第60話 仕掛けでできた死
お読みいただき、ありがとうございます。
どうぞ、今回の旅もお楽しみください。
その演目は、花嫁を連れ戻そうとする父親の話だった。
係員が小さな札を見せ、始まりと終わりの時刻を教えてくれた。危ない仕掛けは使わないという。
エドガーは礼を言って、露店へ戻った。
「全部聞いていたら、飯が冷めるな」
「先に買えばよい」
「食いながら質問する気かよ」
「聞くのは貴様だ」
鉄板の上で、丸い肉が音を立てていた。
店員がそれを平たいパンへ挟み、チーズと野菜を重ねる。赤いソースを掛けた途端、フレイアが覗き込んだ。
「それは血ではないな」
「甘酸っぱいソースですよ。名物の処刑人バーガーです」
「食べ物の名に使うのか」
「名前だけですよ。首はついております」
店員は自分の首を叩いた。
エドガーが二つ頼んだ。
最初の一口で、フレイアの反対側の指へソースが流れた。
「崩れるぞ」
「包み紙で下を持つ。そう」
「先に言わぬか」
「待てって言う前に噛んだろ」
彼女は紙を折り直し、流れ出る前にもう一口食べた。
肉の焦げた縁が、歯の間で軽く音を立てる。パンへ染みた脂と、ソースの酸味が一緒になった。
「……悪くない」
「じゃあ、追加はいらねえか」
「足りぬと言っておる」
「まだ言ってなかったぞ」
広場の長椅子へ座ると、目の前で竜の芝居が始まった。
先ほど水を飲んでいた役者が、布の腹へ戻っている。
竜の歩みが左右で揃わず、王子役が槍を構えたまま待った。
「まだ来ないのか、邪悪なる竜よ!」
「靴が脱げたのだ、勇敢なる王子よ!」
子供たちが笑った。
布の下から片足だけ出て、慌てて引っ込む。
フレイアも口元を緩めた。
エドガーは残りのパンを包み直した。
人が転び、立ち上がり、同じ間違いをしてまた笑われる。舞台の男が深く礼をすると、さっきより大きな拍手が上がった。
竜が倒れると、腹から赤い紙が噴き出した。
子供が一枚拾い、母親に見せた。
役者たちは布から出てきて、全員で頭を下げた。
フレイアは、竜の頭を抱えた男へ尋ねた。
「中は暑いか」
「夏よりましです。今日は水を飲めましたから」
「今日は?」
「忙しいと、次の広場へすぐ回されるんです」
男は笑ってから、仲間に呼ばれて荷車へ向かった。
巨大な頭が車輪へ引っかかり、二人がかりで向きを直している。
舞台を動かすのも仕事なのだと、フレイアは見ていた。
広場へ入る坂には、次の演目の荷馬車が詰まっていた。
朱色の札を下げた荷台に、背景の板と木箱が積まれている。御者が馬を落ち着かせようとしていたが、そばで太鼓が鳴るたび、耳が伏せられた。
係員が笛を吹き、見物人を広場の縁へ寄せる。
エドガーは札を見た。
先ほどの芝居も、この合図の後に始まった。
坂の上で、甲高い音がした。
馬が竿の間で跳ね、荷馬車が前へ動く。
御者が手綱を引こうとして、隣の荷へ肩をぶつけた。座席の陰へ身体が落ち、腕だけが一度見えた。
「おい」
エドガーが立ち上がった。
荷車は止まらなかった。
「お下がりください! お下がりください!」
係員が叫んだ。
広場の男が笑い、友人の肩を叩く。
「次は暴走馬車か」
フレイアは坂を見た。
馬の足が、滑る石畳を掻いていた。御者台には誰もいない。
「違う。退け!」
彼女が走り出すのと、荷台の板が外れるのは、ほとんど同時だった。
板が横へ回り、白線の外にいた子供たちへ倒れかかる。
フレイアは手を向けた。黒い膜が板を受け止める。後ろへ下がった子供を、母親が抱いた。
その向こうで、荷馬車はなおも坂を下っていた。
エドガーは進路の端に、背嚢を見つけた。
新しい靴の包みが、横で揺れている。
「ハロルド!」
男がこちらを向いた。
「ああ。また会ったな!」
彼の顔の横で、係員の笛が鳴った。
男は、逃げる人々より、その音の方を先に見た。
「これも、芝居――」
「逃げろ!」
段差を越えた荷台から、木箱が跳ねた。
エドガーの視界を、箱の底が塞いだ。
ハロルドが身体を引こうとした時には、もう背へ当たっていた。
男が倒れ、車輪がその上を通った。
フレイアは板を地面へ寝かせ、二頭の前へ障壁を曲げた。
馬を正面から叩くのではなく、進路を広場の空いた方へ逸らす。荷台が傾き、果物の屋台へぶつかった。
車輪が回り続け、やがて止まる。
潰れた果物が石畳を転がった。
誰かが拍手した。
「すごい迫力だ!」
別の者が笑い、言いかけて黙った。
道の上に倒れている男は、まだ立ち上がらなかった。
係員は笛を口から離し、しばらく動かなかった。
エドガーが駆け寄った。
背嚢の紐が切れ、包みから片方の靴が出ていた。
ハロルドは、その靴ではなく、エドガーを見ようとしていた。
口元が動く。
声は、広場の音に負けるほど小さかった。
「弟に……」
エドガーは膝をついた。
さっきの女優の血は、袋から流れていた。
今は、手を伸ばす先に、仕掛けの板がなかった。
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