終話 幸福少女
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
翌朝。
アリアは不思議なほど落ち着いていた。
昨夜まで泣いていたのが嘘のようだった。
答えが決まったからだ。
逃げない。
王女だからではなく。
誰かに決められた人生でもなく。
自分で選ぶ。
そのために。
まず会わなければならない人がいる。
玉座の間。
国王は玉座に座っていた。
まるでアリアが来ることを知っていたように。
「話があります」
アリアは真っ直ぐ父を見る。
「そうか」
国王は短く答えた。
沈黙。
先に口を開いたのはアリアだった。
「私は婚姻を受けません」
「理由は」
「私が望まないからです」
国王の眉がわずかに動いた。
「王女の務めを放棄するのか」
「違います」
アリアは首を振る。
「務めから逃げたいわけではありません」
「ならば何だ」
「選びたいのです」
玉座の間が静まり返る。
「私は今まで何も選べませんでした」
「……」
「ですが」
料理屋で出会った人々を思い出す。
笑っていた常連客。
働く老夫婦。
自分の仕事に誇りを持つ騎士達。
そして。
レオン。
「私は初めて知りました」
「……」
「人は自分で選びながら生きているのだと」
国王は黙って聞いていた。
「失敗するかもしれません」
「そうだろう」
「後悔するかもしれません」
「そうだろうな」
「それでも」
アリアは拳を握る。
「それでも私は、自分で選びたい」
国王は長い沈黙の後。
小さく息を吐いた。
「誰かいるのだな」
アリアの顔が熱くなる。
否定できなかった。
国王はそれを見て苦笑した。
「昔から分かりやすい子だった」
「お父様」
「アリア」
国王は優しく言った。
「お前は勘違いしている」
「え?」
「私はお前を不幸にしたいわけではない」
初めて聞く言葉だった。
「だが王という立場がある」
「……」
「父という立場もある」
国王は目を閉じる。
「難しいのだ」
その言葉は。
王ではなく。
父親の声だった。
アリアは初めて気付く。
自分だけではない。
父もまた
王という立場に縛られていたのだと。
長い沈黙の後。
国王は小さく笑った。
「勝手にしろ」
「……え?」
「どうせ止めても聞かん」
アリアが目を見開く。
国王が立ち上がる。
「その代わり」
厳しい視線。
王の顔だった。
「自分で選んだ道の責任は自分で取れ」
アリアは頷く。
「はい」
「逃げるな」
「はい」
「幸せになれ」
その瞬間。
アリアの目から涙が溢れた。
今度は悲しい涙ではない。
「ありがとうございます」
深く頭を下げる。
父は振り返らなかった。
最後まで。
王としてそこに立っていた。
数日後。
王国の外れ。
海沿いの小さな港町。
潮風が吹いている。
「本当に来たのですね」
隣から声がした。
アリアは笑う。
「貴方こそ」
レオンが肩を竦める。
小さな建物が一軒。
まだ何もない。
空っぽの家だった。
「料理屋に改装するには時間が掛かりそうですね」
「そうね」
「魚はあります」
「建物の話をしているのだけれど」
真顔で返される。
思わず笑った。
レオンも少しだけ笑う。
海が見えた。
空も広い。
城の窓から見ていた世界よりずっと近い。
「レオン」
「はい」
「私」
海を見つめながら言う。
「平民になれたかしら」
レオンは少し考え。
そして言った。
「いいえ」
「え?」
「元々平民になる必要などありません」
レオンは真っ直ぐアリアを見る。
「貴女は貴女です」
潮風が吹いた。
「それで十分でしょう」
アリアは目を丸くし。
やがて。
笑った。
心から。
嬉しそうに。
◇
王国の外れ。
海沿いの一軒家。
そこには料理屋があった。
海の幸をふんだんに使った料理。
それを作るのは美しい婦人。
旦那が取ってきた魚介類を丁寧に捌き。
食べに来た人々を笑顔にする。
そんな料理屋があったとさ。
完
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