくなったアタシに看護師がタクシーを呼ぼうとしたのを断った。帰りに歩けなくなるのは分かっていたが、タクシー代は貰えなかったから。あの時アタシはお金があれば、と貧乏を憎んだ。

アタシは間違っていた。

それはお金があればアタシにも感情がある事を認めて貰えるという話なのだから。他所の人のように、ほかの家族のように。貧しかったのは確かだ。だけれども、その前に

こいつはこれでいいや。

があった。アタシのために何かをしてやる必要はない。こいつの為になんか勿体ない。そういう。アタシには年月をかけて教えられた「してはならない事」「しなくていい事」が沢山ある。アタシはまだ自分を許してあげることが出来ない。

呪いはまだ解けない。


長いエピソード読了ありがとうございます。3000PV間近でドキドキしてます!

リアクション嬉しいっ!貰えたエピを振り返ってちと疑問。……ディオがクロノに鼻毛抜かれてるのってウケるんでしょうかね?

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― 新着の感想 ―
突然ですが失礼します。最近、水の娘で出会ってから作者読みしてました。文章量が多く設定も重厚な文体がとても好みに合いました。2週間前ぐらいにやっと最新話へ追い付きました。 アンチ光属性は最初よくある最底…
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