12 タブレットを使ってみよう
ガランガランと鐘の音が鳴ると、上街の通りで石蹴りをしていた子供たちがパッと顔をあげ歓声を上げて駆けて行く。家の戸口から顔を覗かせるのはまだ幼さの残る使用人の女。隣の家から幼子を抱いた乳母が散歩にかこつけて出てくるのを羨ましそうに眺めている。まだ続く鐘の音にちらほらと人が出てきた。昼下がりだから女や子供が大半だ。向かう先は皆鐘の音の方角。見れば市内に幾つも掛かる街区溝を渡す橋の端にちょっとした人だかりができていた。鐘はそこで鳴らされているのだ。何処にでもいるような茶髪茶眼の男が腰に付けた鐘を鳴らしながら飴を売っていた。
「はい。銅貨一枚ね」
小遣いを握りしめた子供が引き換えにするのは最近出回り始めた粒飴だ。二つ折りにしたありきたりな葉っぱを開くと、大人の親指の先ほどの粒飴が二つ。柔らかめのそれを摘まんで口に入れると子供たちは満面の笑みになる。高価な蜂蜜や砂糖は貴族の物。下々は果物以外の甘味など見かけない西都でこの値段だ。新しい甘味は庶民の子どもたちの楽しみの一つになっていた。
飴を買っても子供たちはその場を離れない。そしてその安価な粒飴でさえ買えない子供たちや集まって来ただけの大人達も待っている。子供たちが楽しみにしているのは粒飴だけではないのだ。茶髪の男は一通り飴を売り終えると背負っていた縦長の大きな木箱を皆の前で降ろした。見た目よりも軽そうな木箱から取り出されたのは何色もの色が使われている豪華な板絵。それが何枚も。勿論そのような板絵は女子供に手が出る代物ではないが、これは売り物ではない。再び男が腰の鐘を振り鳴らし、声をあげる。
「さあさ、皆様お立会い。後ろの方にも見えるよう前方の御方はお座りください。始まり始まりー」
近頃巷で流行るもの。予言、粒飴、板絵芝居。その板絵芝居がこれである。大人の肩幅ほどもある薄板に色鮮やかに描かれているのは物語の一場面。
「―――病の父を気遣う娘、健気娘は―――」
役者が舞台で演じる芝居は西都にもある。脚本や役者に賞や褒美まで出る人気ぶりだが、公演は年二回、春と秋の神事の時に限られている。日常では旅の詩人が楽と共に冒険譚や神話を語るくらいで、その機会もそうは無い。それが市中のあちらこちらに移動しながら板絵で物語を見せ読んでくれるのだ。しかも、無料。板絵芝居は粒飴の客寄せなのだが、買物をせずとも咎められはしない。
「――か細き乙女の手首を悪漢が捻じり上げる!乙女の悲鳴、嗚呼哀れ!」
子供らは固唾をのみ瞬きも出来ない。
『叫んでも無駄だ。不貞を働く女が罰せられるだけ。それがこの街の法律だからな』
「涙で地に伏す乙女に悪漢は高笑い!」
幾つもの声色を使い分ける熱演に乙女に感情移入した観客らが拳を握り歯軋りをする。
「もう駄目だ、とその時に!」
観客だと思われていた一人が葦笛を吹き鳴らす。曲は哀愁漂う「芦原の唄」。
『待て!其の方。斯様な無体許されざるぞ!』
「響き渡るは鈴の音か、月の如くか麗しき。薄紫の絹の髪!」
『紫の騎士さま!』
板絵に描かれているのは紫髪の美貌。竜騎士の形だが、その面は類い稀なる美しさ。待ちに待ったヒーローの登場に観客から歓声が上がる。
「誰が呼んだかその名、紫の騎士」
『悪の蔓延るこの巷。この世の法が許すとも、神と正義は許さぬぞ!天に代わって知らしめん』
お決まりの口上に観客も一緒になって
「「「「『成敗』」」」
声をあげ、やんやの喝采。そう。「前」世でいう紙芝居を板絵でやっているのである。クロノです。ふふ。演目は弱きを助け悪を挫くベタベタの勧善懲悪ヒーローもの、『紫の騎士』作クロノ+αでございます。女児や大人の女性にも人気なのは美貌の紫の騎士が実は男装の麗人ではないかという伏線がビシバシ入って、サブキャラの憲兵隊の隊長とのロマンスの臭いがするからだ。まだ二話目までしか出ていないから進展は遠いんですけどね。引っ張りますよー。今度前後編とかにして「まて次号!」とか煽っちゃおうかなーなんてね。この人気ぶり、時間かけて計画を練った甲斐がありましたとも。何時こんな準備してたんだって?ふふふ。
段取りをつけたのはあの日。施療院に連れて来られて五日目の事だ。そこから二週間(赤の一週は8日よ)足らずで諸々の計画は実現している。それはやはり学舎の皆が一時に来てくれたからだ。あの日、倒れたディオを施療院の敷地に運びこみ介抱しつつ、考えているだけだった手筈を皆にお願いした。倒れたと言ってもディオは治癒師や薬師に診せるような代物じゃない。ならば木陰で水を飲ませる程度の時間でよく話をつけたなって?時間はそれなりにあったぞい。え?段取りどころか当のディオがまたゴネたんじゃないかって?ああ、アタシが再会に感激して(ウソ)マルコスに抱きついた件ね。あれはマルコスよりディオが上なら問題ないのだ。
「お前ら、そのガキもう大丈夫だろ!」
眉を顰めてこちらを見ていた門番が子供たちを追い出そうとしたところで、ディオにはデコチューしておいた。お姫様(笑)のチューで起きるどころか再昏倒したので
「延長お願いしまーす」
泊まりはないけど+2時間休憩くらい?うふ。
で、金策なんですよ。親に売られて施療院から出られなくなってしまったアタシを買い戻すための資金作りね。ついこの間、開発に成功した麦芽糖水飴。これを売る。元々はその製造販売をディオやアイギース、旧知の人達にお願いする計画だった。そこへ学舎の皆で来てくれたのは嬉しい誤算。皆は心配して会いに来てくれたのだろうが、アタシは使えるものは親でも使うスタンスですからね。笑えねえのは一番使えねえのが親なのな。で、皆様に役割を振った結果がこれ。そのままで帰しませんて。
まずはディオをアイギースの元へ。これは後から聞いたが、ディオからアタシの災難を聞いたアイギースはまたアタシを探して宮城の貴族サイドから探りを入れていたらしいから呆れた。変に勘繰られてアタシの値段が上がっても困るので遠慮して欲しいよ。それは兎も角。麦芽糖水飴は製造方法をディオ伝手に伝えて、隣村のアイギースの工場で作らせている。製造販売の権利は実利の一割でアイギースに売った。ちゃんと契約書もあるぞい。粒飴に、固形にする前の小壺入りと飲用にお湯で溶いた飴湯と商品ラインナップも各種展開しております。いやー、麦芽糖水飴、メッチャ売れてますがな。嘗てない販売スタイルがキモよ。うひひ。
あの日のうちにゼフィロスをフリュ姉の所へ使いに出して無事も伝えた。と同時にムサ爺とエリトゥラの耳を借り出すやり取りもしたのだ。耳はエーギルの元で市中の動きを報告している情報屋だね。何のためにって?ほら、板絵芝居の飴売りですよ。芝居が得意というのは情報屋だから元々だろうけれど、字が読めていい声してる人という条件を付けたところ逸材を得た。
「……その口調でやる必要があるのか?」
飴売りにも練習させたぞ。五七の講談調になったのはアタシの趣味だけど。
「これが盛り上がるんだってば。大ウケよ?」
「ホントかよ……」
ムサ爺は板絵制作。アタシは以前娼婦を姿絵で選ぶシステムをこさえたが、ムサ爺はそのセクシー姿絵を描く絵師だ。フリュ姉命のヘンタイだけあって中々にソソる絵を描く。そのムサ爺に作っておいた原稿から物語の場面画を描かせた。勿論注文だしまくり。
「ポロリも欲しいのぅ」
どの話回も弱者である女性がヤられそうになるシーンがあるが、一応R15です。毎回のお色気シーンに青少年ドッキドキで将来の娼館顧客も育成、と。
「過剰なエロ要素は要らん!青海苔貼るぞ!」
「それはそれでヨイものがあるの……流石じゃな」
「………」
ヘンタイからの褒めにはアタシの方向性について少々考えさせられた。
大工三人組には背負いの演台を用意させたのと、魚屋壺屋ほかの皆はサクラに起用ね。板絵芝居も水飴も目新しい物だから、宣伝として銅貨を渡して粒飴を購入している姿を見せる。そのまま粒飴が彼らの賃金になる。ゼフィロスは盛り上がる場面で笛を吹いたり、織姉は粒飴が二つ入りだから一つを周囲に振舞いもしたと聞く。
そんな風に中々に上手くスタートした新規事業。でもさ、水飴を売るだけにしては紙芝居ならぬ板絵芝居は手が込み過ぎだとお思いだろう。手間も費用も掛かるのに何故ってね。そいつは麦芽糖水飴の宣伝だけが目的ではないからなのよ。
あの日、アステアスどころかヘカテーまでがアタシのために施療院に足を運んでくれた。寧ろヘカテーが主導で子供らを引き連れて来たらしい。良く分かったなと思ったが、アタシの居所を突き止めたのもヘカテーだ。市政官邸サイドでは平民の使用人とは言え他家にしてやられた訳で、ティタ家に探りを入れてはいた。が、契約があるから市政官殿やヘクトルにもどうにもできなかったのであろう。ヘカテーはその市政官殿や父君のヘクトルの周りを嗅ぎまわってアタシの居所を突き止めたのだ。元々良家のお嬢様にしては行動力があるなと思っていたけれども、他家に出し抜かれて打ちひしがれるだけだったアステアス(ヘカテー談)に比べるとスゴくね?
そのヘカテーは目論見通りに捕まえたアタシに
「学ぶ理由を答えられる日まで、クロノは私に物事を教えなくてはならないのです」
断定の形での命令なのに泣きそうな声で言った。屋敷の奥に大切に隠されている彼女にとって、アタシは貴重な外との繋がりなのだろう。従者も連れずに無謀な事をやり遂げる程に。アステアスも妹を咎めこそすれ、一緒になってこんな所へ来ることなどない。レレクスは本来なら二人を止めるべきだった。
「クロノ……」
緑髪緑目の兄妹が左右からアタシの手を握った。
「アステアス様、ヘカテー様……」
アタシ平民なんだよ、分かってる?絶対的に存在すると思っていた垣根はいつの間にか気まぐれに高さを変える物になっていて、それが一緒に過ごす事なのだと教えてくれる。
「帰ろう」
ヘカテーはアタシを発見次第連れ帰り、屋敷内に隠すつもりだったらしい。その辺はやはりお嬢様。門番と目があった。残念ながら世の中はそんなに甘くない。契約があるのでそれは無理なのだ。アタシもそれが発覚して入墨や労役になるのは嫌だしね。アタシが首を横に振ると、緑の兄妹は酷く傷ついた顔をした。アタシだって彼らに応えたくない訳じゃない。ああ、もう。ならば
「アタシが市政官邸に戻れなくても、お二方が学ぶ場を設けましょう」
もう少し続けてみよう。あと少し。そして多分今なら伝わる。教育って奴はタイミング。何時かのアタシにその機会が無かったことを残念に思うが、緑髪の兄妹のそれは今。
「そのような事が出来るのか?」
暫し考えを巡らせた。うん。悪くない。遠隔授業になるけれど、あるじゃないか。丁度よい題材が。言った。
「情報と大衆について取り組んでみましょうか」
ニヤリ。
ここの所の懸念材料。公娼登録とその先にある姦淫法。そいつを教材にしてクソ世の中を引っ掻き回してみせようじゃないか。アステアスとヘカテーを正面から見返す。
「公娼登録制度については以前に話しましたね」
ヘカテーには以前話をしたが、渋い顔をするレレクスを尻目にアステアスにも解説する。公制度なんだから教える事に問題は無い。そもそも娼婦が対象の話だと思っているから一般に関心を持たれてはいないが、公娼登録は姦淫法への布石である。
「貞節を重んじるとの名目で公娼以外との婚外交渉を禁じる法、姦淫法が出来ようとしているのです」
「何が問題なんだ?」
「処罰の対象が女性に限られるからですよ」
もしも姦淫法が成立すれば全ての女性が危機に陥ることになるのだ、と。
「し、娼婦は兎も角、そんな馬鹿な法律が出来る筈ないだろう」
「男が考えそうな制度ですわね」
兄妹で意見は違うようだが、女性を蔑ろにするそれを馬鹿馬鹿しく思う立場は同じ。ってかアステアスはまだ男の側じゃないんだね。夢見る童Tryなりな。
「その危険性を大衆に知らしめてみましょう。本来、政には関わりのない女性と下々です。だが、彼等にも意志や感情がある。そのことが政に如何に影響してくるのかの実験です」
もしも自分が、自分の大切な人達がそのような目に遭うのなら、人はどう動くのか。そして如何にして人を動かすのかの実験だ。再びニヤリ。
「情報操作、プロパガンダという手法になります」
これに失敗などは無い。どうにかするのではなく、一般に知らしめるだけ。扇動者を仕込んだりはしないから可愛い物である。で、だ。それをどうやって行うのか、だ。そう。
そこで板絵芝居なのだ。
遠隔授業なのだからタブレット(平板)を使ってみようじゃないの。ふふ。フィクションとして想定された姦淫法を軸に、不当に理不尽に苦しめられる女性とその悪を懲らしめるヒーローを登場人物に据える。婚前交渉で断罪。強姦されて離縁。貞節を重んじるお題目とは裏腹に、身勝手な悪法の所為で被害者が不利益を被る物語を広めるのだ。
さあ、皆これをどう思う?
実際に姦淫法が検討されていることが公になったならば、どうなるかな?
いやー、あくまでこれは教材ですよ。他意はありませんて。え?ヒーローのモデルが話題の紫の予言者じゃないかって?勿論ムサ爺には本人を見に行かせる。「今」世肖像権とかないしね。ふふ。こいつがどう転ぶかはお楽しみ。
「民政に携わる市政官の公子公女として市井の動きを学んで参りましょう。やりますか?」
「「やる」」
蓄財しながらなー。うひひ。
「……クロノ、悪い顔してない?」
「ディオってクロノのああいう所も良いと思ってるのかな……」
そこはアタシも目がどうかしてるんじゃないかと思ってるよ。それはさて置き、全員に分担を発表する。アタシが外に出れないのなら、誰かにやらせる。全員だ。おっと、そろそろディオを起こさないとね。
と、まあ、施療院の内に居ながら色々と画策しておりますが、ビバオート、ビバリモートって感じっスよ。ヘカテーには姦淫法の悪法ぶりを女性目線で指摘するよう三作目以降の原稿を任せ、アステアスには板絵芝居についての評価を調査させている。薬を購入すると言う名目で伝令を務めているレレクスによれば麦芽糖水飴の売れ行きも順調らしいよ。うひひ。施療院では市政官の嫡男は虚弱で怪我が多い粗忽者だとか言う噂が出てきているが、まぁイっか。
自動で収入があってもそれはそれで、施療院の仕事もあるのがアタシの立場。院長室の掃除にクラテスのお世話も「ちゃんと食事してくださいよー」あるからね。これまで使用人が居ついたことのないクラテスの相手が務まっているだけで、そちらも評価はされている。性的虐待されてるんじゃ…という同情七割で。それは無ぇから。午後は自由になるけれど、ムサ爺や飴屋の男との打合せや作業、人の出入りが結構あったからクラテスには報告が行く訳で
「ところで随分と出入りがあるらしいね。逃げると入墨だよ」
釘は刺された。
「人使って金儲けっス(真)。アタシここではタダ働きなんスよ?(真)これだけの知識提供して粒飴も買えねえ(偽)」
クラテスはアタシと面談する午前中はクスリをキメてるから、単純な真偽程度にしか反応しない。巷で噂の粒飴がアタシ発案だと言わなければOK。
「……見習い分の給与ぐらい出るようかけあおう」
クラテスの服薬は良くないが、多分そのままだと腹黒アタシの所為で吐くからな。吐かれるアタシの方が気分悪ぃので薬については黙認しておくわ。色々あったけど、施療院から出ないまま何とかなる形が整った。アタシ頑張ったんじゃない?で、さ。いやー、すっかり忘れてたんだけど、もう一人、アタシのために動いていそうな奴が居たんだわ。ごめんごめん、連絡してなかったわ。え?薄情者?いやいや。情なんかあったら搾取されるって親から教わってますからね。「前」世も「今」世も。




