第五話 赤面王女
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
それから。
アリアは自分でも意味の分からない行動を取るようになった。
「アリアちゃん、お使い頼めるかい?」
「はい!」
元気よく返事をする。
そして店を飛び出す。
だが。
目的地へ向かう途中。
(あ)
見つけた。
レオンだった。
通りを歩いている。
今日も巡回らしい。
アリアは立ち止まった。
(別に)
通り過ぎればいい。
(別に見なくてもいいし)
そう思う。
思うのだが。
気付けば角を曲がったレオンを追いかけていた。
(……私は何をしているのかしら)
自分でも分からない。
市場へ行く。
帰る。
魚屋へ行く。
帰る。
また見つける。
気付けば視線を向けている。
そんな日が続いた。
当然。
周囲は気付いていた。
「なあ」
常連客の男がアリアへ声を掛ける。
「最近よく騎士さん見てるよな」
ぶふっ。
アリアは飲んでいたお茶を吹いた。
「なっ!?」
「違うのかい?」
「何がですか!」
「いやほら」
男が店の外を指差す。
ちょうど通りを歩いているレオン。
「好きなんだろ?」
「~~~~っ!!」
顔が真っ赤になる。
「ち、違います!」
「じゃあ何で見てるんだ?」
「それは……」
言葉に詰まる。
理由を説明できない。
なぜだろう。
嫌いではなくなった。
むしろ。
会話をすると安心する。
顔を見ると少し嬉しい。
笑った顔を思い出すと胸が騒ぐ。
でも。
それが何なのか分からない。
「若いねぇ」
老婆がしみじみ言う。
「若いわねぇ」
老店主の妻も頷く。
「ち、違いますってば!」
店内に笑いが起きた。
◇
その日の帰り道。
アリアは一人で歩いていた。
好き。
その言葉が頭をよぎる。
慌てて首を振る。
違う。
そんなはずはない。
だって。
ほんの少し前まで嫌いだったのだ。
こんな短期間でそんなことあるはずがない。
そう思った。
思ったのだが。
「殿下」
後ろから声がした。
「ぴゃいっ!?」
飛び上がる。
振り返る。
レオンだった。
「……」
レオンが眉をひそめる。
「なぜそんなに驚くのです」
「べ、別に驚いてません!」
「そうですか」
「そうです!」
レオンは小さくため息を吐いた。
「本日の仕事は終わったのですか」
「終わりました」
「そうですか」
そこで会話が終わる。
二人は並んで歩き始めた。
沈黙。
普段なら気まずくない。
なのに今日は変だった。
心臓が落ち着かない。
レオンは何も変わらない。
普段通り。
淡々としている。
それなのに。
横顔が気になった。
手が気になった。
声が気になった。
「殿下」
「は、はい!」
レオンが少し驚いた顔をする。
「何かありましたか」
「な、何もありません!」
即答だった。
レオンは数秒黙る。
そして。
「そうですか」
それだけだった。
だが。
ほんの少しだけ。
口元が笑っていた。
「……」
アリアの動きが止まる。
まただ。
また笑った。
以前なら絶対に見せなかった顔。
そして気付いてしまう。
その笑顔を見ると。
嬉しい。
とても。
嬉しい。
レオンは先へ歩いていく。
アリアはその背中を見つめた。
胸が熱い。
苦しい。
でも嫌ではない。
そして。
ぽつりと。
誰にも聞こえない声で呟いた。
「……もしかして」
最後まで続かない。
怖かった。
答えが分かってしまいそうで。
◇
その日の夜。
アリアは眠れなかった。
『もしかして』
そこから先が言えない。
考えたくない。
認めたくない。
だが。
レオンの顔が浮かぶ。
街を歩く姿。
老人達と話す姿。
自分を叱る姿。
そして。
笑った顔。
枕へ顔を埋める。
「うぅぅぅ……」
苦しい。
だけど嫌ではない。
◇
翌日。
「アリアちゃん」
「はい!」
「塩を買ってきておくれ」
「行ってきます!」
勢いよく店を飛び出す。
そして数分後。
「あ」
また見つけた。
レオンだった。
さすがに今回は後を付けない。
付けない。
付けないのだが。
気付けば進行方向が一緒だった。
(偶然よ)
本当に偶然。
するとレオンが立ち止まる。
商人と話す。
少し待つ。
また歩く。
気付けばアリアも待っていた。
(私は何をしているのかしら……)
自分でも意味が分からない。
その日。
また次の日も。
さらにその次の日も。
気付けばレオンを探していた。
料理屋の常連達も察し始める。
「騎士さん来ないねぇ」
「そ、そうですね」
「残念かい?」
「何がですか!?」
店内が笑いに包まれる。
アリアだけが真っ赤になった。
そして。
数日後。
いつものように店を出たところで。
「殿下」
びくり。
レオンだった。
心臓が跳ねる。
「な、何ですか」
「少々お尋ねしたいことが」
嫌な予感がした。
「なぜ毎日つけ回すのですか?」
固まる。
時間が止まった。
「え」
「え?」
「最近ずっとですよね」
レオンは淡々としている。
「偶然お見かけしますし」
「偶然です!」
「魚屋でも」
「偶然です!」
「市場でも」
「偶然です!」
「露店でも」
「……偶然です」
最後だけ少し弱かった。
レオンはじっとこちらを見る。
居た堪れなくなる。
「分からないのですか?」
気付けばそんな言葉が出ていた。
レオンが首を傾げる。
「ええ」
本当に分かっていない顔だった。
「ですので理由をお聞かせいただけますか?」
そこまで言われて。
ついに何かが切れた。
アリアは一歩踏み出す。
そして。
ぐいっとレオンの胸元を掴んだ。
「あなたが気になるからに決まってるでしょ!」
沈黙。
通りを吹く風だけが聞こえる。
レオンは動かない。
アリアも動かない。
数秒。
いや。
もっと長かった気がした。
そして。
レオンが口を開く。
「……は?」
アリアは固まった。
(あ)
今。
言った。
自分で。
言ってしまった。
「……」
「……」
沈黙。
顔が熱い。
耳まで熱い。
血が沸騰しているんじゃないかと思うほど熱い。
レオンはまだ固まっている。
アリアも固まっている。
そして。
「では私はこれで」
くるりと踵を返した。
「殿下?」
全力疾走。
逃げた。
ただひたすら。
恥ずかしくて。
情けなくて。
死にたくて。
逃げた。
一人残されたレオンは。
遠ざかっていくアリアの背中を見ながら。
しばらく動かなかった。
そしてようやく。
「……そういう意味だったのですか」
困ったように。
少しだけ嬉しそうに。
小さく笑った。
お読み頂き、ありがとうございます。




