第64話 王が死んでも幕は下りない
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どうぞ、今回の旅もお楽しみください。
国王は、自分から闘技場へ降りてきた。
白と金の衣装をまとい、客席へ何度も手を振る。少し後ろを、勲章を載せた盆と、朱色の外套が続いた。
エドガーの銃は、授与式が終わるまで預かると言われた。
彼はフレイアを見た。
彼女が頷く。予定どおり、まず話をする。
「見事でした」
王が言った。
「ここまで客を喜ばせた方は、久しくおりません。住居、美食、財産。ご希望を伺いましょう」
「地下の者を出せ」
フレイアは答えた。
王の笑顔は動かなかった。
「どの役を、ご所望ですか」
「役ではない。牢にいる者だ。舞台を降りることを望む者と、その家族を自由にせよ」
「優勝者の願いとしては、少々広すぎますね」
「一人ならよくて、二人ならならぬのか」
「観客が納得する理由が必要です」
エドガーが一歩進んだ。
「ハロルドという男が死んだ。街道で会った。芝居をしに来たんじゃない」
王の隣の劇団員が、紙をめくった。
そこにはもう、事故の演目の題が書かれていた。
「兄弟の再会を望んだ旅人ですね。大変よい筋でした」
「弟がいるんだ」
「ご家族には、適切な役を――」
「役じゃねえって言ってる!」
客席から拍手が起こった。
王は片手を上げ、声を少し大きくした。
「人は、ただ死ぬだけでは耐えられないのです。意味を与える。それが、我々の仕事ですよ」
「本人に、いるかどうか聞いたのか」
フレイアが尋ねた。
「死者へ尋ねることはできません」
「生きておる者には聞ける。地下へ行け。今すぐに」
王は、初めて笑顔を薄くした。
「あなた方の人気も、永遠ではない」
近くでだけ聞こえる声だった。
「舞台裏に戻りたくはないでしょう。あそこで待つ者の代わりはいくらでもいる。しかし、客が帰れば、この国の多くの者が困る」
「だから、帰りたい者を殺すのか」
「役を終えるのです」
フレイアの指が動いた。
エドガーが気づき、彼女の名を呼んだ。
「レイ」
声は届いたはずだった。
彼女は王を見たまま、手を上げた。
「貴様も、そう呼ばれればよいのか」
王が眉を寄せる。
「私の退場には、準備が必要です。後を継ぐ者も、悲しむ者も――」
言葉が途切れた。
フレイアの腕が動き、王の首を斬った。
盆が石床へ落ちた。
勲章が絨毯の外へ転がり、止まる。
エドガーは、伸ばした手をそのままにしていた。
王はもう、自分の台詞を続けなかった。
最前列で、女が悲鳴を上げた。
その隣で男が立ち上がり、手を叩く。
「そう来たか!」
王の側近が駆け寄り、身体へ触れた。
「陛下!」
客席の奥では、まだ何が起きたか見えていない者が、前の者に座れと叫んでいた。
フレイアは顔を上げた。
「我は魔王だ」
魔力で広げた声が、闘技場を満たす。
「この者を殺した。芝居ではない。罪人を殺すための舞台は、終わりだ」
わずかな沈黙の後、歓声が返った。
司会者が、震える声で何かを叫ぶ。
「魔王の……魔王の登場です!」
止めようとした側近の声まで、音楽が覆った。
フレイアは、客席を見た。
怖がる者もいた。出口へ向かう者もいた。
「終わってねえ!」
エドガーが彼女の腕を掴んだ。
搬入口の灯りが激しく揺れていた。
側近の命を受けた衛兵が、通路の鉄格子を下ろし始めている。
六人を出すはずの道だった。
フレイアは走った。
衛兵が槍を向ける。穂先を折り、床へ伏せさせる。エドガーは授与式の道具台から二丁の銃を取り戻した。預けた剣も鞘ごと台の下にある。腰へ戻し、彼女を追った。
客席の一部が立ち上がり、通路へ押し寄せる。
係員は観客を戻そうとしたが、次の場面へ移るのだと思ってついてくる者がいた。
押された老人が転んだ。
フレイアは、追手へ向けかけた障壁を横へ広げ、人の波を止めた。
「通路を空けろ!」
自分の宣言に拍手した者も、その壁へ手をついていた。
搬入口の格子は、半分まで下りていた。
ガロンが肩で支え、職人が脇へ楔を打ち込もうとしている。
薬師見習いを載せた荷車の車輪が、溝に落ちていた。
「何が起きた!」
職人が叫んだ。
「王を殺した」
フレイアは答え、格子を持ち上げた。
職人の顔が変わった。
「ここには、まだ人がいるんだぞ!」
エドガーが荷車を押した。
ガロンの妻が娘を抱き、老役者が車輪の先へ板を当てる。
通路の奥には、別の牢があった。
フレイアは手近な錠を壊したが、扉の向こうから出てくる足はなかった。中の者が動けないのか、奥へ移されたのか、見通せない。
背後では、別の通路から衛兵の足音が近づいていた。格子を支え、追手を遮り、動けぬ者を運びながら、所在も分からぬ奥の人々まで捜す。どこから確かめれば間に合うのか、彼女には分からなかった。
「先へ!」
ガロンが叫んだ。
彼女は、六人と荷車を外へ出した。
裏路地には、舞台の衣装を着た若い男が待っていた。
顔の片側だけに、白粉が残っている。
彼はエドガーへ、包みを見せた。
ハロルドが運んでいた、靴だった。
「ルークか」
男は頷いた。
「兄は、安置室にいる。名札も付けた。葬るまでは、俺が離れない」
「会えなかったって……言ってた」
エドガーの声が詰まった。
ルークは包みを胸へ寄せた。
「五年、待たせたんだ。もう少し早く、迎えに出ればよかった」
「それは」
「今は、何も言わないでくれ」
彼は顔を伏せた。
エドガーは、続けようとした言葉を飲み込んだ。
ルークは、職人へ劇場敷地の裏門の鍵を渡した。
敷地の外にある道具倉庫までなら、荷車を通せるという。城壁の内側で、まだ町からは出られない。
その先を助ける約束はできない。自分は兄の所へ戻る、と言った。
職人が鍵を受け取り、礼をした。
フレイアは、彼の顔を見た。
兄が死んだ時、その弟がどこかで笑っていると決めつけることは、できなかった。
追手は来た。
裏門の外で笛が鳴り、荷車を止めろという声がする。
フレイアは矢を弾き、門と路地の間へ障壁を残した。人を殺して道を空けることはしなかった。
倉庫で六人を数えた後、職人が知っている、城壁内の町外れに住む親類へ、二台の荷車を向けた。
ガロンは妻と娘のそばから離れなかった。
薬師見習いには、痛み止めが足りなかった。
職人は、残された牢の印を持っていった。
「お前たちが来なければ、外へ出られなかった」
別れる前に言った。
「だが、あれが最善だったとは、俺には言えない」
フレイアは頷いた。
二人は人の少ない裏道から厩舎へ戻った。
預け札を示し、代金を払う間にも、遠くで警鐘が鳴った。
大門は閉じ始めていた。職人に教わった搬出路へ回り、荷馬車を引いて細い道を抜ける。自由な旅人として門を出た時とは違った。
その夜は街道へ戻れず、丘の陰で馬を休ませた。
エドガーは荷台へ座らなかった。
少し離れた石に腰を下ろし、包帯を替えた。
「話をして、駄目なら出るって言ったよな」
「ああ」
「止まった相手を、俺が話す前に殺さないって」
「言った」
「なんでだ」
フレイアは、手を見た。
「腹が立った」
ほかの理由を重ねれば、もっと正しく聞こえたかもしれなかった。
王が続けて人を殺すから。誰かが止めるべきだったから。
それでも、首を斬る前に呼んだエドガーの声を、聞いていた。
「我は、あやつの答えを、それ以上聞きたくなかった」
エドガーは布を結んだ。
「俺は、まだ話してた」
フレイアは返せなかった。
「一緒に考えるって言われたから、あそこまで行ったんだ。お前なら止められるって、思ってた」
「……すまぬ」
「今それで済むとは、言えねえ」
彼は馬の方へ歩いた。
フレイアは、後を追わなかった。
翌朝、遠くの道で、劇団の旗を積んだ車とすれ違った。
布には、急いで書き足したらしい文字があった。
『魔王に奪われた玉座――次なる勇者は誰だ』
王の名前は、書かれていなかった。
エドガーは馬の歩みを緩めなかった。
その日の道順だけを二人で確かめ、それ以上の話はしなかった。
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