第四話 羞恥王女
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
その日の夜。
アリアはベッドの上で転がっていた。
(人前で泣くなんて……!)
枕へ顔を埋める。
思い出すのは夕暮れの路地。
騎士達の会話。
自分の浅はかさ。
そして。
『貴女は人の気持ちを察することができる人だ』
「うぅぅぅ……」
『人は誰でも知らないことがあります』
「うぅぅぅぅぅ……」
『俺達の仕事は貴女を守ることです』
ごろごろごろごろ。
ベッドの上を転がる。
やめてほしい。
思い出したくない。
しかし勝手に思い出してしまう。
『そこには貴女の心も含まれていると、私は思っています』
「~~~~~~っ!!」
毛布を頭から被る。
顔が熱い。
胸が苦しい。
恥ずかしい。
なのに。
嫌ではなかった。
今まで。
王女として見られたことは何度もある。
王女だから褒められたことも。
王女だから叱られたことも。
けれど。
アリア自身を見てくれた人がいただろうか。
分からない。
少なくとも。
思い出せなかった。
「……ずるい」
小さく呟く。
「本当にずるい人」
そのまま枕を抱きしめながら目を閉じた。
◇
翌日。
料理屋は今日も忙しかった。
「アリアちゃん、お茶お願い!」
「はい!」
「こっちのお皿下げて!」
「今行きます!」
慌ただしく動き回る。
以前なら失敗だらけだった。
だが最近は違う。
身体が自然と動く。
客の顔も覚え始めた。
「ありがとねぇ」
常連の老婆が笑う。
「いえ」
自分も笑う。
その時だった。
店の扉が開く。
何気なく視線を向ける。
(あ)
レオンだった。
別に珍しいことではない。
最近は時々店へ顔を出している。
なのに。
なぜか一瞬だけ胸が跳ねた。
(何よ)
自分で自分に言い聞かせる。
(別に何でもないじゃない)
仕事へ戻る。
だが。
気付けば目で追っていた。
老店主と話している。
何か確認している。
真面目な顔。
いつも通り。
別に気になる訳ではない。
そう思った。
思ったのだが。
仕事が終わり、店を出た後も。
なぜかその姿を探してしまった。
そして。
通りの向こう側。
見つけた。
レオンだった。
(あ)
向こうはまだ気付いていない。
そのまま歩いていく。
市場へ入る。
魚屋へ立ち寄る。
八百屋でも誰かと話している。
露店の店主とも言葉を交わしていた。
(買い物……ではなさそうね)
魚を買う訳でもない。
野菜を買う訳でもない。
ただ話している。
店主達も真面目な顔だ。
(見回りかしら)
騎士の仕事は剣を振るうだけだと思っていた。
だが違うらしい。
街を歩き。
様子を見て。
人々の話を聞く。
知らなかった。
そんなことを考えながら。
気付けば後を付いていた。
そして。
不意にレオンが立ち止まる。
(え?)
振り返った。
(えっ)
真っ直ぐこちらを見る。
(え!?)
そして。
こちらへ歩いてくる。
(ええええっ!?)
慌てて建物の陰へ隠れる。
遅かった。
足音が近づく。
どんどん近づいてくる。
(嘘でしょう!?)
心臓が暴れる。
足音が止まった。
真横で。
「何をしているのですか?」
「ぴゃっ!?」
変な声が出た。
勢いよく振り返る。
当然。
レオンがいる。
「な、なななななな」
「落ち着いてください」
「どうしてそこにいるのよ!」
「こちらの台詞ですが」
真顔だった。
腹が立つ。
「先程から付いてきていますよね」
「そ、そんなことありません!」
「市場」
「……」
「魚屋」
「……」
「八百屋」
「……」
「露店」
「……」
全部見られていた。
アリアは顔を押さえる。
帰りたい。
今すぐ帰りたい。
「それで」
レオンが尋ねる。
「なぜ付いてきたのですか」
答えられない。
自分でも分からない。
なぜ気になったのか。
なぜ後を付けたのか。
必死に理由を探す。
そして。
「あなたがちゃんと仕事をしているのか見張っていたのです」
言った瞬間。
(馬鹿ぁぁぁぁ!!)
心の中で叫んだ。
もっとまともな言い訳はなかったのか。
沈黙。
終わった。
そう思った。
だが。
「……ふっ」
レオンが小さく笑った。
アリアは固まる。
笑った。
初めて見た。
あの無愛想な男が。
「な、何がおかしいのですか!」
「いえ」
レオンは少し肩を震わせる。
「そうですか」
まだ笑っている。
そして。
「それで」
穏やかな声で言った。
「私の仕事ぶりはいかがでしたか?」
どくん。
心臓が大きく鳴る。
意味が分からない。
ただ。
妙に顔が熱かった。
「ま、まあまあですわね」
何とか答える。
レオンは満足そうに頷いた。
「それは良かった」
ただそれだけ。
ただそれだけなのに。
胸が落ち着かない。
レオンは再び歩き出す。
アリアはその背中を見つめていた。
『貴女は人の気持ちを察することができる人だ』
昨日の言葉が蘇る。
『俺達の仕事は貴女を守ることです』
また思い出す。
そして。
今日初めて見た笑顔も。
頭から離れない。
「……何なのよ」
呟く。
だが答えは分からない。
ただ一つ確かなのは。
アリアはもう。
レオンのことを「嫌な人」だけでは済ませられなくなっていた。
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