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第66話 今日を止められない国

お読みいただき、ありがとうございます。

どうぞ、今回の旅もお楽しみください。

 管理局の床にも、砂が落ちていた。

 受付の女は、二人が差し出した村の申請控えを読んでから、盆の上の砂を払った。

「崩れた場所を、こちらへ」

 地表の道と畑が描かれた図を出す。

 エドガーが案内人から聞いた位置へ印をつけると、女は、その下にある鉱区の番号を書き添えた。

 役人たちは、地上の村の場所を知らなかったわけではない。


 グランダルと名乗った老ドワーフが、奥の部屋で待っていた。

 壁には、地下を縦に切った図があった。黒い線が幾重にも重なり、赤く塗られた場所へ札が留められている。

「その赤は、何だ」

 フレイアが尋ねた。

「補強を要する区域です」

「補強した区域ではないのだな」

「ええ」


 エドガーは村の申請控えを机へ置いた。

「畑が落ちた。牛が一頭見つからない。家にも傾いてるものがある。村の下で、何を掘ってる?」

「同じ鉱床の延長です。ただし、穴が開いた理由は現地を調べなければ言えません」

「調べる気はあるのか」

 グランダルは、書類を一枚引き寄せた。

 同じ村の名前が、いくつもあった。

「以前の調査では、支えとなる岩盤が薄くなっていることは分かっています」

「なら、今回だけ別の原因だと言って、何もしない理由にはできねえだろ」


 グランダルは返事をせず、図の第七支柱を指した。

 その周囲には、最近加えた細い線があった。

「高純度の鉱石が出ます。ここを採るかどうかで、次の冬の購入量が変わる」

「何を買う?」

「穀物と、坑木と、燃料です」

 フレイアは図へ近づいた。

「支える部分を、削っておるのか」

「支柱そのものを全て取り払うわけではありません」

「残した分が持つという計算は?」


 計算書が出てきた。

 フレイアは、書かれた数字を読んだだけで、正しさまで分かるとは言わなかった。前提の欄を指し、老ドワーフへ尋ねる。

 掘る深さ。採る速さ。上に掛かる重さ。

 グランダルが答えるたび、エドガーは地表の図と見比べた。

「十年、とあるな」

「今の計画を変えない場合の、目安です」

「こっちの古い紙は、二十五年だ」

「五年前のものです。計画が変わりました」

「同じ十年が、あと十年残るって話じゃねえのか」

「保証ではありません」


 フレイアの手が、机の縁で止まった。

 この男も、自分の言葉を使って、決めたことを続けようとしている。

 そう思った途端、白と金の服が頭をよぎった。

 エドガーが横にいる。

 彼女は机から手を離した。


「採掘を止めれば、何が起こる」

「賃金が止まります。食料の契約を守れなくなる。以前、一つの鉱区を閉じた時は、争いで二十人が死にました」

「だから、次も同じと決めるのか」

「違うと言うだけでは、食料は届きません」


 エドガーは、椅子へ座り直した。

「全部を明日止めろ、って話しかできねえのか。補強に人を回す。地上の家を移す。少しずつ別の仕事を作る。そういう金は?」

「どれも案はあります」

「案だけか」

「工房の者は賛成し、鉱区の持ち主は負担に反対する。地上の移転先は別の領主の土地です。私の名だけでは買えません」

「誰に話せばいい?」

 グランダルは、すぐには答えなかった。

 エドガーが同じ問いを繰り返すと、ようやく、会議の窓口と提出日を書いた。


 扉を叩く音がした。

 若い技師が入り、第七支柱の奥で、新たな鉱脈を確かめたと報告した。

 廊下の向こうから歓声が聞こえた。

「これで、未払い分も出るそうです」

 技師の声には安堵があった。

 グランダルは、採掘の札へ印を押した。

 同じ机の上に、補強を求める紙が残っていた。


「せめて、この畑の下は調べろ」

 エドガーは村の図を押し戻した。

「調べるまで、真下へ進むのを待てないか」

「班を手配します。ただ、全鉱区の停止は約束できません」

「できることと、できないことを紙に書いてくれ。村へ口だけ持って帰りたくない」


 グランダルは、短い返答書を書いた。

 地表を調べる班を翌日送る。その間、印をつけた範囲の掘進を待たせる。

 すでに掘った空洞を埋める約束でも、村の土地を補償する約束でもなかった。

 フレイアは印が乾くのを待った。


 管理局を出ると、広場の端に布を掛けた身体があった。

 食堂で会った鉱夫が、そばに立っている。

 先ほどの揺れで戻らなかった仲間だと、彼は言った。

 祝いの酒樽は、別の角へ運ばれていた。


「明日も行くのか」

 エドガーが尋ねた。

「今月の薬代が、まだだ」

 鉱夫は自分の杯を見た。

「こういうものを見た日は、家へ帰るまで、足の裏が落ち着かない。知った顔が一人減っても、腹が減るのは変わらないんだ」

「ほかの働き口は?」

「見つかれば移るさ。同じだけもらえるなら」

 杯の底に、砂が沈んでいた。

 彼は飲まずに、そっと地面へ置いた。


 交易口で、迎えに来ていた案内人と合流した。夕方の道を村へ戻ると、村長は最初に、採掘が止まるかと聞いた。

 エドガーは、返答書を開いた。

「全部は止まらない。明日、調べる班は来ると言った。ここに印がある」

「明日まで、家にいてよいのですか」

「それを保証する紙じゃない」

 村長の指が止まった。

「では、どこへ」


 フレイアは、傾いた集会所を見た。

 地上でも地下でも、紙の上には移転先がなかった。

「今夜だけでも、傾いた家からは出た方がよい。まだ使える納屋はあるか」

「全員は入りません」

「誰から動かすか、村の者と決めよう。我らは荷を運ぶ」


 日が落ちるまで、二人は寝具と穀物袋を運んだ。

 村人が縄を張り直し、子供を近づけないよう、交代で立った。

 畑へ戻る者もいた。

 耕せるうちは耕す、と言った男を、フレイアは引きずって納屋へ入れなかった。

 まだ残っている麦を、袋へ入れる手伝いをした。


 村長へ預かった金の残りと、使途の控えを返す。

 領収が出なかった照会の銀貨についても、衛兵の番号と一緒に伝えた。面会を約束されたわけではなく、要求されて払った金だ。食費と今夜の宿代は、約束どおり自分たちで出す。

 二人が持つ金で、村と地下の暮らしを丸ごと支えることはできなかった。

 フレイアは、自分の袋から寝具を運ぶ荷車の修理代を出した。

 村長は受け取る前に、借りなのかと聞いた。

「返す約束はいらぬ」

 彼女は答えた。


 翌朝、調査班が来た。

 村長が彼らを穴へ案内するのを見届け、二人は預けた二頭と馬車を受け取った。世話をした村人へ礼を言い、村を出た。

 高みに上がる途中で、地面が一度震えた。

 エドガーは馬を止める。

 村の屋根は見えたが、地下で何が起きたかまでは分からなかった。

 少し戻ると、調査班の一人が道へ出て、村人を穴から遠ざけていた。新しく崩れた所を見た者はいないという。

 安全になった、とは言わなかった。


 エドガーはその言葉を聞き、道へ戻った。

 荷台のフレイアが、返答書の写しを畳む。

「全部は、止まらなかったな」

「ああ」

「明日来る、と言った者は来た」

「ああ」

 エドガーは次の分岐で馬を止め、地図を荷台へ差し出した。フレイアは写しをしまい、その隣へ膝を寄せた。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

続きも読みたいと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。

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