13 疑問を大事にしよう
いや、ちょっと計算してみたんですけどね、各種売上好調な麦芽糖水飴。このまま暫く売り上げが続くとして、原材料費、板絵や画材、人件費を含めた持出し分が回収できるのが約三ヶ月後だろ?以降の利益の一割がアタシの取り分だとしますと、自分を買い取る金額(上乗せされなければね)が貯まるには、これまでの貯金も足して……6年半から7年かぁ……。アタシ13才だな。成人後じゃん。今は独占販売だが、簡単に作れる物なのでいずれ競合店がでて売上は落ちる。実際には五年以上かかるだろうな。年齢が上がって施療院の仕事にもっと拘束されるようになるまでに、ほかにも手は考えておきたいねぇ……。不労収入(ステキな響き!)がある身分にはなったのだが、何だかな…手持無沙汰といいますか、やる事が無いと不安になる。「今」世はスマホも娯楽もないから時間を無駄にするのが難しいのである。根っからの貧乏しょ……最後略すなよ。縁起でもねえわ。
なんてことを施療院は正門が見える木の下で考えている。使われていなかった木箱三つを椅子代わりに木陰に据えたそこが、研究棟に居ない間のアタシの定位置だ。事業の打合せを含めアタシを訪ねて来る者が毎日誰かしら居るので、クラテスに付き合っていない時はここに居るのが都合がいい。普通の声は門番に届かず、正門で揉め事があれば見えるベストポジだ。ディオは当然のように毎日一度は来るしね。
「お前が寂しいって俺に言うから」
言ってねえ。そもそもアタシが「寂しいの……(うるうる)」とか言うキャラに見えているのだろうか。ディオの頭の中身がかなり心配である。彼の竜車屋の見習い仕事は朝の水やりエサやりと掃除で、学舎へ行った帰りにアタシの所へ寄ってくれる。
水飴事業も軌道に乗って木の下サロンの来訪者もディオくらいになったので、施療院の門前(内側だけどな)の小僧としてお手伝いもしているぞい。
「薬院の窓口はこちらでーす」
案内をかって出ているのだ。「さっきの人の家族?こっちこっち」戸板に乗せられた急患に遅れて駆けこんでくる家族とかね。門番は門を離れられないのでそれなりに役に立っていると思うぞ。で、門番のオッチャンとも仲良く(コビ)しておく。
「アタシもちゃんとお手伝いしたら白い長衣貰えるかなぁ」
黒目マシマシ。染めない麻布の長衣は貰えなかったんじゃなくてサイズが無かったんだけどな。アタシあての来訪者の出入りに目を瞑ってもらうためにはこれくらいやる。親って変質者対策に「知らない人と話してはいけません」なんて教えるけれど、本物のヘンシツとの見分けがつけばOK。警戒心何ソレ?ってヤツが可愛がられるコツよ。お約束のポーズでこのまま施療院のマスコットキャラでも目指すかね。
「案内は助かるのだが、足を広げるのは……」
え?方向性が違う?
仕事に対する姿勢は脇に置いても、ちゃんとやってるって。今日も朝からクラテスとバッチバチですがな。こっちが本気のストレートならばクラテスも攪乱されないので神の加護によるダメージが少ないらしい。アタシの知識の出所が市政官邸の記録ではない事はクラテスもメリナも承知しているが、本家には伏せられたままだ。「今」世の医療レベルにおいて信じることが出来ないような事柄も概ね正しい事が幾つも確認されてしまったから。そりゃそうだよな。顕微鏡が無ければ見えない微生物の存在なんか本来知りようがないもんね。まあ、アタシの知識が神の加護なのかはたまた何処の出所かよりも、有益な情報収集が優先という訳よ。アタシが「塔」の加護持ちと関わりがあった事(そんな事もあったっけ)はクラテスにも知られているので、「塔」の関与が疑われている節がある。
「姿が見えども存在する神のようなものだな」
その例えは微妙。そっちはアタシは居ないと思うよ。
何れにせよアタシの仕事は同じって事。が、ここの所クラテスとの一答討論形式のやりとりに限界を感じてきたので、今後について話を振ってみたぞ。ずっとここに居る気もねえしな。
「加護だけに頼らない医療も検討してはどうかと思うんです」
アタシの知識程度で「今」世医療を改革できるとは思わないが、雑多な経験則から科学へと舵を切ることは可能なのではないかと考えているのですよ。学問としての医療の体系化ですがな。項目としては人体そのものを扱う生物、細菌学を含む病理、加護とそれに頼らない場合の治癒術、薬学、衛生。これくらいの項目を立てて体系化するのはどうだろうってね。
「これだけ人間が居て神の加護を持っている人なんてほんの一握りじゃないですか。治癒師や薬師が居ない地域ってのはごまんとあって、そんな地域でも病気や怪我はある」
薬園には大麻を含め何百という草木が栽培されている。施療院内では医療薬学の知識の記録と伝授はあるのだ。一方で神の加護が及ばない地域では呪いと経験則が混ざり合って存在している。街道市には何で出来ているのか分からない物が多数、薬として流通しているのだ。漢方には詳しくないが葛根湯がある程度効くのは知っているし、オレガノオイルは実際に消炎作用があるんだろうけれど、玉石混交の現状は何とかするべきだと思うぞい。
「逆に一部地域で経験則として知られていることが、西都の薬師には知られていない事もある。交流の機会、或いは双方向の教化の機会があってもいい」
「調査と記録と教化共有か?」
勿論アタシは提案だけ。後は皆でやってくれ。いいの!アタシは自分が上下水道のある所に移住するつもりなんだから。アタシの意識はそこまで高くない。
「地方や民間の医療者を招いて学舎の形をとるとかね」
「知識の収集は兎も角、地方医療のためには難しかろう」
貴族のクラテスは渋い顔をする。優れた医療はまだまだ特権階級とその周辺のものなのだ。身分制度の垣根は高い。
「貴族にとって平民は財産と同じだ。医療の拡充は優先課題じゃね?家門にとっても医療の権威権門として名を上げることになる」
そんな話をしている時だった。院長室を訪ねてきた者がある。メリナだった。使用人ではなく、本人。何かあったのか。
「クロノ」
アタシに用事?メリナが口籠る。
「…落ちついて聞いてちょうだい。今、治療院に衛士が来ているのだけど、その……遺体が運び込まれていて……」
遺体。
「亡くなられた方は成人男性なのだけど、クロノ……あなたの関係者だと衛士が言うの」
死に目に呼ばれる関係の成人男性なんて数えるほどしかいない。
「髪色は?」
黒髪のエーギルはまだ西都に戻っていない筈。金髪のアイギースはまずは魚人だと形容されるだろう。
「紺。眼の色は見えなかった」
アタシの水色の髪は母さん譲りだが、濃紺の目は父さん譲り。父さんは髪も目も紺色なのだ。アタシの沈黙でクラテスもメリナも察してくれた。
特別に素敵な思い出がある訳じゃない。母さんを怒鳴りつけ時に殴る父さんは元のクロノにとって怖い、嫌な相手だった。何故それ程怒り狂うのか理解できないから一層。クロノに手を出すことは無かったが、大人の男が暴れれば敵う筈もないのだから仕方がない。母さんは酒の所為だと言っていた。「前」の母も。違う。それだけでは無い。あの、どうしようもない母さんを何を言っても変えることが出来ない事に、父さんは憤ってもいたのだろう。
別に取り立てて言う事などないような普通の男だ。家族を特別に大事にする事もなく、普通に仕事をして、家族を養い、酒を飲み、遊ぶこともあり、馬鹿をやる事もある、そんな。大きくて、力が強くて、大人の男の人。アタシは「父さんと結婚する!」なんて可愛い事を言った事はない。だけど
「これ、アタシの父さん」
だった。優しくて強くて賢くて格好いい他所の人じゃない。父さんがアタシと一緒に暮らす人、だった。イカサマ博打に嵌められて、借金のカタにアタシを売るまでは。
「確認して欲しいそうなの……」
普通の男だから普通に死ぬのだろうと勝手に思っていた。「前」の父が肝硬変で血を吐いて死んだように。が、普通ではない死に方をしたからアタシが呼ばれているのは分かった。解ったが足が動かない。足を動かすには気力が必要だった。
「僕も行こう」
研究棟の院長室から出ることも少ないクラテスが言った。メリナは眉を寄せる。薬を飲んで加護の力を弱めているとは言え、不特定多数の人間が出入りする治療院はクラテスには苦痛がある筈だ。
「安置室なら中庭から行ける」
メリナの後を黙ってとぼとぼ付いて行こうとしたアタシをクラテスが抱き上げる。ショックだとか悲しいとか分かりやすい感情じゃない。だがそれはきっと汚らしくみっともないアタシ。クラテスの首筋に顔を伏せたまま囁く。
「アタシを視ないで」
視えている筈のクラテスから返事は無かった。
クラテスの言う通りすれ違ったのは薬園管理の者だけで、縦長の治療院棟の端に辿り着いた。治療院の裏口になるらしい。亡くなった者を人目につかずに運べるように安置室は裏に近い位置になっているのだ。施錠されていなかった両開きの大扉のすぐ脇が安置室だった。明り取りの高窓から陽が差し込むだけの部屋。酷い臭気が漂う。多分にアルコールを含む吐瀉物と糞便の臭い。さほど広くもない部屋の真ん中に安置台が二つ。片方に板に乗ったまま遺体が寝かされていたが、アタシを呼んでいると言う衛士の姿は無かった。席を外しているのか。クラテスがアタシを下ろす。
着衣は乱れ汚れた、鼻と口から流れた血や別のものが拭われぬままの紺髪の成人男性。正視に耐え難い酷い有様だ。そして困惑した。
「………」
「クロノ……」
メリナがアタシを気遣って声をかけてくる。
「……ってか」
誰?こいつ?
「全く知らねえ人なんだけど!アタシ何でここによばれてるの?」
父さんじゃないじゃん!
「「え?」」
三人で無言で顔を見合わせる。ってか、あれだけ色々思い巡らせたの何だったの?メリナとクラテスの気遣いは?安置室の扉が開いた。三人で同時に振り返る。
「クロノ!」
開くと同時に声をあげた衛士はリビュートだった。市政官アゲリオスの三男にして緑髪の街道衛士。
「無事だったか?」
おーまーえーかー(怒)
絶対臭いに耐えられなくて席を外してたろ!
「お前をうち(市政官邸)に呼んだのは私であったからな」
有り得ねえ事に、亡くなった人の関係者云々はリビュートの方便だったんですよ!クソがぁ!ティタ家に連れて行かれたアタシの居所は知れたものの、アタシがどのような扱いを受けているのか分からなかったリビュートは、わざわざ様子を見に来たのだ。と言うのも、普通に訪ねたが、アタシの前雇用主であるトロイ家の人間だから取り次いでもらえなかったらしい。ヘカテーとアステアスは学舎の皆と一緒でそもそも取次ぎを求めなかったしね。で、コレ。いや、確実に呼び出す名目としては間違いないと思いますよ。心配もかけました。ええ。でもさ、配慮って言葉ググって。
「このようなことになってエーギル兄さんに申し訳が立たない」
しかもそっちかよ。が、そもそも何故こんな事になったのかといえば、リビュートにだけ連絡を入れなかったからだとは言える。アイギースやフリュ姉には無事を伝えた。それどころか新規事業絶賛展開中なのだ。市政官邸では契約上横やりを入れることが出来なくなった時点で、袖なしの女児など放棄したのだろう。世の中にはもっと大事な事が沢山あるからね。アステアス、ヘカテーの兄妹もアタシの新規事業(教育よ、教育)に関わっているが、邸内では内密に動いているのだ。つまり、リビュートだけが蚊帳の外。最初に市政官邸にアタシを繋いだのに、だ。連絡しなかったのはアタシが悪いが、クロノは何とかやってますよって現状を誰かが伝えてくれたと思うじゃんね。ってか、一族内で意思の疎通が図れていないよな。家デカすぎるのも問題じゃね?それは兎も角。
「アタシは大丈夫なんだけど、こちらの御遺体、まさかこのために用意したんじゃないよね?」
アタシ達が話している間、大人しく死んだままの仏様(「前」世表現だわな)である。
「ああ、偶然その件の処理に当たったのでな。港側でも街道市に近い場所で発見されたのだ」
「えー?またぁ?」
西都の内でも富める者の通りでは金や女や酒、もっと些細な事でも簡単に人が死ぬ。それが都合よく紺髪だったと言う訳か。仏様には申し訳ねえっす。南無南無。
「少々問題になりそうな事案でな。こうも続くと放置も出来ぬ」
そうね。アタシが聞いただけでも三件目。ちと多い。クラテスとメリナがティタ家におけるアタシの監督者であることはリビュートに伝えた。会いに来たことを咎めない時点で話が通じない相手ではないと判断したのだろう。小道具の遺体について説明を入れる。
「街道の真ん中で見つかった遺体がありましたでしょう。平民の間ではここ一ヶ月失踪者が多数出ているのですよ。これもその内の一人ではないかと」
「え?そっち?」
リビュートの言は意外だった。アタシが「また?」と思ったのは下街で起こっている犯人不詳の殺人事件の方だ。が、リビュートは街道市の変死事件を口にした。はて?何でそんな話が出てくるの?何処にどういう繋がりがある?遺体に目を遣る。確かに場末の喧嘩沙汰だと思っていたそれは刃物傷の出血も殴り合いの痕跡もない。リビュート方から尋ねられた。
「そっち、とは?」
「繁華街で死んでたのって三人目くらいだろ?」
「聞き込みはこれからだが、壁に押し付けられて死んでいたのは他に聞いていないぞ」
あ、やぶへび。富める者の通り界隈では変死事件なんか一々通報しない。遺体は街区溝にポイして終わり。犯人を裁くのは法ではないのだ。要するにアタシが以前耳にしたそれは既に内々に処理されていたらしい。が、衛士相手にそれはマズい。クラテスが気分悪そうなのは臭いの所為にしておけ。話題を変えよう。
「街道市の変死って高い所から落ちたとかそういう話でしょう?この遺体と何の関係が………あ」
漸くアタシも気付いた。街道市の遺体は魔物であるハルピュイアでもなければ出来ないような高い所からの墜落死だと言われていた。高い建物などない街道市の真ん中でひしゃげ潰れて発見されたからだ。一方、この壁に押し付けられて死んでいた男はそこそこ体の大きな成人男性。それが抵抗の痕跡すらなく、壁にひびが入るほどの力で圧死。
そんなことが出来るのは。
リビュート、アタシ、クラテスの三人の間で視線が行きかう。
「加護持ちなのか、犯人は」
神の加護でもなければこの世の道理にそぐわない。独りそれに気付いていなかったメリナが口元を押さえる。
「クラテス様、犯人分るんじゃないの?」
「遺体が相手では朧だな」
「これは施療院のミネルヴァ殿であったか!」
リビュートは目の前のクラテスがミネルヴァの加護持ちである事に気付いたらしい。が、その神の加護を持ってしても犯人は分からない。クラテスの加護が生きている対人特化なのはアタシも初めて知ったけど、どういう理屈なんだろね。クラテスは臭気にもめげず遺体の後頭部に手を差し入れる。
「頭骨が割れている。鼻も折れているようだ。死因は内臓破裂か、掻きむしった痕跡は無いが吐瀉物による窒息と言ったところか」
両手を広げ掻きむしることが出来ない状態にされていたって事。かなり大きなもので押し潰された。で、上と下から腹の中身をぶちまけたからこの臭い、と。クラテスの加護は全てを見通す目の神の加護だが、ちゃんと医者をやっている。流石に施療院の院長の一人。これは後で聞いたが、クラテスは遺体から人体を学んだのだそう。視えることで影響を受ける不便な加護も死体相手なら問題ない。死体は嘘をつかないから。つまりクラテスのミネルヴァの加護は人間精神をカギに世界にアクセスするのだ。あやふやにしか思えない精神存在がこの現実世界の有様に関わっているというのだから不思議。いや、脱線。
「加護を持った者がそんな……」
メリナはまだそれが信じ難いらしい。その横でアタシはどんな加護ならこの非道が出来得るか考えた。遺体は濡れていないから水ではない。その手指の爪に砂土の汚れもないから土や岩が相手という事も無かろう。多分。
「風。大気の塊を操った」
風の加護があるならば、人一人を高所へ持ち上げるのも可能だ。風の加護を持った者が人を殺して回っているのか。そしてそいつは恐らく貴族。平民は家畜と同じだから犯罪の意識すらないかもしれない。
「最低二人。最悪四人か……」
すでに確認することが出来なくなっている二者を含めるとそうなる。
「いや、平民の間で失踪者が相次いでいるという話があるのだ」
が、リビュートの言はさらに剣呑だった。遺体が見つかっていないだけで被害者はまだ増えるかもしれない。失踪者……そんな話どこかで聞いたな。ああ、ディオとレレクスが話していた奴だ。西都の大門から出ていないのに行方が分からないと言っていた奴だ。あ……れ…?
「その失踪、数が増えるかもしれないぞ」
(ゼフィロスの母ちゃん)
ゼフィロスから聞いた話を思い出した。予言の巫女を信奉して各地から追従して来た者たち。その一部が姿を消している。信仰上の理由か何か知らないが、信者共はそれを疑問に感じていないから当然通報などしていないだろう。西都で何が起こってる?ひどく嫌な感じがした。予言の加護などないけれど、アタシの予感は悪い方には良く当たる。
私事でバタついて前回更新から随分経ってしまいました。後書まで読んでくれていた方、ありがとうございます。皆様に忘れられてないといいです……。次はもう少し早めに……。クロノが「塔」に辿り着くまでは続けないとタイトル倒れなので。モチベ維持したいです……。




