第65話 畑の下の食卓
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どうぞ、今回の旅もお楽しみください。
エンダーメントを離れて三日、二人の会話は短いままだった。
水を汲む。次の分岐を右へ。包帯を替える。
フレイアが返事をすれば、エドガーは頷いた。返事があることと、前のように話せることは別だった。
山あいに石造りの家が見えてきた時も、彼は振り返らずに言った。
「ここで馬を休ませる。飼葉があるか聞いてくる」
「我も行く」
その先を尋ねる言葉はなかった。
村へ入る手前で、車輪を止めることになった。
畑に縄が張られている。道へ近づかぬよう手を振っていた農夫が、乾いた草地へ二人を誘導した。
麦畑の真ん中に大きな穴があった。縁に残った根が宙へ垂れ、土の塊が一つ落ちる。底から返る音は聞こえなかった。
「朝は、あそこまでじゃなかった」
農夫が言った。
エドガーは、縄よりさらに手前で足を止めた。
「人は?」
「今のところは誰も。牛が一頭、見つからん。繋いでいた鎖が切れていて」
「逃げたかもしれないのか」
「分からん。道も捜してる」
フレイアは縁へ行かず、離れた所から耳を澄ませた。
風の止んだ間に、低い音が幾度か届く。鉄を打つようにも聞こえたが、何がどれだけ遠くにあるのかまでは分からなかった。
「地下に坑道があるのか」
「ある。向こうの国の連中が掘ってる」
農夫は、山の奥を指した。
「頼みたいことがあるんだ。村長に会ってくれないか」
案内された集会所は、戸の上が斜めになっていた。
村長が中へ招こうとすると、エドガーが立ち止まった。壁の隙間に紙が挟まれ、破れている。
「これ、いつから?」
「昨日、裂けました」
「外で話そう。椅子なら運ぶ」
結局、相談は共同井戸から少し離れた空き地になった。村人が持ってきた長椅子には、子供の靴が干してあった。村長がそれを膝へ移し、二人に場所を空ける。
「地下の国、アンダーソイルです。地上は侵していない、と言われました。こちらは畑が落ちていると訴えているのに」
村長は、折り畳んだ紙を広げた。
村の道と家が描かれ、穴の場所に丸がついていた。それぞれ脇に日付がある。ほかに、受付の印だけが押された訴えの控えが二枚あった。
「前の穴と今朝の穴は、同じ理由なのか?」
「私には分かりません。ただ、掘る音がこちらへ近づいて、こうなった」
エドガーは紙を戻した。
フレイアは村の図へ、まだ見ていない地中の線を足しかけ、ペンを止めた。
「調べた者は来たのか」
「役所には頼みました。こちらで測る者はいないからと」
「来なかった?」
「入口まで申請し直せと言われました」
村長は小さな金の袋を出した。
中には銀貨のほか、擦り減った銅貨も混じっていた。
「役人へ渡す分です。何度も断られた者より、旅の方の話なら聞くかもしれない」
「金を渡せば止まると、誰かに言われたのか」
「いえ。ただ、手ぶらでは……」
エドガーはすぐには袋を取らなかった。
自分たちにも、ラフティアで受け取った討伐の礼金が残っている。だがこの村の家と畑、牛と冬の蓄えを、丸ごと買い直せる額ではなかった。いくら必要かさえ聞いていない。
「俺たちは交渉の役人じゃない。採掘を止める約束はできない」
「それでも、どこへ言えばいいかだけでも」
「今日は話を聞く。出せる資料と、調べる窓口を持って帰る。それでいいか」
村長が頷いた。
エドガーは袋の中身を一緒に数え、紙の隅へ記した。
「通行や書類に必要なら使う。使った分は書く。余りは返す。俺たちの飯や宿には使わない」
「はい」
「向こうが余計な金を要求しても、これ全部で買えるとは約束しないからな」
フレイアは、二人の間に置かれた紙を見ていた。
エドガーが彼女へ顔を向ける。
「お前にも聞いてる」
「ああ」
「怒ったからって、勝手に壊さない。勝手に結論を出さない。俺が話してる途中で終わらせない」
村長の手が止まった。
フレイアはその視線を避けなかった。
「今日は話を聞き、持ち帰る」
「それを、守ってくれ」
彼女は頷き、村の図を受け取った。
道案内には、荷を地下へ運んだことのある村人がついた。
馬車は村人に教わった草地へ置き、二頭の世話を頼んだ。穴から離れた杭へ、手綱を結ぶ。
牛を捜す者は、まだ戻っていなかった。
正規の交易口は、山腹の古い坑道を広げた所にあった。
穀物袋を積んだ車が並び、反対側からは金属の塊を載せた荷車が出てくる。衛兵は荷を改め、積み荷と札を見比べていた。
案内人はここで足を止めた。
「中へ入ったら、旅客用の車を使ってくれ。管理局の場所は駅で聞ける。俺は夕方、ここへ迎えに来る」
エドガーは入域料の板を読んだ。
表示された額を払うと、衛兵は別に銀貨を要求した。
「面会の照会に掛かる分だ」
「板にはない。受取を出してくれ」
「嫌なら、通常の受付で日を改めろ」
背後で荷車の御者が咳払いした。
エドガーは衛兵の札の番号を見て、銀貨を一枚置いた。相手は紙を出さず、管理局の受付へ行けと言っただけだった。
「これで面会が決まったわけでもないのか」
「決めるのは私ではない」
離れてから、エドガーは支出の横に受取なし、と書いた。
「村長には、そのまま言う」
フレイアは衛兵を振り返ったが、何も言わなかった。
旅客用のトロッコには腰掛けと手すりがあった。
貨物の出発を待ってから、二人を乗せた車が下り始める。壁の灯りが流れ、鉄の響きが重なった。やがて岩に囲まれた大きな空間へ出た。
橋の上を荷車が走り、その下で炉が光っている。住居の窓から洗濯物が下がり、子供が空の桶を転がして叱られていた。
管理局の受付時刻を聞いてから、二人は市場の食堂に寄った。
エドガーは自分の財布から、黒パンと煮込みの代金を払った。昼の仕事を終えた鉱夫たちが、泥のついた靴のまま椅子へ腰を下ろしていく。
杯が机の上で鳴った。
上から砂が少し落ち、客の一人が立った。店主が戸口へ出て、隣の店へ何か尋ねる。片目の鉱夫だけが、パンの上に手を被せていた。
「今のは?」
「落盤か、発破か。ここじゃ分からん。知らせが来る」
鉱夫は入口を見てから、手を離した。
「よくあるのか」
「揺れはな。人が戻らない時もある」
向かいの若者が、椀を置いた。
「兄貴のところは、まだ補償が出てない」
「書類が遅いんだよ」
「遅い間も、家賃は取られる」
片目の鉱夫は返さなかった。
フレイアは、村から持ってきた紙を机へ出した。
「地上で畑が落ちておる。ここの掘り方を調べてもらいに来た」
「俺の持ち場は南だ。その村の下かどうかは知らん」
「仕事を止められるのは困るか」
「今日止めて明日別の仕事があるなら、行くさ」
男はパンを割った。
「こいつも上から来る。給金がなくなれば、買えん。だが畑がなくなっても、買えんのだろうな」
残りを口に入れ、男は受付のある橋を指した。
フレイアは村の図を畳んだ。聞いてきたことを書き足す場所が、紙の端にしか残っていなかった。
食器を返し、二人は管理局へ向かった。
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