魑魅魍魎
話の展開上、途中で切れなくて、長くなってしまいました。読みにくくて申し訳ないです。
長らく表舞台に出てこなかった、否、出ることができず生死不明であった第一王子のブライアンが、王都に戻ってきて、国王陛下と王妃に会ったという話は、瞬く間に王都を駆け巡った。
その知らせは遠くボールドウィン領の、前辺境伯のアンソニーに知らされた。
辺境伯の親戚であるボルトン男爵家では、記憶喪失のブルーがブライアン殿下なのだとは聞いていたが、あのなんだか覇気のなかった人が、生き馬の目を抜く王宮でやっていけるのだろうかと、まるで身内のような心配をしていた。
「殿下はともかく、アリスは大丈夫かしら?王都の意地悪な令嬢達に虐められたりしていないかしら?」
「ベリンダ、それは心配ないわ。アリスはああ見えて強いのよ。」ボルトン男爵家の双子の姉、ミランダは妹に向かって自信満々に言う。
「王都の人たちは、アリスの事を正確に理解していないわ。
アリスがその気になれば誰もかないやしないのに。」
「ええ、そうね。アリスですものね。」
双子は顔を見合わせて笑った。
*
王宮の庭園に姿を表したブライアンは、その翌日イルミナ王妃との面会を果たした。
王妃はブライアンに対し、定型文を読むようにその身体を労ったが、釘を刺す事も忘れなかった。
「そなたは今はまだ第一王子という身分ですが、オースティンの婚姻後は臣下に降ることが決まっています。
くれぐれもオースティンの足を引っ張らぬよう、自粛と自戒を持って過ごすように。此度のような醜聞は起こさぬように。
わたくしがそなたを排斥した結果、火事に巻き込まれたと、世間では噂になっているそうな。そのような噂が立つようなことのない様に、毅然とした態度で王族らしく振る舞うことを望みます。」
「そのような戯言を王妃殿下がお気に留める必要もないかと。
真実ではないのですからすぐに立ち消えましょう。
とにかくも、あの火事の中無事に生きて逃れられたのは母が遺した形見のおかげで、その形見もただ一度の奇跡でただの石に成り果てました。今やわたしに遺されたものは、陛下の子として生まれた事実のみでございます。
臣籍降下以前に、オースティン王太子をお支えすべく精進する所存です。」
ブライアンは王家に対する二心がないことを示すため、丸腰で会見に臨んでいる。
脇を固めるのは、侍従であるエドワード・エドワーズと、後見人としてのレオナルド・ボールドウィン辺境伯のみ。
レオナルドは後見人として立ち会う必要があると、ゴリ押しした。始めはレオナルドの立ち合いを拒んだイルミナであったが、恩を売っておけば良いというユーディスの進言により、急遽立ち会うことを許された。
「ただ、父上である国王陛下には最後に一度お目通りが叶えられますればと。
わたしの望みは父に会う事、ただそれだけでございます。」
「そなたの望みは叶えてやりたいものですが、陛下は体調がお悪く、話などは出来ないゆえ期待はされるな。」
「せめて、父上のお顔を拝見するだけで良いのです。
両親との縁の薄いわたしに、ご厚情を賜りたく存じます。」
イルミナはその言葉に不機嫌そうに目を眇めた。
本来なら第一王子であるブライアンが、なぜこれほどへり下り、イルミナ王妃に頭を下げて願わなばならぬのかと、エドワードは悔しさに唇を噛み締め、レオナルドは王妃がどのような応対をするか、お手並拝見とばかりに眺めている。
「妃殿下。ブライアン殿下には血を分けた肉親は陛下しかいらっしゃらないのだ。殿下の願いを聞き届けるのは、義理の母として当然かと。」
ユディトー侯爵の思いがけない発言に、その場の一同は固まる。
「妃殿下も人の親なら、子の気持ちというものをもう少し理解すべきですな。」
イルミナ妃は、ユディトー侯をまじまじと見つめた後で、良いでしょう、と漸く認めた。
ブライアンはユディトー侯爵に深く頭を下げた。
こうして、ブライアンと父エドマンド国王との面会が叶ったのだが、医師、イルミナ王妃の側近達の立ち会いのもとであった。
見ていた者の話では、王と王子は見事な黄金色の髪と澄んだ青い瞳、そして良く似た面差しであり、ブライアンは父の枕元で、静かに何かを語りかけていたようだった。
さすがに親子の対面を邪魔するのは忍びなかったらしく、王妃の側近達も見て見ぬふりをしていた。ブライアンに対する憐憫からなのかもしれない。
本来なら正妃である母から生まれた第一王子であり、王太子になるべき立場であるのを、まるで存在しない者かのように排除されたのである。
王妃の側近の中には故ベルティーナ妃の妖精のような美しさを覚えている者がいた。彼の中で既に神格化されてしまったベルティーナの忘れ形見を、こういう形でしか守ってやれないことに、側近は忸怩たる思いだった。しかしそれは決して気取られてはならない事だった。
後ほど、イルミナ王妃から責められたユーディスは、
「なに。愛する姪が望んだのだよ。ブライアンお兄様がお可哀想だとな。姪の望みを叶えてやっただけだ。」と答えた。
*
王太子のお茶会のひと月後、満を持しての盛大なパーティが開かれる運びとなった。
名目は、火事に巻き込まれた第一王子の無事を祝う会であるが、主催はその王子の母の実家であるウィンストン公爵家、招待客は王妃がリストアップした貴族たち、というなんとも歪なパーティである。
それでも招待された貴族たちは久しぶりに開かれる大きな夜会に、心が浮き立っていた。
国王陛下が病に倒れて五年の間、王妃の一存で王家主催の夜会は国賓を招いた時のみに限定され、それも滅多にあることではなく、有力貴族たち主催による大きな夜会は届出制で、しかもそのほとんどが却下されていた。
陛下を案じる気持ちがそなた達には無いのか?と王妃に問われると、返す言葉が無かったのである。
それゆえ、今宵ウィンストン公爵家へ集った貴族達は、久しぶりの大規模な夜会を心待ちにしていた。その上、久しく姿を見なかった第一王子が現れるのだ。王都を巡る噂の効果もあって、参加できた人々は高揚した気持ちを抑えきれず、ウィンストン公爵にこぞって感謝の気持ちを伝えた。
「これは、王太子殿下の婚約者はバルバラ様で決まりかもしれんな。」
「いやしかし、ベルティーナ妃を嫌っていた王妃が、ウィンストンの娘を選ぶと思うかね?」
「落ち目のウィンストン家が挽回する最後のチャンスだ、公爵も秘策を考えているだろうさ。
「秘策とは、あの二人?」
噂話に花を咲かせる貴族達の視線の先にはブライアンとアリスがいた。
黄金の髪をひとつに纏め、エメラルドグリーンの礼服に身を固めたブライアンの美しさに、出席した者たちは目を見張る。
彼らがブライアンを最後に見かけたのは、五年前の王宮の新年会である。青年期の五年で背丈も伸び、辺境で鍛えた身体は細身ながら筋肉質で、その表情にもしぐさにも王族ならではの洗練された様子があり、一身に注目を浴びていた。
ブライアンの隣には、ミルクティ色の巻き毛を緩くまとめ、白磁のような肌にピンク色の唇、緑青の瞳が美しいほっそりとした令嬢がいる。その令嬢はブライアンの色、深い海の青色をしたドレスに金糸で見事な刺繍を施したドレスを見に纏っている。
ふたりが対であることは一目瞭然であった。
招待された客のひとりひとりに丁寧に礼をする二人を見て、あの娘は誰なのかと訝しむ人々に、実は我が娘が殿下の婚約者でしてね、と得意げに話しているのは、クリストファー・ミドルトン公爵だ。
「なんと。閣下のご息女が?」
「なんでも辺境の地で、ブライアン殿下を賊から守ったとかいう?」
「いや、わたしが聞いたのは魔物と戦ったらしい。魔鶏を生捕りにしたそうな。」
好奇心に駆られた招待客たちがヒソヒソと小声で話す中、クリストファー・ミドルトンは今だとばかりに、声のトーンを上げた。
「殿下は眠りの森の側で意識をなくし倒れ込んでいたのです。その殿下を助け、甲斐甲斐しく世話をした彼女に好意を持つのは必然ではありませんかな?
しかし二人の間には越えられない身分差というものが横たわっていた。思い合う二人をどうして引き裂くことが出来ましょうや?そこでわたしか一肌脱ぐ事にしたわけです。」
どこからどう見ても生まれ持っての気品があり、一国の王女と言われても納得出来る隠しきれないオーラのようなものが漂うアリスに、元は平民だったという噂を聞いている者は驚いた。
ブライアンの隣に立つのがまさかその平民上がりの娘で、王族を誑かす魔性の女だとは想像も出来ない。
「我が義娘はボールドウィン領で静かに暮らしたいと言って、殿下の幸せを願って身を引こうとしたのを、わたしが無理やりに養女に望んだのですよ。
ボールドウィン卿とは旧知の仲、彼から身分の違いで引き裂かれる恋人の話を聞いて本人に会って見たら、皆さんの目に留まる素晴らしい娘で、妻も息子達もアリスを一目で気に入ってね。後ほど皆さんにも紹介させてもらおう。
しかし素晴らしいパーティでは無いかね?さすがウィンストン公爵家、これほどの夜会を開く財力と幅広い交友関係には目を見張りますな。」
そう言ったクリストファーの視線の先には、スカタルランドの第二王子イワンの姿がある。
イワン王子は、婚約者であるエトワール王女をエスコートせずに、先にやってきたようだ。しかも彼の手は見知らぬ娘の腰を抱いていた。
「どれ、ひとつ挨拶に伺おうか。」
ヴェルランドの宰相補佐、クリストファー・ミドルトン公爵はイワンの向かって足を進めた。
*
パーティが始まる合図、鐘の音が流れると、人々は談笑をやめて、会場に設えた壇上を見遣った。
そこに立つのはウィンストン公爵家の面々と、ブライアンだ。
「この度はわたしの為に、大勢の紳士淑女に集まっていただき、大変嬉しく思っている。
またこのような立派な会を催してもらったこと、叔父であるウィンストン公爵にも心より感謝する。叔父上にはこの五年随分とお世話になった上、今回このような場を設けていただいた。ただ甥であるというだけのわたしにかけてもらった厚情を、一生忘れないであろう。
わたしは今はまだ第一王子ではあるが、近いうちに臣籍降下が決まっている。今後は王太子とこの国のために誠心誠意尽くしたい。
不肖の身なれど婚約者を得たのでここで紹介させていただきたい。
アリス・ミドルトン公爵令嬢、こちらへ。」
ホールを埋める人々の間を縫って、ミドルトン公爵にエスコートされたアリスがしずしずと進み、壇上に上がった。
アリスはブライアンの隣に立ち美しい礼をした。
「我が婚約者である。お見知り置きを。わたし共々よろしく頼む。」
*
トーマス・ウィンストンは、ブライアンの秀麗な顔を苦々しく見ていた。
王太子に強請られ王妃に圧力をかけられて、開かざるを得なくなったパーティだが、主催をするからには公爵家の威信をかけて、どこからも文句を言わせないほどの立派なものにしようと張り切っていた。
それに今日は王太子もやってくるのだ。いよいよ、バルバラとの婚約が決まるかもしれない。
後見を退き絶縁すると言ったものの、ブライアンは未だ王族、それゆえ価値はあるのだ。そう考えたら、これはまたとないチャンスのような気がしてきた。
親族から適当な娘を当てがい、利用してやれば良いのだと考えていたのが、いつのまにかミドルトンの義娘が婚約者になっていた。
尤も、ミドルトン側には秘密があるらしいが、見たところ絶世の美女とは言えぬまでも、礼儀作法等非の打ち所のない令嬢である。しかも、辺境の黒鷹レオナルド・ボールドウィン辺境伯が、妹のように可愛がっていると聞く。
なにやら面白くはないが、トーマスは気持ちを切り替えて王太子一向の到着を待った。王太子が到着すると、夜会のメインであるダンスが始まることになっている。
王太子とのファーストダンスは当然バルバラだと、トーマスは確信していた。
そのバルバラであるが、何が気に入らないのか、不機嫌を隠そうともせずに、アリスを睨みつけている。
(元婚約者だからな。面白くないのはわかるが、バルバラはブライアンを嫌っていたではないか。)
トーマスは内心冷や冷やものである。
「貴女、ブライアン殿下の婚約者といっても、王妃様に正式に認められたわけではないのよね?
大きな顔をしないほうが良いわよ。貴女なんてわたしが指ひとつ鳴らしただけで始末されるのだから。身の程を弁えた方がよろしくてよ。」
バルバラの特大の失言が響き渡った。
「おや、バルバラ嬢、貴殿は我がミドルトンの娘を、指一つで始末すると?なんとまあ物騒で聞き捨てならない発言だ。
これは貴殿の父上に抗議せねばならぬな。」
「ミドルトン公爵、バルバラは婚約前で気が立っておるのです。バルバラ、少し後ろで休みなさい。」
「お父様!わたくし何ともありませんわよ。こんな田舎娘が王子の婚約者と言うのが許せない、、、」
バルバラは自分に注がれる厳しい視線に言葉が続かなくなった。
「バルバラ・ウィンストン公爵令嬢、たしかにボールドウィン領は田舎だが、大声で怒鳴りまくるような令嬢は、我が領にはおらんな。」
低く好戦的な声は、レオナルドだ。
「わたしは、アリスを我が妹のように可愛がっておりましてね。妹への侮辱はボールドウィン家に対する侮辱と受け取るが?」
レオナルドはアリスを後ろに庇い、アリスの両脇をブライアンとクリストファーが固めた。それはまるで、至宝の姫を守る騎士のようである。
悔しさと恥ずかしさで顔を真っ赤にしたバルバラは、母親に連れられて控室へ下がっていった。
「やれやれ。あんなのがウヨウヨいると思ったら、社交界ってのは魑魅魍魎の巣だな。」
「レオナルド、お前、口が悪すぎるぞ。一応相手は公爵令嬢だぞ、あれでも。」
「いえ、ボールドウィン卿、ありがとう。胸のすく思いだった。バルバラ嬢には散々悩まされていたが、叔父上の手前文句も言えずにいたのでね。」
会話の内容は不穏だが、外から見たら楽しく談笑しているとしか見えなかった。
そこへひとりの男が女連れでやってきた。イワン殿下である。
「ブライアン王子の婚約者殿、初めてお目にかかる。わたしはスカタルランド第二王子のイワン・ディ・スカタルランドである。そう、貴女が、、、。ブライアン王子を虜にしたと言う娘か。」
イワンは整った顔立ちに王族らしい金髪の、女性から好まれる容姿の男だ。
「イワン殿下、こちらがブライアン第一王子であられます。そしてレオナルド・ボールドウィン辺境伯、わたしはご存じですね、宰相補佐のミドルトンです。
この場ではまず、ブライアン殿下への挨拶を先にされることですな。国際問題に発展する場合がありますからな。」
「おっと、済まない。ブライアン王子、初めてお目にかかる。よろしく頼む。」
「ねえ、イワン殿下。なんなの、この方たち、美形揃いなんだけど。あたくしにも紹介してくださいなぁ。」
イワンの腕にしがみついている女が媚びるように言う。
眉を顰めたブライアンが吐き捨てるように言う。
「おや、イワン殿下は我が妹エトワールの婚約者だと聞いていたが、エトワールのエスコートはどうされたのか?」
「エトワール嬢は、叔父上のユディトー侯爵が連れてきますよ。血縁でしかも親子ほど歳が離れている叔父と姪だというのに、仲がよろしいようで。くっくっ。」
イワンはブライアンの嫌味に下卑た顔つきで笑いながら返答をした。
「それは、イワン殿下がそのような娼婦もどきをお連れになっているからでしょうなあ。ユディトー侯は姪であるエトワール王女が不憫でならなかったのでしょう。
たしか、男爵家の娘だったかと。今夜は伯爵以上のものしか招待されていない筈だが。
イワン殿下も少しは自制していただないとなりませんな。いくら殿下専用の娼婦といえども、この国の下位貴族ですのでね、面が割れるとこの娘とその家族にとっては不幸な出来事が起こるやもしれませんからな。わたしは無用な殺傷を好みませんので。」
「ミドルトン公の言う通りだな。ヘレン、お前は帰れ。」
「え!イワン殿下、どういうこと?どうやって帰りますの?
あたくし、自宅の馬車では来ていませんのよ。殿下の馬車で送ってくださるの?」
「何を言ってるんだ?お前がパーティに出てみたいというから、お情けで乗せてやっただけじゃないか。」
イワンは後ろに控えていたお付きの護衛騎士に目配せをして、ヘレンと呼ばれた娘を連れていかせた。鬼のような形相で叫びそうになったヘレンの口にハンカチを当てると、ヘレンはぐったりとした。
「どうやら彼女は気分が悪くなったらしい。このような晴れやかなパーティに不慣れなようだ。
ブライアン王子、申し訳ない。
ボールドウィン卿、ミドルトン宰相補佐殿、お騒がせして済まなかった。」
一瞬にして自分の立場を理解したイワンは、丁寧に詫びの言葉を述べた。
魑魅魍魎たちのパーティは始まったばかりだ。
お読みいただきありがとうございます。
7000字を超えてしまいました。(反省)




