第六話 逃亡王女
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
翌朝。
アリアは目を覚ました瞬間、布団を頭から被った。
「~~~~~~っ!!」
思い出した。
全部思い出した。
昨日のことを。
『あなたが気になるからに決まってるでしょ!』
「うわあああああっ!!」
枕へ顔面から突っ込む。
なぜだ。
なぜあんなことを言ってしまったのか。
もっとこう。
それっぽい言い方があっただろう。
「好きです」とか。
いや違う。
それも恥ずかしい。
とにかく。
胸ぐらを掴んで叫ぶものではない。
絶対に違う。
「終わった……」
アリアは静かに死んだ。
料理屋へ向かう足取りも重い。
(会わせる顔がないわ……)
とはいえ仕事は仕事だ。
休む訳にはいかない。
店の扉を開く。
「おはようございます」
「おはよう」
老夫婦が迎えてくれる。
少し安心した。
レオンはいない。
当然だ。
別に毎日来る訳ではない。
ほっとした。
そして少しだけ寂しかった。
「アリアちゃん?」
「はっ!」
老婆が怪訝そうな顔をする。
「どうしたんだい?」
「な、何でもありません!」
何でもない。
本当に。
何でもない。
その時だった。
店の扉が開く。
反射的に視線を向ける。
そして。
固まった。
レオンだった。
心臓が止まりそうになる。
レオンも気付く。
目が合う。
数秒。
沈黙。
そして。
「殿下」
全力疾走。
「アリアちゃん!?」
と老店主が叫ぶ。
アリアは店の奥へ逃げた。
レオンが僅かに目を瞬かせる。
その日。
アリアは徹底的にレオンを避けた。
店へ来れば厨房へ逃げる。
厨房へ来れば倉庫へ逃げる。
倉庫へ来れば店内へ逃げる。
老夫婦は面白そうに眺めていた。
翌日。
城下町。
通りを歩いていると。
前方にレオンがいた。
瞬間。
方向転換。
逃走。
「殿下」
全力疾走。
さらに翌日。
市場。
「殿下」
全力疾走。
また別の日。
「で」
声が聞こえた瞬間。
全力疾走。
レオンは深いため息を吐いた。
(何故逃げるのだろう)
告白したのは向こうだ。
自分はまだ何も言っていない。
だというのに。
逃げる。
とにかく逃げる。
その日も。
いつものようにアリアの気配を見つけた。
建物の陰。
木箱の裏。
完全に隠れたつもりなのだろう。
だが見えていた。
レオンは静かに近付く。
気配を消す。
足音も消す。
そして。
背後へ回った。
「やっと捕まえました」
「ひゃあっ!?」
飛び上がるアリア。
逃げようとする。
だが遅い。
手首を掴まれる。
「は、離してください!」
「嫌です」
「なっ!?」
予想外の返答だった。
「殿下が逃げないのであれば離します」
「わ、分かりましたから!」
「本当ですか」
「本当です!」
レオンは少しだけ身体を寄せる。
「では」
耳元で囁くように言った。
「逃げないでください」
アリアの顔が真っ赤になる。
「わ、わわわわ!」
「?」
「耳元で話さないでください!」
今度はレオンが少し驚いた顔をした。
「何故ですか」
「何故でもです!」
理解していない。
本気で理解していない。
アリアは頭を抱えた。
数日前なら。
こんな男を好きになるはずがないと思っていた。
だが今は。
距離が近いだけで心臓が暴れる。
声を聞くだけで落ち着かない。
そして。
レオンはじっとアリアを見た。
真っ赤な顔。
視線を合わせようとしない態度。
逃げ続けた理由。
ようやく理解する。
「ああ」
小さく呟いた。
「そういうことでしたか」
「な、何がですか!」
「いえ」
レオンは少しだけ笑う。
「殿下は可愛らしい方ですね」
アリアの思考が停止した。
「……っ!?!?」
初めてだった。
そんなことを言われたのは。
そして何より。
言った本人が全く自覚していない顔をしていた。
「そんなにお顔を赤くされては」
レオンは続ける。
「男に舐められますよ?」
「う、うううるさいです!」
叫ぶ。
レオンは堪えきれなくなったように。
「ふっ……ははは」
初めて。
本当に楽しそうに笑った。
アリアは思った。
(この人、絶対ずるい)
そして。
その笑顔を見てしまった瞬間。
もう後戻りはできないのだと悟った。
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