第二話 我儘王女
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
「いらっしゃいませ!」
元気よく言った。
つもりだった。
しかし店内は静まり返った。
客が全員こちらを見ている。
老店主が頭を抱えた。
「お嬢ちゃん」
「はい!」
「声が大きい」
「はい!」
「だから大きいんだよ」
店内に笑いが起きる。
アリアは顔を真っ赤にした。
◇
料理屋で働き始めて三日。
アリアは壁にぶつかっていた。
給仕は難しい。
想像していたより遥かに難しい。
客を席へ案内し。
注文を聞き。
料理を運び。
食器を下げる。
城で学んだ礼儀作法より何倍も難しく思えた。
「魚定食を一つ」
「はい」
「追加でスープお願い」
「はい」
「あたしお茶ね」
「はい」
数分後。
アリアは固まった。
(誰が何を頼んだの!?)
完全に混乱していた。
◇
昼営業が終わる頃にはへとへとだった。
机へ突っ伏す。
「疲れた……」
「まだ三日目だからねぇ」
老婆が笑う。
「皆最初はそんなもんさ」
「本当に?」
「本当さ」
少しだけ救われた気がした。
その時だった。
店の扉が開く。
アリアは露骨に顔をしかめた。
(また来た)
レオンだった。
最近毎日来る。
客ではない。
食事もしない。
ただ様子を見て帰っていく。
正直鬱陶しかった。
「問題はありませんか」
レオンが老夫婦へ尋ねる。
「今のところはね」
店主が苦笑する。
「お嬢ちゃんも頑張ってるよ」
「そうですか」
レオンの視線がアリアへ向く。
そして。
小さくため息を吐いた。
「何ですか」
思わず睨み付ける。
「別に」
「今ため息を吐いたでしょう」
「吐きました」
「失礼ではありませんか?」
「そうでしょうか」
淡々とした口調。
ますます腹が立つ。
「では失礼します」
レオンはそのまま店を出ていった。
(感じ悪い)
本気でそう思った。
◇
その日の仕事が終わった後。
店を出ると、
路地の入口にレオンがいた。
「……何をしているのよ」
「お待ちしていました」
嫌な予感しかしない。
「少しお話を」
アリアは顔をしかめる。
しかし店の方を見ると、
老夫婦が店を片付けている最中だった。
レオンも店へ視線を向ける。
「ここでは話しません」
その一言だけは評価した。
少なくとも、
この男にも人目を気にする程度の常識はあるらしい。
二人は店から少し離れた路地へ移動した。
人通りはない。
それを確認してから、
レオンが口を開く。
「貴女は王女です」
「またその話?」
思わず苛立ちが滲む。
「重要な話です」
「私には関係ないわ」
「あります」
即答だった。
「今は侍女よ」
「いいえ」
また即答。
「王女です」
その瞬間。
何かが切れた。
「分かったような口を聞かないで!」
レオンは黙っている。
「貴方に何が分かるの!」
「……」
「私はずっと王女として生きてきた!」
「……」
「好きなことも選べない!」
「……」
「結婚相手も選べない!」
「……」
「将来も選べない!」
胸が苦しかった。
「だから少しくらい自由になりたいと思って何が悪いのよ!」
沈黙。
しばらくして。
レオンが静かに口を開く。
「自由になりたいのであれば」
アリアは睨み返した。
「せめて護衛が見失わない範囲でお願いいたします」
「……は?」
真顔だった。
本気で言っている。
数秒固まる。
「何よそれ!」
「私は真剣です」
「意味が分からないわ!」
「私も困っているのです」
「知らないわよ!」
「知っていただきたいのですが」
「嫌よ!」
即答だった。
レオンは額に手を当てた。
「本当に面倒な方だ」
「失礼ね!」
「事実です」
「嫌な人!」
「よく言われます」
反省の色が全くない。
それがまた気に入らない。
「本当に嫌い」
ぽろりと本音が漏れた。
レオンは少しだけ目を瞬かせた。
「そうですか」
それだけだった。
そして踵を返す。
去っていく背中を、
アリアは睨み続けた。
頑固。
融通が利かない。
説教ばかり。
人の気持ちを分かろうともしない。
(大嫌い)
城にいた頃よりも。
実際に話した今の方が。
よほど嫌いだった。
だからこの時のアリアは知らない。
レオンが毎日自分を探していることも。
老夫婦へ頭を下げていることも。
国王の叱責を覚悟していることも。
だから今は。
ただ一つ。
(本当に嫌な人)
それだけだった。
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