第67話 誰かに食べさせるための火
お読みいただき、ありがとうございます。
どうぞ、今回の旅もお楽しみください。
その晩、エドガーは小鍋を二つ出した。
村を出てから最初の野営地だった。街道の脇に低い石組みが残り、内側には前の旅人が寄せた灰がある。雨水の通る溝を避けて馬車を停めると、黒いシリウスと栗毛のベガは草を食み始めた。
地下の国から持ち帰った回答書は、荷箱の中だった。フレイアは蓋を閉じ、小鍋の置かれた石組みへ戻った。
豆は、昼に宿場で柔らかく煮てもらってある。根菜を切り、干し肉を少し足せば、二人分になる。
フレイアは、薪を運んでから彼の手元を見た。
「我も作ってよいか」
包丁が止まった。
エドガーはすぐには渡さず、材料を見た。
「半分だけ。残りは、俺がやる」
「うむ」
包丁と板が、彼女の前へ置かれた。
根菜は難なく切れた。薄い切れ端が、きれいに並ぶ。
エドガーが一枚持ち上げた。
「それくらいで揃えてくれ。分厚いと、煮えるのが遅い」
「全部薄くすれば、早くできるのではないか」
「崩れる。食べたい大きさもあるだろ」
フレイアは次の一枚を、少し厚くした。
刃を下ろすたび、板が小さく鳴る。根菜の丸い腹が転がりそうになり、彼女は指で押さえた。
「先に平らな面を作るんだ」
エドガーは自分の分を半分に切り、切り口を下へ置いた。
力で押さえなくても、動かなくなった。
フレイアは同じ向きへ置き直した。
彼は何も言わず、その切れ端を鍋へ入れた。
火は、エドガーが熾した。
フレイアは小鍋を載せ、干し肉を入れる。脂が温まり、微かな音がした。
食堂では、もっと大きな音がしていた気がする。
鍋の底には、長く使って付いた細かな傷があった。縁の一か所が僅かに曲がり、丸い蓋を載せると隙間ができる。エドガーはいつも、その隙間を自分の方へ向けずに置いていた。
フレイアは肉の色を見ず、聞き覚えのある音に近づけようとした。
彼女は指を動かし、炎を足した。
「止めて」
エドガーが言った。
フレイアはすぐに魔力を切った。
肉の端が黒くなっていた。
彼は鍋を火から外し、柄を布で包んで彼女へ返した。
「この鍋は薄い。少しで熱くなる」
「同じ火では、同じようにはならぬのか」
「料理も鍋も違うからな」
黒くなった端を取り除くと、使える部分は残った。
フレイアは切れ端を見た。
これくらいの量なら、失敗してもまた買えばよい。
そう言いかけて、やめた。
エドガーが、使える肉を一つずつ戻していた。
湯を足し、根菜を入れた。
しばらくして、鍋の縁に小さな泡が出る。
「今くらいだ」
エドガーが言った。
フレイアは、指の感覚だけでなく、湯の表面を見た。
炎を足せば、泡が増える。減らせば、静かになる。
豆を加え、塩を取る。
「小匙で、半分」
エドガーは言った。
フレイアは袋を傾けた。塩が固まりになって落ち、小匙から鍋へこぼれた。
二人とも、白い筋を見ていた。
「……半分より多いな」
「多い」
「戻せぬか」
「溶けたのを?」
彼女は匙で湯を掬った。
豆より先に、塩が舌へ来る。
エドガーは自分の鍋へ、まだ塩を入れていなかった。
少しずつ混ぜれば食べられる、と言った。
フレイアは彼の鍋を見た。
「そちらまで、失敗にするのではないか」
「味を見ながらやる。全部一度に入れない」
彼は匙で少し移し、一口飲んだ。
もう一匙。
また飲む。
エドガーの眉が少し寄る。まだ濃いらしい。彼は湯を足す前に、残る豆の量を確かめた。
「薄めるだけなら水で済む。けど、それじゃ腹に溜まらない」
フレイアは小さく切った根菜を一つ掬った。角は柔らかくなっていたが、真ん中には歯応えがある。
「こちらは、もう少しか」
「そう。肉の色と一緒には変わらない」
片方がよければ終わり、とはいかない。彼女は匙を戻し、二つの鍋が収まるよう薪の位置を直した。今度は魔力を足さず、燃えている枝を一本ずつ動かした。
フレイアも、自分の匙を取った。
完成した煮込みは、少し焦げ臭かった。
豆と肉の味はした。
エドガーは椀を受け取り、一口食べた。
「食える」
「美味くはないか」
「今日は、食える」
フレイアは頷いた。
少しずつ食べると、量は二人分で足りた。
フレイアは食べなくても生きていける。
隣でエドガーが鍋を傾け、残った豆を椀へ落とした。フレイアも、自分の椀を空にした。
鍋を洗おうとすると、焦げが底に残っていた。
力を込めて削る前に、彼女は手を止めた。
「これは、どうする」
「湯に浸して待つ」
「待つのか」
「鍋まで薄くしないためにな」
エドガーは自分の椀を洗い、隣へ置いた。
フレイアは、湯を張った鍋が冷めるのを待った。
紅い髪が頬へ落ちたので、角に引っかけぬよう耳の後ろへ寄せる。膝に置いた布には、薪を拾った時の土がついていた。
エドガーは向かいで、帽子の縁に残った埃を払っている。
「明日も、半分なら作ってよいか」
尋ねると、男は鍋を見てから答えた。
「材料を買う前に、何を作るか決めよう」
湯がぬるくなる頃、焦げの端は布で擦るだけで剥がれた。洗い終えた底に鼻を近づけると、まだ少しだけ、今夜の匂いがした。
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