第七話 決意王女
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
「王女殿下がお戻りになられました」
その報告を聞いた時。
国王は静かに顔を上げた。
「そうか」
短い返答だった。
驚きはない。
最初から知っていたからだ。
娘が城を抜け出していたことも。
護衛隊長が密かに監視していたことも。
「そろそろ頃合いか」
国王は静かに立ち上がった。
◇
翌日。
アリアは玉座の間へ呼び出された。
久しぶりの空気。
料理屋の木の椅子の方が落ち着く。
そんな自分に少し苦笑する。
「アリア」
国王が口を開いた。
「北方伯爵家との婚姻の件だ」
アリアの表情が固まる。
「先方も乗り気だ」
「お断りします」
即答だった。
国王の眉が僅かに動く。
「理由は」
「お会いしたこともありません」
「王族の婚姻に感情は不要だ」
拳を握り締める。
少し前までなら。
何も言えなかった。
だが今は違う。
料理屋で働いた。
様々な人と出会った。
様々な人生を見た。
そして。
自分で選んで生きることの尊さを知った。
「私は納得できません」
玉座の間が静まり返る。
「誰かいるのか」
びくりと肩が揺れた。
しまったと思った。
顔に出た。
完全に出た。
国王は深くため息を吐く。
「そうか」
それだけだった。
しかしアリアには分かる。
もう誤魔化せない。
王女としての未来。
自分自身の未来。
選ばなくてはいけない。
◇
その日の夜。
アリアは庭園にいた。
誰もいない。
夜風だけが静かに吹いている。
星空は綺麗だった。
だからだろうか。
涙が零れた。
「最悪……」
ぽろり。
頬を伝う雫。
嫌だった。
王女だから。
王族だから。
それだけで人生が決まることが。
苦しかった。
悔しかった。
泣いてはいけない。
そんなことは分かっている。
王女なのだから。
けれど。
『知らなかっただけです』
不意に思い出す。
『知った後にどうするかが大切です』
そして。
『俺達の仕事は貴女を守ることです』
『そこには貴女の心も含まれていると、私は思っています』
レオンの声。
あの時の言葉。
それを思い出した瞬間。
さらに涙が溢れた。
「何を泣いているのですか」
聞き慣れた声だった。
アリアは慌てて頬を拭う。
「な、なんでもないわ」
振り返らない。
見られたくなかった。
だが。
隣へ座る気配がした。
「な、何で隣に座るのよ」
「座ってはいけませんか」
「そういう問題じゃなくて……」
途中で言葉が止まる。
レオンの指が。
そっと頬へ触れた。
涙を拭う。
驚くほど優しく。
「辛かったら」
静かな声。
「泣いたっていいんだ」
唇が震える。
「私は王女で」
「関係ない」
即答だった。
「でも」
「関係ない」
夜空を見上げながら。
レオンは静かに言った。
「王女である前に」
風が吹く。
「貴女は一人の人間だ」
その瞬間だった。
限界だった。
涙が溢れる。
止まらない。
みっともなくても。
情けなくても。
どうでもよかった。
今だけは。
王女ではなく。
一人の少女として泣きたかった。
レオンは何も言わない。
ただ。
優しく抱きしめた。
子供をあやすように。
静かに。
優しく。
どれほど泣いただろう。
やがて落ち着きを取り戻した頃。
アリアは小さく呟く。
「……貴方は」
「はい」
「私を攫ってくれる?」
沈黙。
レオンは少しだけ考える。
そして。
「貴女がそれを望むなら」
そう答えた。
胸が熱くなる。
レオンは続ける。
「私は山も海も好きです」
「……?」
突然何を言い出すのだろう。
「浜辺で焼く貝や甲殻類は美味しい」
「何の話?」
レオンは少しだけ笑った。
あの優しい笑顔だった。
「貴女が失敗した時は」
アリアが顔を上げる。
「貴女を攫って海沿いに住みましょう」
息が止まった。
「……っ!?」
「そして」
レオンは続ける。
「料理屋でも開けばいい」
「……」
「貴女は接客が上手です」
「貴方は?」
「魚くらいなら獲れます」
真顔だった。
本気なのだろう。
だからこそ。
アリアは笑ってしまった。
少しだけ。
本当に少しだけ。
未来が怖くなくなった。
失敗するかもしれない。
全てを失うかもしれない。
それでも。
もしそうなったとしても。
一人ではない。
そう思えた。
そしてアリアは決意する。
逃げない。
王女としてではなく。
一人の人間として。
自分自身の人生を選ぶのだと。
お読み頂き、ありがとうございます。




