第71話 食べたいものを尋ねる
お読みいただき、ありがとうございます。
どうぞ、今回の旅もお楽しみください。
給仕は、アデルミラの椅子を引いた。
少女は立ったまま、背後を見た。別の客に用意した席だと思ったらしい。
「こちらへ、どうぞ」
二度目に言われて、ようやく腰を下ろす。
卓の脚には葉の形の彫り物があり、椅子の背は外へ緩く反っていた。窓際に並ぶ鉢の影が、白い卓布を横切っている。アデルミラは座った後も、外套の裾を何度も払った。通りでついた土を、この布へ移したくないらしかった。
給仕は濡れた手拭いを置いた。少女が使い終えて畳むと、皿の縁を揃えるのと同じ手つきで引き取っていく。汚れを見咎める声はしなかった。
ルシアは向かいへ座った。いつもなら注文を尋ねる前に追い払われる、と聞いていた。今日は給仕が、少女の言葉を待っている。
「蜂蜜の焼き菓子を、一つ」
「紅茶をおつけしますか」
アデルミラが値段を尋ねた。
答えを聞いた途端、膝の上の指が閉じる。
「菓子だけで――」
「今日は、見本を着けて感想を聞かせてもらう礼にする。茶も含めて」
エドガーが言った。
アデルミラは彼の方を向いた。
「借りじゃなくて?」
「ああ」
「だったら、飲みたい」
給仕が注文を書いた。
ルシアは、自分も同じものを頼んだ。
給仕が離れてから、少女は献立をこちらへ向けた。菓子の名の横に、小さな字が二行あった。
「これ、何?」
「焼いた木の実と、果物を添えると書いてあります」
「そっか。嫌いなものを言っていいってこと?」
「聞いてみてもよいのでは」
少女は通りかかった給仕を呼び、果物の種類を尋ねた。返事を聞くと、変更せずに頼んだ。
菓子が来るまで、アデルミラは仮面の紐を何度も触った。
銀の縁は頬へ当たらず、よく見える。それでも落ちるのではないかと心配になる。
ルシアが、机の下で動く指を見た。
「締め直しますか」
「大丈夫。慣れてないだけ」
言った後で少女は、また紐へ伸びた手を膝へ戻した。
皿は、窓の中で見たものより小さかった。
蜂蜜の匂いは、その反対に強かった。
アデルミラは刃を入れ、四つに分けようとした。表面が崩れ、木の実が一つ落ちる。
「分けなくてよい」
フレイアが言った。
「でも、四人いるから」
「我の分は、今来る」
給仕が、彼女の前へ二皿置いた。
片方には粉が薄く振られ、もう片方には煮た果物が添えられていた。フレイアはどちらから食べるかを考えるように、二枚の皿を僅かに寄せた。
エドガーは皿の数だけを見た。
「一人分って言っても、数は決まらねえんだな」
「一つでは決まらぬこともある」
アデルミラが、小さく吹き出した。
仮面の下で口を押さえ、もう一度、皿を見た。
最初の一口を、長く噛んだ。
ルシアは質問をしようとして、飲み込むまで待った。
「どうですか」
「甘い。外から想像してたより、柔らかい」
少女は二口目を取った。
給仕が近づくと、手が止まる。
通り過ぎるのを待ってから、また食べた。
隣の卓では、客が皿に残した木の実を給仕へ戻していた。別の客は紅茶が冷めたと言い、温め直しを頼んでいる。アデルミラはその声を聞くたび、口元の動きを小さくした。
「熱くありませんか」
ルシアが尋ねると、少女は茶碗を両手で持った。
「まだ、ちょっと」
「待っていても、下げられませんよ」
「分かってる」
答えは早かった。けれど、次の一口まではゆっくり待った。窓に映る銀の線を見て、それから茶の中に浮く小さな葉を見た。
ルシアも口をつけずに待った。何か感想を言わせるためではなく、自分の茶もまだ熱かった。
「ここへ、働きたいと言いに来たのですよね」
「うん」
「今日なら、聞いてもらえるかもしれません」
アデルミラは答えなかった。
ルシアが店主の方を見かけると、少女が先に言った。
「今は食べる」
「……はい」
ルシアは顔を戻した。
「食べ終わってから、自分で聞く」
その言葉を聞いて、今度は頷くだけにした。
最後の蜜をパンの欠片で拭い、少女は給仕に店主を呼んでもらった。
男は銀の仮面へ礼をした。
「お口に合いましたか」
「美味しかった」
アデルミラは、鞄の青い仮面を出した。
男の背筋が、途中で止まる。
「前に、ここへ来た。裏口で、食器洗いでもいいからって言った」
「……仕事の話でしたか」
「うん。今日は、聞いてくれる?」
店主は、銀の縁と青いひびを見比べた。
借りた仮面に、少女の指先の傷が触れている。
「今は、紹介のある方を優先しております」
「前は、店の物がなくなると困るって言ったよね」
男は客席を見た。
「そのような意味では」
「どういう意味だったの?」
ルシアは口を開きかけた。
アデルミラが話を続けていたので、閉じた。
「身元を確かめる必要がある、ということです」
「私の名前、聞かなかった」
店主は返さなかった。
背後で、給仕が皿を重ねる音がした。客の一人が顔を向けたが、連れに話しかけられると食事へ戻った。男は卓布の折り目を指で直した。少女の言葉よりも、その小さな乱れの方が扱いやすいようだった。
アデルミラは自分の名を言い直そうとし、やめた。卓布を直す手から目を離し、残った菓子を見た。
少女はしばらく待ち、青い仮面を包んだ。
「紹介がないから、今日は駄目。それは分かった」
机の上へ、借りた品を置かなかった。
青を鞄へ戻し、銀は着けたまま、席を立った。
外へ出ると、通りの空気は冷たかった。
「もっと言えたと思います」
ルシアが言った。
アデルミラは歩きながら、少し考えた。
「うん。言いたいことは、まだある」
「戻りますか」
「今日はいい。美味しかったのまで、全部嫌なことにしたくない」
ルシアは窓の皿を振り返った。
店主はもう、別の客へ頭を下げていた。
少女も見たが、足を止めなかった。
通りの角で、子供が泣いていた。
母親が仮面の留め紐を引くたび、片側が浮く。小さな両手は顔を隠すのに忙しく、紐を持つ手伝いができない。
「落ちちゃう」
「分かってる。じっとして」
アデルミラは、子供の横へ屈んだ。
「留め具が開いてる。紐だけ引くと、もっと外れるよ」
角の建物の壁際には、荷物を下ろすための低い石段があった。アデルミラは通行人の足に蹴られない位置へ母子を誘い、子供の目の高さに膝を折った。小さな面は顔に比べてやや大きく、片側だけ持ち上がるたび、頬の赤い痕が覗いた。
母親の手が止まった。
「直せるの?」
「少しなら。触っていい?」
子供が、母親を見てから頷いた。
アデルミラは鞄から、短い針金を出した。
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