↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/83

第65話 畑の下の食卓

お読みいただき、ありがとうございます。

どうぞ、今回の旅もお楽しみください。

 エンダーメントを離れて三日、二人の会話は短いままだった。

 水を汲む。次の分岐を右へ。包帯を替える。

 フレイアが返事をすれば、エドガーは頷いた。返事があることと、前のように話せることは別だった。


 山あいに石造りの家が見えてきた時も、彼は振り返らずに言った。


「ここで馬を休ませる。飼葉があるか聞いてくる」

「我も行く」


 その先を尋ねる言葉はなかった。


 村へ入る手前で、車輪を止めることになった。

 畑に縄が張られている。道へ近づかぬよう手を振っていた農夫が、乾いた草地へ二人を誘導した。

 麦畑の真ん中に大きな穴があった。縁に残った根が宙へ垂れ、土の塊が一つ落ちる。底から返る音は聞こえなかった。


「朝は、あそこまでじゃなかった」


 農夫が言った。

 エドガーは、縄よりさらに手前で足を止めた。


「人は?」

「今のところは誰も。牛が一頭、見つからん。繋いでいた鎖が切れていて」

「逃げたかもしれないのか」

「分からん。道も捜してる」


 フレイアは縁へ行かず、離れた所から耳を澄ませた。

 風の止んだ間に、低い音が幾度か届く。鉄を打つようにも聞こえたが、何がどれだけ遠くにあるのかまでは分からなかった。


「地下に坑道があるのか」

「ある。向こうの国の連中が掘ってる」


 農夫は、山の奥を指した。


「頼みたいことがあるんだ。村長に会ってくれないか」


 案内された集会所は、戸の上が斜めになっていた。

 村長が中へ招こうとすると、エドガーが立ち止まった。壁の隙間に紙が挟まれ、破れている。


「これ、いつから?」

「昨日、裂けました」

「外で話そう。椅子なら運ぶ」


 結局、相談は共同井戸から少し離れた空き地になった。村人が持ってきた長椅子には、子供の靴が干してあった。村長がそれを膝へ移し、二人に場所を空ける。


「地下の国、アンダーソイルです。地上は侵していない、と言われました。こちらは畑が落ちていると訴えているのに」


 村長は、折り畳んだ紙を広げた。

 村の道と家が描かれ、穴の場所に丸がついていた。それぞれ脇に日付がある。ほかに、受付の印だけが押された訴えの控えが二枚あった。


「前の穴と今朝の穴は、同じ理由なのか?」

「私には分かりません。ただ、掘る音がこちらへ近づいて、こうなった」


 エドガーは紙を戻した。

 フレイアは村の図へ、まだ見ていない地中の線を足しかけ、ペンを止めた。


「調べた者は来たのか」

「役所には頼みました。こちらで測る者はいないからと」

「来なかった?」

「入口まで申請し直せと言われました」


 村長は小さな金の袋を出した。

 中には銀貨のほか、擦り減った銅貨も混じっていた。


「役人へ渡す分です。何度も断られた者より、旅の方の話なら聞くかもしれない」

「金を渡せば止まると、誰かに言われたのか」

「いえ。ただ、手ぶらでは……」


 エドガーはすぐには袋を取らなかった。

 自分たちにも、ラフティアで受け取った討伐の礼金が残っている。だがこの村の家と畑、牛と冬の蓄えを、丸ごと買い直せる額ではなかった。いくら必要かさえ聞いていない。


「俺たちは交渉の役人じゃない。採掘を止める約束はできない」

「それでも、どこへ言えばいいかだけでも」

「今日は話を聞く。出せる資料と、調べる窓口を持って帰る。それでいいか」


 村長が頷いた。

 エドガーは袋の中身を一緒に数え、紙の隅へ記した。


「通行や書類に必要なら使う。使った分は書く。余りは返す。俺たちの飯や宿には使わない」

「はい」

「向こうが余計な金を要求しても、これ全部で買えるとは約束しないからな」


 フレイアは、二人の間に置かれた紙を見ていた。

 エドガーが彼女へ顔を向ける。


「お前にも聞いてる」

「ああ」

「怒ったからって、勝手に壊さない。勝手に結論を出さない。俺が話してる途中で終わらせない」


 村長の手が止まった。

 フレイアはその視線を避けなかった。


「今日は話を聞き、持ち帰る」

「それを、守ってくれ」


 彼女は頷き、村の図を受け取った。


 道案内には、荷を地下へ運んだことのある村人がついた。

 馬車は村人に教わった草地へ置き、二頭の世話を頼んだ。穴から離れた杭へ、手綱を結ぶ。

 牛を捜す者は、まだ戻っていなかった。


 正規の交易口は、山腹の古い坑道を広げた所にあった。

 穀物袋を積んだ車が並び、反対側からは金属の塊を載せた荷車が出てくる。衛兵は荷を改め、積み荷と札を見比べていた。


 案内人はここで足を止めた。


「中へ入ったら、旅客用の車を使ってくれ。管理局の場所は駅で聞ける。俺は夕方、ここへ迎えに来る」


 エドガーは入域料の板を読んだ。

 表示された額を払うと、衛兵は別に銀貨を要求した。


「面会の照会に掛かる分だ」

「板にはない。受取を出してくれ」

「嫌なら、通常の受付で日を改めろ」


 背後で荷車の御者が咳払いした。

 エドガーは衛兵の札の番号を見て、銀貨を一枚置いた。相手は紙を出さず、管理局の受付へ行けと言っただけだった。


「これで面会が決まったわけでもないのか」

「決めるのは私ではない」


 離れてから、エドガーは支出の横に受取なし、と書いた。


「村長には、そのまま言う」


 フレイアは衛兵を振り返ったが、何も言わなかった。


 旅客用のトロッコには腰掛けと手すりがあった。

 貨物の出発を待ってから、二人を乗せた車が下り始める。壁の灯りが流れ、鉄の響きが重なった。やがて岩に囲まれた大きな空間へ出た。

 橋の上を荷車が走り、その下で炉が光っている。住居の窓から洗濯物が下がり、子供が空の桶を転がして叱られていた。


 管理局の受付時刻を聞いてから、二人は市場の食堂に寄った。

 エドガーは自分の財布から、黒パンと煮込みの代金を払った。昼の仕事を終えた鉱夫たちが、泥のついた靴のまま椅子へ腰を下ろしていく。


 杯が机の上で鳴った。

 上から砂が少し落ち、客の一人が立った。店主が戸口へ出て、隣の店へ何か尋ねる。片目の鉱夫だけが、パンの上に手を被せていた。


「今のは?」

「落盤か、発破か。ここじゃ分からん。知らせが来る」


 鉱夫は入口を見てから、手を離した。


「よくあるのか」

「揺れはな。人が戻らない時もある」


 向かいの若者が、椀を置いた。


「兄貴のところは、まだ補償が出てない」

「書類が遅いんだよ」

「遅い間も、家賃は取られる」


 片目の鉱夫は返さなかった。

 フレイアは、村から持ってきた紙を机へ出した。


「地上で畑が落ちておる。ここの掘り方を調べてもらいに来た」

「俺の持ち場は南だ。その村の下かどうかは知らん」

「仕事を止められるのは困るか」

「今日止めて明日別の仕事があるなら、行くさ」


 男はパンを割った。


「こいつも上から来る。給金がなくなれば、買えん。だが畑がなくなっても、買えんのだろうな」


 残りを口に入れ、男は受付のある橋を指した。

 フレイアは村の図を畳んだ。聞いてきたことを書き足す場所が、紙の端にしか残っていなかった。

 食器を返し、二人は管理局へ向かった。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

続きも読みたいと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。