懐疑は踊る
ウィンストン公爵家での、ブライアン王子の為のパーティという演目の役者は揃いつつある。
あとは王太子と王女の到着を待つのみとなった。
バルバラと隣国のイワン王子の不躾な発言はミドルトン公爵とレオナルドによって封じ込められ、その間アリスはこの茶番の登場人物たちをしげしげと観察することが出来た。
(わたし、目は良いのですよ。)
バルバラの魂は幼い。愛することより愛されることのみを求めて、ひとの表面しか見えていないお方。彼女には注意は要らない。
(もし、ブルーに攻撃してくるようなら少しはお相手して差し上げてもよいけれど。)
問題は目の前のイワン王子だ。
(連れてきた女性をあっさりと切り捨てる非情さと、素早い対応。軽薄そうに見えて、瞳の奥にあるのは野心とそれから、悲しみと憎しみ。)
イワンはアリスの視線に気がついて、何か?と問いたげに見つめ返した。その様子をブライアンが注意深く見守る。
「おや、ブライアン殿下の婚約者殿は、わたしに興味があるようだ。なかなかに多情な方のようで。」
軽薄な形をひそめ、見下したような冷徹な眼でアリスに暴言を吐いたイワンに、表情を変えたブライアンとレオナルドが詰め寄ろうとした。
アリスはそれを目線で制した。イワンの護衛騎士たちと自分たちの間に結界を張る。護衛たちには他愛のない世間話をしているようにしか見えない。
「イワン殿下、一言よろしいでしょうか?」
にこやかなアリスの声にイワンは軽く頷き、この女何を言うつもりだ?とニヤニヤと言葉を待った。
「国元では小さな白いリナリアの花が、風に揺られて今にも散りそうでございます。初めは微風でありましたが、やがて暴風雨に変わりましょう。健気なリナリアは、散る前に保護した方がよろしいかと。」
イワンは驚いたような表情の後、アリスを警戒するように声を荒げた。
「はっ!何を申すのだ?それは意味がある言葉なのか?俺にはわからん。」
アリスは、失礼とイワンの近くに寄った。イワンは金縛りにあったように動けない。アリスの語る口元に視線は吸い寄せられる。
「殿下、守るためには戦うことも必要でございます。小さいリナリアの花をお守りあそばせ。わたくし共は今は敵ではございません。真実を語られるのならお力になることも出来ます。わたくしの言葉を信じようと信じまいと殿下のご自由ですけれども。」
アリスは一礼をすると、ブライアンに手を取られ優雅に去っていった。
残されたイワンは青い顔をして、アリスの一言一句を思い返していた。
「イワン殿下、どうされました?」
拘束が解けたように護衛騎士たちがイワンに近付く。
「済まない、少し休みたい。体調が優れぬようだ。エトワール王女が来られたら知らせてほしい。」
イワンは護衛たちと共に、休憩室へと向かった。
「アリス、先程の発言、あれは?」
「イワン殿下には秘密がありそうです。スカタルランドに残してきたリナリアの花、ああこれは比喩ですけれど、その方の為に偽りのご自分を演じておられますね。」
「ふむ。彼とはじっくり話してみたいものだね。」
その時、パーティ会場に王族の来訪を伝える声が響いた。
「オースティン王太子殿下、エトワール王女殿下、ユディトー侯爵閣下のご到着です。」
「さあ、挨拶に行こうか。君の事はわたしが必ず守る。」
*
王家の二人はウィンストン家の広いホールへ足を踏み入れた。
エトワールは愛らしいピンク色で袖も腰もふんわりと膨らんだドレスを着て、髪は下ろして頭に小さなティアラを飾っている。オースティンは白い礼装に王太子らしく胸元には勲章を下げて、誰かを探す素振りだった。
始めに王太子一行を迎えたのはウィンストン公爵と妻、娘のバルバラである。
バルバラは王太子の色である黄金とブルーを組み合わせたドレスを着ていた。しかしながら、ブライアンもまた同じ色であるため、アリスと衣装が被ってしまったことが許せなくて、先程はアリスに向かって悪態をついたのだった。
気を取り直したバルバラだったが、オースティンはウィンストン公爵におざなりな挨拶を済ませるとバルバラを無視して、前から歩いてくる二人に向かって破顔した。
「兄上!遅くなりました。アリス嬢も今日はまた一段とお美しい。」
「王太子殿下、王女殿下、ユディトー侯爵閣下、此度はわたしの無事を祝う会に足を運んでいただき、光栄です。」
「ブライアンお兄様、お会いしたかったですわ!今日を本当に楽しみにしていましたのよ。」
エトワール王女は数年ぶりに会うブライアンに、抱きつきそうな勢いで近付いた。アリスに気がつくと
「お兄様の婚約者さん、初めまして。エトワール・ヴェルランドです。お姉様とお呼びしても良いかしら?わたくしお姉様が欲しかったの。」
「エトワール殿下、ブライアン殿下がお困りですよ。
ブライアン殿下、盛大な祝いの会になりましたな。ところでこちらの方がミドルトン公爵の義娘となられた、アリス嬢で?」
ユーディス・ユディトーははしゃぐエトワールを宥めると、アリスに尋ねた。
「アリス・ミドルトンでございます。畏れ多くも王太子殿下、王女殿下、王妃殿下の兄君でらっしゃるユディトー侯爵閣下にお目通り叶いまして、大変嬉しく存じます。」
(役者が揃った。)
レオナルド・ボールドウィンは、アリス達に近い位置でグラスを傾けていたが、纏わりつく令嬢たちを一顧だにせず大股に歩いた。まっすぐにアリス達に向かって。
*
オースティンの挨拶の後、楽団による演奏が始まり、ダンスパーティがまさに始まろうとしている。
ファーストダンスは最高位者であるオースティンだと決まっているので、彼が誰の手を取るかに注目が集まっている。
バルバラは喜色満面でオースティンに近付いたが、オースティンはバルバラには後ほどと告げて、アリスに話しかけた。
「まだ婚約者の決まらぬ身ゆえ、どの令嬢の手を取っても様々な憶測を呼びます。兄上の婚約者であるアリス嬢ならば、いわば身内ですから問題ありますまい?兄上の許可をいただければ幸いですが。」
ブライアンは、それは困るなと答え、アリスも返答に困っていると、思わぬ解決策を提案したのはエトワールだった。
「まあっ!オースティンお兄様ったらよほどアリスお姉様と踊りたいのね。では、ブライアンお兄様にはわたくしのパートナーをお願いしますわ。四人で踊りましょう、ね?それが宜しくてよ。」
そういうと、ブライアンとオースティンの手を取りホールの中央へとやってきた。もちろんオースティンはアリスをエスコートすることも忘れない。
「王妃様に見つかったら、マナーがなってません!と叱られるところだけど、今晩くらい良いでしょう?」
エトワールの無邪気な笑みに絆されて、二組のカップルのダンスが始まった。
わあ、、素敵、という感嘆の声が聞こえる中、怒りに身を震わせたバルバラは視線で人が殺せそうなほど、アリスを睨みつけている。
イワンもまた、婚約者の立場を挽回するチャンスを、婚約者本人によって拒絶されたかたちになったので、どうしたものかと考えていた。
イワンは先程のアリスの言葉が脳裏から消えず、なんとかアリスに接触しようと考えている。それにしても自分に夢中のはずのエトワールから無視されるとは思ってもいなかった。
レオナルドは子息連中に囲まれているローザリアの姿を見つけ、仕方ないからローザと踊るか、と次のダンスの申し込みに向かったが、ローザリアは今宵はオースティン殿下以外とは踊らないと決めてますのと突き放した。
「おや、俺が欲望まみれの女たちの餌食になっても構わぬと?」
「レオ兄様はもう少し女性心理を考えた方が良いわよ。せっかくだからバルバラ様にでもお声かけしてみたら?」
「お前、えげつないな。」
「ふふ。毒には毒をぶつけないとね。そうね、仕方ないから一曲だけレオ兄様のお相手をして差し上げるわ。」
*
優雅にワルツを踊る筈が、オースティンの様子が少しおかしい。
アリスを見つめては何か話しかけようとし、言いかけてはやめる、というのを繰り返している。
「王太子殿下、どうかされましたか?お加減でも悪いのでしょうか。もうすぐ終わりますから、すぐにお休みくださいませ。」
「いえ、違うのです。アリス嬢、次の曲も踊ってはいただけないだろうか?」
「それは、、、。申し訳ございませんがご辞退させていただきますわ。婚約者でもないものが続けて踊るわけには参りません。」
(疲れてらっしゃる。後は怯え?)
「母にせっつかれて婚約者を選ばねばならないのだが、どのご令嬢にも心が動かなくて。
アリス嬢、わたしはっ、」
「ちょうど曲が終わりました?どうかご無理はなさいませんように。
然るべき時は近いかと。くれぐれも焦らないことです。
政治や駆け引きや誰かに指図されるのではなく、殿下を心から慕う方が必ず現れます。今は待つことです。」
オースティンは目を丸くして、アリスの手を捕まえていたが、横から現れたブライアンにさっと奪われた。
「オースティン、悪いな。わたしの婚約者を返してもらおうか。」
それぞれの思惑を孕んだパーティの夜が更けてゆく。
オースティンはバルバラをはじめとして、婚約者候補たちや、王太子に憧れる令嬢たちと踊る羽目になった。
ブライアンもまた、アリスと踊った後は、令嬢たちと踊ったり、有力貴族に声をかけられたりと忙しい。
アリスはそっと壁際に寄って人々を観察することにした。
エトワールはまだデビュタント前であるので、ブライアンと一曲踊ったのち、叔父ユディールに連れられて王宮に戻った。
帰る前にアリスに、「アリスお姉様、わたくしのお茶会にいらしてね。」と声をかけることを忘れなかった。
しかし、婚約者であるスカタルランドのイワン第二王子とは一言も話すことはなかった。どうやら王家ではイワンとの婚約を解消するつもりらしい。
イワンは当然面白くなかった。
自分に夢中の筈の、まだまだ子どものエトワールに全く相手にされないまま夜会が終わろうとしているのである。
しかも、あのブライアンの婚約者だという不思議な女はガードが固く、近付けないでいた。
(近寄ってくるのは伯爵クラスの中流どもか、箸にも棒にも引っかからない平凡な令嬢たち。つまらんものだ。)
イワンはこのまま引き下がるわけにはいかなかった。
エトワールと確実に婚姻しなければならないのである。それならば初めから不誠実な真似をしなければよかったのだが、イルミナ王妃に似ているエトワール王女のことが、どうしても好きになれなかった。
イワンは、イルミナに憎しみを抱いている。
(リナリアを守れ、と言われた。俺の力ではどうにもならない。どうすればいいんだ?)
*
一方アリスは危機に陥っていた。
ウィンストン家の焼け落ちた別邸を見に行こう、などとちょっとした好奇心で庭に出ようとした時に、高位貴族の令嬢方に絡まれ取り囲まれてしまったのである。
アリスは認識阻害で切り抜けることは可能だったが、これまたちょっとした好奇心で、彼女達の本音を聞いてみたいと思ってしまった。
十五歳まで閉じ込められた生活をしていたので、同世代の友達はいない。ボルトン男爵家の双子は友達ではなく主人と使用人という関係だった。同じ年頃の娘たちが考えるあれこれを、知ってみたいと思ったのだ。
「何とかおっしゃい!貴女、どうやってブライアン殿下に取り入ったの?田舎の汚らしい女が親しくできるような方ではないのよ!」
「そうよ!元平民なのでしょう?下賎な者がコンスタンス様に張り合おうだなんて、図々しい。」
「婚約者というのもどうせ嘘なのではなくて?」
ギャアギャアと五月蝿い令嬢たちの金切り声に、流石にアリスも疲れてきた。
「コンスタンス様と仰るのは、コンスタンス・アマリ侯爵令嬢のことですか?」
「貴女、わたくしを知らないの?これだから平民は。」
「コンスタンス様こそご存知ではないのですね。わたくしはミドルトン公爵の義娘です。コンスタンス様のお父上のアマリ侯爵はたしか義父の部下でしたわね。」
「そっ、それが何だというの?たかが養女のくせに。」
「養女でも、わたくしの義父は公爵で貴女のお父様の上司です。
義父にしっかり申し伝えておきますね。コンスタンス・アマリ侯爵令嬢。」
(ああ、なんだか嫌な感じになってしまったわ。ミランダ様達が好きな小説のような展開になっちゃったし、権力をかさにきてしまった。)
アリスははあっとため息をついた。馬鹿にされたと激昂したコンスタンスは、手にした扇子をアリスに向かって振り上げたのである。
しかしその扇子はアリスに当たる前にはたき落とされた。
「みっともないな。貴族社会では爵位は絶対だ。君たちは何か勘違いしているようだね。」
さっとアリスの前に立ったのはイワンだった。
イワンの登場に令嬢たちは顔を青くした。
まさか、、そんな、、違うのです、などと、言い訳を言いながら立ち去った。
「大丈夫かと聞くまでもないか。」
「イワン殿下。お助けくださってありがとうございます。」
「お前なら逃げるのは簡単だっただろう?なぜ言われるままになっていた?」
「なぜ、逃げるのは簡単だと思われますか?それより軽薄な演技はやめられたのですね。」
イワンはアリスを真っ直ぐ見返した。
「故郷の花リナリアが今にも散りそうだと言われたからな。」
「秘密ではないのですか?」
「良い。エトワールに気がついたか?俺の方を一度も見ない、挨拶もないままユディトー侯とさっさと帰って行ったよ。 婚約は近日中に解消されるだろう。」
「イワン殿下はそもそもなぜ、ヴェルランドにおられるのです?エトワール殿下との婚姻は二年後。婚姻が済むまで国にお帰りになれない理由がお有りなのでしょうか?」
「ふむ。思った通り鋭いな。理由は、、秘密だ。
それで、お前は一体何者なのだ?」
お読みいただきありがとうございます。
やっとダンスまで辿り着きました。
会議じゃなくて懐疑を抱いて踊る人たち(『会議は踊る』の「ただ一度だけ」が脳内リフレイン中)です。




