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第56話 武器を捨てた者

お読みいただき、ありがとうございます。

どうぞ、今回の旅もお楽しみください。

 翌朝、広場の端にはまだ担架があった。

 通りを掃く者が、祭りの飾りを避けて箒を動かしている。村長の話を聞いた職人が、見物台を直す木材の数を確かめていた。

 今年の旗は下ろされた。

 来年も使えるように畳むのだと、若い村人が言った。


 エドガーは、出発前に道を尋ねた。

 大森林を大きく回る道には、先の橋に傷みがある。森の外縁を通る街道は、昨日の巡回までは通れた。どちらも、今日の無事までは保証されなかった。

「外縁の街道を行く。中へ入る枝道は使わない」

 彼が地図を示すと、フレイアは頷いた。

「分岐で、もう一度確かめよう」

 荷台へ金貨の袋をしまった。

 昨夜受け取った時と、重さは変わっていない。

 何の金かを、忘れずに使わなければならないと思った。


 村から離れても、折れた矢が道端に残っていた。

 枝へ引っかかった布には、参加番号が書かれている。鳥の声は少なく、車輪の音がよく響いた。

 低い声を最初に聞いたのは、フレイアだった。

「止まれ」

 エドガーが手綱を引く。

 すぐ先の曲がり角から、叫びが届いた。

「子供には、手を出さないでくれ!」


 二頭を街道の脇へ寄せ、エドガーは手綱を繋いだ。

 フレイアが先に角を確かめる。

 荷馬車が片側へ傾いていた。外れた車輪のそばに老いた御者が座り、若い商人が少年を背へ庇っている。

 その周りを、十体ほどのゴブリンが囲んでいた。

 昨日見た者たちと似た背丈だった。

 手には、石斧と欠けた剣があった。


「クイモノ!」

 先頭の一体が、剣を突き出した。

 商人が足元の袋を押し出す。

「持っていけ。これだけある」

「ゼンブ!」

 石が飛んだ。

 商人の額に当たり、彼が片膝をつく。少年が悲鳴を上げた。

 後ろにいた一体は袋を拾おうとしたが、別の者に押しのけられた。

 何を求めているかも、群れの中で揃ってはいないらしかった。


「こっちを見ろ!」

 エドガーが声を上げた。

 フレイアは彼の横へ出た。少年たちとゴブリンの間へ、薄い障壁を差し込む。

「そこから離れれば、俺たちの食料も少し渡す。まず武器を下ろせ」

 エドガーは、空の両手を見せた。

 ゴブリンが、二人の後ろへ目を向ける。

 こちらの馬車が見えていた。

「ゼンブ、ヨコセ!」

「全部は渡せない」

 先頭の一体が、短い剣を持って走った。

 エドガーが退き、銃へ手をかける。横から別の一体が回り込み、彼の背へ石斧を振り上げた。

 フレイアの指から、細い黒い光が伸びた。

 石斧が落ちた。

 持っていた身体も、その場へ崩れた。


 足を止めたゴブリンたちへ、フレイアは告げた。

「退け。逃げる者は追わぬ」

 返事の代わりに、石が投げられた。

 障壁へ当たり、足元へ落ちる。

 数体は木々の方へ走った。袋を抱えたまま、振り返らずに去る者もいた。

 フレイアは、そちらへ力を向けなかった。

 残った者が、左右から迫った。


 彼女は障壁の端を閉じ、商人と少年を囲った。

 同時に突き出された刃を、一つは弾き、もう一つは腕ごと押し返す。よろめいた者の後ろから、槍が伸びた。

 黒い光を放つ。

 槍を持った身体が倒れた。さらに迫る者を退け、足元へ落ちた刃を遠ざける。

 短い争いだった。

 逃げた者、倒れて動く者、動かない者が残った。

 全てを傷つけずに止めたとは、言えなかった。


 最後まで短剣を握っていた一体が、刃を落とした。

 後ずさり、根に足を取られて転ぶ。

「ダズゲデ」

 両腕が頭を覆った。

 フレイアの右手へ、魔力が集まる。

「もう、持ってない」

 エドガーの声がした。

 地面の短剣を見る。

 メルスで、彼女の左手に止まっていた剣を思い出した。

 指先の光を消した。


「去れ」

 ゴブリンは動かなかった。

 分からないのか、怖くて立てないのか。フレイアは進路を塞がぬよう、半歩退いた。

「追わぬ」

 その音を聞き取ったのか、相手は身を起こした。

 短剣を取りに来なかった。

 片足を引きずり、木々の向こうへ消えていく。少し離れた場所で、倒れていた別の一体も這い始めた。

 フレイアは、その背を見送った。


 障壁を解くと、商人が少年を強く抱いた。

 御者は礼を言おうとして咳き込んだ。エドガーが水を渡す。

「歩けるか」

「ええ。脚を打っただけです。車輪さえ戻せれば……」

 フレイアは周囲を見た。すぐに戻ってくる気配はなかったが、長居をしてよいとは思えなかった。

 倒れたゴブリンの袋から、木の実がこぼれていた。

 細い腕と、凹んだ腹。

 腹を空かせていたのかもしれない。それだけでは、何日前からかも、どうしてかも分からなかった。


「昨日の狩りで、食うものが減ったのか」

 エドガーが言った。

「あり得る。だが、この者らがそうだったかは聞けておらぬ」

「食料を渡せば、やめたかもしれねえ」

「先ほどの商人も渡しておった」

 エドガーは、踏まれた袋を見た。

 それでも、事情を知らずに倒したことは残る。


「昨日の連中とは違う、と言えば、それで済むのか」

 彼が尋ねた。

「済まぬ」

 フレイアは答えた。

「今日は襲ってきた者を退けた。武器を捨てた者は追わなかった。そうしただけだ」

「ああ」

「メルスでは、止めた後も殺した」

 エドガーが彼女を見た。

「今日、やめたことで、あの男が戻るわけではない」

「そうだな」

 彼は短く返した。


 商人が荷を集め始めた。

 散らばった箱から、縄を首へ巻いたゴブリンの人形が出てくる。その下には、磨かれる前のワイバーンの鱗があった。

「祭りで仕入れたのか」

「ええ。売れるんですよ。特に今年は、大物が出たから」

 商人は鱗を拾い、布で土を拭いた。

「あなたが倒した魔族の方ですか。昨日も、今も、本当にありがとうございました」

 フレイアは頷くだけにした。

「やはり、もっと狩っておかないと。街道にまで出てくるんですから」

 商人が言った。

 その膝で、少年は人形を持たず、父の服を握っていた。


 エドガーは、壊れた軸を調べた。

 車輪だけ戻しても走れない。近くの村まで歩くには、御者の脚が心配だった。

「人と、手で持てる荷だけなら乗せられる。修理の人間を呼ぶ間、荷車はここへ寄せよう」

 フレイアを見てから言った。

 彼女は頷き、道を塞がぬ位置へ車体をずらした。

 荷物の全部を助ける約束はしなかった。誰が何を持つか決め、残した箱を布で覆う。

 商人は人形の箱を選びかけ、少年を先に荷台へ上げた。


 荷を片側へ寄せ、御者が脚を伸ばす場所を空けた。商人と少年はその隣へ座り、フレイアはエドガーのいる御者台へ移った。


 祭りの村へ戻る道との分岐で、修理人を呼びに行くという村人の荷車と会った。行き先を確かめ、三人を乗り移らせた。

 そこで初めて、エドガーは長く息を吐いた。

「助けて、だったな」

「何がだ」

「人間も、武器を捨てた奴も。同じ言葉だった」

 フレイアは森を見た。



ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

続きも読みたいと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。

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