↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/81

第7話 知識を納める国

お読みいただき、ありがとうございます。

どうぞ、今回の旅もお楽しみください。

 ライドゼルへ続く街道には、学生らしい若者が多かった。

 背に書物を括りつけた者、歩きながら紙へ何かを書き込む者。休憩所では、片方の持つ本をもう片方が覗き込み、二人そろって食事を冷ましていた。

 フレイアがあれも売り物かと尋ねると、エドガーは、ここでは本を持っていない方が珍しいらしいと答えた。

「次の国の王様は、知識なら何でも喜ぶそうだ」

「最果ての国も知っているか」

「聞く価値はあるんじゃないか。賢王と呼ばれるくらいだしな」

 先の国を三日で理解できると考えた自分を、フレイアは思い出した。

 手帳に挟んだ紙を開く。王へ尋ねたいことは、一行には収まらなかった。

 門の前で、エドガーは財布を出した。

 白い法衣の職員が、その手を丁寧に止める。

「入国税は、金品ではございません。お二人がお持ちの知識を、一つずつお納めください」

 エドガーは財布を見てから、相手へ顔を戻した。

「知識ってのは、たとえば?」

「研究成果、旅の経験、他国の生活様式。国をよりよくするために役立つものでしたら、広く受け付けております」

「俺の知ってる道が、もう誰かの知ってる道だったら」

「現時点の状況に差があれば、それも情報です。どうぞ、ご相談を」

 職員はよくある質問へ答える顔で笑った。

 フレイアの角へ気づくと、その笑みがさらに明るくなる。怖がる者の目ではなく、珍しい商品を見つけた商人に近かった。

「魔族の方ですか。異なる種族の知識は、なお貴重です。賢王様もお喜びになります」

「知らぬことなら、何でも欲しいのか」

「知ることで、役立て方を考えられますので」

 フレイアは小冊子を閉じた。

 知らぬことを知らぬまま遠ざけない。その考えは、自分の旅ともよく似ていた。

 だが、職員が示した建物の中へ入ると、思っていたものとは違う道具が置かれていた。

 ◆

 小部屋の中央に、金属の兜があった。

 頭頂部から何本もの半透明の管が伸び、壁を貫いて奥へ続いている。椅子には背もたれがあり、正面の机には、手を置くためらしい浅い窪みがあった。

「ナレッジ・ブリッジといいます。知識を読み取り、複製する魔導装置です」

「取り出した後、我の中から消えるのか」

「いいえ。書物を書き写しても、元の頁は失われないでしょう。それと同じです」

 ジマリハでは、手放したものは他人へ渡った。この国は違う。自分にも残り、相手にも増える。それなら、初めから奪い合う必要がない。

 フレイアは兜の内側へ触れた。微かな魔力が走り、彼女の指へ応じて灯る。

「何を写すかは、こちらが決めるのだな」

「はい。提供する知識を意識していただきます。思い浮かべにくければ、事前に内容を整理してからでも構いません」

 フレイアは、ベルゼの注意書きを思い出した。旅先で軍の話をしないこと。魔界の禁術について質問されても、説明を始めないこと。あの側近自身が、禁術の系譜を何刻も語るくせに、他人にはそう命じる。

 少し考え、彼女は魔界の草を選んだ。

 雨が近づくと葉の裏を向ける草がある。魔力の流れに敏感で、根を傷めずに植え替えれば、土地を離れても同じ反応をする。

 戦争の役には立たぬ。だが、空を見て天気を気にしていたエドガーなら、知りたがるかもしれない。

 兜を被ると、管の中へ青白い光が流れた。

 痛みはない。だが、自分が思い浮かべた葉の輪郭を、もう一人の誰かが同じ向きから見ているような感覚があった。フレイアは目を閉じ、提供したい内容を頭の中で繰り返した。

 終わってから、草の名を思い出した。

 根の長さも、葉の裏に走る筋も、すべて覚えている。物が減った気配はない。それでも、胸の内側へ他人の手が一度通ったような落ち着かなさが残った。

 外で合流したエドガーも、帽子を脱いで頭を掻いていた。

「俺は街道の崩れた場所を話した。こっちへ来るやつには役立つだろ」

「頭の中は、何も減っておらぬな」

「減ってたら、確認する方も忘れてるかもしれんが」

 フレイアが見返すと、商人は冗談だと言って帽子を被った。確かめられぬことを軽く口にするなと返すと、そこは同感だと頷いた。

 ◆

 城門の内側は、よく整えられていた。

 水路にごみはなく、荷車の通る幅が揃っている。掲示板の前では、読み書きを学ぶ子供へ教師が説明していた。紙へ記された数字を見ながら、住民が道の改修について話している。

 賢王の名は、至るところにあった。

 水の配分。学舎への物資。夜間の灯火。決められた理由が細かく書かれ、どの末尾にもアンドレアの名がある。

「よく調べる王だな」

 フレイアが言うと、近くのベンチで老人が顔を上げた。

「お二人とも、初めてかね」

 杖を持つ、穏やかな男だった。膝に置いた本は開かれたままで、読んでいた場所を細い紙で押さえている。

「朝飯の美味い、安い宿をご存じか」

 エドガーが尋ねた。

 老人はフレイアへ目をやり、それなら案内しようと立ち上がった。

「この国へ、何を学びに?」

「王に尋ねたいことがある」

「ほう。どのような」

 フレイアが最果ての国の名を出すと、老人は少しだけ首を傾げた。

 知らぬらしい。だが、すぐに曖昧な方角を示さず、自分には心当たりがないと答えたことは好ましかった。

「賢王なら、知っているかもしれぬのだろう」

「知っていれば、答えますじゃろうな」

 妙な言い方だった。

 エドガーも気づいたらしく、相手へ顔を向けた。

「随分、親しくご存じなんだな」

「この国の者は、皆、あの方の仕事を毎日見ておりますので」

 老人は歩調を緩めた。前を、制服を着た少女が走っていた。抱えた本が落ちそうになり、彼女は立ち止まって積み直す。

 エドガーが一冊拾って渡すと、少女は礼を言い、学舎の門へ向かった。

「難しい本であったな」

「ここの学舎は、各国から人が集まるほどですからな。勉強をして、働き、知識を納める。皆、それを誇りにしておる」

 老人は門の方をしばらく見た。

 誇らしそうな声なのに、その目は少し疲れて見えた。

 案内された宿は、裏通りの小さな建物だった。

 入口の鉢へ草が植わり、窓の内側には洗った布が干されている。老人はここの朝食をよく知っているらしく、焼きたてを頼むとよいと教えた。

 フレイアが礼を述べると、彼は本を閉じ、最後に一つだけ尋ねた。

「旅の目的は、その国へ行くことだけですかな」

「人間を知るためだ。行き先は、その先にある」

 老人の指が、本の背を撫でた。

 それから懐へ手を入れ、古い鉄の鍵を取り出した。複雑な歯と、輪の部分に刻まれた紋章。さっきまで手にしていたはずなのに、掌へ落ちる重みは妙に冷たい。

「これを、滞在の間、持っていてくださらんか」

「何を開ける」

「開ける必要がなければ、そのままで。国を出る前に、使わずに済めば、いちばんよい」

 老人は笑った。

 だが、フレイアが返そうとすると、その手を静かに押し戻した。

「人を知りたいと仰る方に、一度、お渡ししてみたかったのです」

 フレイアは鍵を見下ろした。古い鉄の奥に、まだ、はっきりした魔力が生きている。

 顔を上げた時には、老人はもう学舎と反対の道を歩いていた。

 掲示板の前に、新しい告知が貼り出される。集まった住民が一斉に紙を読み始める。その肩越しへ老人の姿が隠れ、杖の音だけが、しばらく残った。

 その夜、フレイアは部屋の窓から通りを見た。

 家々の明かりは増えているのに、店の看板は一つずつ暗くなっていく。読書をする人影ばかりが窓へ並び、夕食時の呼び込みも、酒場の笑い声も聞こえなかった。

 向かいの店から、男が古い献立を外した。代わりに貼った紙には、国の紋章がある。

 彼はそれを長く見つめてから、店の内側へ戻った。

 まだ、料理を焼く匂いがしていた。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

続きも読みたいと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。